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第46話『Cool Guys On The Backstage』バックステージの男たち

誰も居ないはずの楽屋通りの廊下で、葉月は誰かに名前を呼ばれたような気がした。

ステージの仕事に早々に戻ろうとした時、強い力で手首を引っ張られ、勢いよく控え室の中に引き込まれた葉月は、声も出ないまま顔を上げる。


「ええ! キ……」

驚き過ぎて、声が出なかった。


「しーっ」

彼は葉月の唇に、立てた指をそっと押し当てる。


回りを確認して、誰もいないとわかると、葉月を解放した。

至近距離の壁に腕をついて、メガネを外しながらその目で彼女を捕らえる。


「なんだよ葉月ちゃん、あんなに打ち解けて話した仲なのにさ?」

蒼い瞳で、葉月を真正面から見つめた。


「キラって分かった途端に冷たくなるなんて淋しいよ、普通、逆だろ?」

葉月の髪に触れる。


「昨日、泣いてたね、もう大丈夫なの? ああー残念……できれば最後の最後まで君の()()()()()でいたかったなぁ……そしたらもっと、楽しめたのに!」


葉月は息が上がってしまい、顔を赤くしながら必死で声を出した。

「あっ、あの……あの時、私いろいろ失礼なことを言ってしまって……何も知らないくせに……本当にすみませんでした」


キラはフッと優しい表情を向けた。

「いいや、全然。礼儀正しくて素敵な女の子だと思ったよ。ホントにさ、キラとしてじゃなくてスタッフ男子として君と知り合えたらよかったのにって、マジで思っちゃったんだよね」


固まってる葉月をじっと見て、クスッとわらう。

「なんかさぁ、楽しかったんだよね。キラ ()()()()()()と、普通に接してくれる女の子が、すぐそばにいてくれてさ……ねぇ葉月ちゃん、もしよかったらさ、このままオレと……」


急にバシッという音が鳴って、目の前にあったキラの顔がストンと下に落ちていく。

「痛えっ!……」


キラのそのすぐ後ろに、隆二が立っていた。


「リ、リュウジさ……ん?!」

葉月が目を丸くする。


「コラァ! 渡辺(キラ)!! また行方不明になったからサボる気かと思ってたら、こんな所に居やがって! おい! 早くそこから離れろよ! ったく……油断も(すき)もねえな……葉月ちゃん、大丈夫? またからかわれてたろ? コイツ、本当に悪いヤツでさぁ」


頭を押さえながらキラが立ち上がる。

水嶋(隆二)……お前……手加減ってもんを知らねえのか! いつもバチバチ叩きやがって この()()()()()()が!」


「ああっ? ナニ言ってんだ! 俺のツレにちょっかい出してんじゃねーよ、この()()()()()()()!」


「カメレオンだと?! 葉月ちゃんはオメェの女じゃねぇんだろ! だったらいいじゃねえかよ! オレだって、彼女と結構()()な時間、過ごした仲なんだからな!」


「はっ! 何が濃密だ! (だま)()ちしやがって。やり方がやらしいんだよ!」


「フン! とかいって、オレ達が2人っきりで楽しい時間を過ごしたことが、ホントは気に入らねぇんだろ? 嫉妬してんじゃねーよ! この()()()()が!」


「なんだと! お前、マジ殺すからな! いい加減にしろよ」

「あーあー、素手なら負けねえからな! どっちが騙し討ちだか? 正々堂々と掛かってきやがれよ! この()()()()()()()()()()が!」


「バ、バイオレンス……この野郎!」


そこで葉月がザッと座り込んだ。


「え? どうしたの?」


「まさか……泣いてる!? おいコラ渡辺(キラ)! お前、まさか泣かせるような事したんじゃねぇだろうなぁ!」


「泣かせてねーし」


隆二が慌てて葉月に歩み寄る。

「なぁ葉月ちゃん、どうした? 大丈夫か?」


葉月は下を向きながら一生懸命手を左右に振っていた。


「ん? なんだ?」


隆二が訳を聞き出そうと、葉月を覗き込む。


「いやぁ、だからさぁ、オレがキラだって分かってからもう彼女の中で気持ちが止められないんじゃない!? 前後不覚になってもしょうがないよね? 葉月ちゃん! うっ、痛てっ! テメエ! 何回殴りゃ気が済むんだ()S()()()が!」


