第57話『Support Player's Secret』サポメンの心情
キッチンの奥で仏頂面をしている裕貴に、柊馬は声をかけた。
大事なクリエーターとのディナーに隆二を呼ばなかった事に不満を抱く裕貴の師弟愛にいたく感動しながら、柊馬はそれには理由があり、そのクリエイター確保に隆二が関わっていると言った。
裕貴はパッと顔を上げる。
「え? どういうことですか?」
柊馬はフッと笑みを浮かべた。
「ようやく可愛い顔をしたなぁユウキ。ここでお前に話してしまいたいけど、そうするとお前が一晩黙ってるのが辛いだろうから、お前には “ 思いやり ” として、あえて内緒にしといてやる。明日になったら全てわかるよ。楽しみにしてな! お前が今、その心に抱いてる切ない気持ちなんか、ぶっ飛んじまうぜ!」
そう言って柊馬は、裕貴の頭をツンと指で弾くと、キッチンを後にした。
「……やっぱりトーマさんはカッコいいな……葉月が惚れるわけだ」
そう、独り言が漏れた。
「なに? 葉月ちゃん、誰に惚れてるって?」
キラが入ってきた。
「わ! キラさん、いたんですか?」
「わっ!ってお前……さすが水嶋のボーヤだな、オレには辛辣な態度か?」
裕貴は視線も上げず、手を動かしながら言った。
「そんなことありませんよ、ボクはキラさんをリスペクトしてますし」
「あぁ? リスペクト? ウソだろ?」
「ウソじゃありませんよ」
「じゃあ例えばどんな? あ、歌とか言うなよ、つまんねぇから」
「ええ。そうだな……まず第一に、ミュージシャンのクセにスポーツ万能、走っても飛んでも泳いでも、腕相撲でも何でも一番、『護衛術』も修得、しかも空手の師範」
「ふーん……“ ミュージシャンのクセに ” って言い方は引っ掛かるけど……まあいい、第一があるなら第二もあるんだろうな?」
「ありますよ、ストイックなところ。曲作りでも、誰よりもプロデューサーと細かい所に時間をかけてトーマさんに心配されてたし、レコーディング前も禁酒してメンテナンスしながらも喉を作り込んでたし、納得いく歌詞が出来るまで引きこもるでしょ?」
「な、なんかお前……」
「まだありますよ。ジャケットのデザインとか決めるときは美術館とか行ったりしてるでしょ、歌詞のコンセプトとか考えるのに図書館に行ったり、映画見たり。あとは語学力、英語、ペラペラですけど、ほかの言語もいけますよね? それに、インタビューやラジオに対応するためにあらゆるジャンルの雑誌を大量に読んでますよね、それから……」
「ストップ! ギブアップだ、ユウキ!」
「なぁんだ、まだまだあるのに。もうお手上げだなんて?」
裕貴はキラの顔をちらりと見てから少し笑って、また平然と手元のおつまみを並べる作業にはいる。
「コイツめ! ちょっとこっちに来やがれ!」
キラは裕貴を羽交い締めにしてリビングまで引きずって行った。
「イテテ、ちょっとキラさん!」
「おいおい、キラがまたなんか変なことしてんぞ!」
颯斗がまた興味津々で注目する。
「ユウキ、どうした? なんかやらかしたのか?」
「ボクはなんにも……」
キラが隆二に向かって叫んだ。
「水嶋!」
「あ? なんだよ!」
「お前のボーヤ、オレにくれよ! コイツ、めちゃめちゃカワイイじゃん!」
「は? なに言ってんだ?」
リビングの全員と、裕貴本人も呆れた顔をした。
「キラ、アンタがいつも脈絡のない行動するってことはみんな理解してるつもりだけど、今日は特に不可解ね? 何があったの?」
「コイツさ、オレのこと好きみたいなんだ」
裕貴は慌てて訂正する。
「リスペクトしてるって言っただけですよ、誤解するようなこと言わないで下さいよ!」
「まぁまぁそう照れるなって! 意地悪な水嶋にこき使われるくらいなら、うちのローディになればいいじゃん。オレ専属の付き人でもいいぞ!」
「あ、ボク、ドラマーなんで……」
「なんだよ、そんなことどうでもいいじゃねえか。お前もしかして “ ツンデレ ” か? じゃあ……仕方ねぇから、もう水嶋が『Eternal Boy's Life』に入るしかねぇな!」
