第28話『Funny people in penthouse』ペントハウスの愉快な仲間たち
葉月の事を気にかけながらも、合宿所を後にした隆二と裕貴はレンジローバーに乗り込む。
早々に隆二の携帯が鳴った。
隆二は画面を見てから、一つ溜め息をついてその電話に出る。
「おーい………山下! いったいどういう事だ? お前……いい加減にしろよ! ああ、聞いた。うん、それで……」
裕貴は黙って運転しながら隆二の会話を聞いていた。
隆二が舌打ちしながら電話を切る。
「山下さんに罪はないですよ」
裕貴の言葉に隆二は更に大きく息を吐いた。
「あのなぁ! お前に言われなくったって解ってる!」
ペントハウスの駐車場に入ると、そこにはキラのポルシェが停まっていた。
「クソッ渡辺のヤツ! さっさと帰ってきてやがったか」
車を停めたところで、今度は裕貴の携帯が鳴った。
「おお、翼? 久しぶりだな。え? 葉月が? へぇそうなんだ。良かった……」
裕貴は電話を指さして、隆二を建物の中に促し、自分は建物の壁にもたれて話を続けた。
隆二は足早に建物に入ると、エレベーターホールから4階のエントランスへ向かった。
勢いよくドアを開け放つ。
「渡辺! どこだ渡辺!」
ソファーに座って雑誌を読んでいた颯斗が顔を上げる。
「なんだ騒がしいな。リュウジ、どうした?」
「渡辺の野郎、こっち帰ってない?」
「どうだったかな? 俺、見てない気がするけど。ってゆうか、今日キラはリハも来てないし、こっちに来てから会ってないよな? リュウジなんてキラに会うの、久しぶりなんじゃねぇの?」
「それがさ、さっき合宿所で見かけて」
「え? 合宿所に用事なんてないでしょ」
「そうなんだけどね。アイツ、悪戯が過ぎるわ。マジでめんどくせー」
隆二はどっかとソファーに腰を下ろす。
「何言ってんの! リュウジはまだいいじゃん、たまに会うだけからさ。俺なんてしょっちゅう悪さを仕掛けられてさ、身体いくつあっても足りないぐらいよ。もはやインスタのネタにされてるもん」
「あははは、俺それ見た! ひどかったね」
「だろ? もはや誕生日なんて恐怖でしかないよ。なに? リュウジもなんかやられた?」
「まあ……俺じゃなくて、俺の身内がね」
「リュウジの関係者じゃやられるっしょ? ご愁傷さま。ま、あいつの悪ガキぶりなんて今に始まったことじゃないんだから」
「確かに……」
「もうすぐ飯の時間だから帰って来るんじゃねーの」
アレックスが奥から走ってきた。
「もう! リュウジ、どこ行ってたのよ! リハーサル終わったら消えちゃったから、 探したんだからぁ」
隆二の横に座る。
「あ……ちょっと合宿所の方にね。アレク、渡辺見なかった?」
「部屋にでもいるんじゃない? どうせもう来るって。キラがご飯の時間を逃すわけないし」
「何だそれ? まるで食いしん坊のガキじゃねえか」
一斉に携帯が鳴った。
アレックスがメッセージを読み上げる。
「何々? 今日の夕食はシアタールームって? どうしてかしら? 映画鑑賞でもするつもりかな? ハヤト、なんかタイアップ取ったの?」
「ああ、あるけど……たぶんその事じゃないな、その映画はまだ企画段階だ。来春にクランクインの発表だから、まだ映画の撮影もろくに始まってない」
「そっか、また忙しくなるよな」
「まあね。とかいって、柊馬以外は誰も把握してねぇけどな」
颯斗は肩をすくめて笑った。
「なあアレク、シアタールームって何階だっけ?」
「確か1フロア下の一番奥の、ホールみたいな大きな部屋じゃなかったっけ?」
「ああ、あの天井の高い?」
「そうそう、薄暗いカンジの。去年打ち上げの翌日に何か映画見たわよね」
「ああ、それこそ『Eternal Boy's Life』が主題歌のタイアップ映画の試写だったな」
