第67話『The Best Stage To Touch Your Heart』心に触れる最高のステージ
野音フェスのヘッドライナーでもあり、クロージングアクトの『Eternal Boy's Life』の演奏は、映像効果を駆使した演出でオーディエンスを大いに沸かせていた。
葉月は全貌を見渡せるPAブースで色々な思いを馳せながら、彼らのファンとしてその胸を震わせていた。
「じゃあ次は……これも古い曲です。今ここに居るアレックスもリュウジも居なかった、まだ 『Eternal Boy's Life』が4人だった頃かな? オレ達が10代でデビューして、最初に作ったバラード曲、聞いてください」
『I'll Always Be here』
波のような 人の群れ
眩しい朝の 始まり
ざわめくプラットホームに
君の影を探す
微笑む君の 横顔は
ボクの心を 切なくさせる
笑顔の先に何があるのか
君の全てが知りたい
まっすぐに 君が好きだ
もし君のそばにいられたらなら
気付いてよ ここにいるよ
君を守り続けるよ
陽が傾き、雲の切れ目から金色の光が幾重にも分かれて射すなか、葉月もオーディエンスも、皆が一緒に歌った。
会場が、皆の心が、ひとつになっていることを感じた。
この曲を初めて聴いたときは、中学生だった。
いつか自分にも、この歌のような切ない思いを抱いた王子様のような存在が現れてくれないだろうかと、少しドキドキしながら通学時の電車の中を見回した、あの初々しい感情を思い出す。
実際はクラブに勤しんだ日々を過ごし、電車の中で少し “ イイな ” と思った人の顔すらも、何週間か過ぎれば忘れてしまうような学生生活……
何度となくCDで聴いていたはずなのに、そんな思いがあったことも忘れてしまっていた。
こんな自分にすらちっぽけではあるが歴史があり、それをぼんやりと過ごしてきた。
この曲を書いたときのキラは、今の自分よりも若かった。
大人の世界の中で、彼らがどんな思いでいたのか、その年月を彼らはいったいどんな思いで歩んできたのか……さっきのキラの訴えかけるようなMCが心に刺さったままだった。
この曲は、隆二のあの素敵な車の中でも流れた。
その時初めて、彼が『Eternal Boy's Life』でドラムを叩いていることを知って、衝撃を受けた。
いつも聞いている大好きなCDの中には実は彼がいて、そして自分が実際に見に行ったステージの上で、彼が今そうしているようにその体をしならせてドラムを叩いていたなんて……
そして、この大好きな曲を一緒に歌った。
2人車内で合唱し、誉め言葉のつもりで「声がキラに似てますね」と言った時の隆二の顔……
「はぁ? なんだそれ? 渡辺に似てたら上手いってことになるのか?」と皮肉な顔をして言った彼は、今はあそこで最高のパフォーマンスをしている。
大きな拍手を全身に浴びたキラが、アコースティックギターを手にした。
胸の鼓動が高鳴る。
またあの真っ暗闇のスタジオの中での震える感情が、自分の中に染み出てくるのを感じた。
陽が陰り始めたステージに、真上から一本の筋のような照明が射し、そのスポットライトに照らされたキラがギターを抱え、たった一人で座っている。
『I just want to feel you』
静かにそう一言呟いたキラを、観客はその彼が爪弾くギターの音と共に静かに聞いている。
I can't go on this way
With it strong everyday
気付いたのさ
I wanna be more than a friend
見渡す空が 終わりなきように
ボクの気持ちに 限りはない
You made my soul a burning Fire
止まらない思い
I just want to feel you
I wish that you were mine
I ain't going nowhere
明かりが灯る
All I do is think about you
心のままに 駆け巡る思い
ボクの鼓動が今 音をたてる
You made my soul a burning Fire
走り出した思い
I just want to feel you
キラの甘く切なく響く、その鋼のようなハイトーンヴォイスは、時に力強く、そして時に寄り添って支えたくなるほどに儚げで、深く心に入り込んできた。
すべてを擲って身体の真ん中から歌い上げる姿と美しく歪む苦悩の表情に、胸が苦しくて切なくて涙を止めることが出来なかった。
最後のアルペジオが終わっても、涙は止まらなかった。
最高だった。
あの暗闇の中で聴いたキラの声を上回る情熱と、ただ一筋の光のなかに照らされている彼自身の渾身の歌が心を打ち、胸の震えがおさまらない。
幾筋も幾筋も流れ落ちるその涙だけでは感情が押さえきれず、まるで小さい子供のようにしゃくり上げて泣いてしまう。
「ありがとう」
キラはそう言ってアリーナを見回した。
そこには、同じように泣き崩れているオーディエンスがたくさんいた。
「みんな……感じてくれてるんだな。ありがとう。この『I just want to feel you』は、一見ラブソングだけど、オレが音楽に対して思う気持ちでもあって、今のみんなみたいな心を震わせる感情を、自分自身が常に持っていたいなって思って作った曲でもあります。
……みんな、大丈夫?
