第31話『The truth of the incident』事の真相
上映を終えたシアタールームで、メンバーは今度はソファーを囲み、隆二の顔を見つめていた。
隆二は時折キラを睨みながら、裕貴から聞かされた昼間の会場でのいきさつを話した。
「は? どういうことだ。オマエ、変装したって?! 呆れるな、どんな趣味だよ?」
颯斗がキラの頭をはたく。
「ホント意味わかんないわ! あの “生真面目な総括の山下クン” っていう体で案内役を買って出たってこと? キラが?」
みんなが不可解な顔をした。
「オレ、ちゃんと自己紹介したんだぜ、 “渡辺貴良です” ってさ。充分なヒントじゃね?」
「……それ、もはや偽名だろ?」
「でも、どうせコイツはオレの事を “渡辺” って呼んでるだろうからさ、バレてもそれはそれでいいやって思ってたんだけど。でもあの子、マジで信じきってるからさ、オレもなんか、それに答えなきゃいけないような妙なスイッチが入っちまって」
「……キラ、お前それさ、一般の子にはやっちゃマズいドッキリじゃねぇのか?」
颯斗の指摘に、キラはふざけた顔で舌を出して笑っている。
「まぁ最終的にそうなっちまったけどな」
悪びれもせず言うキラを、隆二が更にグッと睨んだ。
「ねぇ、なんでそんなことしようと思ったのよ?」
「ん……なんでだろうな。まあ最初はさ、水嶋が女連れて来てんのナンテ面白いなって、思っただけなんだけど」
「オマエ……」
柊馬が笑いながら隆二を制する。
「それがさ! その子、なかなか面白い子でさ。オレ、駐車場で彼女に見つけられちゃって、慌てて隠れたわけよ。そしたら、どうも動物か何かだと勘違いしたみたいで、チッチッとか言いながら寄ってくるわけ。もうたまらんくらいおかしくなってさぁ。まぁ……そしたらちょっと、おちょくりたくなっちゃったんだな。ヤベッ、思い出し笑いしちまうわ」
「出た! ドS野郎だ。いつもの悪戯キラ見参!」
颯斗がおぞましそうに言った。
キラはだんだん饒舌になってくる。
「でね、どうせやるなら本格的にやろうと思ってさ、変装して、山下追っ払ってなりきったってワケ! オレ、結構頑張ったんだぜ」
キラは前髪を下ろして、キャップをかぶった時のように額をぐっと押さえつけ、まだポケットに入っていた仮装用のド近眼メガネをかけて、みんなを笑わせた。
「あはは。いや……それでも本当に分かんないもんかね?」
「人によるな。先入観あったら気付かない可能性もあるよ。まして、ホンモノはライブでしか見たことないわけだから」
キラは更に得意気に話す。
「普通、長く居たら気付くかもって思ったんだけどさ、あの子ね、特に天然だわ。なあ水嶋。そうだろ?」
隆二は黙って仏頂面をしている。
「オレが何言ってもさ、なんかもう真面目に聞いちゃって、ステージに乗っけてやったらさ、 “これがキラの見ている景色なんですね” とか言って泣き出したりしてさ」
「泣き出した?!」
「前からウチらのファンだったみたいだな、武道館ライブに来たって言ってた。なんかオレのMCとかも覚えてて、それが頭の中でリンクしたんだってさ。一人で感動しちゃって……」
目を反らしながら聞いている隆二をそっと見る。
柊馬が言った。
「オマエ、今、罪悪感ないだろ? むしろいいことした、みたいな顔してる」
キラは一息ついた。
「そうなんだよね。なんかさ、ようやく人の声が耳に入ったような気がしたんだ。あの子さ、深く思ってる事とか、今そこで思った事とか、全部声に出して言うんだ。そう、思わず言っちゃうんだろうな。彼女が記憶に残して心にしまってたその思いとか、それによって起こった感情とかを目の前にしたらさ、“ファンって一人一人の人間なんだ” って気付いたっていうか……なんか最近はオレらも大きなハコで演ることが多くなってさ、ファンっていう “大きな一くくりのカタマリ” って感じで捉えてる自分がいたんだよ。アリーナの会場みたいにさ、ブロックごと一くくり、みたいな感覚だった。でもちがうよな? 昔は解ってたんだ、一人一人がそれぞれの感情を持ってライブに来てさ、そんでオレらの音楽聞いて、また新たに感じて、それぞれの場所に帰っていくんだって」
キラの話を、もはや誰も茶化さなかった。
「なんかさ、色々大事なもん、忘れてたような気がした。ピュアな天然女子の心の声を聞かされて、オレも原点に戻んなきゃなって思っちゃって」
