第30話『Why is he angry?』怒りの訳
シアタールームでの食事も、終盤に差し掛かっていた。
いつの間にか裕貴は席を立っていて、隆二はおそらく合宿所に向かったのだろうと推察する。
柊馬が隆二に目配せをした。
視線に促されるまま、隆二は柊馬に続いて後方の扉の外へ出る。
「どうしたの? トーマさん」
「あのさぁ、ここに来てから、キラに何かあったか?」
「ん? なんかっていうのは?」
「いや、いつになくアイツ気合入ってんだろ? 今までは、いつもそういう時って、逆に空回りするようなヤツだったじゃん? だけど今回、なんかすごいイイ感じなんだ」
「イイ感じって?」
「さっきさ、キラがピアノ室で自主練してて……」
「はぁっ?! 自主練?!」
「ああ。まぁそれだけでもカナリ珍しいんだけど、それが妙に仕上がっててさ……気持ち入ってるワケよ。正直、驚いた。長年一緒にやって来てて、なんかうまくは言えないんだけどさ、今回キラに “変化” を感じたっていうか。一体何がヤツをそうさせたのかなぁ、と思ってな。リュウジなら何か気付くことあるかもって思ったんだけど。どうだ?」
「いや……」
一瞬、裕貴に支えられて青ざめていた葉月の横顔がよぎった。
「それに初日からいきなりサボるって、珍しいだろ? 今までなかった事だし。だからって、ガキじゃねぇんだし “どこ行ってたんだ” とかいちいち聞かねぇけどさ。あいつが何してたか知らないか? さっきリュウジ、キラに何か言ってたよな?」
隆二は躊躇しながらも、柊馬に話を切り出した。
「実は……俺の “連れ” と、ちょっと……」
「何それ? “連れ” って、ユウキじゃなくて? もしかして……女なの?」
「いや。一応女の子ではあるけど、まだ若い子で……その子の面倒を見てたらしい、っていうか……」
「は?! キラが人の面倒を見る?! そんなことあるのか?」
「まあ、俺もにわかに信じがたかったんだけど」
「なんかややこしいことになってないだろうな?!」
「ああ、それは大丈夫。柊馬さんが心配するようなことは何も」
「ならいいけど。それで? その子、お前の女なの?」
「いや……本当に全くそういうんじゃなくて。あ、ユウキと同い年でまだ若い大学生なんだよ。まあ渡辺の事だから……からかい半分、ちょっと物珍しかったのかも」
「まあ、問題がなければいいけどさ。その代わり、何かあったら必ず知らせてくれよ」
「わかった」
部屋の中ではスクリーンを見ながらメンバーが盛り上がっていた。
「このエンディングの演出、最高じゃね? もうさトーマくん、これからもこのエンジニアでいこいうよ! オレらのLIVEはコイツで決まるぞ! ツアーも全部さぁ」
少しクールに決めてたはずのキラもテンションが上がっていた。
「ああ、そうだな。俺も同じ考えだから話を付けるよ。まだ到着してないから、こっちに来たらすぐにお前らにも紹介する」
柊馬も嬉しそうに応えた。
「ところでなんて会社?」
「ああ、『forms fireworks』って社名だ」
「ふうん、“花火を形成”する、か? 意外と古典的なネーミングセンスよね」
「比喩表現だろ? パット夜空に花を咲かせるみたいな?」
席に戻ってきた隆二にアレックスが囁いた。
「ねぇ、トーマとなんの話してたの?」
「いや、たいした話じゃ……」
「そう? そうやって濁すってことは、おおかたキラの話ってとこかしら!」
「は?」
「なんだ図星なんじゃない! リュウジったら、アタシには嘘がつけないなんて、カワイイんだから!」
「やめろよ!」
「ふふ……」
アレックスは声のトーンを落とした。
「もしかしたら正式加入の勧誘を受けてたのかなぁナンテ思ってさ。違ったわね」
「アレク……」
「ま、あたし達サポメンはビミョーな立ち位置だからね。誘われても誘われなくても複雑な気持ちになるっていうか。リュウジもそうなんでしょ? あ、答えなくていいわよ。とにかく、自分の気持ちがはっきりするのを、待ってるのよ。アタシもね」
そう言ってアレックスは隆二にバチッとウインクをした。
「お? そこのカップル、盛り上がってるね! いっそ同室に泊まればいいのに。邪魔しないぜ!」
キラが茶化す。
「渡辺! オマエ、マジ潰す!」
そう言って隆二はキラに飛び掛かった。
「おっと! あー怖っ」
かわすキラを隆二が追いかけて、オーディエンスはしばしオトナの追いかけっこを観覧していた。
「若いわね」
「若いっていうのも限度があるぞ。もはやガキの領域だろ」
颯斗の言葉に柊馬が笑って答える。
「いや、逆に今時のガキはこんなはしゃぎ方しねぇらしいぞ」