颯斗とアレックスが、驚いたように顔を見合わせた。
「……アンタ、まさかそれ言うための茶番を?」
「いや、単純にコイツがオレのこと、凄くリスペクトしてるらしいからさ、そんなにオレと居たいんだったら、それしかないなぁと思ってさ!」
その時、柊馬がおもむろに立ち上がった。
みんな柊馬がいつものようにキラを制するのだと思って、安堵の準備をする。
「だってよ? リュウジ。どうする? この際腹くくって、もうウチに入るか?」
柊馬から発せられたその意外な発言に、皆が一斉に動きを止めた。
視線を一身に集めた柊馬がフッと笑う。
「ははは……ナンテな! さあ、明日は本番だ、今日は夜更かしすんなよ。ほら、特にキラ! 茶番はそのくらいにして、早く喉を休めろ。じゃあ、解散!」
柊馬が立ち去って、隆二も部屋に向かった。
裕貴が隆二を追いかけるようにエントランスホールから出て行く。
残る3人は立ち尽くしたまま、柊馬の発言について考えていた。
「……珍しいな、トーマがあんなふうに口走るのは」
「あのクリエイターに会ったから、ちょっとテンションが違ったのかも?」
「それはあり得るわね、今日の話は未来への話だから」
「口をついて出るってことは、 “ 本音 ” だよな?」
「何らかの『Eternal Boy's Life』のビジョンが、トーマの中で見えたのかもね?」
「それにしても……トーマがあんなにダイレクトに言うとはね。だって何年も言わずに来てたんだぜ?」
「ああ。今日のクリエイターとの話の時も、オレの方が熱くなってたんだけど……」
「そうだよ、トーマは聞き手って感じだったから、そんなに感極まってたイメージはなかったけどな」
「昼間に何かあったとか……?」
アレックスが思慮深く颯斗と目を合わせる。
「かなぁ?……なあ、トーマが昼間何してたか知らないか?」
「さあ? アタシはずっとP-Studioに入ってたから見てないわ」
「え? アレク、P-Studioに入ってたの? 午後から?」
キラが反応する。
「そうよ、なんで?」
「いや……別に……」
「アタシ、明日のうちに帰んなきゃだから、打ち上げも出られないのよね。レコーディングがあるのよ。もうとっくに始まってて」
「へぇ、それでそっちの練習してたんだ?『エタボ』のライブ前に他のアーティストの曲の練習?」
颯斗が笑いながら言った。
「皮肉言わないでよ、いつもの事でしょ! そうよ、ずっとこもって練習してたわ。大丈夫よ、明日のライブは完璧なんだから。ねぇ、キラはトーマのこと、見かけなかったの?」
「あー……見てないな」
「そっか」
キラは、自分も近くのブースにいたことを話さなかった。
颯斗が遠慮がちにアレックスに聞いた。
「さっきの話さ、正直、アレクもビクッとしたんじゃない?」
「あ……まあね。ま、隆二とアタシじゃまた考えは違うと思うけど。とりあえずライブ終わったら、アタシも何気にリュウジに聞いてみたいと思ってたんだよね。明日、帰る前にでも話してみようかな」
3人も解散した。
裕貴と隆二はエレベーターホールでその扉が開くのを待っていた。
「リュウジさん、今からちょっといいですか?」
「ああ」
隆二はそう短く言ってエレベーターに乗り込むと、7階を押した。
『水嶋隆二様』と書かれた部屋のドアを、裕貴が開ける。
そして先に中に入って、全部の電気をつけた。
「リュウジさん、異常なしです! 今日も女の子はいません!」
隆二は辟易とした顔する。
「お前さぁ……そのネタ、もういい加減やめない?」
「え? まさか “ 忘れたい過去 ” とかですか? ボクは " 忘れちゃいけない教訓 " だと思ってますけど」
「なんでだよ? 大げさな……お前、そうやって俺のことイジリたいだけだろうが!」
「バレました?」
裕貴の頭をパンと叩隆二は、そんなことを言いながらも裕貴が明るい雰囲気を演出してくれていることに気付いている。
