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第42話『True Intention』その真意とは

日本を代表するロックバンド『Eternal(エターナル) Boy's(ボーイズ) Life(ライフ)』だけはあって、そのサポートメンバーとはいえどもやはり認知度は高く、ファッションモールを歩いていたリュウジとアレックスは、先々で写真を撮られたり、ファンに囲まれた。

彼らを賞美しょうびする眼差しは、2人を見上げる彼女たちのその頬を、更に紅潮させている。


葉月と裕貴は、彼らがファンに囲まれた時は少し離れた所でそれを見ていた。


「リュウジさんとアレックスさんが並んだらカナリ目立つよね? もう(まぶ)しいくらいのオーラが出ちゃってるし……そりゃ、道行く人も気付いちゃうと思うわ」


裕貴がおどけたように言う。

「そうだなぁ。なのにこの前まで()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと思っていた人は、だれだろう?」


葉月は恥ずかしそうに(うつむ)く。

「あ……ハイ、私です」


「加えて、サポメンの()()()()()()してたのは、だれだっけ?」


「はい、すみませんでした」


「続いて、地元でツーショットデートしちゃった人、だぁれだ?」


「もう! 責めすぎ! それって、謝るポイント?」


「じゃぁ……今頃になってドギマギしちゃって、静視(せいし)出来ない人、だぁれだ?」


「ちょっと!」


「前後不覚になって、泣いて……?」


「もう! ユウキったら!」


裕貴が笑い出す。


「それ以上いじったら、許さない!」


「あははは、それが命の恩人にいう言葉か?」


「ひどいよユウキ! 意地悪すぎる!」


「あははは」



セレクトショップから一流ブランドまで(そろ)うメンズストリートへやって来た。


「この通り(ストリート)のラインナップ、いいわね!」


ブランドの良さもさながら、ファンが押し寄せるレディースショップ通り(ストリート)よりは、幾分静かで快適そうだった。


葉月の目が、あるショップのショーウインドウのディスプレイに止まった。

「あ、あれ……」


そう呟いてそのウインドウの前にスッと近付くと、同時に隆二が横にいた。


「やっぱり……これですか?」


「ああ」


今日一日、微妙な距離があった2人が、ようやくちゃんと顔を見合わせて話す。


「いいですよね、これ。リュウジさんの好みかなって……」


「うん。よくわかったね」


安堵(あんど)感に包まれて、葉月の表情もほころんだ。


「ちょっとアンタたち! なぁに? その会話は!」


裕貴がふてぶてしく、アレックスに説明する。

「この2人は、フェスに来る前に2人だけでショッピング行ってんすよ、地元で。それでお互いの好み、熟知しちゃったんじゃないですかね?」


アレックスが目をつり上げる。

「何よそれ?! まさかリュウジ! こんな ()鹿()()()()に “ 悪さ ” したんじゃないでしょうね!?」


「おいアレク!……変なこと言うなよ!」


アレックスは侮蔑(ぶべつ)するように眉を上げた。

「フン、なにさ、意識しちゃって。ほら葉月、行くわよ!」


「は、はい」


葉月はまたアレックスに腕を掴まれて、さらわれていく。


「あーあ、せっかく葉月といい雰囲気に持っていけたのに、またアレックスさんに取られましたね」

裕貴が皮肉っぽく言う。


「ホントお前って、裏切り者だよな……妙な言いまわしてリークするなっつうの!」


「よかったじゃないですか、葉月と普通に話してましたよ」


「やめろよ! 中学生じゃねぇんだから。いちいちそういうとこチェックすんじゃねーよ、お前は!」


「……とか言っときながら、葉月と一緒に見た服をちゃっかり買っるじゃないですか?」

裕貴はおどけたように隆二の手にあるショッパー(紙袋)を見下ろす。


「だからさ! お前マジでうるさいって! 気に入ったんだから買うだろうよ。俺だってなかなか買い物に行けないんだから」


「とかいって、地元帰ったらすぐ行くんじゃないんですか?」


「あーあーじゃあ行ってやるよ!  葉月ちゃんと2人でな!」


アレックスがくるっと後ろを向いて、2人のメンズは息が止まったように立ち止まる。

「ちょっとアンタたち! さっきからなに話してんのよ!? 誰がショッピング行くって?」


「まったく……アレクは地獄耳(じごくみみ)だな」


ばつが悪そうに眉を寄せる隆二の隣で、裕貴が前に向かって投げかける。


「葉月! 地元に帰ったらまた葉月とショッピングに行きたいって、リュウジさんが言ってるよ!」


「お、おい! お前なあっ!」


焦る隆二の横で笑う裕貴にチラッと目をやった葉月は、その頬をほんのり赤らめた。


「なによそれ! アンタたち、地元で " 悪さ " するつもり!?  リュウジ! この子に手出ししたら承知しないからねっ!」


