第55話『Best To Provide Fan Service 』最高のファンサ
合宿所の中庭では、 “ 男性アーティスト VS 女性スタッフ ” という前代未聞のバスケットボール対決が繰り広げられ、予想を大きく上回るほど多くのオーディエンスを沸かせたビッグイベントと化していた。
彼らが見守る中の “3Pointシュート対決 ” では、皆の予想を覆す形で、野音フェスの出場バンドでもある『Eternal Boy's Life』のドラマー水嶋隆二を抑え、白石葉月が勝利した。
うなだれる暇もなく隆二はオーディエンスに囲まれ、写真撮影や握手攻めに遭い、片や葉月はその勝利をみんなから称賛された。
そんな葉月のもとに、ようやく隆二が戻ってきた。
「葉月ちゃん、なんだかめちゃめちゃ楽しそうだね。それって、勝者の余裕?」
隆二は目を細めて葉月を睨む。
「そんなんじゃありませんよ! 何気にリュウジさん、卑屈っぽい」
「あーあ、厳しいなぁ……二十歳そこそこのお嬢さんに、大のオトナがやられてんのに……これでも落ち込んでるんだぞ。少しは優しくしてくれよ」
「落ち込むことないですよ。リュウジさんだって、結構やるじゃないですか!」
隆二は溜め息をついて視線を逸らせる。
「ほらまた、今の! 上から目線じゃん。どうせオヤジ扱いだろ? ねぇ、君たち聞いてよ、葉月ちゃんってさ、俺のことオジサンだと思ってんだぜ? どう思う?」
そう言って甘い視線で同情を引きながら、隆二は女子に顔を向けた。
「そんなわけないですよ! だってリュウジさん、超素敵です!」
「ホンマ、もうめっちゃカッコいい!」
「そう! “ オトナのオトコ ” って感じで!」
そう言いながら、奈々は裕貴と自分のバンドメンバーを見回した。
「なんかボクたち、少年扱いされてるみたいだけど……」
裕貴が憤然として言った。
「悪かったな、ガキで」
「あんたたち、しょうがないじゃない。相手はリュウジさんなのよ!」
女子がキャッキャしている一角に、メンズばかりのオーディエンスも注目していた。
「リュウジさん! 俺たちも握手してもらってもイイですか?」
翼がはにかみながら手を差し出す。
「あ! 私も!」
隆二がサッとその手を取る。
「ああ、もちろん! なんかさっきからさ、男の武骨な手ばっかり握ってっから……ほんと楽しくもなんともなくてさ」
葉月がカラカラと笑った。
ひとりひとりが隆二の手をしっかり握って、目線を合わせてはうっとりとしている。
一際長く手を離さなかった梨沙子の後ろに、尚輝が並んだ。
「なんだお前、また男じゃんか!」
「僕、本当にリュウジさんのファンで。そのためにこのフェスにも来たんですけど、まさかこんな近くで会えるなんて……」
端正な顔をガッチガチに固めながら話す尚輝は、何とも微笑ましかった。
隆二は一つため息をついて笑いかける。
「ロックドラマーだったらもうちょっと気骨が欲しいけどな。イケメンなのに、そんな可愛い顔しちゃってさ」
隆二は握手をするフリをして、ガバッと尚輝を抱きしめた。
泡を食ったような尚輝の顔を見て、オーディエンスが大笑いしている。
「いいドラマーになれよ。いつか同じステージで、待ってる」
そう言って隆二は彼の肩をポンと叩いた。
「ありがとうございます!」
半泣きのような声で、尚輝は頭を下げた。
隆二は笑いながら葉月の方を向くと、イタズラな目つきをして長いリーチを広げてで言う。
「次は葉月ちゃん、俺の胸に来る?」
そう言ってさらに腕を開いて一歩にじり寄ってきた。
オーディエンスからはヒューヒューと冷やかしの声が上がった。
「な、なに言ってるんですか! リュウジさん、いい加減からかうの、ヤメてくださいよ!」
