第62話『How To Spend At The Backstage』舞台裏での過ごし方
柊馬の事を想像して微笑んでいた葉月に、裕貴は皮肉めいた視線を送る。
「なんだよその顔! ポッとしてんじゃねぇよ!」
そうなじりながらも、香澄との事件は忘れて、葉月にこのまま平和な時間が続く事を切に願っていた。
2人は『Eternal Boy's Life』様、と書かれた紙が貼られた大きな楽屋に入る。
裕貴が冷蔵庫を開けて、自分のコーラと、葉月にはミネラルウォーターを取り出して渡した。
「私、てっきり本番まではメンバーが色々話し合いながら、がっちり一緒に過ごすんだと思ってたわ」
「まあ、本来そういうバンドの方が多いんじゃないかな。だけど『エタボ』メンバーは交友関係が広いからね。他のアーティストとの交流もあるし、彼らを観に来るって人がいたら、その人たちと過ごしてるっていう事が多いかな」
「じゃあさっきの『Gerald』のメンバーみたいに、けっこう有名人が来たりすることもあるの?」
「うん。去年なんてさ、たまたまその時に来日してた “ セレム・ドレイク ” と『Phylisia』の “ シェリル・レイノルズ ” が来ててさ、ずっとキラさんがホストしてたんだ」
「え! 凄い! なんでハリウッドスターと『フィリシア』のメインボーカルが?!」
「多分付き合ってるみたい。『フィリシア』のジャパンツアーにセレムがお忍びで来たらしいよ」
「そうなんだ!『フィリシア』と『エタボ』はアメリカのミュージック番組で共演してたんでしょ? ネット配信で見たんだけど、セレム・ドレイクは? 接点ないよね?」
「それがさ、キラさんがデビューしたての時の知り合いなんだって。葉月、知らないかなぁ、ボクらもまだ中学に入ったばっかりの時期だと思うんだけど『Eternal Boy's Life』って、もう少しアイドル寄りだったんだよね。キラさんも番組とか、バラエティにまで出演したりしてた時期なんだ。その時にハリウッド映画に “ 日本のバンド小僧 ” みたいな役でキラさんが出演したんだよ、知らない?」
「あ……ニュースで見たかも……あの時か……ホントに中学生だわ」
「で、その時にまだブレイクしてなかったセレムも同じバンドのメンバーっていう役で共演しててさ、それ以来の友人関係なんだって」
「へぇ! やっぱりキラさん、凄いね。友人関係もワールドワイド!」
「だろ? ボクも驚いたよ」
「ユウキも会ったんでしょ? 近くで見たの?」
「もちろん! サインももらったし握手もしてもらった」
「えーいいなぁ! 素敵なんだろうな……ハリウッドスターだもんね!」
「そりゃもう! スクリーンで見るよりずっと若いイメージだったな。イケメンだし、トーマさんよりデカかった。ただ……」
「ん?」
「サイン書いてもらってるときにさ、「Why are you working here? 」って聞かれて返答に困ってたら、セレムがキラさんに「Is he a middle schooler? 」って……ボク、中学生だって思われたみたいで……」
「あははは。そうなんだ!」
「なんか。キラさんが笑いをこらえながら説明してくれたのが印象的だったな……」
「フフフ。いい経験ね。今年もゲストがくるのかな?」
「さあ、今んとこ『Gerald』しか聞いてないけど、ベーシストのシャール以外のメンバーも、本番までには来るかもね」
「そっか。すごいね!」
控え室に人だかりが出来ていた。
会場スタッフではなく『BACK STAGE PASS』を首にかけた人達がカメラやビデオを抱えている。
「あの人たちは?」
「さあ? 取材があるなんて聞いてなかったけど……」
人だかりの群れが花道のように左右に分かれ、そこから誰かがこっちに向いて歩いてきた。
スマートフォンを耳に当てながらこちらに向かってきたのは “ キラ ” だった。
「あのさトーマくん、『Emily Williams』が、さっき来たんだけどさ、エミリーのマネージャーに、これから取材に同席してもらえないかって聞かれたんだけど。オレ出ても問題ない? ああ、多分雑誌がいくつかと、ワイドショーかな……いや、メンバーもスタッフも誰もいなくてさ……あ! ユウキ見つけた!」
そう言ってキラはつかつかと2人の前にやって来る。
「かわるわ」
そう言って、裕貴に電話を差し出した。
「えっ? キラさん、何ですか?」
「いいから!」
キラはそのスマホを強引に裕貴の耳に押し当てる。
裕貴が電話で話している間、キラはその青い目を葉月に近付けた。
「おはよう葉月ちゃん、もう4日目なのにまだ緊張してるの?」
そう言って肩に手を掛ける。
「ごめん、今日は “ タカヨシ ” にはなれないなぁ。でも、ホントはこっちの方がスキだろ?」
キラは更に目力を強め、肩から耳にその手を上げていった。
「キ、キラさん……取材の人が見てるので……」
「大丈夫だよ葉月ちゃん、この後もスタッフとして同席して……痛ててっ! おい! ユウキ! お前なぁ!」
キラはつねりあげられた手の甲を押さえて抗議する。
「まったく……さすが水嶋のボーヤだな! お前も暴力ドラマーか!」
裕貴は払われた手を引くと、すました顔で言った。
「いえ、これからしばらく、ボクははマネージャーなんで」
