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第59話『In A Painful Situation』憂き目

葉月に優しく笑いかける香澄は、同性でもドキッとするくらい美しく、大人の香りのする女性だった。

マネージャーとして、メンバーの周りにいる自分を快く思っていないのではないかと心配していた葉月は、そんな香澄に “ 友達になってほしい ” と言われ、光栄に思うと同時にホッとした。


「前に聞いたわよね? 覚えてるかしら? “ 隆二とはどんな関係で、どうしてこんな所までついてきたのか?” って……」


葉月は思い出した。

「あのアウトレットモールのレストランですね?」


「ええ、よかった覚えてくれてて。あなた、あの時はけっこう酔ってたから、私と会った事も忘れてるんじゃないかなと思って」


「綺麗な人だなぁと思ってたので」


「まあ! 嬉しいこと言ってくれるわね」

そう言って牧野香澄は、膝の上にある葉月の手をスッと取った。


「あの時、少し高圧的に聞こえちゃってたらどうしようと思ってて……怖い人とか思われてたらショックだなって。隆二にも、話の邪魔をされたしね」


あの日、隆二が香澄に辛辣(しんらつ)な態度だったことが引っ掛かっていた。

葉月が知る限り、どんな女性に対しても気配りが出来る隆二が、香澄だけをぞんざいに扱うのは不自然で、逆に特別な関係なのではないかと思えてならなかった。

妙な感情が胸の奥に湧き始める。


「葉月さん、体育会系女子なんでしょう? バスケット、上手いんだってね! でも、その割には繊細(せんさい)な指してるわね」

香澄はそう言いながら、取り上げた葉月の手を更に目線まで上げて、赤いマニキュアが塗られた指で、その手のひらから指の先まで、撫でるようになぞった。


「見かけは華奢(きゃしゃ)だけど、やっぱりしっかり筋肉ついてたりするの?」


「いえ、私はそれほどでもないです」


「へぇ、そう?」


そう言いながら、葉月を触る香澄の手は、手の甲から腕へ、腕から二の腕へと、(さす)ったり(つか)んだりしながら、徐々に上がっていった。


「そうね。がっちりしてるタイプではないみたい」


やがてその手は、葉月の首元にまで上がってきて、彼女の頬に触れた。


「ねぇ、隆二のこと、どう思ってるの?」

そのなまめかしい眼差しにたじろいだ。


「えっ……どうと言われても……ただここに連れて来て頂いて、感謝しています」


「隆二のこと、好きなの?」


「いえ、そういう感情でついてきたわけでは……」


「じゃあ嫌い? 隆二は()()()としては? ()()?」


「いえ、嫌いとかじゃなくて、もちろん好きですよ。親切にして頂いていますし」


「葉月さんって真面目なのね。そう言えばキラ君もそんなこと言ってたなぁ……あ、柊馬(トーマ)さんも!」


「柊馬さんが……ですか?」


「ええ、彼がそんなこと言うなんて珍しいって、メンバーも驚いてたわ。そっか、葉月さんの本命は柊馬さんなのね」


「ち、違いますよ! 本命だなんて……私は『エタボ』の(いち)ファンです」


「そっか、とにかく隆二とはなんでもないのね? それともキスぐらいはしたのかな?」


「そ、そんなこと、ないです!」


「あはは、じゃあ……想像したことは?」


「あるわけないじゃないですか!」


「ホントかな……? まあいいわ、じゃあ教えてあげる! あなたが仮に想像してなくてもね、あっちはきっと大アリよ。オトコを解ってないのね、あなたのオトモダチの大浜(ユウキ)くんすらもね! 頭の中では、あなたのどんな姿を想像してることやら……あら、がっかりさせちゃった?」


葉月は信じられないというような面持ちで香澄を見た。

「……みなさん、そんな人じゃありません」


「ウブな答え。葉月さんって可愛いよね」


そう言って香澄は、反対の手も葉月の頬に伸ばし真っ正面からその顔を覗き込んだ。

「可愛い顔。ちょっと(おび)えた感じもいいわね」


「香澄さん、なにを……」

指で両耳をなぞり、その手を耳の後ろに埋め込んで、葉月の頭を引き寄せた。


「私が先にいただくわ」

そう囁くように言うと、香澄は葉月の唇を奪った。


目を見開いて抵抗しようとする葉月をベンチシートに押し倒して、馬乗りになりながら葉月の自由を奪うと、口付けたまま彼女の胸のボタンを外し始める。


「……なにを……香澄……さん……やめ……て」


「フフフ。こういうの、初めてなのかしら? 大丈夫よ、優しくしてあげるから」

そう言って香澄は葉月の肌をなぞりながら、また唇で葉月の口をふさぐ。


その時スタッフ携帯が鳴った。

何度も切れては鳴ってを繰り返す。


葉月は香澄からなんとか唇を離して、息絶え絶えに言った。

「私のこと……きっと、友達が、探しにきます、なにも、言わずに、来たので……」


「そう。でも、この事をどう説明するの? 女性マネージャーに犯されそうになったって? 誰が信じるかなぁ? まあいいわ、好きにして。私はあなたの事、気に入っちゃったから(あきら)めないわよ。私たちお友達だもんね? 葉月さん」


