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第60話『It's Time to Be Moving』動き出すとき

展望台から合宿所に戻った時、時間は(すで)に午前0時を越えていた。


「一番大変な日を寝不足で乗り切ることになったな……あ! 葉月、謝んなくていいからね!」


「うん。ありがとう。頑張るよ、ユウキ」


裕貴は、不敵に笑った。

「葉月、明日大変なのは仕事じゃないよ。また葉月は心揺さぶられちゃうんだろうなあって、思ってさ」


「大丈夫だって! だいぶんメンバーにも慣れたし」


「ううん、そういう意味じゃなくて。明日はさ、今まで観たことがない『Eternal Boy's Life』が観られるんだ、心揺さぶられないわけないでしょ?」


「ああ……そうよね。明日は存分に揺さぶられて堪能するわ。ここに来て、多くの経験をした分、そしてメンバーの日常や “ 人となり ” を知った分、前とは全く違った『エタボ』を感じられるはずだから……」


「おやすみ葉月、今日はもう終わった。明日だけを、見よう!」


「うん。おやすみ、ユウキ」


布団に入って暗い天井を見ながら、心をフラットにした。


   今夜起きた事は、記憶から消してしまおうと思った。

   それまでの数々の心震わせるステキなことを胸に刻みなおしてみる。

   このフェスに向かったあの朝から、どれだけの事があっただろう。

   この凝縮された時間が、全て明日のためにあることを、感じている。


「大丈夫……」

葉月は大きく息を吸って、目を閉じた。



そして、その朝はすぐやってきた。

今朝の食堂の活気は、いつもとはまた違ったものだった。

みんな、熱に浮かされているようなテンションで、まるでこのフェスの終わりを惜しんでいるかのようだった。


「葉月、昨日だいぶ遅かったでしょう? 帰ってきたの、知らないもん。大変だよね、急な変更なんてさ」

奈々がそう言った。


梨沙子が葉月の顎をつかむ。

「あんまり寝てへんわりには肌荒れてへんね。でもちょっと目、()れてるんちゃう? 気のせいか? あ! ひょっとして葉月、ユウキと()()()()やったりするん?」


翼が口を挟んだ。

「そんなわけないじゃん! ユウキは多分、葉月にとっては兄弟みたいなもんじゃないの?」


奈々が首を(かし)げる。

「えーそうかな? 葉月はそういう自覚もないから、気が付いたらもうすでに始まってた! みたいなパターンかもよ? まぁ……でも、相手はユウキじゃないかもよ?」


「たださぁ」


「ん? なに? 翼」


翼はすぐそばにやってきて、葉月の耳元で囁いた。

「一番、葉月のことちゃんと見てるのは、ユウキだと思うけどね。それでもダメかな?」


「え? どういう意味?」


葉月の不可解な表情に翼は手を振って微笑んだ。


「ああ、なんでもない! 今日は楽しもうね!」


「うん! 最高の『Eternal Boy's Life』 が観られると思う!」



葉月は鏡越しに、スタッフTシャツをまじまじと眺める。

これを着るのも今日が最後と思うと、なんだか淋しかった。


   これを着た “ タカヨシ ” さんは、今思えば笑い話になったけれど、

   ここに来て最初に出会った親切でいい人。

   当初は全く違って見えたけど、(あで)やかな “ キラ ” も、

   実は優しくてイイ人だと分かった。

   その “ キラ” の渾身(こんしん)の歌を聞いたら、

   また心が揺さぶられて涙が出るんだろう。

   色々な顔を持ったあの人の底なしの魅力には、もはや敬服する。

   みんながみんな惹かれるのもよくわかる。

   そして今日もまた見つけちゃうんだろうな、 “ 新しいキラ ” を……


「葉月がまた、物思(ものお)いにふけってんで」

梨沙子の指摘に皆が一斉に葉月に注目する。