「まあ座れよ。また “ コーラ ” とか言うんじゃねぇだろうなぁ?」
「言いませんよ……リュウジさんまで」
「なんだ、お前、他のヤツにもいじられてんの?」
「まあ……合宿所の女の子とか」
「ふーん、お前もよろしくやってんな!」
「そんなこと……今日イチのモテ男が言うことですか?」
隆二はフーッと息を吐いた。
「そんなこと言いに、ここに来たんじゃないんだろ?」
「……まあ、そうですけど」
「なんだよ。言えよ」
「……ずっと聞きたいと思ってたんですけど、 リュウジさんはどうしてサポメンを貫いてるんですか?」
隆二はため息をついた。
「お前までそんな風に、俺を追い詰めるのか?」
「え! それを聞くことは、リュウジさんを追い詰めることになるんですか?」
「まあ、そういうわけじゃねえけど。何で急に?」
「今日、葉月と一緒にスタジオに潜入して、アレックスさんのピアノを聞いたって、話ししたじゃないですか? その時アレックスさんが演奏してたのは『エタボ』とは全く違うサウンドだったんです」
「へえ、そうなんだ」
「ええ。ボク、ウィンターツアーの時にアレックスさんと話をした時に、どんなアーティストとコラボしてるのか聞いてみたんですけど、見事にバラバラでびっくりしたんですよ。もちろん『エタボ』みたいな “ ライブ ” はほとんど請け負ってないって言ってましたけど、レコーディングだと本当にベテランのアーティストから新人から、後はK-POPまで手掛けてて……その話を聞いてたうえで、今日のスタジオでのアレックスさんの演奏を聞いたら、“ この人は一個のバンドじゃだめなんだな ” って、漠然とそう思ったんです」
「なるほどな」
腕組みしていた隆二は、椅子から立ち上がって冷蔵庫まで行き、飲み物を二本取ってきた。
ひょいと裕貴に投げる。
「ありがとうございます……え? コーラ? なんで……」
隆二はそれには答えずに自分のボトルコーヒーを開けた。
「それでお前は、アレクと俺が違うことに気付いたんだろ?」
「はい。それで、リュウジさんはどう思ってるんだろうって。そう思ったら、頭から離れなくて……」
「俺も自分の気持ちは形容しがたい。ただ、アレクとは明らかに違う理由だっていうのだけは分かる。アレクは器用で、やりたいことがいっぱいあるんだろうな。引き出しも無限にある。まあピアニストだから、ジャンルを越えやすいのはもちろんわかるけど、天才肌だしセンスも抜群だ。確かに一つのバンドに固執するとか、ましてそれがロックバンドとなると、そこに止まるには惜しい人材かもしれないな。その点でも明らかに俺とは違う」
「人のことは分かるんですよね」
「ナマイキ言うじゃねぇか。……まぁ、みんなそうだろ。結局、みんな自分のことが一番わからないんだよ」
隆二は更にコーヒーを呷った。
「リュウジさんは『エタボ』以外に演りたいことってあるんですか?」
「ドラマーとして他のものが叩きたいっていうのは、今は特にないかもな。いくつかのバンドを抱えた時期もあったけど、相当キツかった。そういう意味でもアレクのことは尊敬するな。切り替えがマジ大変だからさ」
「だからアレックスさん、いつも打ち上げも来ないで、ライブ終わったらスッと帰っちゃうんですね?」
「ああ。お前もなかなか解ってんな。アレクみたいにそこまで線引き出来てこそ、本物の “ スタジオミュージシャン ” として成り立つんだろうな。それを思えば、俺は程遠い。むしろ『エタボ』以外は、今は “ ドラマーらしからぬ行動 ” しかしてない。 Jazz BARの店主だが、自分は店で叩いていないし、スタジオミュージシャンとしてレコーディングの依頼が来ても、ここ数年は断ってる」
裕貴は驚いて、改めて隆二の方を向く。
「えっ! 断ってたんですか!」
「ああ」
「……どうしてです?」
裕貴はコーラのボトルを強く握ったまま、師匠に向けて問いかけた。
第57話『Support Player's Secret』サポメンの心情
ー終ー