「でもさ」
アレックスがいう。
「リュウジって普段、落ち着いてて真面目でさ、ほらよくトーマが言うじゃない? スノッブって。そういう感じなのに、キラと居たらとたんに少年に戻っちゃうじゃん。それってもはや “ソウルメイト” なんじゃないの? なんか、妬けちゃう!」
「ははは。確かにな。いいコンビだな」
「はぁっ! 誰がいいコンビだって!」
「あら、聞こえてたみたい」
ソファーのところで捕まったキラに、隆二が馬乗りになってその耳元で言った。
「オマエ! なんの目的があって彼女に近付いたんだ」
キラは抵抗しながら答えた。
「別にイイじゃん、オマエの女じゃなさそうだし? むしろオレのファンっぽかったけどなぁ?」
「この野郎!」
アレックスが声をかける。
「あーあー、ソウルメイト、殺しちゃうよ?」
「リュウジ、続きは自室のベッドの上でやったらどうだ?」
「やだっハヤト! そんなこと言ったら想像しちゃうじゃない! なんかアタシ、熱くなってきちゃったわ。なにげにエロい光景よね!」
その言葉に隆二の戦意は喪失した。
「お前ら……」
掛けていた手を緩め、体を突き放すと、キラがまた小さな声で言った。
「なぁ水嶋、見ろよ、ユウキの姿が見当たらない。合宿所に行ったんだろ? ボーヤに先を越されてんじゃねぇよ!」
「そんなんじゃねぇわ! オマエ、手の込んだ騙し方しやがって」
「なんだ? 保護者気取りか? 見え透いたウソだな。もしかして、オマエ……」
「いい加減にしろ! 何が目的だ? 彼女になんもしてねえだろうな?」
「それはどうかな? 直接なんもしてなくても、ハートにオレの刻印、押しちまったかも」
「オマエ……!」
「うわ、また始まった!」
アレックスが嬉しそうに観覧している。
「もはや見世物だな」
颯斗もいつになく盛り上がっている。
「ホント。ねぇ、ライブのMCで絡ませたらウケるかもよ?」
「もはやコントだろ? どうよ柊馬?」
「さすがにあれじゃあ、ウチのバンドのコンセプトには反するなぁ」
「やっぱ却下か。こんなに面白いのにもったいないわねぇ」
「ねぇ! ちょっとそこのメンバーたち! ボーカルが半殺しになってるんだからさ、助けてよ!」
キラがそういうと一斉に笑いが起こった。
「ってかさ、なんでリュウジ、あんなに怒ってんの?」
「ついにリュウジも “ドS” に目覚めたか?」
「何言ってんの! “ドS” はもともとキラの専売特許でしょ?」
「そうだけど “ドS” がやられてるって見てて気分がイイなぁ」
「それはいつもハヤトがキラにやられてるからじゃないの?」
「まあ確かに。正直、イイ気味!」
「性格悪いわね、ハヤト」
「だったらアレクも一回、キラの禊を受けてみろよ。それでインスタに載せられてみ? 俺の気持ちがわかるハズだ」
「あはは、想像するだけでもゾッとするわ。ご愁傷様」
「で? 実際のとこ、あれはマジで揉めてるわけ? 柊馬は聞いてんの?」
颯斗にそう言われて、笑顔で観覧していた柊馬が我に返る。
「ああ、なんかリュウジが連れてきた女の子を、キラが……」
「なにそれっ! まさか! リュウジの女ってこと?!」
「いや、違うみたいだ。ユウキと同い年くらいの若い子だって」
「じゃあ、ユウキの女?」
「どうだろうな。あ、そういえばユウキ、いつの間にか居ねぇじゃん? その子に会いに行ったとか?」
「それで? 柊馬、その子にキラが何したの?」
「いや、詳しくは聞いてないけど。問題ないって言ってたから」
アレックスは呆れたように柊馬を見た。
「普通、そこで聞くよね? そんなに興味ないわけ?」
「いや、っていうかさ、やっぱりそういう問題はあんまり首突っ込むと、なんか悪いかなぁと思って」
「実際うちのメンバーがめちゃめちゃ首突っ込んでるみたいで、ああなってるんだけどな。リーダーの柊馬さんよぉ、どうすんの?」
「やっぱり止めたり理由聞いたり、するべきか?」
「まあアタシは、面白いからこのまま見てたい気もするけどね」
「ははは」
「ちょっと! コイツ止めてよ!」
キラが抗議する。
「ま、キラは普段の行いが悪いからね。しばらく締められとけ!」
柊馬が笑いながら歩み寄り、隆二の肩を掴んだ。
「どうしたリュウジ、それ、 “ノリ” か?」
「いや……」
「ここまでおおっぴらになったなら、一応理由ぐらいはみんなに話しといた方がいいんじゃねぇか?」
隆二は大きくため息をついて、再びキラをソファーに押し付けた。
そして裕貴から聞いた、会場でのいきさつを、皆に話した。
第30話『Why is he angry? 』怒りの訳 ー終ー