「そんなにテレなくてもいいのに」
「ほら! リュウジさん、やりすぎですって!」
裕貴にそうたしなめられて、隆二は仕方なく葉月の頭の上に手のひらを置いた。
そして、姿勢を下げてその目を覗き込んで言った。
「地元に帰ったら、3pointシュートのリベンジ対決やるからね! 今度は絶対負けないよ」
その言葉には葉月も、戸惑いを隠して挑戦的な視線で返した。
「望むところです!」
「お、そろそろ夕食の時間だ」
誰かがそう言った。
隆二はオーディエンスに向かって大きな声で言った。
「みんなありがとうな! 明日はライブの方、よろしく頼むよ。みんな仕事があるだろうけど、その合間に俺らのライブを聴いて楽しんでね」
大きな拍手が送られ、オーディエンスの波が建物の中に消えていった。
その後、隆二と裕貴も食堂で夕食をとることにしたが、ろくに食事もとれないほど、今度は女の子達に囲まれ、隆二はまた写真と握手のオンパレードとなる。
あちらこちらに引きずられ、葉月のいるテーブルに戻った時には、隆二はすっかり疲労困憊していた。
「ああ……メンバーと一緒だったらここまで忙しくないんだけどな。こういう時は、やっぱ渡辺を連れてくるべきか……ホント疲れた」
葉月が食事を口に運びながら言った。
「大人気ですね、リュウジさん」
隆二は嫌な顔をして葉月を見据える。
「あのさ……なんだよ! 呑気に肉じゃが頬張たりして……だからさぁ葉月ちゃん、何度も言ってるだろう? 俺はただのオジサンじゃないんだって」
「わかってますよ。別にオジサンだなんて、一度も言ってないじゃないですか?」
隆二はムキになって反論する。
「いや! 言ったことある! 俺に “ オジサンみたい ” って!」
「言ったかな? “ お父さんみたい ” とは言ったかも?」
みんなが爆笑した。
隆二は溜め息をつく。
「それ、おんなじことだから! ねぇ、ひどいと思わない?」
「ひどいひどーい」
梨沙子がはにかむような視線を送る。
「この裏切り者!」
葉月が梨沙子を睨んで、またみんなが笑った。
裕貴が隆二に水の入ったコップを渡しながら言った。
「リュウジさん、そろそろペントハウスに戻りますか?」
「えーっ、もっとお話ししたいー!」
そう言う女子集団に笑顔を振り撒きながら、隆二は頷く。
「そうだな メンバーも早めに帰ってるかもしれないし。じゃあ君たち、お疲れさん。楽しかったよ」
「今日はホントに会えて嬉しかったです! 来てくださってありがとうございました! 明日も仕事を何とかして、『Eternal Boy's Life』は絶対に観ますから!」
女子達がまたじわじわと隆二の周りに集まりだした。
隆二が周囲に向けて言う。
「ありがとうね、明日の本番もよろしく! そうだ、明日の打ち上げはメンバー連れてここに来るから!」
大きな歓声が沸いた。
「じゃあね!」
「ほんま素敵な1日やったんで、ええ夢見れます」
梨沙子が指先に髪を絡めながら上目遣いで言う。
「可愛いこと言ってくれるよなぁ。誰かと違って」
そう言いながら、隆二は白々しく横目で葉月を見た。
「リュウジさん、ちょっとモテるからって……なんか意地悪になってません?」
葉月の言葉に吹き出した裕貴が、隆二に頭を叩かれる。
「じゃあ君たちも、明日よろしくね!」
「はーい」
「私、車まで送ってくるね」
葉月がそう言って、3は沸きに沸いた合宿所を後にした。
外に出てすっかり暮れた空を見上げると、都会では見ることの出来ない満天の星がちりばめられていた。
「うわぁ……」
月に照らされた頬にその輝きを映した若い2人の顔を見て、隆二はかつて同じ顔をしていたであろう自分の若かりし日々と、その時に抱いていた " 青い情熱 " を思い出す。