「そう、あの時はひどい二日酔いで……映画の内容なんて、あんまり覚えてないわ」
颯斗も同意して深く頷いている。
隆二がまた辟易とした表情で言った。
「そうだったな。渡辺なんて最初から最後まで寝てたしな。なのに、アイツ、数日後の会見でそれらしく喋ってやがった。全く、エセ野郎だぜ!」
「あれはトーマが書いたシナリオだよ」
「やっぱり……柊馬さんは抜かりないな」
「まあ、大変だろうけどね。他人事みたいに言ってて悪いとは思ってるけど、トーマはマネージャーとスタッフを上手く使ってなんとかやってるみたいだぜ」
「そっか、あたしたちサポメンみたいにお気楽稼業ってわけにはいかないもんね」
アレックスは隆二に同調を促す。
「全くな。頭が下がるわ」
「さっきさ、食事の手配もトーマがオーダーしてたのよ」
「マジか! せめて音楽に関してだけは柊馬さんを煩わせないようにしねぇとな」
颯斗が雑誌から顔を上げて、隆二を見て言った。
「大丈夫じゃね? リュウジ、今日のリハ、マジで良かったじゃん。トーマもいたく満足してたみたいだぞ」
隆二は嬉しそうな顔をする。
「やだ、リュウジ! かわいい顔して!」
「は……?」
隆二はあからさまに不快な顔をしてアレックスから身を離して、颯斗にぶつかる。
「おいお前ら! ここでイチャイチャすんな!」
「イ? イチャイチャって……」
隆二が白目を向いて空を仰ぐ。
「うるさいわね! ハヤト、あんただって、自分の顔が表紙の雑誌、これみよがしに読んでんじゃないわよ!」
「は? そうだっけ?」
颯斗は『Guitar magazine』の表紙を確認した。
「マジ、俺だ。気が付かなかった」
「全く、イヤミなオトコよね!」
颯斗は平然とした顔で足を組み直すと、また雑誌を開き出した。
「そういえばさリュウジ、リハの休憩中、いなかったじゃない? どこ行ってたのよ」
「ああ、ここの施設、見て回ってた。ここ、ホントすごいな」
「知らなかったの? リュウジも毎年来てるじゃない?」
「ああ、今まではそんな余裕もなかったからな。今日のリハの合間に初めて探検した」
「ああ、わかった! 今日はキラがいなかったから、一人で退屈してたんでしょ?」
「は? そんなわけねーだろ! ゆっくり見る時間があったってことさ。しかし、かなり広いよな? ギャラリーもシアターも2つあったし、ちょっとしたライブラリーもあったな。プレイルームには『VR』もあったし、ボルダリングのクライミングウォールもあったぞ」
「まあ、俺らはほとんど使ったことないけどな」
雑誌から顔を上げて颯斗が言った。
「ねぇ、じゃあこれは知ってるかしら? 去年リュウジがやたら気に入って使ってたジムがあったでしょ? あの隣でさ、メンバーで酔っぱらいながら夜中まで卓球対戦してたじゃない? あの卓球場の更に奥にビリヤード台とダーツがあるのよ!」
「え! それは知らなかったな。去年か……そうそう、フェスに出てたバントの子らと卓球大会したり、なんか勝手に好きなカクテル作ってカラオケバーで飲んだりして悪酔いしたよな。渡辺なんてもう一本ライブするかのごとく歌いちぎってたし」
「まあ他のバンドの子達もテンション高かったから、盛り上がっちゃったのよね」
「だってメンバーは翌日帰れなかったんだろ?」
「そうよ! アタシも帰れなかったの! リュウジだけよ翌日帰ったのは。そりゃユウキが運転してくれるからリュウジは帰れたけどさ、アタシたちセルフドライバーはもう一泊したんだから!」
「うわー! カオスだな。翌々日のゾンビぶりが想像出来るよ」
「そりゃもう、グロッキーの極みよ!」
「あはは。じゃあ今年は少しは自粛するのか?」
