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第29話『Encountering “it” with motivation』きっかけ

ペントハウスのエントランス階からワンフロア下に降りた隆二は、シアタールームの重い扉を開けて中に入った。

柊馬(トーマ)がプロジェクターの前でスタッフに映像の準備を指示しながら振り向く。


「おおリュウジ!」



「お疲れさまです」


「今日のリハ、マジ良かったじゃん、仕上げてきてんな」


「そりゃトーマさんとお手合わせするんだから、気合いも入るよ。まあ、渡辺(キラ)がいなかったせいで集中出来たってこともあるけどね」


「ははは、そんなに淋しかったのか?」


「はぁっ?! トーマさんまで……勘違いもいいとこだ。アイツ、初日からやらかしやがって……」


「ん? なんかあったのか?」


「あ、いや別に」


「そうだリュウジ、今回からさ、ライブのバックスクリーンの制作会社を変えたんだよ」


「え? トーマさん、前回のツアーの時にカナリ気に入ってるカンジだったけど?」


「ああそうなんだが、そのお気に入りのエンジニアが会社から独立してね。以前はさ、会社側の担当だかなんだか色々間に入ってくるから、なかなか個人的にコンタクトも取りにくかったんだけど、これからダイレクトに彼とディスカッション出来るようになったってわけ」


「へぇ……それで今日の試写会ってわけだ!」


「まあな。今まで以上に曲の世界観を作れるから、依頼と言うよりはもはや共作だな。そうそう、リュウジのドラムソロも、前回の映像を渡してシミュレーション動画を作ってもらったんだ。よく見て、注文つけてくれよ」


「なんか年々、プロジェクトも規模も大きくなってきてるよね?」


「わかる? 俺の野望も?」


「いや、トーマさんの頭の中は計り知れないからな。音楽ならまだしも、プロデュースにこと関しては、俺は付いていくだけで精一杯だよ」


「そっか、なら精一杯ついてきてくれ。なんならリュウジの野望もぶつけてくれると嬉しいんだけどな」


隆二は笑いながら大袈裟に手を振る。

「俺の野望? そんなのナイナイ。しがない “さすらいドラマー” に野望なんて」


柊馬は溜め息をついた。

「ホント、リュウジはスマートで困るよ。何とかギラギラジリジリさせたいのに。そんなにスノッブ(紳士気取)で洒落た都会派生活が魅力的なのか? タイコ叩いてるリュウジはもっとセンセーショナルな舞台が似合うと思うんだけどな」


