第48話『Cool Guys On The PENTHOUSE』ペントハウスの男たち
白い Range Rover の横に立って待っている葉月は、先ほどのTシャツ姿とは別人のようだった。
窓ガラス越しに裕貴が見えたのか、くるっと振り向いて手を振る。
少しドキッとした自分がいた。
「その服……」
「そう! 昨日買ったばかりの」
「似合ってんじゃん」
「ホントに?」
「うん。その靴も」
葉月はキラキラした表情で足元を見た。
「そうよね! この靴、すごく気に入ってるんだ!」
服を褒められて上機嫌な葉月も、ペントハウスが近づくにつれ口数が減っていく。
「あのさ、分かりやすく緊張しないでくれる? さっきはもうちょっと嬉しそうにしてたじゃんか」
「だってさ、……やっぱり、メンバーが至近距離にいると思うと……」
「葉月にとって緊張するのは『エタボ』メイン3人組だろ?」
「……そうなるわね」
「逆にさ、イイ男が6人もいる中で、その半分とは気心の知れた身内感覚なんだからさ、なんとかなるって思わない? あー、そのイイ男の中にアレックスさんも入ってるけどね」
「あははは」
「ったく、笑ってる場合かよ。軽いランチなんだからさ、あまりガチガチになんないようにな」
「はーい、わかりました」
「それと、またキラさんに狙われないようにね。次にインスタにあげられるのが葉月じゃなきゃいいけど!」
「あー!! それだけはホント無理!!」
「だよな? ボクだって、何気にハラハラしてるよ、そこはホントに。キラさん、面白いと思ったら容赦ないから……その役を担ってくれる颯斗さん“様々”って言うか……ご愁傷様って言うか?」
「あはは、そうだよね」
「まあ、颯斗さんもほとんど酔っ払ってる時だからね。キホン、記憶がないから」
「ハヤトって酔うとそんなに記憶ないの?」
「うん、なんなら100%失ってる時もあるからね。なんか、アルコール摂取時のちょっとした記憶障害的な話も聞いたことがあるんだけど……だから颯斗さん、後からそのインスタ見てさ、めちゃめちゃびっくりしてる時とか、あと他人事のように笑ってる時とかもあるんだよ」
「それも面白いね」
「だろ? けどさ、それもターゲットになってないからそんな風に面白がれるんだぞ、気を付けろよ!」
「……はい」
「さあ着いたよ」
「ここ……」
「そうだね、初日にも来てる。一昨日のことなのに、もう随分時間が経ったような気がしない?」
「するする! めちゃめちゃ前のような気がするわ」
車から降りて、2人並んで建物に向かう。
「この駐車場でさ、ボクとリュウジさんが荷物運んでる間に、葉月がキラさんと遭遇しちゃったのが、事の始まりだな」
「え? 私、駐車場でキラさんには会ってないよ?」
「あー! そうか、葉月は知らないんだった」
「えー! なになに?」
「直接キラさんに聞きなよ。面白いから」
「イヤよ! 知ってるならユウキが教えてよ!」
「いいからいいから! これもコミュニケーションのネタのひとつだろ? 聞いてみたら会話も弾むって!」
「でも……なんか、ユウキ、すごい笑ってるし、とんでもないこと聞くことになんない?」
「大丈夫大丈夫」
「なんか、すっごい怖いんだけど!」
そうこう言ってるうちに、そびえ立つ白亜の御殿の前に着いた。
「わあーすごい! 航空写真で見るよりもはるかに大きくて高い建物だったのね」
裕貴が、その背の高い大きな扉を開けて、気取った口調で言った。
「ようこそ、夢の国へ」
「入ったらすぐエントランスかと思った」
「それがさ、アミューズメントスペースが1階から3階まであるんだ。ギャラリーもあるし、シアターもあるし、プレイルームもスタジオも、カラオケだって卓球だって、BARだってある」
「そうなの! もう、なんでもアリなんだ……贅沢すぎる!」
エントランスがある4階まで、エレベーターで上がる。
「あれ?」
「ん? どうした?」
「なんか、この豪華なエレベーターどっかで……」
「どっか? 似てるところなんて有るか?」
「あ! 分かった! リュウジさんのマンションだ。あそこのマンションもものすごく豪華よね? 私、コンベンションホールか何かと間違えたよ」
「……ちょっと待って、葉月?」
裕貴が立ち止まる。
「ん? なに?」
「葉月、まさかリュウジさんのマンションに……行ったの?」
「うん。ああ、行ったって言っても、1階のエントランスで待ってただけだから」
