第221話『BOSS & Subordinate』上司と部下
コンビナートのライトアップが美しい夜景の見える公園に再来した葉月は、徹也に思いの丈を打ち明けた。
彼女の気持ちを汲んだ上で、提案があると言った徹也に、葉月は警戒した表情を向けた。
「明後日の日曜なんだけどさ、もし予定が空いてるなら手伝ってもらいたいことがあって」
葉月はその内容にほっとした顔をする。
「あ……日曜は……『BLACK WALLS』の練習があるみたいなんですけど」
「そっか……行くんだ?」
「いえ……欠席しようと思ってて……ですので、お仕事があるなら是非お手伝いさせてください」
「えっ、いいの?」
「はい……行かない、です」
「そう。 まぁ、手伝いというよりは、息抜きに来ないかなって思ってさ」
「息抜き? どこか遠方なんですか?」
「まぁそうかな。ちょっとプライベートでもあるんだけど」
「え……お仕事じゃないんですか?」
「いや、ちゃんとギャラは払うけど?」
「じゃあ……」
徹也は肩をすくめて笑う。
「実はさ……想命館なんだよね」
「えっ?」
想定外の言葉に葉月は驚いた。
「次の日曜はじいちゃんの四十九日でさ」
「ああ……あれからもうそんなになりますか……」
「月日はあっという間だろ。そう感じるのは大人になった証拠だよ。まぁこのところ、特にめまぐるしかったしね。いいことも悪いことも……」
その言葉に、葉月は感慨深い表情で俯いた。
「そう……ですね」
徹也の中にもあらゆるシーンが浮かび、幾度も見た葉月の苦悩の表情が胸を締め付ける。
その奥に見え隠れする親友の姿にもざわつく感情を覚えて、徹也は小さく頭を振った。
「実はさ、母さんもイタリアから戻るんだ。葉月ちゃんが来てくれたら喜ぶと思うんだよなぁ」
葉月はパッと顔を上げる。
「え、絢子さんも帰国されるんですか?」
「ああ。実は……母さんが連絡してきた時、君のことを呼べってうるさくてさ。ハイハイって適当にあしらおうとしてたんだけど、そうもいかなくて」
「私のことを?」
「そうなんだ。いや……完全にフライングで申し訳ないとは思ったんだけどさ、なんせ言い出したらきゃしないから……あの人の性格、わかるだろう? もう勝手に盛り上がっちゃってさ」
葉月はほんのりと笑みを浮かべた。
徹也は大袈裟に空を仰ぐ。
「正直、ここで君に断られると俺は立場がないっていうか……想像してみてよ。あのマイペースな母さんがノリノリなんだよ?! なのに、もし君が来なかったりしたら、俺はなに言われるか……ああ恐ろしい……そうだ! そういえば和也も君に会いたいって言ってたような……」
葉月は笑い出すのを抑えながら、大げさに横目で徹也を睨みつける。
「もしかして、脅迫してます?」
徹也は眉をあげた。
「バレたか! 白石くん、ドS BOSSがこうして頼んでるんだからさ、そこは気持ちを汲んで来てくれないと!」
葉月は笑い出す。
「さすが " ドS BOSS " だけはあって、オファーも独特ですね?! わかりました。社長のお立場を救済するってことで! 明日にでもセレモニースーツを実家に取りに行ってきます」
「ああ。それなら大丈夫」
徹也が葉月に手をかざす。
「え?」
「うちの母親が盛り上がってるもう1つの要因がさ、自分がデザインした新作のセレモニースーツを、是非君に着せたいんだって。もう意気込んじゃって……」
「え……ええっ?! 『Attractive Vision』の新作を!?」
葉月の驚きように徹也は笑い出した。
「ははは。そんな反応してもらえたら母さんも喜ぶだろうなぁ」
「こちらこそですよ! 正直、絢子さんにもお会いしたかったので、ホントにありがたいお仕事です」
徹也は憤然としてみせる。
「はあっ?! しばらく会えてなかった俺にも、会いたかったって言ってほしかったね!」
「ええっ? しばらくって言っても、ほんの4、5日ですけどね?」
「あーあ……全く、つれない従業員だ」
クスクス笑う葉月を見つめながら心の中で呟く。
どれほど心配したことか……
徹也の脳裏に、交差点で見た、裕貴の隣でうなだれた彼女の姿が浮かんだ。
