第224話『What’s charming woman』愛され女子とは
由夏がシャワーに消え、かれんがリビングテーブルの片付けを始めると、廊下の向こうからガチャリと音がした。
葉月がインターホンを鳴らさず直接鍵を開けて入って来たと推察したかれんは、廊下を進んで玄関に向かう。
葉月がそっと開いたドアから顔を出した。
「葉月、おかえり」
「あ、かれん……ただいま。ひょっとしたら寝てるかなと思って、インターホン鳴らさなかったの」
「そっか。" 子供じゃないんだからまだ起きてるわよ " って言いたいところだけど、さっき寝かかってた人が、今シャワー浴びてるわ」
「そっか……遅くなってごめん」
「いいのよ。鴻上さんにも " 門限はないのでごゆっくりどうぞ " って言ったんだから」
「そうだった。わ! あれは……」
葉月はリビングのテーブルの上にはワインボトルが空の状態で転がっているのを指差して、苦笑いする。
「うわぁ……結構飲んだのね? 2人で?」
「いいえ、ほぼ由夏が1人で」
「やっぱり……大丈夫なの?! バスルームで倒れてない?!」
眉を上げた葉月の背後から腕が伸びてきて、ガバッと肩を掴まれた。
「おかえり! 葉月」
「わっ! びっくりした!」
葉月は目をまん丸にして後ろを振り返る。
「由夏、大丈夫?!」
「底なしの酒豪を捕まえて何言ってるの! あれしきの酒量で心配ナンテ無用なんだから! フフフ」
そう言ってじゃれつくように葉月を抱きしめた由夏がバランスを崩して、2人はソファーに倒れ込んだ。
「わぁっ!!」
「もう……由夏ったら、何やってんの」
かれんが呆れたように肩をすくめる。
由夏はクスクスと笑い出し、自分の下に仰向けに倒れた葉月にグッと顔を近付けた。
「もしかして……鴻上さんともこんなハプニングがあったりして?!」
「なっ! 何言ってんのよ!」
「あー! 動揺してる! 怪しいわねコレは! なになに? もっとディープな??」
「な、ないって! ちゃんと仕事の依頼を受けてきたんだから!」
かれんが笑いながら割って入る。
「フフフ、由夏はもうすっかり出来上がってるんだから、葉月もまともに返さなくていいわよ」
かれんが由夏の下敷きになった葉月を救出すると、由夏はそのままソファーでウトウトし始める。
「全く……誰が底なし? 飲み過ぎなんだから。それより葉月、仕事の依頼って何だったの?」
「ああ……」
隣のソファーに座り直した葉月は、明後日の日曜日に徹也の祖父である『LBフロンティア』の元会長の四十九日に手伝いに行くことを話した。
「なんだ、本当に仕事の話だったのね?」
「なによ! かれんまで疑ってたってこと?!」
「そういうわけじゃないけど。でも鴻上さん、私たちが一緒にいたことも知ってたみたいだし、何ならユウキと一緒だってこともわかってたような口ぶりだったから、社用とかなんとか言いながらも別の話があったのかなぁナンテ勘ぐってただけ。それで? どこで話してたの」
「海辺の、公園」
「臨海公園?! あの夜景の素敵な?」
「うん……まぁ」
「そりゃあロマンチックなことで。由夏が聞いたら、もう一盛り上がりしそうよね?」
「かれんまで……」
葉月はバツが悪そうな表情を見せた。
「葉月の気持ちが熟成していないのは分かったし、気持ちを焦らせるのも良くないって思ったけど、多分ね、葉月の周りの人たちはそうじゃないと思うの。リュウジさんも鴻上さんも、直接的葉月に答えを突きつけたり求めたりはしないだろうけど、その代わりに今後も自分からアクションを起こしてくるような気がするわ。私は、本来それって素敵なことだって思うけど、葉月の中にはまだ、得体の知れないわだかまりみたいなものがあるのよね?」
「うん……多分……」
「まあ、ついこの前、あんな大きな事件に巻き込まれたばかりだし、葉月の心がなかなか回復しないのはよく解るわ。だから追い詰めたくはないけど、でも周囲の人にはそれぞれ、その人なりの気持ちもあるってことを覚えててね」
「ありがとう、かれん。わかったわ」
