第219話『Direct question』率直な問いかけ
葉月は裕貴が作ったパスタを頬張る。
「美味しい……」
「だから、パスタ茹でてソースかけただけだって。何も食べてなかったから美味しく感じるだけだよ」
「ううん、本当に美味しいの。いつもありがとうね、ユウキ……助けてくれて」
裕貴はフォークを置いて向かい側にある小さな頭に手を伸ばした。
「フフッ、ホントに手がかかるよ……でもね、葉月はいつもバカ正直で人のことばっかり考えて……そんな風に頑張ってるから手を差し伸べたくなるのかもね。それにさ、みんないつも葉月に力をもらってるから、葉月が困った時は力になりたいって思うんだよ」
「そんな……私なんて」
「1つ葉月のワーストポイントを上げるとしたら、その自分を蔑む癖が未だに抜けないってことかな」
「あ……」
「あれ? その顔は誰かさんにも同じこと言われたとか?」
葉月はばつが悪そうに視線を下げる。
「みんな思ってることは一緒だから。それにみんな葉月の味方だからさ。もっと周りのことも、それから自分のことも信じてよ」
「ユウキ……」
葉月の潤んだ上目遣いに、早まる鼓動を抑えるように咳払いした。
「コラコラ! だれかれ構わずそんな顔しないの!」
葉月の不可解な表情に、裕貴はため息をつく。
「その葉月の自覚のない無防備なところが、みんなが心配してほっとけない所以なんだけどなぁ……全く! ……ん? あっ……」
裕貴がポケットからスマホを取り出した。
「もしもし由夏? あ……連絡遅くなってごめん。今、葉月とパスタ食べてるんだ。そうなんだよ、今。え? ボクの家だけど? えっ? まだそこに居たの?!」
裕貴がスマホを耳から外す。
「由夏もかれんも『Blue Stone』で待ってたらしいよ」
「えっ!」
裕貴がまたスマホを耳にあてる。
「これからどうする? えっ、ここに?! 来る? いやまぁ……ボクは別に構わないけど……うん、分かった。じゃあスマホに地図を送るよ。うん、じゃあ待ってるね」
スマホを置いて裕貴が肩をすくめた。
「ということになったからさ。きっと到着早々尋問が始まると思うけど?」
「え……ああ……」
葉月は観念したように頷くと、裕貴と2人、静かにパスタを平らげた。
思いの外早く到着した由夏とかれんは、2人の予想を覆すほど心配そうな面持ちで入ってきた。
「葉月、大丈夫なの?!」
「え……うん……」
裕貴が2人をソファーに促しながら説明する。
「さっきの電話では言ってなかったけどさ、葉月はもうリュウジさんと話したから」
由夏が肩をすくめる。
「えーっ! リュウジさんと話したの?! だってさっきはとんでもない慌てぶりだったけど……ちゃんと話せた?!」
「え……リュウジさんが……?」
戸惑う葉月に、かれんがその肩を抱きながら頷いた。
「私は葉月に対する思いの深さを感じたわよ」
由夏も同調する。
「確かに! あんなに慌ててるリュウジさん、見たことなかったもん。とはいえ……不運というか……なんとも微妙なシチュエーションよね……ねぇユウキ、リュウジさんの周りの女性って、あんな熱烈なタイプが多いとか?!」
裕貴は慌てて取り繕った。
「ないない! 今まで地元であんなトラブルは1つもなかったよ。だからボクも驚いてる」
「ああそっか! リュウジさん、ファンじゃなくて知り合いだって……」
裕貴は表情をこわばらせながら由夏の言葉を遮る。
「はい! もうその話はおしまい! 今夜の女子トークはもっと楽しい話で盛り上がりなよ?」
かれんが微笑んで言った。
「そうよね? 葉月、スイーツでも買って帰ろうか?」
葉月の様子を伺う裕貴の視線を、由夏は静かに見つめていた。
「えっ?!」
鳴り出したスマホの画面を見たかれんが驚いたように視線を落とし、皆が注目する。
「どうした?」
「鴻上さんからメールが来たの。なんだろう……」
皆がかれんの言葉を待つ。
「あ……葉月、鴻上さんが話したいことがあるらしくて……ちょっと待ってね」
かれんはメールに返信をしてから顔を上げた。
「今から葉月がウチに泊まることを鴻上さんに伝えたわ。葉月、まだ電源切ったままなんでしょ? 私たちも何回も連絡したけど、鴻上さんも葉月と連絡がつかないから、私に連絡してきたみたいよ?」