そして、彼女の向こう側にいつも存在する親友の姿に、言葉にしがたい気持ちが浮かんでは消える。
「じゃあ交渉成立ってことで、大丈夫?」
「はい。絢子さんによろしくお伝え下さい。でも、あくまでも『forms Fireworks』の社員として参列させていただきたいので、ちゃんと仕事は与えてくださいね」
「ははっ、君らしいね。分かった。実は今回は美波もルカも、別件があって来られないから、君が来てくれるとかなり助かるんだよな」
「そうなんですか? じゃあしっかり働かせていただきます!」
「それは心強い。なんせ白石くんは、あの厄介な親戚の叔母様たちから俺を守ってくれた実績があるからな」
「実績だなんて大げさな……私はただ、鴻上徹也っていうアーティストが本当にとってもすごい人なんだってことを、ご親戚の方々にもわかって欲しかっただけですから」
「ほぉ、敏腕秘書だな」
「いいえ。秘書というよりはファンなんだと思います」
その意外な言葉に徹也は葉月にぐっと近づく。
「え? それって『エタボ』に匹敵する……!?」
「ある意味、近いと思います」
「マジか! やった! トーマくんに勝てる日も夢じゃないってか?!」
「あ……」
葉月のぎこちないは愛想笑いに徹也は肩を落とす。
「それは違うんかーい!」
下を向いてあからさまに落胆した態度を取る徹也に、葉月はカラカラと笑い出した。
「なんだよ! 俺はこんなに近くにいるのにさ。なに? 推しは遠い人物でないとダメなわけ?」
「そんなことないですよ。リュウジさんだって。いつも近くに……」
思わずそう言ってしまった葉月は、気まずい表情をして口をつぐむ。
「君にとってリュウジは、本来遠くにいなきゃいけない推しみたいな存在なの? だから近くにいると苦しいの?」
葉月はハッとしたように顔を上げると、困惑した表情でまた俯いた。
「ああ……ごめん。もう君を追い詰めたりしないって、約束したのに……」
そのままの体勢で首を横に振る葉月に、思わず伸ばしかけた手を止める。
また重たい空気が漂い始めたのを感じて、徹也は起死回生を図ろうと声をあげた。
「たださ……どうしても1つだけ聞きたいことがあるんだ。いいかな?」
葉月はまた警戒した表情のまま徹也を見上げた。
「……なんですか」
「あ……" スリーパーホールド " ってどういうこと?」
徹也の顔を凝視した葉月はしばらく固まったあと、プッと吹き出す。
「ふふっ、ふふふ……」
「えっ?! なんで笑うの? スリーパーホールドがプロレスの技の名前だってことは知ってるんだけどさ、ルカがめちゃめちゃ意味深な顔でこのワードだけ言って、”” あとは白石さんに聞け ””って言うんだよ。しかもあいつ、"" めちゃ興奮するワードだ ""って……ワケわかんないんだけど! これってどういう意味?!」
クスクスしていた葉月は、そのうち腹を抱えるようにして笑い出す。
「あははは! 確かにルカさん、そんなバカなこと言ってましたね」
そう笑いながら葉月は、先週の日曜日にバスケで接触をして気を失った話をした。
徹也は目を剥いて驚くートのライトアップが美しい夜景の見える公園に再来した葉月は、徹也に思いの丈を打ち明けた。
彼女の気持ちを汲んだ上で、提案があると言った徹也に、葉月は警戒した表情を向けた。
「明後日の日曜なんだけどさ、もし予定が空いてるなら手伝ってもらいたいことがあって」
葉月はその内容にほっとした顔をする。
「あ……日曜は……『BLACK WALLS』の練習があるみたいなんですけど」
「そっか……行くんだ?」
「いえ……欠席しようと思ってて……ですので、お仕事があるなら是非お手伝いさせてください」
「えっ、いいの?」
「はい……行かない、です」
「そう。 まぁ、手伝いというよりは、息抜きに来ないかなって思ってさ」
「息抜き? どこか遠方なんですか?」
「まぁそうかな。ちょっとプライベートでもあるんだけど」
「え……お仕事じゃないんですか?」
「いや、ちゃんとギャラは払うけど?」
「じゃあ……」
徹也は肩をすくめて笑う。
