第43話『Opened Our Hearts Right Away』意外な親和性
アレックスが絶好調の盛り上がりを見せているアウトレットモールでのディナーの最中、葉月のカバンの中から携帯のバイブレーション音がした。
取り出した、無骨な " スタッフ用端末 " のディスプレイには梨沙子の名前があった。
「あ、ちょっとすいません。出てきます」
立ち上がった葉月の手首を、裕貴がぎゅっと掴む。
「葉月、ちょっと待って。それって合宿所からだよね?」
「うん……そうだけど」
裕貴は葉月の手首を掴んだまま引き寄せ、その耳に口を近づけて話した。
「こらユウキ! アンタ、子供のくせに そんなにいやらしく女の子に触れないの!」
「……アレックスさん、ボクは葉月と同い年なんですけど! しかもいやらしいって……心外だな」
裕貴は口を尖らせた。
引き続き囁くように葉月の耳元で端的に言葉を並べる。
「わかったな葉月? じゃあ、梨沙子にかけ直してきて」
「うん」
そう言って、葉月は部屋を出た。
立ち上がって廊下に出ると、だいぶん酔いがまわっていることに気が付く。
葉月は壁にもたれて、一つ深呼吸してから電話をかけた。
「あ、もしもし梨沙子? ごめんね出られなくって。うん。ユウキとずっとあれからアウトレットモールにいるよ。え! 梨沙子たち、合コンしてたの! あはは、なるほど。ああ、いいよいいよ私は。 それって翼と奈々も一緒? そうなんだ! また帰ったら話聞かせてね。あれ、梨沙子? 結構酔ってない? まぁ私も少しは飲んでるけど。うん、私は大丈夫、ユウキは運転するから飲んでないし。うん、わかった。じゃあまた部屋でね。バイバイ」
梨沙子のテンションの高さに、少しクスッと笑った。
裕貴に言われたように、隆二とアレックスが同席していることは伏せておいた。
また一つ深呼吸して、壁から身を起こす。
個室に戻ろうとした時、肩に人の手が触れる感覚が走った。
驚いて振り向くと、そこには綺麗な大人の女の人が立っていた。
「あなた、けっこう酔ってるんじゃない? 大丈夫?」
そう言って葉月の頬に手を当てて、グッと至近距離で覗き込んで来る。
「あの、えっと……」
「私、『Eternal Boy's Life』のマネージャーの牧野香澄といいます」
彼女はそう言って微笑んだ。
「あ! マネージャーさんですか! 初めまして、私は白石葉月と申します」
体を離して姿勢を整えてから頭を下げた。
「葉月さんね。隆二と一緒に来たっていう?」
「はい、リュウジさんと、あとユウキって言う……」
「ああ、隆二の付き人ね。その3人でわざわざ?」
「はい」
「込み入ったこと聞いてもいいかしら?」
「え? はい……」
「隆二とは、どういう関係?」
意外な質問に驚いた。
「いえ、どういう関係でもないです。リュウジさんのお店に行かせてもらっているくらいで……」
「ああ、私も行ったことあるのよ『Blue Stone』ね。結構コアなジャズバーよね? あなたはジャズが趣味なの?」
「いえ……そういうわけでもなくて」
香澄は葉月の背中に手を回し、グッと引き寄せた。
「へぇ、じゃあどうして隆二の店に?」
「あ、知り合いの紹介がきっかけで……」
困った顔をした葉月の背後から声がした。
「おいカスミ、その子に触るな!」
隆二の声だった。
パッと体が解放される。
「イヤだわ、隆二ったら。いじめてるわけでもないのに、そんな言い方するなんて……ねぇ? 葉月さん?」
「彼女は俺の店のお得意様で、俺のバスケチームのメンバーの一員だ」
「あら、こんなに可愛らしいのに、スポーツ女子なの?」
「そう。麗神学園出身のな」
「まあ、それはすごい。私でも知ってるバスケの名門校ね。なるほど、それで隆二が今、気に入ってるって訳か」
「なんだその言い方? 妙な言いまわしするなよ。葉月ちゃん、そんなヤツの話、聞かなくていいから」
「まぁ失礼ね! 私は優しいお姉さんよね、葉月さん?」
「……ええ」
「またお話ししましょう」
「はい……是非」
「じゃあね」
そう言ってその美しい人は、アレックスのいる個室の前を通りすぎていった。