「どうだろ? 応用能力があればね。みんなリュウジみたいに健康的志向じゃないもん。リュウジなんて、去年はジムにとどまらずジョギングしたりしてじゃない?」
「ああ。でもまあ、メンバーは顔バレするから下手に外出できないだろうしな」
「この期間はこの辺りには既にファンが集まってるからね、危険危険」
「そうだった、去年近くのファッションモールに行ったらさ、俺でも顔さしちまって、買い物どころじゃなかったしな」
「知ってるわよォ。なんか夜も……大変だったらしいじゃない? ユウキが一緒じゃなかったら、そのまま手を出してたりして……?」
「んなわけあるか!……その話はやめてくれよ!」
「リュウジの事はなんでもわかるんだから! それに、ライバルが多い方が燃えるタチなのよね、アタシは」
そう言って隆二の肩を突っつくアレクの艶かしい視線におののく。
颯斗が笑いを押し殺しながらちらりと隆二を見た。
「ああ、あと30分あるから、1回部屋に戻るわ!」
隆二がそう言って早足に部屋に向かう途中で、裕貴が通りかかった。
「あ、リュウジさんお疲れ様です。ん? なに焦ってるんです? あ、わかった! アレックスさんでしょ? あやしいな、なんの話ですか?」
「お前なぁ、殺されたいか!」
「それはそうと、リュウジさん、あれからキラさんと会えてないんじゃないですか?」
「何で分かるんだ?」
「なんか、そんな顔してたんで。イライラしてるし?」
「何だお前まで! お前は俺の嫁か? なんでも分かられると気持ち悪いだろ!」
「お前まで、とは?」
「いや……なんでもない。それより葉月ちゃん、どうだって? 大丈夫なのか?」
「ああ、あとで合宿所の方に様子見に行ってきますよ。さっきの電話で聞いたんですけど、ボクもよく知ってるメンバーと同室になったみたいで。彼女達のおかげで、今はだいぶ回復してるらしいです」
「そうか、良かった」
「それより聞いてます? この後シアタールームで、ライブのバックスクリーンの映像チェック、するらしいですよ」
「あ、バックスクリーンの映像だったか。なるほど、だからあそこで飯食うことになったのか」
「はい。食事しながら|SE《Sound Effect》部分を一通り見て、食後はセトリと照らし合わせながら一曲ずつじっくり詰めていくそうですよ」
「そうか。しかしお前、よく知ってんな?」
「だから言ったでしょ? 柊馬さんに “リュウジを頼む” って言われったって。ボク、頼りにされてるんですから。準備できたら降りといてくださいね。ボクはセトリをコピーして持って行くんで」
「わかったよエセマネージャー。そうだ、本物のマネは来てないのか?」
「ええ。だからボクが柊馬さんに頼まれてこうしてお手伝いしてるんですよ。ああ、佳澄さんは明日になるそうですよ」
「そりゃ静かでいいわ」
「あーあ、モテるオトコは辛いですね」
「お前、マジで絞めるからな!」
「その役はキラさんに譲りますよ!」
そう言って裕貴は小走りに逃げていった。
部屋に戻ってみたものの、特に用意するものもなかった。
ここに来たらいつも賑やかだ。
本当に。騒がしいくらい。
とくに今年はなんだか、いつもと少し違う気がした。
なんでだ?
いつになく……気持ちが入っている?
もう何年もサポメンをやってるわけだから、今さら“気合い”とか、
そんな空気ではないハズだが……
リハがしっくり来たから?
渡辺が、いなかったから?
彼女、葉月ちゃんが、いるから?
いやいや……
しばらく頭を空にして、隆二は深呼吸した。
「さて、降りるとするか!」
膝を叩いて立ち上がると、隆二はまた階下に下りて、シアタールームへ向かった。
第28話『Funny people in penthouse』ペントハウスの愉快な仲間たち
ー終ー