「実はさ……想命館なんだよね」
「えっ?」
想定外の言葉に葉月は驚いた。
「次の日曜はじいちゃんの四十九日でさ」
「ああ……あれからもうそんなになりますか……」
「月日はあっという間だろ。そう感じるのは大人になった証拠だよ。まぁこのところ、特にめまぐるしかったしね。いいことも悪いことも……」
その言葉に、葉月は感慨深い表情で俯いた。
「そう……ですね」
徹也の中にもあらゆるシーンが浮かび、幾度も見た葉月の苦悩の表情が胸を締め付ける。
その奥に見え隠れする親友の姿にもざわつく感情を覚えて、徹也は小さく頭を振った。
「実はさ、母さんもイタリアから戻るんだ。葉月ちゃんが来てくれたら喜ぶと思うんだよなぁ」
葉月はパッと顔を上げる。
「え、絢子さんも帰国されるんですか?」
「ああ。実は……母さんが連絡してきた時、君のことを呼べってうるさくてさ。ハイハイって適当にあしらおうとしてたんだけど、そうもいかなくて」
「私のことを?」
「そうなんだ。いや……完全にフライングで申し訳ないとは思ったんだけどさ、なんせ言い出したらきゃしないから……あの人の性格、わかるだろう? もう勝手に盛り上がっちゃってさ」
葉月はほんのりと笑みを浮かべた。
徹也は大袈裟に空を仰ぐ。
「正直、ここで君に断られると俺は立場がないっていうか……想像してみてよ。あのマイペースな母さんがノリノリなんだよ?! なのに、もし君が来なかったりしたら、俺はなに言われるか……ああ恐ろしい……そうだ! そういえば和也も君に会いたいって言ってたような……」
葉月は笑い出すのを抑えながら、大げさに横目で徹也を睨みつける。
「もしかして、脅迫してます?」
徹也は眉をあげた。
「バレたか! 白石くん、ドS BOSSがこうして頼んでるんだからさ、そこは気持ちを汲んで来てくれないと!」
葉月は笑い出す。
「さすが " ドS BOSS " だけはあって、オファーも独特ですね?! わかりました。社長のお立場を救済するってことで! 明日にでもセレモニースーツを実家に取りに行ってきます」
「ああ。それなら大丈夫」
徹也が葉月に手をかざす。
「え?」
「うちの母親が盛り上がってるもう1つの要因がさ、自分がデザインした新作のセレモニースーツを、是非君に着せたいんだって。もう意気込んじゃって……」
「え……ええっ?! 『Attractive Vision』の新作を!?」
葉月の驚きように徹也は笑い出した。
「ははは。そんな反応してもらえたら母さんも喜ぶだろうなぁ」
「こちらこそですよ! 正直、絢子さんにもお会いしたかったので、ホントにありがたいお仕事です」
徹也は憤然としてみせる。
「はあっ?! しばらく会えてなかった俺にも、会いたかったって言ってほしかったね!」
「ええっ? しばらくって言っても、ほんの4、5日ですけどね?」
「あーあ……全く、つれない従業員だ」
クスクス笑う葉月を見つめながら心の中で呟く。
どれほど心配したことか……
徹也の脳裏に、交差点で見た、裕貴の隣でうなだれた彼女の姿が浮かんだ。
そして、彼女の向こう側にいつも存在する親友の姿に、言葉にしがたい気持ちが浮かんでは消える。
「じゃあ交渉成立ってことで、大丈夫?」
「はい。絢子さんによろしくお伝え下さい。でも、あくまでも『forms Fireworks』の社員として参列させていただきたいので、ちゃんと仕事は与えてくださいね」
「ははっ、君らしいね。分かった。実は今回は美波もルカも、別件があって来られないから、君が来てくれるとかなり助かるんだよな」
「そうなんですか? じゃあしっかり働かせていただきます!」
「それは心強い。なんせ白石くんは、あの厄介な親戚の叔母様たちから俺を守ってくれた実績があるからな」
「実績だなんて大げさな……私はただ、鴻上徹也っていうアーティストが本当にとってもすごい人なんだってことを、ご親戚の方々にもわかって欲しかっただけですから」
「ほぉ、敏腕秘書だな」
「いいえ。秘書というよりはファンなんだと思います」
その意外な言葉に徹也は葉月にぐっと近づく。
