第220話『Stunning night view』美しい夜の灯り
由夏とかれんと葉月の3人が裕貴のマンションを出ると、見覚えのある車の前に人影があった。
「うわ! 今夜も素敵な紳士スタイル!」
由夏が色めき立つ。
「お嬢様方、お迎えに参りました」
そう気取って一礼する徹也に3人は慌ててかけよった。
「なに言ってるんです! 一流アーティストに迎えに来ていただくだけでも恐縮ですよ」
「そうですよ! しかもこんなセンスのいい紳士に!」
気を良くした徹也は葉月に微笑みかける。
「白石くん? 君の会社の社長はこんなに評判がいいんだけど、君はどう思う? まさか本気で " ドS BOSS " だなんて思ったりしてないよね?!」
そう言って顔を覗き込む徹也に、葉月は何とか微笑んで返そうと顔を上げるも、その表情は引きつっていて、かなりぎこちないものだった。
「あ……ダメだなこりゃ。じゃあ、とりあえずみんな乗って!」
発車して早々、徹也はバックミラー越しに後部座席の2人に話しかける。
「三崎さんと相澤さんを送ってから、ちょっと白石君を借りるね」
「どうぞどうぞ、私たちまで送っていただいて申し訳ないです」
「いやいや、せっかく親友同士の楽しい夜に水を差して申し訳ないんだけどね。ちょっと社用の話があってさ」
「ええっ? 社用の話なんですか? なんだぁ! てっきりプライベートなことかと……送ってくださるのと引き換えに生贄として献上しようと思ってたのに」
「ち、ちょっと由夏!」
「ははは、それもいいな。ただ、急を要する話があって、どうしても今夜話をしなくちゃいけなくなってね。こんな時間からだし、ちょっと帰りが遅くなるかもしれないからさ、保護者の了承を取り付けないといけないと思って、三崎さんに連絡したんだけど?」
「大丈夫です。うちは門限もないですし、ゆーっくり、お仕事の話をしてきてください」
「ああ! お仕事以外の話も詰めてきていただいてOKですよ?」
由夏がにっこりと微笑む。
「というわけだ。白石くん」
助手席の葉月は不服そうな顔で肩をすくめた。
「あの……さっきから私の意見は1つも反映されてないんですけど……」
「おお! 調子出てきたね? 心配ないよ、いい話だからさ」
葉月がパッと顔を上げたところで、かれんのマンションに到着する。
かれんは葉月に合鍵を渡して、由夏と共に手を振ってマンションに消えていった。
2人きりになると徹也は大きく息を吸う。
「ああ……今日は目まぐるしかったなぁ。君は全然連絡つかないし! まいったよ……」
「すみません」
恐縮する葉月に、徹也はそっと顔を近づけてにっこり笑った。
「ひょっとしたらユウキから聞いたかもしれないけど、4日後に『Eternal Boy's Life』から招集がかかった。もちろん君を連れて行くよ。トーマ君直々のオファーなんだから、君も満足だろう?」
「はい」
瞬時に頬を紅潮させる葉月に、徹也はひにくれた視線を送る。
「なんか悔しいねぇ。トーマくんの名前が出た途端に元気出るんだからさ! ま、いっか……とりあえず、ゆっくり話せるところに場所を移そう」
そう言って徹也はエンジンをかけた。
車はもと来た方面へ戻るように走り出し、駅前までやってくると徹也は左にハンドルを切って、まっすぐに海の方へと向かう。
「実は食いっぱぐれてさ。ちょっと小腹が空いてるから、ちょうどいいと思って」
そう言って徹也が車を停めると、葉月はシートベルトを外してサッと車を降りて、ひとりで海の方に向かって歩き出した。
「え? ちょっと待ってよ! 葉月ちゃん?」
徹也が慌てるも、ものともせず、葉月はキッチンカーの前までつかつかと歩いて行って足を止める。
「プレーンを2つ。オニオン増し増しでお願いします」
追いついてきた徹也が肩をすくめた。
「やっぱりここ、来たことがあったんだ? その注文の仕方は、リュウジだよな?」
ケバブを受け取った徹也は飲み物も買って、葉月を促しながら南へと歩き出す。
予想通りの場所にたどり着いて、葉月は深呼吸してから、そのベンチに座った。
「わぁ……やっぱり綺麗……」
目を輝かせる葉月の横顔を伺う。
「じゃあここも、リュウジと来たってことか……」
「ええ。私が元カレとちゃんと別れられた日に」
「ああ……なんか、リュウジのマンションの近くの公園で? リュウジが仮装してたって話?」
「あはは、仮装じゃなくて変装ですって! あの時はキラさんのインスタが上がった直後で、リュウジさん、外に出たらファンの人たちに囲まれちゃって……いつものトレードマークの白シャツで外は歩けないって、よくぼやいてました。公園に現れたリュウジさん、上から下までジョギングスタイルで、最初は私も気付かないぐらいでびっくりしたんですけど、でもすごく似合ってて……それで私を助けてくれたんです」
「そうか……」
向こう岸には工場のコンビナートがライトアップされ、乳緑色の夜景が広がっている。
「ホントに綺麗……この幻想的な景色、また見たいなって思ってました」
それはリュウジと?