突然ソファーで寝ていた由夏がむくっと顔を上げた。
「葉月!」
「へっ?! な、なに?」
「せっかく葉月も帰ってきたことだし、ワインをもう1本開けようよ」
かれんがすかさず制御する。
「ダーメ! 今日は由夏、ホントに飲み過ぎだから」
「なんでよ! 葉月だって鴻上さんと飲んできたんじゃあ?」
葉月は大きく首を横に振る。
「ううん。徹也さんだって車だったわけだし」
「はぁ?! こんな時間にオトナの男性と出かけて、お酒もなし?! 一体どこに行ってきたのよ?!」
そう尋ねるも、由夏はそのまま力なくソファーにしなだれかかったまま眠りだした。
「あはは。由夏は可愛いからいいけど、これがもしオジサンだったら相当タチの悪い酔っ払いよね?」
「そうね。まぁこの子は、きっと明日はなにも覚えてないはずよ」
そう笑いながら、かれんは葉月にカモミールティーを淹れた。
「葉月にはこれがいいでしょ?」
「うん。かれん、あリがとう」
「それで? 四十九日の法要なら、実家に喪服を取りに帰るわけ?」
葉月は『Attractive Vision』のデザイナー兼オーナーである徹也の母の鴻上絢子氏がセレモニースーツを用意してくれることを話した。
「なにそれ! 凄いわね……世界的ブランドの『Attractive Vision』のオーナー直々に新作の提供を受けるとは! セレブも羨む待遇じゃない?!」
「そうなの……私も恐縮してる」
「すっかり気に入られてるんだ? もしかして、お嫁さん候補とか?!」
「そんな……絢子さんはとってもお優しい人で、私を見てると " 若い時の自分を思い出す " って言ってくださるの」
「ふーん。まぁでも、若いってだけで誰かれそんな優遇するわけではないだろうから、よっぽど葉月に目をかけてるのね。もしかして、息子である鴻上さんから何か聞いてたりするのかな?!」
「もちろん『forms Fireworks』の従業員だって認識して下さってるわよ」
「ただの従業員にそこまではしないものよ? まぁ、本来は厳粛な法事なんだろうけど、鴻上さんが言ってくれたように、息抜きになるといいわね」
「うん。正直、絢子さんにお会いできるのは楽しみだし」
「あらあら、すっかりお母様の方に惚れ込んじゃって……鴻上さんが嫉妬しそう」
「あ……実は、イヤミを言われちゃった……」
「やっぱり!」
かれんはクスクス笑いながら、バツが悪そうにカモミールティーを啜る葉月を見つめた。
まるで自分の想像をなぞるかのような鴻上社長の言動があったと聞いて、隆二とは違った形の葉月に対する想いに確信を持てた。
また少し、心のささくれが滲みるような気持ちになる。
「カモミールティー美味しかったわ、ご馳走様。 じゃあ私が片付けるわね」
そう言って葉月はかれんのカップも一緒に持ってキッチンに向かった。
「あリがと」
かれんはその後ろ姿を見つめながら、これから彼女に起こるであろう変化について思いを巡らせる。
カードは揃ったものの、当の葉月は何の心の準備も出来てはいない。
まるで身内のような扱いを受けて明後日に鴻上社長と参列する法事と、4日後に迫る隆二の転機とも言える『Eternal Boy's Life』の招集という2大イベントで、少なからず葉月に及ぶ何らかの衝撃が起爆材となって、葉月の中に新たな道が開ける予感もする。
この前はバスケで失神までしたわけでしょ? 全く! ナンテ気忙しい子なの……
「え? かれん、なんか言った?」
思わず洩れた心の声に閉口する。
「ううん、なんでもない。それ終わったらシャワー浴びてね。明日は何もないから、ゆっくり寝坊してからショッピングにでも行く?」
「いいね!」
シンクのバシャバシャと水の流れる音の中、振り向いた葉月が見せたあどけない笑顔に、男たちが放っておけない要因が見えた気がした。
自分にはない、その危なっかしくも健気な隙を、かれんは愛おしくも、また羨ましくも思った。
第224話『What’s charming woman』愛され女子とは - 終 -




