第72話『Fascinated By Music On Wrap Up Party』魅了される歌声
キラに散々イジられ、Instagram確約までされた颯斗の落胆ぶりに、会場は大いに盛り上がり、煽るような声援が飛び交う中、キラはリーダー柊馬に挨拶を促す。
「マジで今日のハヤト、いいわ! じゃあ、リーダーからも、一言頂こうか?」
「皆さん、四日間にわたるフェスのお仕事、お疲れ様でした。そして俺達のライブを盛り上げてくれて、ありがとうな! 今日は一味違った俺たちを観てもらえたような気がするんだけど、どうかな?」
会場からは、口々に感嘆の言葉が飛んでくる。
「よかった! 俺たちも楽しかったよ。今回から映像クリエイターを新しく迎えました。みんなも俺たちと同じようなワクワク感を感じてくれたんじゃないかなって思ってます。今日はね、国内外の色々なアーティストも観に来てくれてたんだけど、彼らの反響もダイレクトに伝わってきて、手応えを感じることが出来ました。これからはエンターテインメントとしての『Eternal Boy's Life』を、みんなにお見せ出来るんじゃないかと思っています。これからもよろしくお願いします」
拍手が沸いた。
キラが続ける。
「そうだな、オレ達もまだこれからいろんなことにチャレンジして、いろんなオレ達を見せて 、自分達もね、楽しんで行こうと思ってます。
今日さあ『Gerald』が来てたの知ってる? あ、見た? みんな『Gerald』知ってんの? ……うん、そうそう、アメリカのロックバンドなんだけど、去年の秋かな、海外フェスにウチらが呼ばれて出演した時に一緒になって。ま、そん時に意気投合したっていうか……今回彼らはもうすぐJAPANツアーが始まるんだけど、今日はわざわざ前乗りして観に来てくれたんだ。知ってる人はわかると思うんだけど、ウチとサウンド的に通ずるものがあるんだよね。まあ、そんな彼らが、今日はすごくイイ反応を見せてくれたんで、オレらもなんか嬉しくてさ。その『Gerald』のベーシストの“シャール・シャムウェイ”がさ、もう水嶋……あ、リュウジね。コイツのドラムにベタ惚れでさぁ! ねぇトーマくん!」
「そうそう、もう 口説きにかかってるように聞こえるんだよね。マジで引き抜かれるんじゃないかなって思ったぐらいだったよな? まあリュウジは実際、海外アーティストのサポートで叩いてたこともあるし、なんかこう、外人好きのする“匂い”があるんだろうな」
「ちょっと……“外人好き”って言い方は……」
後ろで密かに隆二が抗議をしてオーディエンスの笑いを誘う。
「そんな“外人好き”のする、超かっこいいリュウジですが!……ねぇ、コイツ、昨日ここでバスケしたって、ホント?」
オーディエンスから、次々にタレコミが入る。
「オレも聞いたよ、女子に負けたんかい! って。マジかよ! ってさ、言ってたんだけど……」
「おい! お前やめろよ!」
後ろから隆二がまた抗議する。
「カッコ悪りぃ! って、オレも言ったんだけど、水嶋をフォローするわけじゃないけどさ、よくよく聞いたら相手の女子、ナント麗人学園のスリーポイントシューターだったんだってさ! インターハイも出てるって。そりゃ太刀打ちできねぇなって。ま、一回オレも、今度お手合わせ願おうかなと思ってるんだけど?」
キラは青い目で葉月を見据えた。
息が止まりそうになった葉月を、後ろから裕貴がたしなめる。
「ポーカーフェイスだぞ、もう倒れるなよ!」
三人女子が笑った。
「さて、うちのドラマーのイジリは後でたっぷりやるとして、そろそろ曲を始めようか!」
キラがギターを持ち上げて、会場がまた歓声につつまれた。
「まずは合唱曲からいこうかな! みんなも歌いたいだろ? いくぞ! アコースティックバージョン『宝物』!」
キャーという声とともにイントロが始まり、かつて甲子園のテーマソングにも起用された『宝物』をみんなで大合唱した。
その後も、本当に贅沢な時間が流れ、どのスタッフの顔も輝いて見えた。
隆二が言ってくれた「生で聴かない?『宝物』」という言葉からここにやって来て、あの頃では想像がつかなかった壮大なステージと、そしてこんなにも至近距離で『宝物』を聴き、一緒に歌うことが出来るなんて本当に夢のようだと、葉月は周りに気付かれないように何度か耳たぶを強くつまんだ。
普段なかなか聴くことのできない『エタボ』のアンプラグドなサウンドは、いつもCDで聴く楽曲とはまた一味違って、ジャンルを超えた味わい深さがあり、またメンバーそれぞれの能力の高さをも見ることができた。
キラの歌にこと関しては、音数が少ないことでその声が際立ち、その魅力は更に何十倍も増した。
葉月があの暗闇のブースでも聞いて、本番でも打ちひしがれた曲『I just want to feel you』は、さすがにそこでは演奏されなかった。
聴きたい気持ちもあったが、やはりあのステージで聴くのがベストだったし、キラも出し切ったのだろうとそう思った。
キラが中座して、何曲かインストゥルメンタルが演奏された。
ロックバンドとは程遠い職人技のような演奏に、しばし皆が酔いしれる。
一気に大人っぽい空間が広がって、ここがどこだか忘れてしまいそうになる。
キラの不在に柊馬がマイクを取った。
