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第73話『Evil Hands Are Coming』邪悪な手

会場が撮影会で盛り上がる中、何故か葉月のスタッフ携帯に『管理者内線用』から配膳の要請が入った。

指示に従って『|Public Spaceパブリックスペース』に行き、中に入った葉月は、その信じられない光景に、言葉を失った。


奥のテーブルには、種類の違う酒のボトルが幾つか転がっている。

そしてその横のソファにうなだれるように、前かがみに座っている男性がいた。

その男性は長い髪で顔が見えないが、上半身裸の状態だった。


葉月はドアの方を向いて、今この部屋に迎え入れた声の主の女性を探す。

その人物は、そこにいた。

その女性も上半身、ほぼ裸の状態だった。

手で胸を押さえながら、肩に羽織ったシャツに袖を通し、ニタッと笑う。

「葉月さん、お疲れ様!」

佳澄(かすみ)……さん……」

佳澄は後ろ手で部屋の鍵を閉めた。

「……これは、どういう……」

悪びれもせずに笑顔で話した。

「どうだった? この四日間は? とても充実した毎日を送ってたんじゃない?」

一歩ずつ葉月に近付いてくる。

「こ、来ないでください……」

葉月は青ざめた顔で後ろに下がる。

「結局あなたって隆二のことが好きなの? あ、でもどうかな、柊馬さんのファンだし? キラくんの歌に泣き崩れてたし、ホント……気の多い子よね?」

そう言うと、また葉月に一歩近づいて、頬に手をやった。

髪を耳にそっとかける。

「知ってるのよ。あのクリエイターとも関係があるんですってね? 彼、隆二の親友なんでしょ? いいのかなぁ? 彼らを混乱させちゃっても」

後ずさる葉月に、佳澄はさらに近づく。

「あなた……悪い子よね?」

そう言って、葉月を壁まで追い詰めた。

「悪い子だなって思ってたのに、いつの間にか私も……」

そう言うと佳澄は、葉月の顔を両手で挟んで、キスをした。

「はっ!」

葉月は必死で佳澄の身体を押し戻そうとするも、佳澄は葉月の両肩を壁に押し付けてもう一度キスしようとする。

「佳澄さん……もうやめてください」

顔を背けて抵抗する。

「隆二がなかなか私のものにならないのよ。あなたがいたら余計にそう! でもわかったの、あなたを私のものにしたら良いんだって!」

葉月のアゴをつかんで肩を抱いた。

「こんなこと……もう……」

葉月は全力で佳澄の腕を解き、自販機の方に逃げた。

「なんだ、やっぱり女はイヤなのね? 残念だわ。まあいいわ、じゃあ、今日は“彼”に譲るとするわ」

「彼……って……」

「ねぇ、起きてよ、ねぇってば、まだ途中だったじゃない!」

半裸の男性が動き出した。

その男はおもむろに立ち上がる。

見上げるような長身のその男は、颯斗ハヤトだった……

「えっ……」

一見して泥酔状態だとわかる、今までに見たことのないような険しい表情の颯斗が、無造作に頭を掻きながら、フラフラ歩いてくる。

佳澄は愉快そうに話す。

「何度か彼とこんなコトしてるのに、彼ったらね、本当になにも覚えてないのよ! 笑えるでしょ? だから安心して葉月さん! 今から何が起こったとしても、颯斗さんは絶対に覚えてないから」