「ったく、カスミのやつ、なにしに来たんだ?」
憤然とする隆二を見て、葉月は少し不思議な顔をした。
「葉月ちゃん?」
「はい」
隆二は咳払いをして、トロンとしたその目から視線を外す。
「あ……葉月ちゃんもちょっと酔ってきてるよな。いつもより飲んでるの、気付いてる?」
「ああ……確かに。アレックスさん “ すすめ上手 ” だから」
「どこがだよ! あれは “ 強引 ” って言うの!」
「あはは、そういう言い方もありますね」
「全く! 呑気なこと言ってる場合か?! 今は気を張ってるから大丈夫って思ってるかもしれないけど、うちの店でも一回、意識失ってるよね?」
「ああ、そうでした。あの日は……」
壁にもたれていた葉月の足元が緩んで、ふらっと前によろけた。
とっさに隆二が支える。
「あっ……」
「おっと! ごめん!」
「……ありがとうございます。あの……何でリュウジさんが謝るんですか?」
「いや、俺近づいちゃいけないのかなと思って……」
「そんなこと……本当にごめんなさい……」
「大丈夫?」
「はい。でも、やっぱりちょっと酒量オーバーみたいです」
「だろうね……なぁ葉月ちゃん、少しだけ外の空気吸いに行かない? それとも……まだ、俺と話すのは無理だったり……する?」
「いえ、そんなことは」
「じゃあ、リハビリのつもりで。どう?」
「はい」
すっかり陽が落ちたその空間は人もまばらで、ライトアップされた木々が美しく煌めいていた。
少し暗くなっている端のベンチに、2人並んで座る。
「ホントに大丈夫? 飲み過ぎだよな?」
「はい、そろそろ限界って感じです」
「だろうね。なんかごめんな、アレク連れてきちまったから大変な展開になっちゃってさ」
「いえ、すごく楽しいですよ」
「ホントに?」
「ええ。アレックスさんと私、何気にファッションセンスぴったりなんですよ。 だから一緒にお買い物してて、本当に楽しいんです」
「それは良かったけど……一つ聞いていいかな」
「何ですか?」
「アレクはさ、葉月ちゃんにとっては “ 女子友 ” なの?」
「あはは、アレックスさんもそうやって言ってくれたんですけど、友達だなんて、おこがましいですよ」
「いや、そういう意味じゃなくてさ……ヤツは一応、男じゃん? だけど、こう……君にベタベタ触ったりしてても何ともない理由はなんだろうなって。例えばさ、俺が今、君にそんなことしたら……」
葉月はとっさにのけ反る。
「ダメダメ! 絶対無理です!」
「ん……なんか、喜んでいいのか思いっきり拒まれてるのか、どっちか分かりづらいけどな……まあいいや。じゃあ俺は男として認識されていて、アレクはやっぱ女子なんだろうな」
「そうかもしれませんね。なんか、お姉ちゃんと一緒に買い物してるみたいで、キャッキャやっててすごい楽しいんです」
「ふーん、面白いなぁ。いやアレクがさ、あんな楽しそうにしてんの、なかなか見たことなくて」
「そうなんですか? 嬉しいな!」
「ホント、俺もユウキも嫉妬しっぱなしよ!?」
「ん? どういう意味ですか?」
「いやいや、何でもない。やっぱ、久しぶりに話しても葉月ちゃんは面白いね」
「それも意味が分かりません」
「ははは、とにかく楽しんでくれてるんでしょ? 昼間はどうなることかと思ったけど……」
「ごめんなさい……」
「別に謝らなくたっていいって」
「いいえ、でも私ね、今回のことで本当に自分が信用出来なくなっちゃって……昨日もそうなんですけど、今日も……あんな風にパニックになったのは、本当に初めてなんです」
「そうなんだ。つまり……恋愛に溺れたこともない……ってことか」
「はい」
「なんだよ、そこ真面目に答えるとこじゃないのに」
「でも本当なので。なんか、心が震えたり 、身体とかがおかしくなったり、心臓止まりそうになったりしたことなんて、ホント今までに経験したことがなかったんです。だから本当にびっくりしちゃって……あんなに泣いてたのも、私自分で気が付いてなくって。ユウキがいてくれなかったら、どうにかなってたと思います」
「そんなに大変だったのか……気付いてあげられなくてごめんな」
葉月は首を振った。