……本当に、ありがとう。
みんなと分かち合えて、ホント嬉しいよ」
拍手と歓声があがった。
葉月も胸を押さえながらキラの言葉を噛み締めた。
「さっきはオレらの話だけしたけどさ、今日はいっぱい色んなバンド来てたでしょ? 彼らもみんな素晴らしい演奏で、すごく幸せそうに演ってただろ? だけどさ、やっぱりそれぞれに苦労があって、みんないろんな挫折を経験しながらここに集まってきてるんだ。痛みが分かる人間ばっかりなんだよね。そんな奴らから、いろんなエネルギー受け取ったみんなの顔、今すっげー輝いてるよ。そうやって生きていけたら、絶対幸せは増えるだろう。
オレもそう思うよ。
今信じられる! みんなの顔を見て。
ありがとうな!
みんなに出会えて、幸せだ!」
会場から渦のような大きな歓声が起きた。
「じゃあ、こっからまた、飛ばしていくぜ! みんなこの曲、好きかなぁ?『宝物』!」
そのタイトルコールに、会場は一気に沸き立った。
『宝物』は、葉月の母校『麗神学園』の野球部が夏の甲子園に出場した年のテーマソングだった。
女子バスケ部のハードな練習をかいくぐって、密かに憧れていた野球部の先輩を応援しに行ったあの夏の日……
これを聴くとあの熱い熱い夏のスタンド席を思い出す。
その一瞬一瞬に心を踊らせ、それらを必死で目に焼き付けた……
まさしく青春を物語る一曲だった。
そして……
「ねえ葉月ちゃん、生で聞かない? 『宝物』を」
隆二にあの車の中でそう言われたのがきっかけで、今ここに居る。
イタズラな目付きでカーステレオを停止した、隆二のあの時の笑顔を思い出す。
「リュウジさん……」
聞こえるはずもないその遥か遠い先には、バスケットで真剣勝負をしてくれる優しいお兄さんでも、皮肉をいいながらいつもからかってくるお兄さんでもなく、いつものスマートな彼からは想像出来ないほどの男らしくワイルドな姿で、その中枢を担っている『Eternal Boy's Life』のドラマー、リュウジがいる。
彼と2人で一緒にショッピングに出掛けて自分が彼に選んだTシャツに袖を通しているのに、それでも別人のようにみえるほど、大きなオーラをまとった『エタボ』のリュウジがそこに存在していた。
トーマ、ハヤトの2人のプレイが絡み合う。
その見つめ合う笑顔に、会場からは歓声と共にため息も洩れる。
「最後だ! 行くぞ!」
キラがそう叫ぶと、また大きな歓声が上がった。
隆二のカウントが高らかに響き、会場はまた大きな怪物がうねるかのように、一体となって動き始める。
最後の曲……
『Feel Like I Can Take The World』
ビートと重低音が効いた、めくるめくようなディストーションサウンドに、ほとばしるようなピアノの旋律が折り重なる。
体の芯から揺さぶられるようなその曲に、心がジリジリと焼きつくされていく。
仮にこのフェスにただの観客として自分が訪れていたのなら、ライブは楽しいだろうけれど、彼らの素晴らしさを見落として帰ることになったかもしれない……
そんな気がした。
息をするのを忘れてしまいそうなほどのスピリッツを感じながら、そのパワフルステージが終盤を迎えようとしている。
この曲の終わりは、このフェス自体の、そして『Eternal Boy's Life』のエンディングを意味する。
まだずっとここに居たくて、ずっとこのまま彼らと過ごしたくて……
名残惜しい気持ちが、さらにオーディエンスの思いを掻き立てた。
キラが、大きく手を上げてリュウジと目を合わせ、大きくジャンプする。
着地と同時に決めのフィルでメンバー全員でのエンディングのキメとなった。
その瞬間、シュルルという音がして、バックスクリーンを花火の映像が彩る。
顔を上げたとたん、空からまるで昼のようなまぶしい閃光が走り、大きな爆音が鳴り響いた。
「これは……」
うず高いステージの鉄骨のその上方から、本物の花火が飛び出して夏の夜に大輪の花を咲かせた。
会場からは溜め息にも近い、大きな歓声が沸いた。
メンバー全員が肩を組みながら、メインステージから花道の先端まで並んで歩く。
そして先端に立った5人は観客と同じ方向を向き、全員でそのまま花火を仰いだ。
バックスクリーンで弾けた花火からのびた、本物の花火へと繋がる圧巻の演出に、メンバーたちも声を上げながらその光景を楽しんでいた。
葉月は声も出せなかった。
その音に、そして肩を組んだ5人の後ろ姿に、涙でぼやけた視線を送っては何度も涙を拭いながらその全貌を目に焼き付ける。
体の奥に響くような花火の重低音が、心地よく葉月を突き上げた時、あるシーンが心の中に甦った。
「これは、あの時……あの夜に見た……」
座り込んでいる葉月の肩に、後ろから誰かの手が触れた。
「最後の花火、また一緒に観ることができたね」
その温かく聞き覚えのある声に、葉月は思わず振り返る。
「……え!」
少し照れたような表情で優しく見つめるその瞳を確認した葉月は、あまりの驚きに両手で口を覆った。
第67話『The Best Stage to Touch Your Heart』心に触れる最高のステージ ー終ー