「まあ、このフェスではご期待に答えられるように頑張りますよ」


柊馬はお手上げと言わんばかりに両手を上げた。

「あーあ、全く。リュウジは身持ちが固いよな。鉄のパンツでもはいてんのか?」


「俺が? あはは」


「誰が鉄のパンツはいてるって?」

アレックスと颯斗が入ってきた。


アレックスは隆二の側に、またもやスッとやって来て耳元で言った。

「リュウジ、あたしは鉄のパンツどころか、なぁんにもはいてないわよ」


「……アレク、マジ勘弁してくれよ」


うなだれる隆二を見て、みなが大爆笑した。


「お疲れでーす」

キラが入ってきた。


隆二が身を乗り出す。

「こら渡辺! この野郎、逃げやがって!」


「まあまあ! ねぇねぇトーマくん、試写始めるんでしょ? 早くやんないと、全曲チェック出来なくなるよ」

キラは柊馬の影に隠れるように、スッと後ろにまわった。


「そうだな、じゃあみんな座って。SE(サウンドエフェクト)部分からな。ユウキ! セトリよろしく」


キラは隆二に向かって、ベロを出しながら変顔をした。


「あの野郎……ぶっ殺す!」


柊馬もその様子を見てクスッと笑った。




裕貴がスッとテーブルに近付き、スタッフを含めた全員にセトリを配布した。

キラと目が合うも、裕貴は表情一つ変えず、プロジェクターをオンにするために再度後方へ向かう。


食事がならんだテーブルの手元だけライトで照らし、周りを少しだけ暗くする。


「結局、会社が変わっても同じエンジニアなんだよな?」


「そう。まあ以前は彼も会社側の “しがらみ” というか、制限のなかで窮屈にやらされてた感じらしいんだ。彼、正式には “モーショングラフィックデザイナー” って言うらしいけど、彼は前回の俺らのツアーも知ってるし曲も把握してくれている訳で、今回は最初にセトリ渡しただけでイメージプロット立ててきてくれたんだよ。その仮のバージョンを見たんだけどそれでも充分、前回を遥かに上回る出来でさ」


柊馬のテンションの高さは、そのグレードの高さを意味する。

みな期待に胸を膨らませた。


「ま、実際映像を見てもらったら早いな。あと、彼が凄いのははスクリーン映像以外の演出、例えば回転式のビームライトの配置図とか、キラが登場する時の音玉(コンカッション)も、レーザーも、スモークのタイミングも、すべて引っくるめてプロデュース出来ることなんだ。俺もまだ彼とはビデオチャットでしか話したことがないから直接会ったことはないけど、PA(音響)や設営エンジニアとは、もう俺を通さず直接話をしてもらっててさ。なんせ完璧なわけよ」


「文句の付け所がないじゃん」


「まあ強いて言うなら、彼は異常なほど多忙で、なかなか時間が取れないってことかな。今回も前日の夜にしかこっちに来られないらしいから、もし手直しが必要なら、今から見て、今夜中にメールで要請することになってる」


キラは早速、食事に手をつけながら言った。

「そうか。で、トーマくんはどうなの? 手直しが必要と思った?」


「まぁ一応、俺の主観(しゅかん)をいうのはこの場では控えておくよ。先入観(せんにゅうかん)ナシで見てみてくれ」


「了解!」


「じゃあプロジェクターに飛ばすぞ。まずはセットチェンジ中のSEからな。ユウキ、流してくれ」


一瞬真っ暗になったスクリーンを、『エタボ』メンバー一同で見上げる。


「ふうん、このSE曲は、 “トランス” みたいな」


「映像は宇宙のイメージ? なんだろ、地球か? トリックアート?」


「うん、確かに神秘的で幻想的だな」


口々に感想を述べるメンバーとは対象に、柊馬は具体的なセッティングを話す。

「フロント3人はエレベーターでステージに順に上がるが、リュウジのドラムセットもあらかじめ奈落(ならく)にセットを組んでおくから、そこに乗ってエレベーターで上がってもらう。4台順次バラバラに、だ。アレクはセットチェンジのタイミングでこのSEに合わせてダイナミックに弾いてもらいたいからグランドピアノを用意させる。なのでピアノに板付き(楽器前着席)で。こういった細かい演出もあらかた相談出来てるんだ」


「なんかワンマンライブみたいよね。グランド入れてもらえるなんて気分も上がっちゃうわ」


アレックスは上機嫌だったが、隆二は感慨深い面持ちだった。

みんなの口数が明らかに減って、食い入るように映像を見入っていた。


「もう少ししたらスクリーンの色目がこのブルーから真っ白にかわるから、そのタイミングでSEが終わって音玉(コンカッション)と共にキラが飛び出すんだ。で、インターバルが約8秒、この間に立ち位置まで走って短いMCで始まりだ」


