表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/222

第74話『The Man Came To My Rescue』心の救助隊

「このまま……その声を聞いていたいんです……」

「オレの? 声……」

「……変なこと、言いますけど……」

恥ずかしそうに葉月が言う。

「こうやって少し離れて話してるとね、高良タカヨシさんの声を聞いてる感じで……なんだか安心できるんです……」

「え? どうして……だって、あれもオレが悪ノリして……」

「いいえ」

葉月はたどたどしく言った。

「多分……最初に心開いた人だったから……なんでしょうか……自分でもよくわからないんですけど」 

キラはフーッと息をついた。

「混乱させたんだな。結局はオレのせいだね。君にとって“彼”の存在がそんなに大きかったなんてな」

「ここに来て、不安を抱えてた時に、心底頼りにした人なので……」

声が震えている葉月の方を見ると、その頬にはまだ、とめどなく涙が伝っていた。

「ごめん……涙止まんないな。そんなに泣かないで。どうしようか……そんなこと言われるの初めてだからさ、オレも戸惑ってるけど……」

そう言ってキラは、葉月の手に持たせたバンダナを取って、葉月の顔に押し当てた。

「あ……こうすりゃ、キラじゃない貴良タカヨシと話せるだろ。ねぇ……それから、ハグしてもいいかな? 君を……今すごく抱きしめてあげたくて」

彼は葉月の頭を胸で受け止めた。

「さあ、もう、どれだけ泣いてもいいよ。オレが付いてる」

キラは葉月をしっかり抱きしめて、肩を優しくさすった。

「ごめんな、最初からこうしてあげれば良かった。オレは意地悪だよな。色々君に負担をかけたよ。本当にごめん」

葉月の肩が小刻みに揺れる。

全てを洗い流すように泣いた。


ぐちゃぐちゃな気持ちも、熱い思いも、不思議なことに全部涙に繋がった。

そして心の中で、その涙が取捨選択をして、余計なものを洗い流す。



「白石葉月さん、四日間お疲れさまでした」

肩をトントンとゆっくり叩きながら、高良タカヨシさんが優しく語りかける。


「今日の『Eternal Boy's Life』のライブ、すごく良かったよね?」

葉月が頷く。

「どのメンバーも良かったけど、やっぱりなんと言っても“キラさん”、カッコよかったよな?」

また頷く。

「え? まさか、トーマさんだけを見つめてたりしないよね?」

小さく首を振った。

「よかった! とか言って、水嶋だけとか言われたら、マジで許せないけど!」

「…………」

「ちょっと! そこはちゃんと反応してよ!」

また葉月が頷いた。

キラは笑いながら、葉月の肩を抱きなおす。

「ここからさ、新しい『Eternal Boy's Life』が始まる予感がするんだ。

みんなの思いも、希望も担いで、一歩前に行かなきゃならないし、行けるような気がしてきてる。

また新しい景色が見られるって、そんなワクワクした気持ちが、ほんと何年かぶりに心の中に湧き上がって来てる。

なんでこのタイミングなのかっていうのは、まあいろいろ理由はあるけどさ、例えば『forms fireworks』の映像クリエイターの彼が、今回の演出を請け負ってくれたっていうのもその一つだけど……

その前にね、ここに来て初めて君に出会って、なんかピュアな心をもらったんだ。

それが、妙に“力”を持ってて、わりとそれまで凝り固まってた気持ちをさ、突き動かしてくれてたっていうか。

最初はそれが信じられなくてさ、なんか抵抗する気持ちもあって、まあ自分のその凝り固まってた部分を否定したくなかったのかもしれないんだけど、すごく半信半疑で……

とりあえず何も考えずに歌ってみたんだよね。そしたら何か違ってて、自分でもびっくりした。

だから “降参” した。

潔く、認めたっていうか……

やっぱりどんな物理的なことよりも、こういうちょっとしたきっかけで、“心の真髄” って動くもんなんだなって」

胸の中で静かに聞いている彼女を気遣う。

「あ……なんか大げさな言い方したから驚いてる? プレッシャーに感じたりしないでね。オレが勝手にそう思っただけだからさ。だから……ありがとう! これからもオレたちのこと、応援してくれる?」

