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第39話『What Have You Been Shaken?』彼女を揺さぶったのは

昼食は合宿所に戻って、大食堂で皆で食べる事になっている。

ペントハウスに宿泊の裕貴も、メンバーと同行しないときは合宿所で昼食をとるようにしていた。


会場の関係者用の駐車場を横切ると、そこには白の Range(隆二) Rover(の車)が停まったままで、他のメンバーの車は一台もなかった。

おそらく隆二は、裕貴と葉月を気遣って、自分の車を置いて他のメンバーの車で昼食に行ったのだろう。


合宿所へ戻る現地スタッフと時間がかぶりそうだったので、2人は隆二の顔のさす Range Roverには乗らず、歩いて合宿所へ戻ることにした。


ふらふら歩いていると、後ろから バチンと背中を叩かれた。

「葉月! お疲れ。初仕事どうだった?」


奈々の声に振り向く。


「ん? 浮かない表情ね?」 


「うわー! なんやあんたのその顔!」

隣にいた梨沙子が葉月の顔を両手で挟んだ。


そんな葉月を見て、奈々はそのまま裕貴を仰ぐ。

「何かあったでしょ?」


裕貴が苦笑いした。


「お疲れ!」

裕貴の首に勢いよく腕を巻きつけてきた翼も、そのみんなの表情を覗き込んで、不思議な顔をした。

「ん? 何かあったの?」


全員が黙って(うなづ)いた。



「もう! ほんま、元気ないなぁ!」

合宿所の食堂で、昼食のトレーを持って並びながら、3人が葉月を突っつく。

初日と同じ席を陣取って、女子4人と裕貴の5人は、ひそひそと話し出した。

とは言え、質問者の3人に対して説明をするのはほとんど裕貴で、葉月はただただ恐縮したようにうつむき加減でちびちびと食事を口に運んでいた。


全てを聞いた翼が、口火を切る。

「これってさあ、誰も悪いわけじゃないし、それに葉月に急に強くなれって言ってもね……そんな簡単に気持ち切り替えられないだろうけど、ただ解決法がもはや “慣れる” ってことしかないもんね」


「あたしなら、そんな夢のようなシチュエーション、もう楽しくてその環境にどんどん順応して、増長すらしていくと思うけど」


「だよね? 私もそう。人間ってゲンキンな生き物だし、いや特に女子は……だから、むしろ葉月みたいなタイプの方が貴重よ。落ち込む事なんてないんだから!」


「しかし、なんで葉月の場合は、苦しくなっちゃうのかなぁ?」


「真面目過ぎんねん。だってリュウジさんすらシャットアウトするやなんて」


「ホント、()()()()()()しか出てこないな」


「まぁ、でもようやくこの子もリュウジさんの魅力が解ったみたいよ!  ねえ葉月?」 


「……その通りです」


その声の小ささに、裕貴が吹き出す。


翼が裕貴の頭をはたきながら言った。

「でもそれって、ちょっと厄介よね? 今までみたいに話せなくなったりしたらどうするの?」


「それは淋しいし、困る……」


「でしょ? せめてリュウジさんだけでも、元の関係に戻さないと! でないと究極 “ 一緒の車に乗って帰れない ” とか言い出すわよ」

裕貴が “ お手上げ ” と言ったようにくうを仰いだ。


「なあ葉月、あんたこの後、何の仕事すんの?」


「あ、午後から決まった仕事がないから、ユウキの手伝いをしてって言われてて。確か午後からは他のバンドのサウンドチェックが順次行われて、それで一日(つぶ)れるからって」


「ボクもそう聞いてる。午後からは会場が使えないって。まぁ今回も結構たくさんバンド出るからね。入れ替わり立ち代わりサウンドチェックしてたら、もう夕方になるだろうね」


「だからね、朝のうちに全部の楽屋のセッティングを済ませてきたの」


「え?! 全部? ねぇ、それって葉月一人で?」


「うん、1人で」


裕貴が驚いたように言った。

「そうなの!? あの並びの楽屋の()()のセッティングを?! それ結構ハードだろ! だってさ、昨日はテーブルもイスも積んであるだけだったじゃん? さっき見たらテーブルウェアも、花まで飾ってあったけど……あれを葉月1人だけで!?」