「メンバーを目の前にして、カッチカチになってたあの頃が(なつ)かしいわ」


「あはは、数日前の話でしょ?」


「いやホント、色々心配したんだよ! 緊張と興奮でぶっ倒れてないか、いつもあたしたち、気にしてたんだから。この厄介者!」


葉月はそれらの愛ある言葉に胸が熱くなるのを感じた。

「みんな……ありがとう」


「じゃあ、最後のドキドキの青春のために、これ!」

そう言って、梨沙子はまたメイクポーチを葉月に向かって高く(かか)げ、笑顔を見せた。



全員スタッフTシャツに身を包み、集合時間に再び食堂に集まると、いつものように現場主任の山下さんがメガホンを持っていた。


「みなさん! 今日はいよいよ最終日、フェスの真骨頂(しんこっちょう)です。皆さん、今日は()いが残らないように、精一杯楽しんで仕事をしてくださいね! では(そろ)ったグループから現地に向かって、いつものように着いたら各々動いてくださいね。では移動を開始してください」

3人が葉月の肩を叩いて、手を振る。


山下はメガホンを下ろして葉月に近付いてきた。

「ついに最終日ですね、白石さん」

柔和(にゅうわ)な山下と一緒にいつものように話しながら会場に向かう。

これも今日が最後となるのだとしみじみ思った。


山下が相変わらず柔らかい口調で言う。

「正直、最初はどうなることかと思いましたけどね」


葉月は苦笑いした。

「ルームメートにも、今朝同じことを言われました」


山下は爽やかに笑う。

「あはは! 最初はね。でも白石さんの仕事っぷりには感服ですよ! PAスタッフさんからも評判(ひょうばん)がいいですし、よく頑張ってくれましたね」


「いえ、何も分からない私に親切に指導していただいて、本当に感謝しています」


「相変わらず謙虚(けんきょ)だな……聞いてますよ。()()()のハードワークのこなし方だって」


「やだ、そんな風に言われてるんですか?」


「みんな感心してるんです。来年も来て欲しいってね。僕もそう思ってますよ。今日は最後なんで、楽しんでくださいね」


「はい、わかりました。ありがとうございます」 



ぞろぞろと連なるスタッフの波の向こうに見える “ 泊まり込み組 ” のレジャーシートが、カラフルな道を築き上げている。


会場の裏手の関係者入口に()()()()ができているのが見えた。

その奥の駐車場には、白いRange Roverが停車しているのが見える。


「ああ、今日もあの2人は早いですね」

山下の視線の先に目をやると、車から降りてきた隆二と裕貴がいた。


「リュウジー!」

その瞬間、黄色い歓声があがる。

隆二はそこで待っていた人たちにあっという間に囲まれて、その頭ひとつだけが出ているような状況になった。


サインを書いたり写真撮影に応じたりしている隆二の笑顔を、山下と遠巻きに見る。


「サポメンとは思えませんよね、あの人気ぶり」


更に山下は遠慮がちに言った。


「こんなことを聞くのはなんなんですけど…… 白石さんは、例えば今どういう心境でこの光景を見てます?」


「え? どういう心境……ですか? 山下さんの質問って、いつも結構難しいです」


「あ、すいません……いつも? そう思ってました?」


「まあ割と。だけど、面白いですね」


「面白い……ですか? 僕にとっては、それも結構難しいですけど」


二人顔を見合わせて笑った。


「山下さんが聞きたいのは、私がリュウジさんのことをどう思ってるか、じゃないんですか?」


「まあ、それに近いかもしれませんね」


「答えになってないかもしれませんけど、あんなに多くの人に、支持されたり憧れられている人なんだなぁって、改めて実感させられるんです。もちろん素敵なのは分かった上なんですけど、普段あまりにも近くにいる人なので普通に喋らせてもらってるじゃないですか、だからああいう光景を見ると、わかりやすくリュウジさんっていう人の素敵さが、再確認できるって言うか」