「は? マネージャー? 香澄は?」
「今、トーマさんとペントハウスに。こっちに向かっています」
「なんでペントハウスに? 朝トーマくんも一緒にこっちに来たはずだぞ」
「映像クリエイターの人と話してたそうです」
「へぇ、そうか。で、取材は?」
「今からすぐに受けるようにと。トーマさんから任されました。取材に不備がないように見張れとのことです。NGワードも聞いてますよ。因みに、今のそういった言動も行動も当然NGですからね!」
「ちえっ、イチイチうるさいな。何かにつけてお前らはオレと葉月ちゃんの仲を裂こうとするんだから。ねぇ葉月ちゃん、ふたりっきりになれる場所、ないかなぁ?」
「だから! そういった言動もNGですって。さぁ、行きますよ! 葉月も来て」
「えっ、私も?!」
「うん。お仕事だよ。メモをとってもらいたいからさ」
「ええ……わかった」
取材陣の間をぬって、壁一面にフラワースタンドが並べられた楽屋に入室して椅子とテーブルを設置した。
その上に葉月が即席でクロスとアレンジメントを置いて、取材がスタートする。
対談というよりも記者会見に近い内容で、葉月は取材陣の質問内容と、それに対するエミリーとキラの答えを記すのに、忙しくペンを走らせた。
キラがエミリーに投げ掛ける英語は流暢で、イギリス人2人が会話しているように錯覚してしまうほどだったが、なにより驚いたのは、辿々しくも、エミリーの発言を裕貴が同時通訳して葉月に伝えたことだった。
自分もリスニングはわりと得意な方だったが、ここまで瞬時に口語的に訳せるかというと自信はない。
取材が終わり、写真撮影に移る。
エミリーとキラのショットを撮る間、一歩さがって壁際でメモを確認していた葉月の肩を、誰かがちょんちょんとつついた。
ふとそちらに顔を向けると胸しか見えず、葉月はその顔をぐっと見上げる。
「ト、トーマさん……」
葉月のその表情に柊馬は優しく微笑みかけた。
「いいねぇ、その反応」
柊馬はクスッと笑って、少し顔を近付ける。
「ありがとうね、手伝ってくれて」
「あ……いえ……」
柊馬はその大きな手を葉月の肩にのせ、ポンポンとたたいてから、笑顔でキラの方へ行った。
エミリーと3人でフラッシュに囲まれる。
葉月はその様子を見つめながら、ポッとしたまま柊馬が手を置いた肩に自分の手を乗せた。
胸がふわっと熱くなって目を細める。
「幸せに浸ってるとこ、悪いんだけど」
ぶっきらぼうに裕貴が葉月の視界に入ってきた。
「えっ、な、なんのこと?」
葉月は慌てて手を下ろす。
その手を見ながら、裕貴は少ししらけた調子で言った。
「別に、いいんじゃない。ファン精神ね……ダダ漏れだけどな」
恥ずかしそうに下を向く葉月に、裕貴は「はい」と言って手を出した。
「メモ。ちゃんと取ってくれてありがとうね」
「うん。ユウキ、すごいね! 同時通訳ってすごく難しいのに、あんなに英語がわかるなんて。ビックリしたよ」
葉月はメモを渡しながら、感動を露にした。
「ボクの通う専門学校では、通訳の選択授業があるんだ。まあ、もともと外タレ好きだから英語は得意だったのもあるけどね」
「ホントすごい! 私も勉強したいなぁ。そういうのって、これからホントに活きてくると思うんだよね。いくら英語をやってても、使えないと意味ないし、それに……」
そう言いながら、その手元の用紙から先に顔をあげた葉月が、突然言葉を失った。
裕貴がおもむろに目をやると、葉月は裕貴の肩越しの正面を、凍りついたように凝視していた。
「葉月……?」
そう言って裕貴は振り返って、その方向を見る。
そこには香澄が立っていた。
笑みを含んだ口許で、葉月を見据えている。
裕貴はハッとして葉月の方を向きなおした。
目を見開いたまま硬直する葉月を確認すると、また後ろを振り向いて、その視線に入り込んでこちらに向かって歩いてくる香澄を止めた。
立ち塞がる裕貴の顔を、香澄はしばらく見つめて、ふっと笑った。
「なに? 大浜くん」
「彼女に近付かないで下さい」
「あら? やっぱり気付かれちゃった? 車、すれ違ったしね。それとも彼女から詳しく聞いたのかしら? どんなことされちゃったの? って!? もしかして……興奮した?」
裕貴は見開いた視線を落としながら、息を殺して静かに言った。
「彼女に近付いたら、柊馬さんに話しますよ」
香澄は声を上げで笑った。
「そんなこと、その子が望むはずないわよ? まさか憧れのトーマさんの前で、彼女を辱しめるつもり? ふふっ。じゃあ、この会談のメモね、頂いていくわ。お仕事ご苦労様!」
クッと言葉を飲み込む裕貴に一瞥し、香澄は裕貴の手から用紙を取り上げると、進路を変えて歩き去った。
裕貴は踵を返して葉月に駆け寄る。
「葉月……」
「……大丈夫。ユウキ、ありがとう」
「ここを出よう」
そう言って裕貴は葉月の手を取って、楽屋から表に連れ出した。
手を引いたまま、しばらく無言で歩く。
その手に徐々に力がこもり、半ば駆け出しそうになりながら楽屋裏を後にした。
「ピピーッ! こらそこの若者達! 止まりなさーい!」
ホイッスルを吹く真似をしたアレックスが駆け寄ってくる。
「あ、アレックスさん!」
葉月の顔が、瞬時にパッと明るくなった。
第62話『How to Spend at the Backstage』舞台裏での過ごし方 ー終ー