「うん。まあ、確かに大変だったけど、なんとか『Eternal(エターナル) Boy's(ボーイズ) Life(ライフ)』のリハーサル始まる前に終わらせたよ。ユウキのドラム、聞いてたの」


「へぇ……葉月、そういう所にはパワーあるのね?」


「ゆーてこの子、体育会系やからなぁ」


「なるほど……」


「時間あるんやったらさぁ、どっか出掛けてきたらええんちゃう?」

梨沙子が提案する。


「そうね、気分転換するのはいいかも。そうだ、あそこのアウトレットモールに行ってきたら? 気分転換になるんじゃない。どう?」


「……うん」


「そりゃ今はまだショッピングな気分じゃないかもしれないけどさ、このまま会場のどこかで今日の失敗について思い詰めて考えたって、前に進むどころか悪い方向に考えが行っちゃいそうじゃない?」


「確かに……」


「でしょ? ユウキはこれからどうするの?」


「ああ、メンバーは昼食後は多分ペントハウスでずっと “通しリハ” だと思う。ドラムセッティングも出来てるから、ボクが手伝うことは別にないかな」


「じゃあ実質、葉月もユウキも今日の仕事は終わりって感じか」


「まあ」


「じゃあ葉月、ユウキに連れていってもらいなよ」


「ああ、いいよ。一緒に行くか?」


「……うん」


「じゃあ、元気出してくれよな!」


「そうよ! パーッと買い物して、モヤモヤを解消しておいで」


「みんなは? 午後も仕事だよな?」


「あ、あたしたち? うん。しかし、販売ブース、今日は忙しかったよね!」


「うん、今日は商品の棚卸(たなおろ)しがメインでさ。午後からは検品かな」


「ゆーて夕方までには終わるんとちゃう?」


「そうね。仕事終わって夕食まで時間があったら、私たちも行くから合流しよう! 葉月、先に行って楽しんでおいでよ」


梨沙子がおもむろに立ち上がって、葉月の腕を取った。

「ほんなら、ちょっと葉月借りるで」


「なんで? 梨沙子、どういうこと?」


梨沙子は溜め息をつきながら葉月を指差す。

「あんな、今からショッピングに行くんやで? この服も、ほんでこの顔もあかんやろ? ほら葉月、着替えに行くで!  顔もちゃんと直したるから」


梨沙子に引っ立てられて、葉月が二階へ上がっていった。



「ねぇ、ユウキ、葉月そんなにヤバかったの?」


「まあ思ってたよりも重症だったな。いや正直さ、ボクもそんな純真な女子に遭遇(そうぐう)したことなかったから、驚いてるよ」


「あら、()()()()()じゃなくて悪かったわね!?」


「べ、別にそういう意味で言ったわけじゃ……」


「フフ、わかってるって!  ねぇ、何か解決方法ないかな? あんなにやつれた顔してさ。あの子の事だからきっと責任感じたりしてるんじゃない? このままだと遮断しちゃうじゃん。リュウジさんとだって、せっかくいい友達だったのに……」


翼のその言葉に、奈々が腕組みをして異論を唱える。

「ん……いや、もしかしてそれについては手遅れかもよ。だって今回の事がきっかけで、葉月の中ではリュウジさんが確実に “オトコ” になっちゃったわけでしょ?」


「あ! ユウキのその顔、今の発言にドキッとしたでしょ!」


「別にそんな……」


「かわいいんだから! まあ、それは本人にしかわからないけど……せめて元の関係に戻してあげるにはどうしたらいいかな?」


翼が人差し指を立てて立ち上がった。

「あ! そうだ! バスケはどう?」


「ああそっか! 葉月、リュウジさんにバスケに誘われて、そこから仲良くなったって言ってたもんね」


裕貴が驚いたような顔をした。

「そうなんだ?」


「え? ユウキだって聞いてたでしょ?」


「いや、くわしい経緯いきさつは知らなかったから……っていうか、どこでやるのさ? この辺にそんな施設ある?」


翼が不敵な笑みを浮かべる。

「やっぱり知らないか! 実はね、この合宿所の中庭にバスケリングがあるのよ!」


「え? マジそんなのある? 見たことないけど?」


「メンズ棟の更に奥まった所なんだけどさ、去年、見つけちゃって!」


「去年? 何でそんな所に行ったのよ?」


「やだ、それは突っ込んで聞かないでよ」


「翼、怪しい! そんな話、聞いたことないんですけど?!」


「去年の話よ。もう終わったんだから」


「やだ! 青春してんじゃん?! 姉さんも」


「うるさい! もう、話を戻すよ! だから、そこだったらさ、リュウジさんが来てバスケしても、まず女子に見つからないからあんまり目立たないだろうし、なんなら私達も便乗させてもらってリュウジさんのしなやかな身のこなしを見学させてもらおうかなーって! どうよ?!」


