表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/221

第22話『What is his identity?』彼の正体とは

タカヨシの案内でバックヤードを見学した葉月は、あらゆる機材の説明を受けた後、舞台に上げてもらう。

その顔は依然上気したままで、ステージから降りた後もまだ夢の中にいるような表情だった。


そんな彼女を、微笑ましく見つめながらタカヨシが言う。

「暗くなってきたね、葉月ちゃんはこのあと合宿所に行くのかな」


「ああ、そうですね」


二人が歩き出した時、葉月のスマホが鳴ってメッセージが届いた。

リハーサルが一段落ついたから、ユウキと一緒に合宿場に向かうと書いてあった。

裕貴もあの後、会場の音出しを終えてからペントハウスのスタジオの方に移ったようだ。


「じゃあ、合宿所まで送ってあげるよ」


「ありがとうございます」



葉月とタカヨシは合宿所に向かって、暗くなりつつある小径(こみち)を肩を並べて歩いていく。

虫の声が心地よく、森の深さが自然を感じさせる。


「この辺りはまた雰囲気が違いますね」


「うん、静かだろ?」


「ええ、この緑の匂い……なんだか高校の時のキャンプを思い出します」


「キャンプか、テント張ったりバーベキューしたり?」


「はい、あとはキャンプファイヤーとか、あとはみんなで花火とか!」


「いいね! 夏だもんな……そういう遊び方、しばらく忘れてた」


「そうなんですか? タカヨシさんは大学院生ですよね? お友達とレジャーに出掛けたりしないんですか?」


その質問にタカヨシは(くう)を見つめる。

「あ……そうだね、サークルの仲間とかと……海に行ったり山に行ったり? よくしてたよ」


「へぇ、何のサークルですか?」 


「何の? あ……えっと、バスケサークル、かな?」


「え! タカヨシさんもバスケを?」



「ん、まぁ、高校までだけど」


「私もです! わあ、じゃあリュウジさんとも話が合うでしょう?」


「水嶋……さんと? いや、あ、まあそうかな。……あの、ところでさ、さっき誰から連絡入ったの?」


「ああ、リュウジさんです」


「ふーん、また水嶋……さん。そっか」


「あ、タカヨシさん、あそこに見えてきた明かりが合宿所ですか?」


彼が顔を上げた。

「うん、そうだよ。近いだろ?」


「ホントですね!」


葉月は立ち止まって彼に向き合った。

「あの、タカヨシさん」


「ん? なに?」


「今日は舞台を見せてもらって、ホントに感激しました。ありがとうございました!」


タカヨシは一息ついて、また白い歯を見せて微笑んだ。

「いやいや、喜んでもらえたなら良かったよ」


再度歩き出した葉月も、肩が触れそうな距離で微笑んでいる。


「そう言えばタカヨシさんって、何にでも詳しいじゃないですか? やっぱり何か音楽に関わる事をされてるんですか?」


「あーまあ……こんな仕事をやってるぐらいだからね」


「楽器ですか? エンジニアとか?」


「えっと、歌……かな」


「歌? ボーカルなんですか!」


「あ、いやいや、コーラス……とか?」


「へぇ! コーラスですか? じゃあバンドのバックで歌ったりとか?」


「ん、まあ……そんな感じかな」


「どんな音楽が好きなんですか? エモとかラウドロックあたりですか?」


「それって僕のイメージ?」


「いえ、そういうわけじゃないんですけど、やっぱり毎年フェスに来る人だから、そういうのが好きなのかなーって」


「うーん……どんな音楽か………ね? そうだなあ、基本的には何でも聞くんだけど」


「それか、『Eternal(エターナル) Boy's(ボーイズ) Life(ライフ)』のファンとか?」


「ファン?! あー、まぁそうかな?」


「今回は『エタボ』がメインですけど、前半はいろんなバンドが出てきますよね?  その辺りの人達もやっぱりタカヨシさんは交流あるんですか?」


「ああ、今年もいろんなバンドいたよ。ペントハウスにも挨拶しに来てたし……はっ!」

タカヨシは慌てて口を押える。


「ペントハウス?! タカヨシさんはペントハウスでのお仕事もあるんですか?」


「あ! いや、あの……ほら、一応『エタボ』のメンバーにも挨拶しなきゃいけないし」


「そうですか……へぇ、すごいですね! こっちの現場仕切ったり人員を配置したりもしてるのに、ペントハウスまでケアしに行ってるんなんて! 総括のお仕事ってホントに大変なんですね」


タカヨシは汗をぬぐいながらも、ほほえましい彼女の質問に答えているうちに、なんだか楽しくなってくるのを実感していた。


「タカヨシさんってそんなにお忙しいのに、今日は私に付き合って下さったんですよね! 本当にありがとうございます! もしも私でお役に立てることがあったらどこへでも走りますんで、何でも言ってくださいね!  あ……と言いつつ、初心者の私なんかがバタバタしたりしても、足手まといかもしれませんけど……」