キラがまた隆二からスティックを喰らった頭を(さす)っていると、葉月が息継ぎのように吐息をもらした。


「あははは……」


「え? 葉月ちゃん?」

隆二が少しのけ反り、キラも驚いて覗き込む。


「ん?……嘘だろ? 彼女、笑ってんの?」


葉月は声も出さずに首を前後に動かした。


「なんで?」


「ホントにおかしくなったのか?」


今度は首を振って、目尻を拭いながら葉月はようやく立ち上がった。


「ああ、お腹いたい。もう! 2人とも小学生みたい! 超かわいいんですけど!?  ホント、仲良しなんですね……あははは」

葉月はまだ壁にもたれ掛かったまま、苦しそうに笑う。


隆二とキラは立ち尽くす。

「は? どこが!」

「は? どこが!」


葉月はまた笑いだした。

2人は大きくため息をついた。


「あのね葉月ちゃん、それは大きな勘違いだぞ」


「ホントだよ! こいつとオレが()()()はありえねぇわ」


「渡辺! そもそもお前がつまんねーことするから、二十歳そこそこのお嬢さんに大のオトナ2人が笑われてんだろうが!」


「お前がオレに嫉妬して突っかかってくるからだろ! ガキっぽいたらありゃしねぇ、思春期かっつーの」


「なんだと……」


「あーお腹痛い! もうやめてください! あははは」


体を折って下を向く葉月の(かたわ)らに、何も言えなくなった2人がたたずんでいると、そこへ裕貴が慌てて歩みよってきた。


「何の騒ぎですか!  あれ葉月、泣いてるの! なんかあった? それとも、お腹痛いとか?」


その言葉にまた更に葉月の笑いが復活してしまった。


裕貴が葉月の前にしゃがみ込んで、その顔を覗く。

「え? もしかして、笑ってる?」


葉月は息も絶え絶えでその問いに答える。

「そう! 笑いすぎてお腹が痛いの! この同級生の2人があまりにもカワイイ喧嘩するから!」


裕貴が呆れたように、ゆっくりと2人の顔を見上げる。

ばつの悪そうな大人達は、ぎこちなく睨み合うと、そのまま別々の方向に歩いて行った。


「さあ葉月、立って」

裕貴が呼吸を整える葉月の両手首を掴んで持ち上げる。


「……ありがとう。あー面白かった! ホント、あの2人、絶対に仲イイよね?」


裕貴も半分あきれた顔で笑った。



裕貴と一緒にステージに向かって歩き出す。

「まるで兄弟喧嘩だろう? まあ同い年なんだけど。あの2人のやり取り見てたら終わりがなくてさ、結局誰かが止めなきゃいけないんだけど、みんなしばらく止めないんだよ。面白いから。いつまでも見てたくてさ」


「わかる! ホント、面白いよね」


裕貴は葉月の顔を優しい顔で見た。

「葉月がそんな感じで良かったけど」


「なんで?」


「車でも言ったろ? みんなキラさんにメロメロになっちまうんだよ。葉月も気をつけた方がいいよって言ったの、覚えてるよね? 今の葉月は……まあ、一見大丈夫そうに見えるけどな。でもどうかな、もうすでに一回(だま)されてるからなぁ」


「まあそうだけど、別に悪気があったわけじゃないし……」


「出た! そのパターン……みんなキラさんのことは絶対悪く言わないんだ。だけどボロボロになるぐらいまでキラさんのこと好きになっちまうんだよなぁ……」


「骨抜きってやつね?」


「そう。昨日葉月もかかったやつ!」


「昨日の事は言わないでよ! もう大丈夫なんだから」


「まぁ、確かにさっきは、キラさんを目の前にしてた割には、上出来だったかな?」


「そうよね? まあ……さっき手を掴まれた時は、どうなるかと思っちゃったけど。リュウジさんがスティックでバシッって……」


「えっ! そんなことがあったのか? キラさん……やっぱり要注意だな……この後さ、通しではやんないけど、何曲かポイントでリハーサルるんだ。葉月、大丈夫? 昨日みたいになんない自信、ある?」