葉月の横顔を見つめながら、徹也はその言葉をのみ込んだ。
「じゃあ、ささやかな前祝いとするか!」
そう言って、紙コップの飲み物をぶつけながら乾杯する。
「ウマッ!」
豪快にかぶりつく徹也に葉月は微笑みかけた。
「いよいよなんですね」
前を向いたままの葉月から希望の光が見える。
「ああ。ファン待望の展開だもんな?」
「ええ。リュウジさんとアレックスさんが正式に『Eternal Boy's Life』のメンバーになるなんて、夢のようです。記念すべき瞬間に立ち会えるんですね」
「そうだな」
「それに……」
葉月の声に緊張感を感じた徹也は、その横顔に視線を向ける。
「私……謝りたいんです」
「えっ?!」
「皆さんお優しいから、私のことを被害者だって言って逆に謝ってくださったりして……でもやっぱり、あのSNS事件は、私の軽はずみな行動が原因だと思ってます。縁あってスーパースターのすぐ近くにいられる環境を体験させてもらっただけで、もともと雲の上の人たちの世界に私なんかがうろついてちゃいけなかったんですよ……バチが当たったんです」
「それは違うよ!」
徹也は葉月の方に身体を向けた。
「悪意のある人間が君を利用しただけだ! 君はあんな目にあったんだぞ?! 被害者なんだ! なのに、メンバーに対しての思いしか頭にないなんて……」
徹也の熱量に圧倒され、怯えるように見つめる葉月の表情に、徹也は語気を落とす。
「そりゃ君らしいかもしれないけどさ……メンバーもそれを感じ取ってるから、君を大切に思ってるんだろう。アレックス君が特別君を可愛がるのもわかるよ。今日、トーマ君から直々に電話をもらった時も、彼が相当君のことを信頼してることが伝わってきた。あれだけの気持ちをもらってるんならさ、もう素直に受け取った方がいいと思うんだ。わざわざメンバーと自分の間に隔たりを作るんじゃなくて、これからは君も彼らを支える側の人間として、彼らと共に歩んでいくんだから」
「でも……私の存在は、本当に弊害になりませんか?」
「葉月ちゃん……どうしてそんなこと思うの?」
葉月はうつむいて黙りこくる。
徹也はまた海の方に視線を向けて、息をついてから口を開いた。
「今日さ、夕方に会社に戻ろうとしたら駅の北側の通りで君とユウキを目撃したんだ」
「え……」
「厳密に言うとさ、その時はユウキのとなりに俯いて立ってた女の子が葉月ちゃんだとは気づかなかった。その後、会社に戻ったらビルの前にルカがいて、それでヤツから話を聞いたから、それが葉月ちゃんだったんだってわかったんだ」
葉月は不安そうな面持ちで尋ねた。
「え……ルカさんは……なんて?」
「アイツ、会社から帰ろうとしてたみたいなんだけどさ、君があの階段で身を隠すように座り込んでのを偶然見つけたらしい。そこにユウキが来て君を連れて行ったって。普通じゃない雰囲気だったって言うから。心配でさ……」
葉月は観念したようにうつむいて大きく息をつくと、今日『Blue Stone』の前で目撃した状況を話し始めた。
「おかしいのは分かってるんです。どうして私が逃げたり、こんなに不安定な気持ちになるのかも……」
徹也は息をつく。
「それは君の中のリュウジの存在が大きいってことだよね」
「そりゃ雲の上のスターですから、大きな存在であることは間違いないですけど、今の私はとにかく『エタボ』の皆さんに謝罪して、私ができる限りの恩返しをしたいだけなんです。究極を言えば、今後一切、私のことでリュウジさんが戸惑ったり、気持ちを荒げたりして欲しくもなくて……」
徹也はまた葉月に向き直る。
「でも、それはリュウジへの気持ちの表れだったりするんだろう?それを言うなら、感情を高ぶらせて逃げたり泣いたりする行動は、君の中にあるリュウジに対する思いの大きさに比例するんじゃないか?」
葉月はブンブンと首を振った。
「ごめんなさい、みんな色々言ってくれるんですけど……自分の気持ちを突き詰めるのも、憶測されたり言及されるのにも、もう……」
葉月のその苦しそうな表情に彼女の苦悩を察した徹也は、息をつきながらその華奢な背中をさする。
「そうか……疲れちゃったんだな……よくわかったよ。もう君を追い詰めたりしないから」
徹也はゆっくりと空を仰ぎ、大きく息を吸った。
「葉月ちゃん、1つ提案があるんだが」
葉月は警戒した表情でゆっくりた顔を上げた。
第220話『Stunning night view』美しい夜の灯り - 終 -




