第223話『Passionate men』情熱的な男たち
かれんのマンションで葉月の帰りを待つ間、由夏と2人で寝具を整えた後、コンビニで買ってきたオードブルを並べながらワインを開けた。
「結局私たちって『Blue Stone』に行ってもほとんど飲まなかったもんね?」
そう言って由夏は1杯目からグッとワイングラスをあおる。
「まぁ、あの状況じゃあ、私たちもゆっくりお酒飲んでナンテいられなかったしね」
「ホント……でもあんなリュウジさん見たの、初めてだったよね?」
「そうね。最初は何事かと驚いたけど、あの焦った感じのリュウジさんから伝わってくる本音っていうか……葉月に対する思いが見えて、逆に素敵だったかも」
「そうなのよ! なんかスピリッツを感じるっていうか?! あんな風に必死になって探し回ってもらいたい!って、ちょっと羨ましく思っちゃった。まぁ、そんなこと、落ち込んでる葉月には絶対に言えないけどね」
「そうよね。だけど当の葉月は今頃、鴻上さんと2人きり……」
「もしかして! " 親友同士で1人の女性を取り合う?!" ナンテ事にはなんないか……だって社用で呼ばれたんでしょ? つまんない!」
かれんが意味ありげに肩をすくめた。
「あら? それはどうかしら?」
「えっ? と言うと?!」
由夏はグラスを持ったままかれんを覗き込む。
「ユウキの家で鴻上さんから私に電話がかかってきたでしょう? あの時ちょっと、引っかかったのよね……」
かれんは意味深な視線を向ける。
「えっ! なになに! 教えて!」
由夏はグビッとグラスを空にして、さらに手酌でワインをドクドクと注いだ。
「ちょっと! 飲みすぎないでよ! 酔っ払っちゃったら葉月が帰ってきた時に余計なこと言うかもしれないじゃない?」
「わかったって! それで? 何に引っかかったの?」
「鴻上さんは葉月と連絡がつかないからって私に電話をしてきたって言ったけど、まずそれが変よね? 私たちが毎日会ってるわけじゃないことを鴻上さんは知ってると思うわ。逆に言えば、今日私たちと葉月が会ってることを、鴻上さんが知ってたってことになるでしょ?」
「そうね、それで?」
「でもね、今日は葉月自身が私たちと会うことを認識してなかったのよ? 今日葉月が『Blue Stone』に来るだろうって推察して、私たちが勝手に葉月を待ってただけでしょう? 私も、わざわざ葉月に言ってなかったわけだし?」
「確かに。私も言ってないわ。週始めに『Blue Stone』で会った時に、葉月が " 金曜にまた来る " って」
「そうよね? それにね、鴻上さんは私に葉月の所在を聞いたわけじゃないのよ。葉月が " 携帯を切ってるから連絡がつかない " って言ったの。" どこにいるか知らない? " って聞かれたならまだしも、本来葉月が携帯切ってるんなら、私たちだって連絡が取れないわけでしょ? ……ということは?」
「ということは??」
かれんは由夏の顔を覗き込む。
「由夏、本当はけっこう酔ってるんでしょ?!」
「もう、大丈夫だから早く答えを教えてよ!」
ジタバタと首を振る由夏に、かれんは肩をすくめながら答えた。
「鴻上さんは、" 葉月が私たちと一緒にいるってことを知っててかけてきた " ってこと!」
「ああそっか……でも、どうして鴻上さんが?」
「そうよねぇ。実はもう1つ気になったことが……」
かれんのまたもや怪しい表情に、由夏はヤキモキしながらにじり寄る。
「もう! 気を持たせるわねぇ! 今度はなに?!」
「フフフ。電話がかかってきた時のユウキ」
「え?! ユウキ?!」
「ええ。鴻上さんからの電話にすんなり納得したのも変じゃなかった? いつものユウキなら、何で? って突っかかってきそうだし」
「まあ……そう言われてみればそうかも?」
「それにさっさと鴻上さんに住所教えて迎えに来るように仕向けたでしょ? あんなにあっさりと私たちを鴻上さんのところに送り出したのも、ちょっとユウキらしくないなって思ったのよね」
「確かにね。ユウキはリュウジさんの味方っていうか……いくら鴻上さんが葉月の会社の上司とはいえ、ああいう状況なのにあっさりと引き渡すのって、らしくないかも?」