香澄は車のドアを開けて葉月を解放した。

車から降りると葉月はその場にへたり込む。


鳴り出したスタッフ携帯を覗くと、裕貴からだった。

なにも考えられないまま、電話に出る。


携帯電話を耳にあてる葉月に向かって、運転席の香澄がニタッと笑いながら投げキッスをしてから車を走らせた。


葉月は地べたに座り込みながら呆然としていた。


「葉月! どうして電話にでないんだ!」


「ユウキ……」


「翼が電話してきたんだよ、葉月がまた居なくなったって! あれ、今そこ、外じゃない? 車の音、聞こえたんだけど……葉月? 聞いてる?」


「……うん」


「今もう車に乗って合宿所に向かってるんだけど、合宿所にいるよな?」


「……うん」


「でも外なんだろ?」


「……うん」


「どこ、玄関か? もう着くんだけど。おい、葉月!」


「……ごめん」


「……なんかあったのか!」


白いRange Roverが見えた。

葉月がいるすぐそばに停車する。

通話がプチっと切れて、運転席から裕貴が走り出してきた。


「どうした! 葉月、なんでこんなとこに座わ……」

裕貴は葉月の姿を見て、言葉を失う。


力なく地面にへたり込んでいる葉月は、目に涙をいっぱい溜めて、胸のボタンは外れてほとんどはだけていた。


「葉月……」


裕貴は慌てて後部座席からブランケットを取ってきて、葉月の身体を(おお)うようにその肩にかけた。


「なにが……あった」


言葉もなく、体に力が入らない葉月を抱き上げ、後部座席に乗せると、裕貴は運転席に回ってエンジンをかける。


ハンズフリーフォンで翼に電話をかけた。

明日の舞台設置で大きな変更があって、葉月にレクチャーしてるからちょっと遅くなると、そう手短に言って切る。


葉月の引きつったような呼吸と鼻をすする音だけで、会話のないまま車をしばらく走らせた。


「2回目も、葉月と来るなんてな」

車を停めた裕貴は、前を向いたままそう言った。


外に目を向けると、初日に連れてきてもらった展望台だった。


「外に出てみる? それともこのまま話そうか?」


葉月はそっと後部座席のドアに手をかけた。

ドアを開けようにも力が入らず、少ししか開かない。

裕貴が運転席から降りて後部座席のドアをグッド開けた。

力なく片足がするりと下りて、滑り落ちそうになるのを、裕貴があわてて支える。


「葉月、ブランケット羽織(はお)ってたら暑いだろう? ボタンを……」

そう言って裕貴は顔を背けた。


葉月は自分でボタンを留めようとしたが、手が震えて一つも留まらなかった。


「葉月……」

裕貴は意を決したように葉月の方を向く。


「ちょっとごめん!」

そう言って、葉月の胸のボタンを一番上まで留めてやった。


「さあ、行こう」

そう言って葉月の顔を見ると、ポタッとまた一筋の涙が流れる。


「もう泣かないで」

裕貴がその顔に触れ、両手で涙を拭った。


「降りられる?」

葉月の両手を持ってそっと引っ張る。


地面に着地した振動で、また座り込みそうになる葉月を、裕貴は(すんで)のところで抱き上げた。


「葉月……」


「ユウキ……」

葉月はそう言うと、そのまま裕貴に抱きついて 泣き始めた。

裕貴はその場で葉月の背中をトントンと叩き、そのまま空を仰ぐ。

そして大きく息をいて、葉月の腰に手を回すと、その身体を支えながら展望台の先の方に誘導した。


ベンチにブランケットを()いてその上に葉月を座らせる。


「ちょっと待ってて」

そう言って、ミルクティーとコーラを手に持って帰ってきた。


「葉月。話すの、辛いだろう? ボクが今から言うこと、もし間違ってたら違うって言ってね」


そう言ってミルクティーのキャップを緩めて、再度葉月の手に持たせると、裕貴も自分のコーラーを(あお)って話し出した。


「合宿所に向かってる時にさ、“ 黒いバン ” とすれ違ったんだ」


そう言っただけで、葉月の体に力が入るのが見て取れた。


「あのバンは会社の車だ。運転するのはスタッフ、もちろんメンバーの可能性もあるけど、ボクはさっきまで一緒だったから、まずそれはない。ボクも頭が混乱してて、葉月のそのシャツの(えり)についてるのが、最初に見た時は血液じゃないかと別の心配をしたんだけど、さっきボタンをかける時に見たら……それって、口紅だよね?」


