第69話『Glitz And Glamour Of 「エタボ」』輝きと魅力
再会した鴻上徹也が隆二と連れだって出ていってから、裕貴と暫しPAブースで話していた葉月は、裕貴と共にステージ裏の控え室通りに戻ってきた。
しかし、葉月はまたもや楽屋に入れなかった。
ホンモノの『Eternal Boy's Life』を見せつけられ、すっかり魅せられてしまった葉月は、あんな “神” みたいなメンバーと気軽に話せるわけがないと、二の足を踏む。
そう言って駄々をこねる葉月を、裕貴は容赦なく強引に楽屋に引きずり込んだ。
「わぁっ! あの……お、お疲れ様でした……」
リラックスして話しているメンバーが一斉に葉月を見た。
「あ……あの、物凄く……素晴らしくて……私、感動してしまって……」
キラが青い目で葉月を射貫くと、笑いながら寄って来た。
「顔を見たらわかるよ、葉月ちゃん、お風呂上がりみたいだもん」
「え……お、お風呂上がり……ですか?」
「ああ、すっぴんでさ、のぼせたみたいなほっぺしてるよ? メイク、全部流れちゃってるしね。そんなに泣いちゃうほど、オレの歌に感動したの?」
キラが手を伸ばそうとしたので、葉月はまた後ずさりしてしまい、みんなに笑われた。
裕貴が制する。
「キラさん、イジリ過ぎですよ。本当に号泣するほど感動したみたいですし」
キラは表情をフッと緩めた。
裕貴に注意されたキラの後ろから、今度は柊馬が葉月の前に来た。
「大丈夫? これでも飲んで」
柊馬は、花梨エキス入りのレモンティーをカリッと開けて、放心する葉月の手を取り、ボトルとキャップをそれぞれ葉月の手にしっかりと持たせた。
柊馬の手が触れて、葉月は一気に真っ赤になる。
「あ、それってオレの?」
「ああ、昼間、葉月ちゃんと二人っきりで話した時に、彼女がコレ、気に入ったみたいだったからな」
柊馬はキラに挑発的に笑いかけた。
「なにそれ? トーマくん! なに抜け駆けしてんだよ!」
「なんかますます面白くなってきたな!」
颯斗が表情を輝かせる。
「はい、皆さん! 葉月が固まっちゃってるんで、一旦退室します!」
裕貴が救済に入って、またみんなが笑う。
「あ……あの、ホントに素敵でした……素晴らしいステージ……ありがとうございました」
そう頭を下げる葉月に、演者たちは微笑ましい視線を送った。
楽屋を出た葉月は深く息を吸い込んだ。
「大丈夫?」
裕貴に向かって頬を膨らませる。
「大丈夫なわけないじゃない! だって、さっきの、あのステージに立ってた『エタボ』のメンバーよ! 普通に話せるわけないよぉ」
葉月は多くのアーティストやスタッフが行き交う廊下の壁に背中をつけて、今にも座り込みそうに下を向いた。
「あれ? 葉月ちゃん、どうしたの?」
「わっ! リュウジさん!」
「え?」
「お、お疲れ様でした……あの、凄く素敵でした……」
隆二が裕貴を見る。
「楽屋入ったのか?」
「はい」
「だからこんな?」
「まぁ……」
隆二は葉月の両肩を持ってスッと立たせる。
「ああっ……」
「あれ? これはキラの?」
葉月が固まったまま持っているレモンティーを見る。
「それさっき、トーマさんに渡されて……それでまた葉月、骨抜きになってるんです」
「やれやれ……葉月ちゃん、そんな真っ赤な顔して……本当に脱水症状になるぞ。ほら飲んで」
隆二に促されて、花梨エキス入りのレモンティーを飲んだ。
「やっぱりコレ、おいしい……」
「やっぱり?」
裕貴の解説が入った。
「今日の昼間、アレックスさんめちゃめちゃ面白かったんですよ。例のオトコ前バージョンになってて。で、何を思ったかアレックスさん、突然トーマさんと葉月を二人にして、ボクも楽屋から引きずり出されて……それでトーマさんとふたりっきりになった時に、トーマさんにこのレモンティーを貰ったみたいですよ! あれ、葉月? また思い出しちゃった?」
「もう……ユウキ!」
「へぇ……葉月ちゃん、トーマさんと話せたんだ? すごい進歩じゃん。まぁ……でも、ふたりっきりっていうのは、いくら相手がトーマさんでもちょっと許可出来ないなぁ」
「ホント、よくふたりきりでいられたよな? 今さっきこれをトーマさんから貰った時なんて、葉月、もう “ゆでダコ” みたいに真っ赤になって、その場に座り込みそうになってましたもん。もはや骨抜きならぬ、無脊椎動物だよな?」
「もう! やめてよユウキ!」
「ユウキ、あんまりいじめるなよ。徹也に聞いたよ。葉月ちゃん、感動してずっと泣いてたからなかなか声かけられかったって……」
隆二はその髪に手をやろうとした。
葉月はビクッとして後ろの壁に背中を打ち付ける。
「おっ! この感じ! なんか久々。葉月ちゃん、俺のドラムさばき、どうだった?」
葉月はまた少し下を向く。