「うちのボーカル、どっか行っちゃったなぁ……いつもね、こんなカンジで奔放なんだよ! そうだな、じゃあ……今から飛び入りタイムにしようか。誰か歌える人いない?」
柊馬が会場を見渡す。
「はーい!」
葉月のすぐ後ろで声がした。
裕貴の声だった。
慌てて振り向くと、裕貴が奈々の手を掴んであげてさせていた。
「ちょ、ちょっと! ユウキ! 何してんのよっ!!」
「ここにボーカリストがいまーす!」
裕貴は平然と言う。
柊馬が笑って手招いた。
奈々はみんなに背中を押されて、無理やり前まで連れてこられる。
隆二が奈々の顔を見て、にっこりした。
奈々は腹をくくったように話し出した。
「福岡から来た『Sanctuary』ってバンドのボーカルです。『エタボ』に憧れて、毎年メンバー全員でこのフェスに来てます。いつかは私たちも、このフェスで同じステージに立てたらなって、夢見ながら頑張っています!」
会場から拍手が上がる。
奈々は『Feeling of you』を歌った。
アコースティックサウンドと女性ボーカルがマッチしていて、会場をうっとりさせた。
葉月も梨沙子も翼も、胸いっぱいの思いで、その光景を見ていた。
隣で動画を一生懸命撮っている尚樹は、目に涙をためているように見えた。
会場が一体になって、奈々を応援している……
「なんて素敵なんだろう……」
食堂中を見渡して、葉月はそう思った。
盛大な拍手とともに、奈々が真っ赤な顔をして帰ってきた。
みんな彼女の頬を叩いて、口々に賞賛をたたえた。
「めちゃくちゃよかったよな? ありがとね! しかし、まだウチのボーカルが帰って来ないなあ……どうしようか? そうだなあ……じゃあ、 リュウジ歌えよ!」
「え? トーマさん、何言ってんだ?」
あからさまに当惑する隆二を、柊馬はさらに追い込む。
「実はね、このサポートメンバーのリュウジは、 “外人好き” がするだけじゃなくて、実に器用なオトコなんだよ。ドラムもあんだけ叩けんのにさ、実はギターも弾けて、ピアノも弾ける。そして、なんと! ボーカルもイイんだ」
会場から驚きの声が上がる。
葉月はあの、素敵な車の中で聴いた、隆二の声を思い出した。
確かにあの時はキラに似てると思ったけれど、似てるというよりは、匹敵するぐらい雰囲気のある声だった。
それをメンバーも認識しているようだった。
柊馬が言った。
「いつもリュウジをイジリまくるキラが不在だから、代わりに俺がイジるかな! リュウジ、歌えよ!」
「マジかよ、トーマさん……」
会場から大きな拍手が上がった。
リュウジは観念したように、肩落としてカホンから立ち上がり、颯斗から渡されたギターを抱えて、席に座った。
隆二は後ろを振り返って言う。
「リズムがないな……あ、そこのお前、ここに来て演れよ!」
隆二が指名したのは尚樹だった。
尚樹は震え上がるように驚いて、変な声を出したので、周りは大爆笑した。
「アイツはさっき歌ってくれた彼女のバンドメンバーなんだ。 『Sanctuary』だっけ? そこのドラム。昨日一緒にバスケ対決もやったんだよなぁ? ほら、早く出てこいよ!」
また尚樹のキラキラした目が潤んだように見えた。
顔を真っ赤にして、尚樹が前に出て行く。
そして三人で夢のようなセッションが行われた。
葉月は隆二のギターを爪弾く姿に、ドキッとする。
葉月だけではなく、会場中が隆二に惹き付けられた。
そしてその大人っぽい甘さのある声は、キラとはまた違った魅力があり、会場からはため息が洩れた。
何曲かの夢のセッションが終わって、いつの間にやらステージに残った柊馬と隆二の大撮影大会が始まる。
みんなスマホを片手に、彼らの元へと集まって行った。
その時、葉月のスタッフ携帯がなった。
みんなから外れて、送られてきたメッセージを確認してみる。
「なにこれ?『管理者内線用』って? こんなアイコンあったんだ」
メッセージが書いてあった。
「パブリックスペースにて、次年度のブレーンミーティングがあるので、ビール2本グラス6つをお願いします」
「え? なぜ私に送られてきたんだろう?」
そう思いながらも食堂から厨房に入って、ビールを2本とグラス6個をトレイに置き、それを持ちながら階段を上った。
いつもとは違う階段を登ってしまったので、しばらく迷ってしまう。
「あれ……ここは普通に宿泊室よね? 広いからなぁ……もう一箇所の階段かぁ。探すより一回降りて戻ろっかな」
ビールがちょっとぬるくなる懸念はあったが、もう一度来た道を戻り、階段を降りて厨房の前に出た。
今度は食堂を突っ切って、その対面にある階段を危なげに登っていく。
階段を上りきった角にその部屋はあった。
「あ、ここね!」
初日に裕貴も一緒にここで話してお菓子を食べたことを思い出す。
『Public Space』そう書いてあった。
ノックしても反応がないので、もう一度ノックした。
返事がないまま、ちょっとドアが開く。
「どうぞ」
女の人の声がした。
「失礼します」
そう言って中に入ると、真っ直ぐ進んで|見えているテーブルにトレイごとビールを置いて、顔を上げた。
「え……」
その信じられない光景に、葉月は一瞬言葉を失った。
第72話『Fascinated By Music On Wrap Up Party』 魅了される歌声 ー終ー