裕貴は葉月の目を見た。

その(おび)えるような瞳に映る戸惑いを見て、確信した。


「香澄さん……だよね?」


葉月の息が荒くなる。


「落ち着いて、葉月! ごめん……ボクのせいだ……最初にちゃんと香澄さんのことも注意しておけばよかった」


裕貴はぐっと目を閉じて息を吐いた。

「葉月、あの人は “ バイ ” だ」


「……バイって?」


「男でも女でもいけるってことだ。どういう意味かわかるよな?」


葉月が身震いをした。

「そんな……あんなに綺麗な女性なのに」


「関係ない。現に葉月は(おそ)われたんだ! バンの後部座席で……何されたかは……言いたくないか?」


「……うん」


「わかった。じゃあ聞かないけど、ならこれからは絶対気をつけて! 香澄さん、隆二さんのことが好きなんだ。2年前にも同じような事が起きて、リュウジさんを(めぐ)ってある女性に危害を加えたことがあったんだ」


「え……」


「そもそも香澄さんの勘違(かんちが)いで、被害者はリュウジさんの彼女でも想い人でもなかった。ファンだったんだろうから、香澄さんを相手に何かリュウジさんと関係があるかのようなウソでも言ったんだろうけど……」


「その人は……」


「香澄さんにホテルに連れ込まれて……(うった)えるとかいろいろ()めて……関係ないのにリュウジさんも謝ったりしてさ……それでなんとかカタが着いたんだけど、リュウジさん、未だに責任感じててさ。知ってるのはボクとリュウジさんと当事者だけ。 “ サポメンが面倒起こすなんてあり得ねぇ ” って、リュウジさんはメンバーにも柊馬(トーマ)さんにも言ってないんだ……当の香澄さんはそれをいいことに平然としててさ……」


裕貴は苦しそうに(ひざ)(たた)いた。


「本当にごめん! くっそ! ちゃんと葉月に言ってれば、2人で会う事なんかなかったのに……」


「ユウキのせいじゃないから。私、無事だったし」


「本当に? 怖かっただろう」


「びっくりしたの。あまりにも予想外だったから……」


裕貴は葉月の頭に手を置いて、溜め息をついた。


「葉月を車に乗せた時さ、よっぽどペントハウスに連れて行って、みんなの前で香澄さんの奇行(きこう)を暴露してやりたかったよ! つい昨日もリュウジさんと話してたのに……懸念(けねん)してたんだ。ペントハウスで香澄さんの言動が葉月を意識してる感じがしたから」


葉月がばっと裕貴に向き直った。

「ねぇユウキ、リュウジさんには言わないよね?! お願い! 絶対言わないで!」


裕貴は(うつむ)いた。

「本来なら、直ぐにでもリュウジさんには言いたいけど……今はボクも言えない。明日はライブだから……じゃなきゃ言ってるよ! メンバーにも言うべきだって、ボクは思うから……」


葉月は思い詰めたような表情で、大きく首を振った。


「ライブが終わっても、どうしても……話してほしくない?」


葉月黙って(うなづ)いた。


裕貴は(たま)らず、(うな)るような声をあげる。

その声は風に紛れて、遠くの山々に響いた。


「わかった……言わないように最大限努力する。けど、香澄さんがまた葉月になんかやったら、ボクも黙ってないし、リュウジさんにもこれ以上は秘密には出来ない」


葉月はまた何度も頷いた。


「ユウキ……あのね」


裕貴は、葉月の肩に手をかけてその目を覗き込む。

「ん? どうした?」


「私ね、強くなる。ここにまた連れてきてもらったから、ここで宣言する」


「葉月……」


「明日は目一杯『Eternal Boy's Life』を堪能(たんのう)するの。それが当初の目標だし。その原点にもどりたい」


裕貴は大きく頷くと、淋しい笑顔を作りながら葉月の頭を引き寄せ、その胸に抱いた。



第59話『In A Painful Situation』憂き目 ー終ー


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