「……そうか。でもそれにしても、なんで待たなきゃいけないのさ?」
「いや、だからそれは、バスケに連れてってもらった後にお店に行くために、車を置きに行ったから、その時の荷物をリュウジさんが部屋にあげるからって……」
「分かった分かった! なんかさ、必死に説明するのが逆に怪しいんだけど……」
「一体、何が怪しいのよ!」
「いや……やっぱ “シロ” だな。今の葉月見てたら、リュウジさんと何かありそうには見えないから、信じてあげるよ」
「なによ! 勝手に誤解しただけじゃない」
「ほら着いた!」
エレベーターが開くと まるでホテルのロビーホールのような、広くて豪華な空間が 現れた。
真正面にどーんと豪華なソファーセットがあり、そこにメンバーが戯れるように、各々くつろぎながら座っている。
「……なんか、ダヴィンチの壁画みたい……」
「へ? すごいな。葉月の目にはそう映るのか? 確かに男ばっかりだけど……でもきっと話の内容聞いたら、そんなに優雅でもないはずだけど」
裕貴が皮肉っぽく言う。
「ああ、確かに優雅ではないよなぁ?」
後ろから聞こえる心地いいバリトンヴォイスに、2人は振り向いた。
「ああっ……ト……」
そこには見上げるような長身の柊馬が、マグカップ片手に朗らかな笑顔を見せていた。
「いらっしゃい。あれ、さっきとずいぶん雰囲気が違うね」
「あ……トーマ……さん。お、お邪魔します……」
葉月は勢いよくお辞儀をしたものの、なかなか顔が上げられない。
「ちょっと葉月、緊張し過ぎだよ」
裕貴が呆れながら、葉月の肩をつかんで無理に起こした。
そこに柊馬と入れ換えに、ソファの方からからアレックスがやって来た。
柊馬の背中を見送りながら言う。
「ふーん……やっぱりね」
すぐ後ろから来た隆二が訝しい顔をした。
「アレク、何がやっぱりなんだよ?」
葉月はパッと顔を上げて隆二に微笑む。
「あ、アレックスさん、リュウジさん、お疲れさまです」
「ほらね、見てよこのリラックス具合を。まるで親戚の叔父さんに会ったみたいな安心感」
アレックスの言葉に、隆二が眉をしかめる。
「なんだと!? まさか葉月ちゃん、俺のこと……おじさんだと思ってんの?」
「そんな! 思ってないですよ!」
「だろ? だって昨日は葉月ちゃん、俺に対して緊張してたんだぜ! なあそうだろ?」
「はい……ドラムを叩いてるリュウジさんを、初めて見たので……」
「ふうん、そりゃあ良かったわね。だけど束の間の夢か、もしくは簡単に克服されちゃったわけだ? 片や憧れのトーマ! そしてここには親戚のおじさんかぁ……悲しい性よねぇ?」
「なんだと! 言いたい放題言いがって!」
裕貴が笑い転げている。
「それより葉月! やっぱりその靴、イイじゃない! 服にも合ってるわ! さ、行くわよ!」
そう言いながらアレックスは、さらうように葉月の肩を抱いて、ソファーの方へ歩き出した。
「クッソ、アレクのやつ……」
裕貴が笑いながら言った。
「リュウジさん、今日何気にムキになってません?」
「なってねえわ!」
ソファーに到着すると、葉月は緊張気味に颯斗に挨拶をした。
「お疲れ様ですハヤトさん。 いつもインスタ、楽しみに見させて頂いています」
裕貴がプッと吹き出した。
「あのさ、俺だって出たくて出てるわけじゃないからね? そこんとこ誤解をしないでほしいよなぁ。ヤラセ一切なしのノンフィクションであの状態よ? むしろ同情してほしいわ!」
葉月はころころと笑った。
「へぇ? 可愛いじゃん? " 葉月ちゃん " か、よろしくね」
そう言って颯斗が手を出した。
葉月は少しハニカミながらも、その手を取った。
「へぇ……」
またもやアレックスが言った。
「……なるほどね」
隆二と裕貴がそれに反応した。
「アレク、どういうことだ?」
「まぁ見てりゃわかるわよ」
アレックスは彼らにだけ聞こえるように言うと、颯斗の真向かいの大きなソファに、葉月と一緒に腰掛けた。
しばし、平和的歓談がなされた。
テーマは当然、前回の颯斗のバースデーサプライズのインスタ映像についてだった。
「ケーキに顔を突っ込んだのは覚えてるんだけどな……」
「それよりその次の動画ですよ!」
「あ……あれ? 俺も視たけど、視界が逆向きになったところまでは何となく覚えてるんだけどな……」
「え? じゃあそのあとは?」
裕貴の質問に、颯斗は腕組みしながら首を横に振る。