そう言って、颯斗の方におもいっきり葉月を突き飛ばした。

颯斗にぶつかった葉月を、颯斗はがっちり掴んだ。

声を出す前に唇を覆われ、担がれるようにソファーに放り投げられた。

「あ……」

「じゃあね、せいぜい楽しんで!」

佳澄は服を直しながら部屋を出た。

「ハヤトさん、なにを……!」

その身体から逃れようと抵抗するも、その強大な力は葉月が制することができるものではなかった。

葉月の手首を掴み、ぐいっと頭上に押し上げて自分の身体を重ねる。

覆いかぶさったもう一方の手を葉月の腰に巻き付けて、さらに強く引き寄せた。

「やめて……ください、ハヤ……」

アルコールの匂いのする息づかいで、葉月の言葉を遮るようにその口を塞いだ。



階下に降りた佳澄は、一人笑いだしていた。

「あの子のあの……驚いた顔!」

更に笑いが込み上げる。

「あの子、今頃どうなってるんだろ、あははは……」

「なあ佳澄、それ、どういう意味?」

佳澄の顔から笑みが消えた。

「あら……キラくん、いたの?」

「お前さ、相当酔ってんだろ」

「あら、私を心配してくれてるの?」

「は? まさか、なんでオレが。さっきから気持ち悪りぃから聞いてみただけだ」

再び佳澄がニヤリと笑う。

「キラくん、もしかしてあなたまであの子を?」

「だから、どういう意味かって聞いてんだろ。あの子って……ん? もしかして……」

キラが佳澄を凝視するのと同時に、佳澄は声高らかに笑った。

「そうなの? ごめんね、もう、手遅れかも。あの子、今頃はきっとハヤトと……」

キラが佳澄の肩を掴んだ。

「なんだと! お前、彼女になにをした! どこにいるんだ」

佳澄は挑戦的な眼差しで、その手を振り払った。 

「教えるわけないでしょ! なによ、どいつもこいつも。あんな子娘なんて……」


キラは佳澄の話を聞かず、走り出した。

佳澄が歩いてきた方に行き、その階段を上る。

上りきったところで、そこにある『Public Space』の中から瓶が割れるような音が聞こえた。

キラは勢いよくそのドアを蹴破る。

思わず目を伏せたキラは、少しずつ視線をあげながら目を開いた。


ソファーに目を向けると、裸の男の背中が目に飛び込んできた。

足もとには別の足が抵抗するようにバタバタと動いていた。

手首を頭の上で固めて覆い被さっているその男は颯斗だった。

唇で塞がれて声にならない声を発し、抵抗しながらもがくその被害者はおそらく……

キラは一瞬気が遠くなりそうになる。

「葉月ちゃん……なのか……」

茫然自失でそう呟いた。


ハッとして目を凝らした。

颯斗は全体重で彼女を押さえつけて自由を奪っていた。

荒々しく彼女の唇を塞ぎ、もう一方の手は彼女の服のなかに差し込まれていた。 


「やめろ……やめろよ!」

キラはその背中に叫んだ。

「やめろっつてんだろ! ハヤト!」

まるで聞こえていないように彼女の唇をむさぼる颯斗の肩を掴んで、キラは力づくで引き離した。

「あ? うるせぇな! 邪魔すんなよ」

そこに力なく横たわっていたのは、見開いた目に涙をいっぱいに溜めた葉月だった。

キラが震えた声で言う。

「お前………この子が誰だかわかってんのか!」

「あ? 知るかよ!」

そう言って、もう一度葉月の上に乗ろうとする颯斗の腕をキラは掴む。

「やめろ! お前、彼女は……わかんないのか! こんな……」

颯斗はその手を振り払い、キラを突き飛ばすと、またガバッと葉月の上に身体を重ねた。

「俺が済んだら、お前にも譲ってやるよ」

「なんだと! なんてことを……」

キラは、再度葉月に覆い被さる颯斗の背後から腕を回し、その首を絞めあげた。

「うっ……」

しばらく静止したあと、颯斗は急に生気が抜けたように膝をガクンと折った。

キラは意識のなくなった颯斗を抱きとめて、別のシングルソファーに座らせた。

そして、俯いたまま葉月の側に来てそのソファーの横にしゃがんだ。

葉月の両手をとって、グッと力を入れて握りしめる。

下を向いたまま、静かに言う。

「ごめん……ごめん、こんなに……怖い思いをさせて」

その声は震えていて、まるで泣いているかのようだった。

大きく息を一ついて、キラは葉月の服を整えると、そのままふわっと抱き上げて部屋を出た。

「……あ……の」

「何も言わなくていい」