「それイイ! 一挙両得じゃん!」


3人はそれぞれハイファイブしながら盛り上がった。


「勝手に盛り上がっちゃったけど、ユウキ、そういうのリュウジさんはどうなの?」


「ああ、やろうって言ってくれるんじゃないかな。なんなら趣旨(しゅし)を正直に話しても聞いてくれるかも。リュウジさんも葉月のことは心配してたから」


「リュウジさんって、そんなノリのいいタイプなの?」


「うん、そうだな。むしろボクより無邪気かも?」


「そうなんだ! 楽しみになっちゃう! じゃあ、ユウキ頼んでいい?」


「OK、聞いてみる。昼休みじゃ短いから、夕方とかが良くない?」


「いいね! 葉月のことが心配なのはもちろんだけど、リュウジさんのそんな姿を見れると思ったらもうウズウズしちゃう!」


「あたしも!」


裕貴がため息をつく。

「やれやれ、その()()()()()を少しでも葉月に分けてやれば?」


「やだユウキ、またそんな顔して。女子はみんなこんなもんよ!」


「そうそう、女子に幻想を抱いてたりしたら、とんでもない目に()うわよ! 気を付けて!」


裕貴はさらに深くため息をついて、お手上げポーズで首を振った。


「あ!」

翼が階段の方に目をやる。


「異例の天然記(葉月)念物、登場!」


「おお! なかなかイイ仕上がりじゃない? さすが梨沙子先生ね、みちがえたわ!」


裕貴はサッと視線を逸らしながらポケットをごそごそし始めた。

「……あ、ボクちょっと電話してくる」


「ああっ! ユウキ! (あせ)ってる! 葉月がかわいいから、ビビってるとか?」


「ち、違うよ! 外出するからちゃんとリュウジさんに言っとかないと……」


「ハイハイ、わかりました」


得意気な梨沙子と並んで、葉月が少し恥ずかしそうに歩いてきた。


「葉月、かわいい!」


「あたしの服、着せてみてん。健康的に足を出すのもええやん? こういうフェミニンなパステルカラーもピッタリやろ?」


「うん! メイクもいい! 普段からそんな風にちゃんとメイクしたらいいのに」


「なんか、ユウキとデートみたいになっちゃったけどね、まあイイじゃん。オシャレは気持ちをアゲるし!」


裕貴が戻ってきた。


「あ、()()()が帰ってきたよ!」


「なんだよそれ!」


「だって、葉月はデートファッションだからさ、テレてないで、しっかりエスコートしてよね!」


「ったく……うるさいから、葉月、早く行こう」


「あ、ああ……じゃあ、行ってきます」


「じゃーねー」


「あたしたちも仕事終わったら連絡するからね。あ! ユウキ、2人っきりのデート楽しんでるからって、アタシたちのメッセージ、無視しないでよね!」


「あ! 逃げたで! あははは!」


3人は笑い転げた。

「ユウキ、おちょくんのも面白いやん?」


「ホント、あの2人、セットでいじれるわね」


「葉月、だいぶん回復してるように見えるし、大丈夫よね?」


「まあ、無垢に育ってきたみたいだから、洗礼の時期かもよ?」


「ゆーても()()()()って言ってへんかった? そうや! あん時はユウキがおったからさぁ、突っ込んで聞けへんかってんよ」


「じゃあ、今夜、聞いちゃいますか!」


「そやな!」


「いいのかなぁ? そんなに葉月を追い詰めても」


「オンナも二十歳やったら、試練の時やん!」


「梨沙子先生はとても同じ年には見えませんけどね?」


「そんな昔のこと、忘れてもうたわ」


食堂に女子の笑い声が響いていた。


第39話『What Have You Been Shaken? 』彼女を揺さぶったのは誰? ― 終 ―


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