明日が何らかのターニングポイントになる予感を胸に、どんな思いがこの心に湧こうともそれに忠実に向き合おうと思った。
虫の声が際立つほどの静寂の中で、3人はそれぞれの思いに心を馳せていた。
隆二がふと気付くと、葉月が自分の方に体を向けていた。
「リュウジさん、今日は来てもらって嬉しかったです。ありがとうございました。リュウジさんの心こもったファンサービス、みんなすごく感激してましたし、リュウジさんのおかげでみんなとの一体感とか、絆を感じることができて、本当にうれしくて……なんだか私も新しい気持ちが湧いてきました」
真正面からキラキラした瞳で話す葉月に、このままだとキザな台詞でも口走ってしまいそうな予感がしたので、隆二はフッと心を逃し、息を吐いて笑って見せた。
「葉月ちゃんさぁ……散々俺をやっつけといて、この期に及んでそう来ますか? 全く……まぁ君らしいか。礼には及ばないよ、俺もすごく楽しかったし。それに、俺も新たな課題ができたしな」
「え? 課題ですか……なんのです?」
「バスケの」
裕貴がため息をつきながら言った。
「リュウジさん、明日は本番なんで。ライブの事だけ考えてくださいよ! バスケの目標は、今はいいですって!」
葉月が笑った。
「いやいや! うちのクラブチームのメンバーに正式に加入してもらわなきゃならないからな! 帰ったらすぐにユニフォームの手配と、クラブチームの登録もしなきゃね。いいだろう? 葉月ちゃん」
葉月は笑いながら頷く。
「よっしゃ! これでうちのチームも大会で勝ち上がれるぞ!」
「あはは、リュウジさん、子供みたい!」
「お! “ オジサン ” から “ 子供 ” ってのは、格上げ? ん? いや……格下げか?」
裕貴が阻止するように両手を上げる。
「だから! リュウジさん! ドラムのこと、考えましょ!」
葉月はずっと笑いっぱなしだった。
隆二を助手席に乗せてから、裕貴は葉月に向かって注意事項を伝える。
「葉月も明日、朝早いんだろう? 翼たちとあんまり長話してないで早く寝ないと。またあの控え室の準備から始まって、明日のステージ周りは超忙しいぞ! 覚悟しといてよね!」
「了解しました、先輩!」
「なんか調子いいな。よかったよ。ホント、さっきはどうなることかと……」
「ん? さっき? 何かあったのか?」
助手席の窓から顔を出した隆二の問いかけに、葉月はおもいきり手を振って否定した。
「いえいえ、何でもありませんよリュウジさん。そうだよね? ユウキ」
「え、あ……はい」
葉月は改めて助手席の隆二の方を向く。
「じゃあリュウジさん、メンバーの皆さんにも、よろしくお伝えくださいね! 明日楽しみにしてます!」
「オーケー、じゃあね、葉月ちゃん」
「おやすみなさい」
葉月はじいっと裕貴の顔を見つめてから、笑顔で手を振った。
「……おい、なんだ? あの圧力を感じる目は?」
「怖くて話せませんよ」
裕貴は恐ろしいものでも見たかのように、首をすくめながら車を走らせた。
そう言いながら裕貴には、他にも隆二に話せない理由があった。
柊馬のサポメン2人に対する思いの熱さは、今ここで自分が口にすることではない。
それに、泣き崩れる葉月をこの胸に抱きしめたことも後ろ暗く感じていた。
とはいえ隆二がこのまま引き下がるとは思えないと感じている裕貴は、どうやってうまく切り抜けるか考えながら、ハンドルに力を込めた。
「お前さ、俺に隠し事なんて?」
「はい……出来るとは、思ってません」
「わかりゃいいんだ。さっさと吐けよ」
裕貴はひとつ溜め息をついてから話し出した。
第55話『Best to Provide Fan Service 』最高のファンサ
ー終ー