葉月はしっかり頷いた。

「葉月ちゃんはいい子だ、元気になるんだよ」

彼の胸に顔を押し当てたまま、葉月がクスクスと笑い出した。

「ん? どうしたの? オレ、何かおかしいこと言った?」

「……お父さん……」

「え? お父さん!?」

「……なんだか、お父さんに言われてるみたいで……」

「ちょっと……お父さんって……? まさかここへ来て"オジサン扱い"されるとは」

「オジサンじゃないですよ……」

「あーあ! 大人はツライなぁ……オレだって、この前まで “少年” だったのに」

「そうですね『永遠の少年』?」

「ああ、あの曲……好き?」

「ええ、大好きです」

「ウチは “少年” だらけだから。まさしく『Eternal(永遠不滅) Boy's Life』なんだよね」

またクスッと、葉月が笑った。

「あの曲を書いた時は、少年じゃなくなったなって、感じた時だったよ。

あれはオレの願望だな。

大人になんかなりたくないって、ずっとそう思いながら音楽やってきてさ。

年齢だけは変わってっても、あんまり中身って変わらないもんなんだよ。

だけど周りはさ、そうは見てくれないだろう? 

大人はツラいよ。

自由だし、すこぶる不自由さ。

だから、いつまでもガキでいたいって思ってんのにさ。なかなか周りはそれを許しちゃくれないのさ。オレらの本質なんて所詮ガキなのになぁ! 

なのになんだよ、葉月ちゃんまで、オレを“お父さん”だなんてさ!……ヒドくない?」

「あはは……ごめんなさい」

「せめて“お兄さん”にして欲しかったなあ! なんでお父さん?」

「なんか……ちっちゃい時のことを、思い出しちゃったから……」

「こんなカッコいいお父さん、家にいたらイヤだろ?」

「ははは、嬉しいかも?」

「本当? あ! そうか……」

「え?」

「大人になって、良かった事を一つ見つけた」

「なんですか?」

「何気に、包容力はついたかも?ってこと! こうして君を優しく抱きしめる事も出来るだろ?」

「そうですね」

「もう……顔あげても大丈夫? ずっとこうしててもいいんだけど」

「はい……でもこのバンダナはお借りしててもいいですか? ぐしょぐしょにしちゃって……」

「もちろん、人質にしておくよ! 次に会う時に返してもらうためにさ。オレたちが次もまた、会えるために」 

キラは、その肩をそっと支えて、体を離した。

その顔をさりげなく覗く。

恥ずかしそうにふわっと笑みのさした彼女の頬が、目が合ったとたんスッと緊張感が走ったように萎縮する。

キラは、パッと正面を向いてしまった葉月に問いかけた。

「この目は苦手?」

「そうじゃなくて……素敵すぎて吸い込まれちゃいそうで……ライブの後だと余計に……」

「なんだ、そうだったの? あ、そういや最初のリハの時、失神しかけてたよね? オレのこと好きになってくれたのかなーと思って話をしに行ったら、あの時は水嶋のハグに阻まれて……、その後もユウキに邪魔されてさ。何気に葉月ちゃん、ライバル多くね?!」 

「また……からかわないでくださいよ」

キラが葉月を見つめると、顔を真っ赤に染めた葉月の肩がスッと上がる。

「慣れてこない?」

「いや……だって『Eternal Boy's Life』のキラが横にいるなんて……」

「やっぱりそう思うのか……高良タカヨシならしゃべってもらえんのになぁ」

キラは笑いながら少し俯いた。

「正直さ、初日、マジで楽しかったんだよね。 君と一緒にいて。冗談で言ったんじゃないんだ。“キラじゃない俺”と 普通に接してくれる女の子がそばにいてくれたのが、嬉しくてさ」

「え……そんなこと、思ったりするんですね」

「この目もさ……」

キラは俯き加減のまま言う。

「世の中の人は、 “カラコン”だと思ってるじゃない?」

「ええ。だって初日のメガネくん(タカヨシさん)は黒い瞳だったし……」

「違うの、実はこっちががオリジナル」

「え! じゃあ、あの日は……」

「オレさ、普段は黒のカラコンしてるんだよ。母親がイギリス人でさ。髪も暗めに染めてんの。知ってるのはメンバーと、一部の身内だけ」

「そうなんですか!」

「めちゃめちゃびっくりしてるじゃない」

「そりゃ、びっくりしますよ!」

「そりゃそうか? 学生の頃はコンプレックスでさ、どこ行っても外人扱いで。それがイヤで髪染めてカラコン入れてみたら、普通に日本人として接してもらえるようになったんだ。人なんて見た目でだけしか判断しないんだなって、心底思ったよ。このバンド入ってからだな……カラコンを外したのは」