「記憶が全くない」
「あはは、だとしたら物凄い身体能力ですね! 無意識でアレが出来ちゃうんだ?」
裕貴がかなり食いついていた。
葉月も目を潤ませて笑っている。
「まあ、あそこまで出来るんだったら普段のステージングももう少し動けるんじゃないかと、期待してるけどね」
葉月の斜め後ろから、またもや艶やかなバリトンヴォイスが聞こえた。
隆二が座るシングルソファと葉月のロングソファの間で、背もたれに腰をかけて話し出すその顔を、皆が一斉に仰ぐ。
葉月がのけ反るようにして、大きく息を吸い込んだ音が聞こえた。
「トーマ、ここに座りなさいよ」
アレックスが葉月の腰を自分に引き寄せて、葉月の左側の空間を作る。
「ああ、サンキュ」
そう言って柊馬が隣に座ってからは、葉月は瞬きもしていないかのように人形の如く硬直していた。
颯斗がたまらず笑いだす。
「俺のインスタよりさ、彼女の状況の方が面白くない? 見てよ彼女の顔」
注目を浴び、狼狽える葉月の肩に、柊馬がちょこんと触れた。
「どれどれ?」
その瞬間に葉月は茹で上がったように真っ赤になって下を向く。
「なに? トーマまでこの子をからかってんの?」
アレックスの問いに、裕貴が笑いながら答える。
「いや、多分葉月が勝手に一人でテンパってるだけだと思いますけどね……」
「そうよね? キラじゃあるまいしね!」
その時、真後ろから腕がのびてきて、葉月の肩にガバッと巻き付いた。
「なんだよ? それ、悪口?」
ウィスパーヴォイスでそう囁くと、声の持ち主は、ソファに身体を乗り出して葉月の顔を覗き込む。
「オレのあげたインスタ、気に入ってくれてるんでしょ?」
思わず振り向いて、無防備にその"青い目"を覗いてしまった葉月は、大きな声をあげた。
「わぁーっ!!」
「コラ! キラ、いい加減にしなさいよ!」
アレックスがその腕を引き剥がして、魂の抜けた葉月を胸に抱く。
キラは口を尖らせて隆二の方を向いた。
「ほら、またじゃん! なぁ水嶋、お前、アレクには怒んないのか? お前の連れと、白昼堂々この有り様だぜ?!」
颯斗がまた笑いだした。
「もしかしてオンナの友情っつうヤツか?! リアルな " タカラジェンヌ " だな。トーマ、そろそろアレクのカミングアウトも近いんじゃないか?」
「まさか」
「そんなこと、どうだっていいわよ! キラ、アンタ何しに来たのよ」
「冷たいなぁ、ランチのご用意が出来ましたって、ダイニングのお姉さんに言われたから知らせに来てやったのに」
「だったらイチイチ葉月を混乱させないのっ!」
「混乱? じゃあやっぱり葉月ちゃん、オレのこと好きなんだ!」
葉月にツンツンとちょっかいを出そうとする手を叩き落としながらアレックスが言う。
「まあ、ナンバーワンじゃないけどね?」
「何それ! オレがトーマくんに負けてると?」
「そういうこと!」
「はぁっ!? それは聞き捨てならないな!」
キラはスッと立ち上がった。
柊馬に向かって笑いながら挑発的なポーズをとると、ほんの少しその顔に笑みを浮かべ、ダイニングに向かって歩いて行った。
「やべぇぞ、あの顔。イイのかアレク? キラを焚き付けて」
颯斗がワクワクした顔でアレックスに言った。
「何事もスリリングでなきゃ、始まるもんも始まらないでしょ? さぁ! 葉月、行くよ!」
颯斗が隆二をちらっと見て、またアレックスに視線を戻す。
わかってるといわんばかりに、アレックスは颯斗に向かって頷くと、葉月を引っ張りあげた。
裕貴が葉月の前に回り込んでその顔を覗き込む。
「大丈夫……なわけないか」
裕貴はアレックスに首を振ってみせた。
「葉月! シャンとしなさい!」
「……はい」
「よし、じゃあランチを楽しみましょう!」
そう言って連行されていく葉月の後ろ姿を、男3人が見つめる。
「ペット稼業も楽じゃないなぁ……」
裕貴のつぶやきに颯斗が笑い出す。
「はは! ペット? まんまだな。飼い主争奪戦ってとこか……」
ちらりと隆二を見るも、隆二はなにも言わずダイニングに向かって足を踏み出した。
「ユウキ、お前の飼い主様も、なんか複雑そうだな?」
「ペットにはペットの意思もあるんでね」
そう言って同じように歩き出す裕貴の背中を見てつぶやいた。
「ほぉ……飼い主の手に噛みつく日も、遠からずってコトか?」
第48話『Cool Guys on the PENTHOUSE』ペントハウスの男たち ー終ー