「でもさ葉月ちゃん、それって辛いことなのか? 嬉しいことは含まれてないの?」
「それが……どっちか分からないぐらい、ぐちゃぐちゃになっちゃったんですよ」
「そうなんだ? ん……確かに、そうなると苦しいな」
「ええ。実際にここに来るまでは、ただ単にファンとして間近で見られたり聴けたりすることが嬉しいっていう、ほっこり幸せになれる想像をしてたんですけどね。それが実際は……ユウキの言葉を借りれば、すっかり “ 骨抜き ” になっちゃって……まあそれだけ『エタボ』のパワーは凄いってことですよね。っていうか、皆さん素敵すぎです」
葉月はまた下を向いた。
「それってやっぱりさ楽器やってる時 “ 限定 ” なの? 例えばアレクとは普通に喋れるじゃない? 今、俺だって普通に話ししてるじゃん?」
「アレックスさんは特別ですよ。もう私にとっては “ お姉さま ” という領域になっていますし。でも……ご本人を目の前にして言うのも変ですけど、リュウジさんと今こうやって話すのは、かなり緊張はしていますよ。『Blue Stone』では、なかった感情ですし……」
「なかった感情……?」
「……はい」
「なんか……そんなに素直に言われると……」
隆二は落ち着きなく、指で顔を掻く。
「ああでも……葉月ちゃん、けっこう酔ってるもんな。ねぇ、何杯飲んだ?」
「えーっと……多分4杯か5杯ぐらい……」
「ええっ! それ許容範囲をはるかに超えてるじゃない! なんで大丈夫なんだ? 本当は歩けないとかじゃ……?」
「ええ……確かに気は張ってます。もし『Blue Stone』であれだけ飲んだら、もう寝ちゃってるかも……」
「そうか、実はだいぶん出来上がってるんだな……? なんかそう聞いたら俺の方が緊張してきたわ」
「え? 何でですか?」
「ひょっとしてさ、今は酔ってるから俺と話せてるってことない? 明日の朝になったらまた俺のこと見て逃げたりしないよね?」
「大丈夫です。それもユウキと話し合ったんで。私しっかりするって宣言したんですよ。でないと仕事になんないじゃないですか、物理的に。メンバーが居るステージ上で仕事を手伝うのに、そこでドギマギなんてしてたら邪魔にしかなんないですしね。だから私、頑張るんです!」
「今も……頑張ってるとか?」
「頑張ってますよ! だってリュウジさん、素敵だし……」
葉月はまた下を向いた。
「……そ、そこも素直に答えるのな? 俺、マジでヤバくなってきたかも」
「え? 何がヤバいんですか?」
「いや……なんでもない」
隆二は髪をかき上げながら頭に手を乗せ、そのままの格好でしばらく空を見上げた。
「リュウジさん、一つ疑問があって」
「ん? なに?」
「さっきのマネージャーさんのことなんですけど……珍しいですよね、リュウジさんが女の人に手厳しいことを言うなんて。何かあるのかも? って思って」
「葉月ちゃん……直球投げてきたなぁ……何気に怖いんだけど。あんまり大人の世界を詮索しないでよ」
「あっ! やっぱり大人の世界なんだ……」
「いや! 違うよ! 変な誤解しないで、違う違う! 絶対違うから!」
「あ、リュウジさん、ムキになってる」
隆二は額に手を置いてため息をついた。
「やっぱり葉月ちゃん、だいぶん酔ってるわ。普段そんな顔しないでしょ、マジでヤバいなぁ」
「ちょっと! そこで何やってんですか!」
「ヤベっ、ユウキに見つかった! ちょっと……葉月ちゃん! なに手ぇ振ってんだよ!」
裕貴がつかつかと2人の前にやって来た。
「リュウジさん、抜け駆けはナシですよ! ひどいなあ、ボクにアレックスさん押し付けて……見て来いって言われたんですよ。まさかこんな所でデートしてるとは……はい! 現行犯逮捕です! 連行します」
隆二はがっくりと肩を落とした。
にっこりと微笑んだ葉月を伴って、裕貴は店の方へ促す。
「おい! 師匠に向かって冷たすぎじゃねぇか!」
隆二は裕貴ににらまれて肩をすくめるも、置いていかれまいと慌てて2人についていった。
第43話『Opened Our Hearts Right Away』意外な親和性 ー終ー