葉月は肩をすくめてみせる。

彼女のまっすぐな気持ちに、少したじろいだ。


「……そんなことないよ」


「とにかく頑張りますんで! 明日からよろしくお願いします!」


葉月のその笑顔に、少し息をついた。

「そんなに頑張らなくてもいいんだよ。それより絶対お願いしたいのはさ、ここでの音楽を精一杯楽しんで帰ってほしいってことかな。でなきゃここに来た意味はないからね!」


その言葉に、葉月の顔がみるみる明るくなった。


「ホントにそうですね、ありがとうございます!」


タカヨシは頷いて、また白い歯を見せて微笑んだ。


「あのさ、もうじき……来るって?」


「え? リュウジさんですか? はい。合宿所に向かってるそうです」


「そっか。じゃあそれまで、もうちょっと合宿所の周りの案内をしてあげるから、ちょっとこっちに……」


そういってタカヨシが葉月の手首を引っ張った瞬間、後ろから声がした。


「あれ? 葉月?」

裕貴の声だった。


葉月が振り向いた時に、タカヨシはスッとその手を離した。


「ああユウキ、おかえり!」


「ごめんな。ボク、葉月の携帯の番号聞くの忘れたまま別れちゃって……だからドラムのリハが終わっても連絡もできないからさ、ペントハウスのスタジオに戻って、リュウジさんから連絡してもらったんだよ。心細くなかった? ちゃんと案内してもらえたの?」


「もちろん! すごく親切にしてもらったの」


「そっか、良かった。で? どうしてこんなところに?」


「だから、この合宿所にも連れてきてもらって、今からここも案内して……」


「え?  総括(そうかつ)の人はどこ?」


「え……あれ? どこ行ったんだろう? 今までここにいたけど……」


少し離れたところの暗がりに、人影があった。


「いやだ、びっくりした! タカヨシさん、どうしたんですかそんなところに行っちゃって!」


彼は後ろを向いたまま、こちらに背中を向けて立っているだけで、動かなかった。


「は? ()()()()()()? 葉月、誰だそれ?」


「え……?」

その言葉に思わず裕貴を振り返る。


裕貴はその人物から目を離さないまま、葉月のそばに寄っきて、小さな声で囁く。


「葉月、あれは総括の人じゃないぞ。総括の人は確か……山下さんか山内さんか……そんな名前で、もっと大柄(おおがら)でいかにもスポーツマンってタイプだったはずだ」


「え? うそ! タカヨシさんは、なんか度がきついメガネで華奢(きゃしゃ)な……」

そう言いながら彼を見る。


その時、裕貴が大きく息を吸い込む音が聞こえた。


「ユウキ? どうしたの?」


裕貴が目を見開いて、彼を指差した。


「葉月……」

裕貴は少し震えた声で言う。


「どうしたの? ユウキ、変よ?」


「葉月、ボクと会場で別れてさ、あれからずっと彼と一緒に居たってこと?」


「ええ、そうよ。とても親切に会場の説明して回って下さって」


「落ち着いて聞けよ……」


裕貴がそう言いかけたとき、その彼の肩越しに隆二がこちらに歩いて来るのが見えた。


「葉月ちゃん、お疲れ! 待たせたね」


そう言ってこちらに向かおうとして、隆二はそこに立っているタカヨシを目に止める。

彼に近づいた隆二はその前に立ちはだかるような格好で、立ち止まった。


「ああっ!? お前……何だそのひでぇ格好(かっこう)! スタッフTなんか着やがって。こんな所で油売ってたのかよ! お前、何でスタジオに来ねぇんだよ! おい!! シカトしてんじゃねーぞ、渡辺!」


その言葉に、葉月がパッと顔を上げた。

「渡辺……?」


裕貴がため息をついて下を向く。


隆二は更に、彼につかつかと歩み寄ると、パカッとその頭からキャップをもぎ取るように外し、更にそのキャップで頭をバシンと叩いた。


「ったく! いいかげん悪ふざけはやめろよ。なんだそのみっともねぇメガネは!」


タカヨシが反撃に出る。

「うるせぇ! それが久しぶりに会ったヤツに言うことか? 相変わらず()()だな、お前は!」


「なんだと! ってかお前、今日一日何してたんだ! リハ、サボりやがって! なんでここに居るんだ?」


言い争いは続くも、その声の内容も、もはや聞こえなくなるほど、葉月は凍りついていた。

裕貴は、お手上げというように頭をかいている。


「ユ、ユウキ……」


「あ……葉月、大丈夫?」


「ユウキ……」


「ダメ……みたいだな」


「あの人、本当は……誰だって?」


「渡辺さんだな」


「渡辺さん……って……もしかして」


「そう、()()()()()の渡辺さん」


隆二が絡んでいるその相手は、隆二を交わしながら葉月の方を向いた。

彼は顔を(おお)うさらっとした前髪を勢いよくかき上げ、眼鏡を外すと、その(あお)()んだ瞳で葉月にむかってバチッとウィンクをした。

そして大きく舌を出すと、不敵な笑みをうかべる。

それは葉月が大切にしている『Eternal(エターナル) Boy's(ボーイズ) Life(ライフ)』の写真集『JEWEL LIKE FOOTMARK』の中でいつも見ている、キラのオフショット写真と(うり)二つだった。


「はっ!」

葉月が両手で口を押さえて大きく息をついた。


膝の力が抜けて、意識が遠のきそうになった葉月を、裕貴はサッと支えた。


「まいったな! 葉月、とにかく合宿所に入ろう」


裕貴が葉月を抱えるようにしているのを見て、隆二がこちらを向く。

「あれ? ユウキ、葉月ちゃんどうかしたのか?」


「リュウジさん! 先に中に入ってますんで、詳しいことは……そこにいる()()さんに聞いてください!」



第22話『What is his identity? 』彼の正体とは ー終ー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