「ええ。そこで思ったのよ。ユウキは鴻上さんと連絡を取ってたんだろうって」
「え、でも私たちの前で電話なんかしてなかったけど?」
「ユウキ、言ってたじゃない? リュウジさんと葉月が話してる間は席を外してたって」
「ああ、その時か。じゃあユウキも、鴻上さんが葉月と連絡を取りたがっているってことを、知ってたんだ!」
「うん。そうかなって思って」
「確かに」
「あとは、社用ってところを、少し疑ってる」
「え?」
「タイミングが良すぎるわ。もしくは無理やり社用にこじつけたか……そんなところでしょう」
由夏が小さく両手を上げた。
「さすがかれん、相変わらず洞察力が光ってるわね!」
そう言いながら、由夏がまた空になったグラスにワインを注ごうとしたところで、テーブルに置かれていたスマホが鳴った。
「あれっ! ユウキからだ。なんだろ?」
そう言って言葉を踊らせながら、由夏は大きな目をパチッと見開いてスマートフォンを耳に当てた。
「もしもしユウキ? どうしたの?」
「ああ、由夏。葉月は?」
「え?」
開口一番、葉月のことで由夏は思わず閉口する。
「まだ鴻上さんと一緒?」
「え……あ、うん」
伏し目がちに下を向く由夏を認識すると、かれんはスッ立ち上がって、キッチンの方に席を外す。
「まだ帰ってないけど……」
" そんなに葉月のことが心配? " と思わず聞きそうになる。
「あ……なんかね、仕事の話みたいよ」
「あ、そうなんだ?」
その言葉がホッとしたように聞こえて、また由夏の胸がざわついた。
「何か用事でもあった? 葉月が帰ってきたらユウキに連絡させた方がいいのかな?」
「あ、いや別に」
「そう」
「じゃあ葉月をよろしく」
「……うん。じゃあ、おやすみ……」
由夏は画面が暗くなったスマートフォンをソファーに投げ出す。
かれんがさりげなくキッチンから戻ってきて、テーブルに突っ伏す由夏の肩にそっと手を置いた。
「由夏、酔ってるわね。まだ葉月も帰ってこないみたいだし、先に休んでもいいよ」
由夏はすくっと頭を持ち上げ、赤くなった顔をかれんに向ける。
「イヤよ! こんな気持ちで眠りたくない!」
「わかったわかった」
また突っ伏して、ただこねるように首を横に振る由夏の背中をさする。
「じゃあ、" 由夏のユウキに対する感情の整理 " でもしようか?」
その言葉に、由夏はスッと顔を上げてかれんを見つめると、サッと立ち上がった。
「シャワー浴びてくる」
「そう? お酒飲んでるんだから短めにね」
「わかった……」
スタスタと廊下へ向かう由夏の背中を見つめる。
「もうしっかり自覚してるみたいね」
芽生え始めた恋に動揺しているのは葉月だけでなく、由夏もそうだとは気付いていた。
「ふぅ……」
かれんは小さくため息をつく。
彼氏健在の自分が全くそう言った恋愛においての悩みと無縁かと言えば、実際のところそうでもなかった。
『Blue Stone』で目のあたりにした、息を荒げた隆二の姿は雄々しく、葉月に対する思いが洩れていた。そして、社用だと言いながらも葉月を案じての裏工作をしてまで連絡してくる鴻上社長の行動力も、客観的に見ればドラマチックなものになりうる。
その男たちの積極的な行動に溢れんばかりの愛情を感じ、かれんは由夏とはまた違う形で葉月を羨んでいる自分がいることに気づいた。
彼氏であるハルはいつも冷静で、大人気取りの自信に満ちた男だった。
まだ10代だった2年前には、そのスマートさがかっこよく見えて、憧れすら感じた。
しかし、ステータス重視の彼に価値観を合わせるのも大変で、大切にしていもらってはいると分かっていながらも、時折、相違感や妙な寂しさを感じることもあった。
彼と自分との間に抜け落ちているものが、今日の隆二を見た時に明らかになった。
思いの深さゆえの焦りと憤りに、隆二の葉月に対するパッションを感じた。
そして鴻上社長の気配りには、温かい心と静かな情熱も感じ取れる。
そんな葉月を、少し羨ましいと思った。
かれんは静かになったリビングで1人空を仰ぎながら、肩をすくめる。
「まぁでも……それに当の葉月が1ミリも気づいていない可能性もあるから……厄介なのよね……」
第223話『Passionate men』情熱的な男たち - 終 -