そう言って『Public Space』の斜向かいにあるテラスの扉を、彼女を抱いたままの手でガラっと開けた。


広いテラスには涼しい風と、優しい虫の声が響いている。

一番端のベンチにそっと葉月を降ろす。


彼女を支える自分のその腕にもポタポタと落ちてくる彼女の涙を目にして、キラは葉月をその胸に抱きしめた。

そしてその背中をさする。

「もう大丈夫だから。ごめん。もう怖い思いは絶対にさせないから! 本当に……ごめん」

何度も何度も謝るキラの切ない声が、その鼓動と共に彼の胸から伝って響いてきた。

しばらく彼はなにも言わず、ただ葉月を抱きしめたまま、腕をトントンと軽くたたく。

落ち着くのを、静かに待ってくれているようだった。

しばらくして彼はそっと身体を離し、両手で彼女の頬を包むと、涙を親指でぬぐった。

そしてアゴに手を添えてその青い視線を葉月の唇に向けると、親指ではみ出した口紅を拭う。

また幾筋も流れ始める涙に、焦るように自分のポケットを探り、何もみつからないので腰のループに巻き付けていたバンダナを外すと、それを丸めてその涙をせき止めようとする。

葉月の手を取り、そのバンダナを持たせた。

「……大丈夫?」

「はい……」

ようやく声を絞り出した葉月に、キラは俯いたまま話しだした。


「ハヤトはさ、酒さえ入らなかったらすごくいいやつなんだけど、飲むと見境がない……君には特に興味をもってはいたけど、それが原因かどうか……本当にごめん、もうこうなったら……うちのバンドの不祥事だな」

キラが葉月の顔を覗き込んだ。

「まだ涙、止まらない?」

キラが葉月の頬に手を伸ばそうと、更に顔を近付けた。

葉月はキラと視線が合うと、さっと身を引いた。

「どうした? また襲われると思った?」

「まさか……助けてもらったのに……そんなこと……」

「そっか」

「ただ……やっぱりその目で見られちゃうと……」

「さっきは大丈夫だったのに?」

「動揺していたので……」

キラはため息混じりに言った。

「そんなに水分を放出したら脱水症状になっちゃうから飲み物買ってくるよ ちょっと待ってて」

葉月の頭に手を置いてから、さらに両手で髪を整えると、キラは席を立った。


再び『Public Space』に足を踏み入れる。

自販機にコインを入れ、なんとなく彼女のイメージで、ミルクティーのボタンを押した。

出てきたペットボトルを机に置く。

そこで伸びている颯斗を しばし見下ろした。

人目につくかもしれないこの場所で、そのままにはしておけない。

無造作に床に投げられていたシャツを拾う。

キラは、ちたままの颯斗ハヤトの身体にそれを着せてからグッと担ぎ上げると、ソファーにそれらしく横たえた。 

その意識のない顔に舌打ちをする。

「ハヤト、やってくれたな……いくらなんでも今回はキツいぞ! 全く……危うくお前のこと、殺しかけたよ」

ぎゅっと目をつぶって深呼吸してから、テーブルの上のミルクティーのボトルを手に『Public Space』を後にした。


テラスに戻って、静かに彼女の横に座ると、視線を正面に向けたまま、キャップをひねって彼女の前にボトルを差し出す。

「……ありがとうございます」

「ありがとうなんて……ごめんね」

「……もう、謝らないでください」

キラは大きな溜め息をついて俯いた。

「最後の最後に……なんでこうなるかな。怖い思い、させるなんて……」

キラはいきどおりを隠せないと言わんばかりに、両ひざに肘をついて口元で指を強く組んだ。

「まだ……泣いてるよね。そりゃそうか、もうここに来るのも怖くなっただろうね、嫌われちゃうよな。どうしてあげたらいいか……情けないけどオレもわかんなくて……ごめん。オレの声も、もう……聞きたくない?」

「……そんなことないです。そうじゃなくて」

「ん?」

「このまま……その声を聞いていたいんです……」

「オレの? 声……」

「その声を聞いていたら、落ち着くなぁ……って」

「どういうこと」

「いえ……変なこと、言いますけど……いいですか……」


「え? なに……」



第73話『Evil Hands Are Coming』邪悪な手 ー終ー


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