「もう……凄かったです……なんだか、バスケを一緒にやってくれたリュウジさんとも、『Blue Stone』のリュウジさんとも、違う人みたいっていうか……とにかく凄く感動してしまって……」
「キタ! 嬉しいねぇ葉月ちゃん! でもちゃんと俺とも喋ってね」
「……どうですかね……もう葉月はいっぱいいっぱいみたいですから」
裕貴が溜め息をつく。
「そういえばリュウジさん、クリエイターの、人はどうしたんですか?」
葉月も少し顔をあげてその答えを待っているようだった。
「ああ、徹也ならもう行ったよ」
「……そうなんですね」
葉月の表情が、少し寂しそうに見えた。
「アイツ、今から飛行機に乗らなきゃならないらしいから。これから九州とか、どんだけ忙しいんだ? 俺、アイツのこと、なんも知らないわ。確かにもともと奥ゆかしいヤツだけどな」
「奥ゆかしい人があんな創作をしますかねぇ?」
「そうだな。いや……しかし、驚いたな。まさかヤツが敏腕クリエイターとは……トーマさんも黙ってるなんて、人が悪いぜ」
裕貴は前日、ペントハウスのキッチンでの柊馬の話を思い出した。
クリエイター獲得に隆二が大きく関わっていると言っていた柊馬は、裕貴に “切ない気持ちも吹っ飛ぶだろうから、楽しみにしておけ” と言った。
「ホントに。トーマさんにしては珍しいサプライズですね。あの人のこと、聞きましたよ葉月から。あの人が花火大会に出会った人で、それがきっかけで『Blue Stone』に行くようになったって」
「……そうなんだよ。なんか……不思議な縁だよな?」
そういう隆二の横顔から、裕貴はなにか感じるものがあった。
「葉月、あの人の会社にバイトに行くんだろ? なにやるかも聞かされてないのに?」
「ええ、まあ……私なんかで役に立ちますかって……何度か聞いたような……気がするんだけど」
「え? 聞いたような気がする……って? どういうことだよ?」
「あ、あの日か……葉月ちゃん、めちゃめちゃ酔っててさ、ウチの店で寝ちまってな。徹也が担いで送ってった日があって」
「担ぐ! 酔っ払った女の子を “お持ち帰り” ですか!」
「ユウキ! 変なこと言わないでよ! 鴻上さんはそんな人じゃないわ」
「確かに。徹也は超のつく真面目なヤツだからな。それに……わざと濃い酒を出して、葉月ちゃんを泥酔させちまったのは俺なんだ」
「え? わざと?」
葉月が驚いた顔をした。
「何でそんなことを?」
裕貴も同じ顔をした。
「ああ……あの時はさ、徹也と葉月ちゃんが、その花火大会以来の再会だったから……話が盛り上がればいいなとか思って……俺の幼稚な悪戯心でさ」
「なんか、リュウジさんらしくないですね」
「ああ、俺も後からだいぶん反省したよ。悪いことしちゃったなって思ってさ」
葉月は体を起こして、擁護するように言った。
「あ……でも、その後にお詫びだって、ご馳走してもらいましたし……」
隆二は葉月に近付く。
「じゃあまた、俺と二人で食事にでも行く?」
萎縮する葉月を見ながら、裕貴が隆二を制する。
「今はそんなこと言っちゃダメですよ! すぐそうやって……」
「あ? なんだよユウキ! “調子に乗る” とでも言いたいか! ナマイキなヤツめ!」
「まあまあ……それよりリュウジさん、葉月がクリエイターさんの所でバイトすることになったら、ひょっとしたら今後、『エタボ』関連の打ち合わせやライブにも、本当にスタッフとして来られるかもしれませんよね?」
「おお! それ、いいなぁ。トーマさんにも話しておくよ……ただ、今のままだと少し心配だけどな」
「ボクは今日、また心配事が一つ増えましたけど……」
「ん?」
「ああ、いえいえ」
廊下は相変わらず出演者と関係者でごった返している。
葉月は定まらない目線で控え室の方を見ながらポツリと言った。
「ユウキ、アレックスさんは? まだライブ終わってから会ってないんだけど……」
「え! 葉月、知らなかったっけ?」
「ん?」
「なんだ? 葉月ちゃん、アレクから聞いてないのか? まだ居るかな?」
隆二も辺りを見回した。
「やっぱり……アレックスさん、言わなかったんじゃないですかね」
裕貴の言葉に、葉月が不可解な表情をする。
「え? 何を?」
「アレックスさんは打ち上げには出ないで、今日中に帰るんだよ」
「ウソ! どうして?」
「次の仕事、待たしてるって言ってただろう? だから多分このまま……」
葉月はすくっと身を起こした。
「葉月……」
「ちょっと探してきます!」
葉月は二人をそこに残したまま、ステージに向かって走り出した。
階段の手前でPAの松崎さんに会った。
「アレックスさん見ませんでしたか?」
「ああ、さっきまでステージ下に居たけどなぁ」
「すみません、探してみます」
このまま会えなくなるなんて……
そんなざわざわした気持ちが、葉月の足を急がせた。
第69話 『Glitz And Glamour Of 「エタボ」』輝きと魅力 ー終ー