キラは照れくさそうな顔で笑う。
「へぇ、それでここ帰ってきて一人で歌ってたってわけだ?」
「え! トーマくん、なんで知ってんの?」
「へへっ。スタジオで見かけたからだよ」
キラはちょっとバツが悪そうな顔をした。
「……まぁさ、こういう刺激も大事なんだって。水嶋、オマエだって、あの子が面白れぇから連れてきたんじゃないの? なぁ、これからもあの子と絡んでいい?」
それまでそっぽを向きながら聞いていた隆二がキラに向き直った。
「ダメに決まってるだろ!」
「えー何で? お前の女じゃないんだろう? ユウキの女か?」
「だからそういうんじゃないって、言ってんだろうが!」
「リュウジ! じゃあどういう関係なのよ。アタシ、めっちゃ気になるんですけど!」
思わぬ発言と、そのアレックスの目線に隆二はたじろぐ。
「ウチのジャズバーの常連客だよ」
「それだけ?」
「オレ、本人に聞いたぞ。一緒にバスケットボールする仲なんだって?」
「なに? 体育会系女子なの? だったら問題ないわ」
颯斗が訳がわからないといった様子でアレックスを覗き込む。
「アレク、それどういう意味?」
「アタシと被んないから、ライバルにはならないってこと!」
「ごめん、言ってる意味全然分かんねえ」
「ハヤトには関係ないの!」
アレックスはフンとそっぽを向く。
「それで? 結局相手にはキラだってバレたんだな?」
柊馬の問にキラは平然と返した。
「問題ある?」
隆二が柊馬に向かって話し出した。
「その子、コイツだって判った瞬間、かなり動揺しちまってて、今ユウキが様子見に行ってるんだ」
「なんでよ? 普通ファンなら喜ばない? どうして具合悪くなるわけ?」
「熱狂的なオレのファンなんじゃないか?」
「まあそんなところではあるが、彼女は柊馬さんのファンらしい」
「なーんだ、つまんね」
キラと一緒に颯斗も辟易とした顔をした。
意外なご指名の受けた柊馬は、少し上機嫌になったように見える。
「まぁ、いつもの事だが、キラは人が悪いな。で? その子は立ち直れそう?」
隆二が判らないと言ったように首を振った。
「そんなことでビビるなんて、相当素朴な子なんだろうね」
「そうね、スポーツ女子だしね」
隆二がキラに釘をさす。
「渡辺! もう葉月ちゃんにむやみに近寄るな! 彼女大分びっくりして腰抜けてたらしいし」
「えーそうなの? かわいいじゃない」
そう言うアレックスを、颯斗はまた首をかしげて見ている。
「だろ? 思わずさ、からかいたくなるような、そんなタイプの子なんだよ。真面目で、そのわりにはハートは熱い感じで。だよなぁ、水嶋?」
「うるせえ! わかったような口きくんじゃねーよ」
「でなきゃオマエもさ、わざわざこんな所まで連れてきたりしねーだろ?」
みんなが隆二の顔を見た。
「……なんなんだよ。別にお前には関係ねえだろ! とにかく……妙に関わったりしないでくれ」
「なんだかアタシ、リュウジが “お父さん” に見えてきた」
「あーなんかそれわかる! 娘に悪い虫がつかないようにって?」
「そうそう! 面倒臭いパパだわ」
隆二の仏頂面にみんなが笑った。
「なんかアタシ、その子に会うの楽しみになっちゃった! 葉月ちゃんだっけ?」
「だから! そういうのやめてくれって」
「いいじゃない。ユウキと同じ年ならもう成人してるんだから、パパの同意は要らないはずよ! みんなで可愛がってあげましょうよ」
「うわ、アレクのそういう言い方、なんか怖いよなぁ」
「は? ハヤト、さっきからなによ! 取って喰やしないわよ」
そんなハチャメチャなやり取りに、隆二は溜め息をついて肩を落とした。
「柊馬さん、なんとか言ってよ」
「いや、俺も会ってみたいな。悪ガキ キラを更正させるなんて、たいしたもんだ! まあ、なによりも、俺のファンだし?」
隆二は首を振りながら空を仰ぐ。
「柊馬さん! ダメなんだって! 彼女シャイだから、柊馬さんに会ったら、マジ失神しちまうかもしれないよ」
「そんなノリなの?」
「ホント、心臓麻痺でも起こしかねない」
颯斗が笑いだした。
「リュウジ、悪いが逆効果だ。今ここにいる全員がその子に興味持っちまった」
皆が頷いている。
隆二は、厄介だと言わんばかりに頭を抱える。
「もう……全部お前のせいだ! 渡辺!」
そう言って隆二は、もう一度キラを締め上げた。
第31話『The truth of the incident』事の真相 ー終ー