山下は頷きながらも、少し首をかしげた。

「本当に答えになってませんね」


「え、そうなんですか?」


「簡単にいいましょう。白石さんは誰が好きなんですか?」


「え?! 質問はそれだったんですか?! だったらあまりご期待に添える答えはできませんけど、しいて言うなら、皆さん大好きです。お一人お一人の好きなとこ、全部言えちゃいます! これはユウキも含めてです。もちろん、山下さんも!」


山下はため息をついた。

「……わかりました」


「え?! 何がわかったんですか?」

 

「白石さんは、まだ恋をしてないんだってことですよ。僕ね、白石さんが誰かの彼女だと思ってたんです。って言っても、一緒に来てるのが大浜くん(裕貴)と隆二さんだけなんだから、まあどっちかですよね。でもその割には結構『エタボ』のメンバーとドラマチックに……って言うんですかね? 初日もキラさんと何かあったみたいですし、まあそうやってメンバーとも距離を縮めていって、何かロマンスが起きるのかなぁ、なんて漠然(ばくぜん)と思ってたわけです。……あれ? 白石さん、何笑ってるんですか?」


「山下さんて、本当に大学生ですか?」


「ええ、まぁ……そうですが、どうしてですか?」


「なぜか、ずっと年上の人とお話ししているような、そんな錯覚(さっかく)(おちい)るんですけど……そんなことをよく言われたりしません?」


山下はちょっと口をへの字に曲げた。

「……しょっちゅう言われます」


「あはは、そのアクションも……ごめんなさい」


「いいですよ、慣れてます」


「そういう山下さんには、そういった “ ロマンス ” はないんですか?」


「はぁ……残念ながら。毎年来てるわりには。ごくたまにロマンスが起きても、()()()()なもんで……」 


「そうですか。いつか叶うといいですね」


「白石さんも、頑張って!」


「何をですか? あ、仕事ですね!」


2人はまた顔を見合わせて笑った。


いつの間にか、関係者入口には隆二だけでなく、誰もいなくなっていた。


「じゃあ、行って参ります!」



山下と分かれ、いつも通り各控え室のセッティングをするためにステージ裏に向かった。

すっかり熟知しているルートを歩きながら、時折浮かぶ親切な “ タカヨシさん ” の姿を思い出す。

やはり、(はる)か昔の事のように思える。


「おはよう葉月」

裕貴が奥から歩いてきた。


「おはよう。昨日は色々とありがとう」


裕貴は肩を上げて微笑みながら、頬に少し心配の色を浮かべていた。

「どういたしまして。眠れた?」


「ふふふ。なんか前もおんなじようなトーク、ここでしたよね?」


「だね?」


そして少し恥ずかしそうに2人2で顔を見合わせる。


「さっき見たよ。リュウジさん、関係者入口で囲まれてたね。いつもあんななの?」


「そうだなあ、ツアーの度に増えてるような気がする」


「そうなんだ? ……ん? なに? ユウキ」


「いや、葉月のリュウジさんを見る目は、変わるのかなぁと思って」


「なんか回りくどい言い方ね。そういえばさっき山下さんと話してて、なんかそれに近い話しになったの。 “ロマンス ” の話、聞かれちゃって」


「 “ ロマンス ” ? 何それ?」


「山下さん、初日から色々気にしてくれてたみたい。たださぁ、 “ 男並みのハードワーク " って、 ()めるつもりで言ってくれたんだろうけど、 逆にちょっとショック! みたいな」


「あははは! あの人が言いそうなことだな。で? “ ロマンス ” の方は何て答えたの?」


「みんな好きだって言ったら、 “ 白石さんは恋をしていないんですね ” って、バッサリ」


「あはははは」


「笑いすぎ! まあ、かくいう山下さんも、なかなか “ ロマンス ” は成就(じょうじゅ)しないそうよ」


「そっか、 “ ロマンス ” は大変だな」


裕貴はそう言いながら、葉月の笑顔をまっすぐ、じっと見つめていた。



第60話『It's Time to Be Moving』動き出すとき ー終ー

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