「は、はぁっ?!」

隆二と共に、葉月も困惑した顔をしている。


2人の表情に呆れたように、裕貴が吐き捨てた。

「なんか……葉月とリュウジさんだけギクシャクして、それこそ中学生みたいですね」


「この野郎……誰がこじらせてると思ってるんだ! この裏切り者!!」



陽が傾き、夕日を反射した雲が赤から紫ヘのコントラストに移り変わってゆく。


「あんまり遅くなるとさぁ、混み出すのよねぇ。早めにどこかお店、決めなきゃだわ」

アレックスが電話をかけた。

「あー、カスミ? 今アウトレットモールに来てるんだけどさ、個室付きのいいレストランないかな? 4人4よ。うん、よろしくね」


「アレックスさん、誰に電話したんですか?」


「ああ、マネージャーよ」

ほどなくしてメッセージが届いた。

「予約、取れたみたい。行くわよ!」



「おいおい、まだ外は明るいんだぞ。アレク、そんなガンガンに飲んでいいのか?」

「なに言ってんの! 今日は肉料理なんだから、ワインでいいじゃない。明日はライブ前日になるから飲めなくなるし、今のうちなんだから! ねぇ葉月、アンタもしっかり食べるのよ!  ガリガリなんだからさ!」


「ガ、ガリガリ……あ、はい」


隆二と裕貴は下を向いて笑いをかみ殺した。


豪快なアレックスを前にヒソヒソ話す。

「いつのまにか “ 葉月 ” って呼んでますね、アレックスさん」


「ああ、もう本格的な “ 女子友 ” なんだろうよ」

2人は更に苦笑いした。


「葉月! アンタも飲みなさいよ。レディーはワインぐらいの(たしな)みはなくっちゃねぇ。あ! まさか、お酒飲めないんじゃないでしょうね?!」


「あ……飲めないわけじゃないですけど……結構弱いんで」


「大丈夫よ、大の男が2人ここにいるじゃない!」


「ここに " 大の男 " は3人いるはずだけどな!」


その言葉に葉月も裕貴も下を向いて肩を揺らす。


「うるさいっ! このアンチフェミニストがっ!」


隆二のひどい言われように我慢が出来なくなった2人は、ついに笑い出した。


「あはは、アレックスさん、これからは師匠(隆二)と常に同行してくださいよ! こんなに面白かったら、ボクも充実した毎日が過ごせそうです」


「バカなこと言うな! この裏切り者が!」


「アタシだって毎日リュウジと寝食(しんしょく)共にしたいわよ? なのにこのオトコ、冷たいんだから!」


身震いする隆二に、また2人が笑い出す。


「ほら葉月! アタシ1人で飲ませる気? この2人はお酒飲まないから、ちゃんと連れて帰ってくれるわよ。アンタが飲まなきゃ盛り上がらないじゃない!」


「え? リュウジさんも飲まないんですか?」


メンズ2人は肩を落とす。

「だってさ、ボクもリュウジさんも車の運転があるんだよ」


「あ、そっか! リュウジさんはアレックスさんの車で来てるんですか?」


「そう。なんの相談もなく、俺が運転して帰ることになってるけどな?」


みんなが笑う。


「葉月ちゃんも、嫌じゃなければ飲んだらいいよ。ちゃんと車で送り届けるから」


そういう隆二に裕貴がたてをつく。

「ちょっと待ってくださいよ! なんかリュウジさんが送るみたいな言い方になってますけど、ボクが送るんですからね!」


「お前が送るにしても、あれは()()()だよな?!」


「……ちょっと。アンタたち、いつもそんなことばっかり言い争ってんの? ホント、幼稚(ようち)なんだから!」

アレックスが呆れたように2人を睨む。


「本当はすごく、仲がいいんですよね?」

葉月は朗らかに微笑んでいた。


「そうそう葉月、この2人もそうだけどさ、リュウジとキラもそうとう面白いわよ!」


「あ……キラさんですか」


少し俯いた葉月の顔を、アレックスは覗きながら言った。

「あら? なんか緊張した空気を感じるけど……葉月ってキラのファンだっけ? ああ、違うわよね? 確かトーマのファンだって聞いてるけど?」


葉月がバッと顔を上げた。

「え? アレックスさん、な、なんで知ってるんですか!」


「ああ、ペントハウスでさ、キラがアンタの事、洗いざらい全部しゃべってたのよ」


「ええっ!」

葉月は目を見開く。


「アタシもそれ聞いて、葉月に興味が湧いたってわけ」


「ち、ちょっと待ってください? 皆さんが私のことを認識してるって事ですか?」


アレックスは平然と続けた。

「そうよ。『エタボ』の中じゃぁちょっとした有名人なんだから! 知らなかったの? だからアンタがあそこでリハーサル見てる時にさ、みんなが面白がってちょっかい出してたんじゃない!」


「そ、そんな……」

葉月は落ち着かない視線を巡らしている。


「ちょっと葉月! いちいちそんなことでビビんないの! 楽しんだらいいだけじゃない? ほら飲んで飲んで。はぁ? なによこの変なお酒は。こんなの飲んでんだ? まあいいわ。アタシにつきあいなさい!」