葉月が正面からキラを見た。

「そんなきれいな瞳が天然なんて……宝石みたい。素敵過ぎます……わあ、吸い込まれる!」

そう言って、葉月はにっこりは笑った。

キラもその曇りのない瞳を見つめ返した。

もう涙が乾いたその頬に、キラが手を伸ばしかけたとき、葉月の携帯電話が鳴った。

「あ、リュウジさんだ」

「なんだなんだ!? また水嶋の野郎かよ! 全く……とんだ邪魔者だな!」

電話に出ようとした葉月の手に、キラがそっと手を重ねて、しばらくそれを止めて言った。

「……颯斗ハヤトの事は……」

「言いません」

葉月は一息ついて電話に出る。

「もしもし。えっと、あ、ごめんなさい! え? 今? あ……今は、月を見てます」

「あー、オレとね!」

横からキラがそう言って、葉月の手から携帯をスッと抜いてピッと切った。

「わっ! なにやってんですか?!」

葉月にそう言われて、キラはニコニコしている。

「どうして笑ってるんですか!」

「だって、怒られるのって久しぶりで」

「なんですかそれ? またリュウジさんが怒鳴り込んできますよ!」

「ま、それもまたしばらく出来なくなるしな」

葉月はその意外な言葉に、顔を上げてキラを見つめた。

キラは透き通った眼差しで、月を見上げていた。

月明かりに照らされたキラの瞳と、頬に刻まれる影があまりにも美しくて、しばらく目が離せなかった。

「さっきの」

月を見たままキラが言った。

「え?」

「ハヤトの……」

「ええ……」

「ごめんな。昔はそんなことなかったんだけど、ちょっとしたきっかけからああなって……無責任だって軽蔑するかもしれないけど、本人は本当に覚えてないんだ。酔った時は女なら見境なくみたいになってるけど、ハヤトはある事がきっかけで心に問題を抱えてる。心療内科にもまだ通ってるんだ。オレらメンバーも、原因には心当たりあるし、通院してるのも知ってるけど、ハヤトの闇の深さは本人しか解らないだろ、だからどうしていいかわかんなくて、みんな静観してるだけだったんだ。情けないよ。しかも、被害者の君の口をふさぐなんて……とんでもない隠蔽行為だよな」

「……わたしはもう……大丈夫なんで」

「本当にごめん、君にそんな強がりを言わせるなんて、ホント情けないよ。たださ、もう一つ……水嶋も、ハヤトのそういう疾患はある程度は知ってるとは思うけど、さすがに君がターゲットになったと知ったら……ショックも大きいだろうし、今後もうまくやっていけるか心配でさ。なんせ水嶋がうちのバンドで叩くのは、音楽性だけじゃなくメンバーの人間性もあるんだろうから……」

葉月はサッと背筋を伸ばして、キラの方に向き直った。

「キラさん、大丈夫です。リュウジさんに絶対言ったりしません。私に気を遣って色々話して頂いて……助けてももらいましたし……ありがとうございました」

「真面目だな……っていうか強がりだね」

「そんなこと……」

「ま、水嶋が君の事、大事にしてる理由がわかるよ」

「それはこっちの台詞ですよ」

「ん? なに?」

「さてはキラさん、リュウジさんのこと、ホントはめちゃめちゃ好きなんでしょ?」

「な、なに言ってんだ急に……めちゃめちゃ好きに見えるか? 犬猿の仲だろ!」

「ウソウソ、ホントは子犬同士じゃないですか! じゃれあっているようにしか見えませんよ」

「ったく君は……」

キラが少したじろいだのを見て、葉月は笑った。

「素直になってください、()()()()!」

「うわー……ヤバいな葉月ちゃんは。ボーッとして見えて、こんな危険人物だったとは……」

「白状する気になりました?」

「いや……」

キラは肩を落とす。

「めちゃめちゃ好きって言うのはカナリ語弊があるけどさ、『エタボ』っていう存在は自分達が思ってるよりも世間では大きくなりすぎてて、正直さ、オレに言いたい放題突っかかって来るようなヤツってなかなか居ないんだよ。だから……アイツみたいなヤツは “貴重” っていうか……」

なんとなくバツが悪そうに頭をいじるキラを見て、葉月は心が温まるのを感じる。

「解ります。二人を見てたらほっこりしますし、そんな二人を見てるメンバーの顔も、とっても好きなんです」

キラがじっと葉月の顔を見た。

「それだな」

「何がですか?」

「葉月ちゃんといると妙にホッとするんだ。君のそういうフラットに受け入れてくれるところかな……いいよなぁ水嶋は。君みたいな子がそばにいてくれてさ」

キラが更に葉月の顔を覗き込んでそう言うと、葉月は少し恥ずかしそうに笑った。

「あーあ、このままずっとここに居たい! 君とさ!」

キラが葉月の肩に手を回そうとまた顔を近付けた時、バタバタと足音がして隆二と裕貴が息を切らしてテラスに乗り込んで来た。


第74話『The Man Came To My Rescue』 心の救助隊 ー終ー


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