「細かい! すごい緻密な演出だね」


「気に入ったか?」


キラは満面の笑みを柊馬に向ける。

「うん」


「ここからはセトリ見ながらな。あ、メシも食えよ!」


しかし、彼らの食事はなかなか進まなかった。

皆が映像に引き込まれていた。


「この音源は? 前回の」


「そうだな、それをもとに手は加えてるそうだ。実際は、このキラの歌と、真ん中の俺らの演奏音源は、省いた状態で流れる訳だ」


「なるほどね、いいなこの宇宙空間みたいな……いや、滝の中みたいな?」


「これ、当日晴れたらいいけど、雨だったらシャレになんねぇな」


「あ、いや、天気によって差し替えの映像も用意してるってさ」


「ほぉ……抜かりなしか」


「あ、ちょっと次に出てくる “ロゴ”、見といてくれ」


「この『E B's L』使ったロゴか……新しいロゴ? カッコいいじゃん!」


「そうだろう? 俺もいいなと思ってさ。次のツアーのテーマもグッズも、これでいいんじゃないかって」


「なに? これもその映像クリエイターのヤツが考えたって?」


「そうなんだ!」


「へー! やるじゃん! 以前ともスケールが違うなぁ」


「なんかこのクリエイターに興味湧いてきたわ」


柊馬も嬉しそうに答える。

「そうだろ? 実は、俺たちのこの野音フェスを機に独立して会社立ち上げたらしいんだ」

「一発目か、だから気合も入ってるわけだな」


「本番のタイミングは『エタボ』が一発目らしいけど、いくつもオファーがあるから、全て平行してやってるんだってさ。なあ、リュウジ、どう思う?」


「かなりヤバイですね」


目を輝かせて見ている隆二を、柊馬がじっと見ていた。


「ハイテンポもまたすごいな、今度は自然の荒々しさみたいな……この赤、マグマみたいだよね」


「俺は結構気に入ってるよ、この疾走(しっそう)感、合ってると思わねぇ?」


颯斗(ハヤト)も満足そうに同調した。

「確かに、ウチらの曲をかなりちゃんと把握してるな」


「うん……バラードも良かった」


「この辺りから多分、日が暮れるそうだ」


「どうりで。色味を変えてきてるんだな」


「で、ここからは結構照明を派手にしてレーザーとスモークだな。観客席側に向けても、回転式のビームライトを規則的にプログラムしてある」


「この中盤の静かになってるのは何?」


「こっからキラのMCで、またSEで雰囲気出して “夜の部” みたいな空気感を出そうと思ってインターバルを注文したんだけど、思ってた通り、よく出来てる」


「そこから一気にエンディングまで疾走感たっぷりにって感じだな。ギターを邪魔しない感じの効果だから、サウンドも厚くなっていいね。面白いな」


そう言う颯斗の隣で、キラはまだデザートを追加する。


「トーマくんがすんなりと気に入るなんて結構珍しいよね」


「まあ、そうかな? ざっと一通り見たけど、注文の付け直しがなかったんだよね。イメージ通りっていうか、表現したい所がそのまま出てるって言うか」


「だったらこれからさぁ、このエンジニア、ずっと俺らについてきてくんねーかな?」

颯斗もフルーツを頬張りながら言った。


「いや、俺もそう思ってさ。ツアーの度にオファーしよう思って、今回会ったら交渉するつもりだ。ただ、なんせ忙しそうなんだよな……今回はフェスだから曲数少なくて良いけど、ツアーだとそうはいかないからな。正式に契約しねぇとな」


「しかし、ヤバいなこれ、何回も見たくなっちまうね」


「観客は圧巻だろうな。キラ、どうだ?」


「あーいいんじゃね?」


「お前、わりとドライな反応だね、何で?」


「まあ、背景バックスクリーンが変わっても、オレの歌は変わんねぇし、観客に応えるパフォーマンスをすればいいんだろ?」


「なんかお前、スイッチ入れてきたな? リハ、サボったくせに、なんでだ?」


「まあ今回はオレ、俄然(がぜん)やる気なんだよね」


「あら? いつものキラとは違うわねぇ。なんで? 教えなさいよォ!」


「なんでもいいじゃん! まあ見ててよボーカルパフォーマンス」


「いつになくやる気だな、いいんじゃねぇの?」

柊馬は満足そうに言った。



第29話『Encountering “it” with motivation』きっかけ ー終ー


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