動揺を隠せない葉月は、アレックスの(すす)めるままにグラスを飲み干した。


「おいおい、葉月! 無理して飲んだらダメだって!」


葉月のグラスを止めるために伸ばした裕貴の手を、アレックスは制す。


「時にさ、お酒の力を借りたいときもあるのよ! いいんだって! この子だっていつまでも()鹿()ってわけにもいかないわけだし?」


それからもアレックスは葉月に食べ物を取ってやったりお酒を勧めたりと葉月の世話を焼いた。

終始テンションも高く、その分ずいぶんアルコールは進んでいる。


裕貴が声を潜めて隆二に聞いた。

「アレックスさんが酒豪(しゅごう)なのは知ってますけど、あれは酔ってるんですかね?」


「いや、まだまだいけるだろう。結構底なしだぞ」


「じゃあ、シラフなのに()()()()なんですか?」


「ああ、全然あり得るな」


裕貴は恐ろしいものでも見るかのようにアレックスを一瞥(いちべつ)してから、その隣にも目をやる。


「リュウジさん、葉月って実際のところ酒は飲めるんですか?」


「いや、結構弱いと思う。もうそろそろ限界なんじゃないか」


「限界? それじゃあやっぱり止めないと」


「そうだな……」

隆二はふとあるシーンを思い出す。


あの夜……

たった数日前のことだった。

徹也がぐったりした彼女を抱き上げて『Blue Stone』の階段を上がっていった。


団体客のフォローで自分が奥に入ってる間、カウンターには徹也と彼女だけの時間が流れていた。

あの時はまだ、2人の間には埋まらない距離感があった。

だから明らかに、彼女を " 担当する役 " は徹也だった。


彼女に提供するファジーネーブルのロンググラスに、ピーチ・リキュールをいつもの “ 倍量 ” 注いだことは、鮮明に覚えている。

徹也への “ サービス ” と(しょう)して、そんな子供じみた小細工をした。

“ そうすればお互いの垣根がとれるだろう ” などと、稚拙(ちせつ)おごりの心を全面に出した発想だったが、今思えば彼女の気持ちを無視した、男の独りよがりで傲慢(ごうまん)な行為でしかなかった。

それを “ 粋な計らい ” だと勘違(かんちが)いしていた自分に、思い出すだけで辟易へきえきとする。


あの時は、カウンターで寝てしまった彼女の頭を持ち上げてタオルケットを敷いてやった時でさえ、さしたる罪悪感も、心の()()()()もなかった。


なのに今はどうだ?

誰かが、自分と同じことを彼女にしたら、俺はきっと許さないだろう。

何が違う?

何が変わった?

いつから……?


もしも、あのカクテルの濃度を上げなければ、謝罪の電話をいれることはなかっただろう。

電話をしなければ、一緒に街を歩くこともなかっただろう。

一緒に街を歩かなければ、これほどの密な関係ではなかった……そうだろうか?

この土地に来て、この時間を過ごせば、おのずと距離は縮まったか?

そもそも……そういう宿命だったのか?


わからない……


いや、もっと前か?

バスケチームでの食事、狭い車内での2人の時間、NBAの話……?

すでに自分の中に、何か変化があったのだろうか?

いや、要因は他にもある。

共有した時間がどれほど自分達の間にあろうとも、もしもあの夜、そのまま徹也が腕の中で眠る彼女を()()()()()にしていたなら……

この1人の若き(葉月)客人に、目を止める事もなかっただろう。

“ 預かりもの ” として丁重に接したか?

そもそも、この土地に呼び寄せることさえ頓挫とんざしたのか……?

しかし、その “ 分岐点 ” を通過してしまったことで、今、目の前にいる彼女は、徹也ではなく " 自分の担当 ” になっている。

いつそれが、勝手な自分の判断ですり替わったのか。

そしてそれを徹也は……


「ちょっと! リュウジ、聞いてんの?! ほら、去年の打ち上げでさ、ペントハウスの卓球勝負でアタシたち優勝したじゃない? あの時のハヤトの罰ゲーム、覚えてる?」


「あ……いや」


「やだ! ウソでしょ? あの時リュウジそんなに酔ってたっけ?」


「あ、ボク覚えてますよ! 颯斗(ハヤト)さんがプールの飛び込み板の上で、なんかトランポリンみたいに10回ジャンプするってミッションで」


「そうそう! 何回か板の上で転んでんのになかなかプールに落ちなくて、それがまたケッサクでさー!」


「あ! 私、それインスタで見ました」


「そうそう、キラさんがアップしてましたもんね」


「みんなベロベロに酔ってたしさ、もうお腹が千切れるくらい笑ったわよ。ねえリュウジ、思い出した?」


「ああ……」


「ちょっとリュウジ! アンタ、シラフのくせに何ぼーっとしてんのよ?!」


向かい側にある、彼女の華やかな横顔をみる。

たった数日前のことなのに、以降の日々は自分と彼女にとっては濃密過ぎたのかもしれないと思った。


今は……

これからは……

どうすればいい……



第42話 『True Intention』 その真意とは ー終ー

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