「え? それって『エタボ』に匹敵する……!?」
「ある意味、近いと思います」
「マジか! やった! トーマくんに勝てる日も夢じゃないってか?!」
「あ……」
葉月のぎこちないは愛想笑いに徹也は肩を落とす。
「それは違うんかーい!」
下を向いてあからさまに落胆した態度を取る徹也に、葉月はカラカラと笑い出した。
「なんだよ! 俺はこんなに近くにいるのにさ。なに? 推しは遠い人物でないとダメなわけ?」
「そんなことないですよ。リュウジさんだって。いつも近くに……」
思わずそう言ってしまった葉月は、気まずい表情をして口をつぐむ。
「君にとってリュウジは、本来遠くにいなきゃいけない推しみたいな存在なの? だから近くにいると苦しいの?」
葉月はハッとしたように顔を上げると、困惑した表情でまた俯いた。
「ああ……ごめん。もう君を追い詰めたりしないって、約束したのに……」
そのままの体勢で首を横に振る葉月に、思わず伸ばしかけた手を止める。
また重たい空気が漂い始めたのを感じて、徹也は起死回生を図ろうと声をあげた。
「たださ……どうしても1つだけ聞きたいことがあるんだ。いいかな?」
葉月はまた警戒した表情のまま徹也を見上げた。
「……なんですか」
「あ……" スリーパーホールド " ってどういうこと?」
徹也の顔を凝視した葉月はしばらく固まったあと、プッと吹き出す。
「ふふっ、ふふふ……」
「えっ?! なんで笑うの? スリーパーホールドがプロレスの技の名前だってことは知ってるんだけどさ、ルカがめちゃめちゃ意味深な顔でこのワードだけ言って、”” あとは白石さんに聞け ””って言うんだよ。しかもあいつ、"" めちゃ興奮するワードだ ""って……ワケわかんないんだけど! これってどういう意味?!」
クスクスしていた葉月は、そのうち腹を抱えるようにして笑い出す。
「あははは! 確かにルカさん、そんなバカなこと言ってましたね」
そう笑いながら葉月は、先週の日曜日にバスケで接触をして気を失った話をした。
徹也は目を剥いて驚く。
「はぁ?! それ笑い事じゃないだろう?! え? 大丈夫なの?!」
「みんなそう言って心配してくれるんですけど、高校の時の試合中に相手の肘が頭の上から降って来ることなんてしょっちゅうで……実は何度か失神してるんですよ。だから大丈夫なんです」
「いや、でも……」
「ふふふ。リュウジさんなんて、私がこの話をしたら、"" 女子バスケットボール部じゃなくて、まるで女子プロレス同好会に所属してたみたいだ "" って笑うんですよ?! 酷くないですか?!」
そう言ってまた笑い出した。
「ああ、笑いすぎてお腹いたい! あははは」
徹也は微笑みながらその表情をじっと見つめる。
「はぁっ……あれ? 徹也さん、どうしたんですか?」
「いや、今日初めてちゃんと笑った顔が見られたなぁと思って」
「あ……すみません、気を使わせてしまって」
「いや、久しぶりにその笑顔を見られてホッとしたよ」
その温かみのある言葉に、葉月は朗らかな表情で徹也を見上げた。
「でもまぁ、失神したって聞くとさすがに心配だけどな……それに、ルカが一体どこで興奮するのか、全くわからない」
「あはは! 確かに。ルカさんの独特な表現ですよね!? あははは」
「あのさぁ! 失神なんてワードは普通に生活してたら出てこないんだから! しかも今週は和装のイベントもあったし、仕事の方も大変だったろ? なのに心も忙しいときたら……」
心配そうにのぞきこむ徹也に、葉月はにっこりと微笑む。
「和装イベントはとっても素晴らしくて、貴重な経験をさせていただいたと思いました。参加させていただいて良かったです」
「そう? ならよかった」
和らいだ表情で話す葉月を見つめながら、徹也はふと、目の前で意識を失った彼女を目の当たりにした隆二の心境を考える。
どれほど心配して、そして、どれほど自分の気持ちを突き付けられたことか……
それを想像するだけで一気に心がざわついて、暗く曇っていくのを感じた。
第221話『BOSS & Subordinate』上司と部下 - 終 -