裕貴は2人の後ろでそっと眉を上げる。
「あ、返信が来た。迎えに来てくれるみたい。どこにいるか聞かれてるから、ユウキの家って言っていい?」
「もちろん。なら、さっきボクが送った地図を鴻上さんにも転送して」
「分かった」
かれんがやり取りしている間、葉月はバッグから取り出したスマートフォンにそっと電源を入れる。
「はっ!」
明るくなった画面には、裕貴や由夏やかれん、そして徹也からの通知もあったが、それらを上回るほどの水嶋隆二というの名前がずらりと連なっていた。
「うわ……情熱的!」
葉月のスマホを覗き込んだ由夏が肩をすくめる。
かれんが顔を上げた。
「30分後に来てもらうことにしたわ。私たちを家に送って葉月だけ居残りってことになりそう。なんか鴻上さん、葉月に大切な話があるらしいの。いいわよね、葉月?」
葉月は半信半疑な表情のまま頷いた。
「ええ、もちろん……」
「じゃあ鴻上さんが到着するまでの30分で、私たちも聞きたいことを聞かせてもらおうかな?」
「え……」
葉月は緊張した面持ちで親友の顔を見上げる。
「今ここで聞くのが最適かなって思ったから思い切って聞くけど、葉月にとっての鴻上さんとリュウジさんの、それぞれの立ち位置ってどうなってるの?」
かれんの質問に、葉月は首をかしげた。
「立ち位置……?」
「つまり、葉月はさ、どちらかと恋人になる気はないの?」
由夏のストレートな問いに、葉月は困惑する。
「私が!? そんな……」
「そんなことだろうとは思ってたけど……でもこの後に及んで、釣り合わないとか言ってる場合じゃないんじゃない? 2人が葉月に気があることぐらい、気付いてるんでしょ?!」
葉月は首を横に振る。
「それは……気があるとか、そういうのじゃなくて……」
「違う」
彼女らの話に割って入った裕貴が、葉月の言葉を遮った。
「2人とも……葉月を女として見てるよ」
黙りこくる葉月に、かれんがそっと問いかける。
「それは、葉月が求めてる関係ではないっていうこと?」
「……分からない……でも、今は何よりも『Eternal Boy's Life』のメンバーに迷惑をかけたくないって気持ちが、先に立ってるの」
「そう。だから気持ちを抑えてるの?」
「気持ち……?」
「好きか嫌いかってこと」
「もちろん好きだし……嫌いなわけないわ」
「ああ、質問が曖昧だったわね。自分のパートナーとして、たった1人の男性として、愛せるかってこと」
「たった1人……の?」
由夏が葉月の表情を覗き見る。
「今さ、頭の中に鴻上さんが浮かんだりした?」
「え?!」
かれんが由夏を制しながら、葉月の肩に手を置いた。
「やっぱり葉月も揺れてるのよね……ごめん、こんな時に選択を迫るなんて。親友なのにひどいよね? 多分、葉月の中で、まだ2人に対する気持ちが熟成してないんだわ。よく分かった」
「私には……よくわからない……」
そう言って俯く葉月の肩を抱きながら、かれんは由夏と裕貴の顔をそれぞれ見上げた。
頷いた裕貴がパンと手を打つ。
「とにかく! まずは『エタボ』のメンバーに会いに行って話し合わないことには葉月の気持ちは落ち着かないようだからさ、それまでこの話は保留ってことにしない? どうかな?」
その言葉に、由夏もかれんも頷いた。
「ほら、そろそろ時間だろ? 鴻上さん、もう着くんじゃない?」
そう言って裕貴は3人を追い立てる。
慌ただしく閉じたドアの向こうの足音が消えると、静まり返った部屋の中に、置き去りにしていた自分の感情が渦巻いていくのを感じた。
「また葉月のこと、混乱させちゃったかもな……ま、混乱してるのはボクも同じだけど」
時計を見上げるとまた別の思いが沸き立つ。
「そろそろ2時間経つ頃だな……リュウジさんも今日1日大変だったけど、トーマさんからあの連絡を受けたら気持ちが一新するだろう。そしたらきっといい方向に動き出す。そう願うしかないな……」
裕貴は葉月が残していった空のペットボトルを見つめながら、すぐそばまで来た希望ある未来へ向けて、この希望のない思いにちゃんと見切りをつけようと思った。
第219話『Direct question』率直な問いかけ - 終 -