「また『エタボ』の曲が聞けるのね!」


「そう、その時が要注意。キラさんの得意技だろ? あの青い目で歌われてみなよ、どうなる?」


「ん……確かに……」


「しかも至近距離にトーマさんが居るぞ」


「ああ……! それは……」


「おい! もう想像してんじゃん。葉月、顔がほころんでるぞ!」


「ヤバい……かな?」


「ヤバいだろ。そっか、トーマさんかぁ……また一つ問題発覚だな。でも葉月、なんとか耐えないと。でなきゃ午後からどうなることか……」


葉月は瞬時に青くなった。

「あ……そうだった! ペントハウス! ユウキ……さすがにそれは無理だって……」


裕貴が苦い顔をする。

「いや……逃れられるわけないだろ? アレックスさんが許してくれるとは思えないけどな……あ、そろそろメンバーが揃うぞ。葉月、行こう」


葉月はもじもじしてなかなか足を進めない。


「ほら、葉月! 早く行かないと!」


「だって……もうメンバーはステージに居るんでしょ? 勢いよく行ったら、心臓が爆発しちゃうもん……」


「じゃあさ、一回爆発させてみたらどうかしら?」

そのテノールの声に振り向いた。


「アレックスさん!」


「おはよう葉月! ほーら、行くわよ!」

そう言うとアレックスは葉月の手をぎゅっと繋いで、そのままステージの階段を駆け上がる。


「……アレックスさん! 無理です!」


「なに言ってんの、夢の国への道じゃない!|『Stairway to Heaven《天国への階段》』よ! まさか、若いからって『|Ledレッド Zeppelinツェッペリン』も知らないんじゃないでしょうね!」


「知ってますけど、()()()()で天国に行っちゃいそうな……」


「あら?! なにアンタ! 朝から面白いこと言うじゃない? ほら、つべこべ言ってないで、飛び込んじゃいなさい!」

そう言ってアレックスは、葉月の肩を持ってステージに押し上げた。



眩しさに目を細める。

眩しいのは朝の光だけではなかった。

うず高いドラムセットには隆二が座っている。

すぐ目の前には、長身の颯斗(ハヤト)が、ギターを抱えながら眺めていた無数のエフェクターボードから顔を上げた。


「わぁ……」


キラが赤いマイクを持ったまま、視線を合わせ、走り寄ろうとするのを、アレックスが牽制(けんせい)した。

「ちょっと、キラ! 近付かないの!」


そして、少し離れたところにベースを低い位置に掛けて立っている柊馬(トーマ)を発見する。

葉月に気が付くと、ふっとやわらかい笑顔で、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

見上げるような長身の彼は、2人のメンバーの間をすり抜けて、適度な距離を保って立ち止まった。


「君が葉月ちゃんか、話は聞いてるよ。リュウジもユウキもファミリーだから、君も、よろしくね」

柊馬はそう言ってにっこり微笑んだ。


「は……はい……」


握手の手を出そうとする柊馬を、またもやアレックスが制した。


「ダメダメ、この子にはまだ早いわよ! 得にアンタはね! この小鹿ちゃん、昨日みたいにブッ倒れるかもしてないんだから」


「へぇ……そうなんだ?」

柊馬は愉快そうに笑いながらアンプの前へ戻って行った。


葉月はくるっとアレックスの方を向いてその胸に額を当て、アレックスはそんな葉月をガバッと抱き締めて、彼女の髪を撫でる。

「よく頑張ったわね」


「プハハハ! なにあれ!? まさかオンナ同士ってこと? ケッサクなんだけど!」

颯斗が笑いだした。


キラがアレックスを指差して、隆二に向かって叫ぶ。

「なぁなぁ! ()()はいいのかよ!」


隆二は裕貴と顔を見合わせて肩をすくめる。


柊馬は小さくガッツポーズをして、キラの方に得意気な顔を向けた。


「チッ! トーマくんまで……ああ、もう! リハ、始めんぞ!」

キラは赤いマイクを高く振りかざして、隆二に向けて合図を送る。


アレックスから葉月を引き()がした裕貴は、彼女の手を引いて舞台ソデまで導いた。

「ファーストミッション、完了だな」


大きく腕を振りかぶった隆二が発するカウントと共に、キラの(はがね)のような声が、高らかにシャウトした。



第46話『Cool Guys On The Backstage』バックステージの男たち ー終ー

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