第217話『short notice』突然の通達
裕貴は2度目に鳴ったスマホの画面の名前を見て、緊張した面持ちのまま即座に耳に当てると、慌てて応答した。
「あっ、トーマさん?! お疲れ様です! えっと……リュウジさんは、今……ひょっとしたら電源切ってるかもしれませんが……」
「いや、お前に先に連絡してる」
聞こえてくる張りのあるバリトンボイスに、裕貴は身を引き締める。
「え? そうなんですか? なぜ……」
「ユウキ、正式に事務所のGoサインが出た。来週リュウジを連れてこっちに来てほしい」
裕貴はスマホを耳に当てたまま、パッと顔を上げた。
「ホントですか!」
「ああ。思いの外時間がかかったがな。まぁ、それはリュウジじゃなくてアレックスのことでさ」
「アレックスさんは……どうされるんですか?」
「あいつもリュウジと同時に正式に『Eternal Boy's Life』のメンバーとして迎える」
「やった! 最高ですね!」
「ああ! それについていくつか事務所と条件をすり合わせなきゃならなかったから、ちょっと手こずっちまったが、概ね俺の思惑通りになった。まぁ、あと1つだけ問題があるんだけどな」
「え、他に何が?」
「『forms Fireworks』だ」
「ああ……鴻上さんですか」
「なんとか彼にも、こちらの契約条件を飲んでもらわなきゃいけない。だからリュウジと同時にここに招喚して一気に畳み掛けるつもりだ。その際はユウキ、お前も力を貸してくれ」
「ボクにできることがあるのかわかりませんが、もちろん全力で協力させてもらいます」
「そうか。だったら彼女も絶対連れてきてもらわないとな」
「葉月ですね?」
「ああ。彼女は実は陰の立役者だ。彼女の存在がキラを動かし、リュウジを動かし、それにアレックスをメロメロにして、驚くことに俺さえも心動かされた。まぁ、とんでもない事件に巻き込んじまって、彼女には本当に申し訳なく思ってるが……もはやそれすらも絆にする勢いで、彼女のことをファミリーの一員だと思ってる。『Eternal Boy's Life』のこれからを心から純粋に願ってくれるファンの代表としても、大切な存在だからな」
「葉月、泣いて喜ぶと思います。これを録音して聞かせてあげたいぐらいですよ」
「はは。キラやリュウジとヨロシクやってるみたいだけど、なんと言ってもオレが一番っていうポジションは譲らねぇよ」
裕貴は思わず笑みを浮かべた。
「それも伝えておきますね。葉月、気を失うほど喜ぶと思いますから」
「はは。そうか」
幸先のいい話に裕貴も心が踊る。
「1つおまえに頼みたいことがあるんだが」
柊馬の真面目なトーンに、裕貴は更に身を引き締めて聞いた。
「リュウジが過去に香澄のせいで面倒な案件に巻き込まれてたことが分かって、俺も正直さ、リーダーとしての自分の在り方について考えが揺らいだ。側においていたマネージャーの気質さえ見抜けなかった上に、メンバーに害を与えるほどの行動にも気づけなかったわけだしな」
裕貴が慌てて弁解する。
「いえ! それは違うと思います。あの人のあさましいほどの執念深さと演技力に気づくのは、いくらトーマさんでも難しかったと思います。正式メンバーではなくサポメンとしての立場だからこそ、迷惑をかけたくないっていうリュウジさんの思いを人質のように利用して、のうのうとマネージャーに居座るような図々しい人ですから」
柊馬が大きくため息をついた。
「いつもお前には驚かされるな。すごい洞察力だ。ひょっとして、お前の方がリーダーに向いてるかもな」
「なに言ってんですか! 冗談にもなりませんよ」
柊馬は自嘲するように、またため息をつく。
「いやいや、すっかり自信喪失だ。メンバーのプライベートに介入しないのが美学だっていう俺の方針が裏目に出たと言うか……今回の香澄の事件が明るみに出て、なんとか解決には至ったが……今はいい意味でも悪い意味でもうちのバンドは世間に注目されてる。ここからが要になるだろう。そこでだ、ユウキ。お前に聞いておきたいことがある」
「何でしょうか」
「リュウジの身辺で後ろぐらい事はないか?」
裕貴が一瞬詰まる。
「後ろぐらい事とは……?」
「今ここで即答を求めてるわけじゃない。お前の立場もあるだろうから、一度そういうことについてリュウジと話し合って欲しい。もしあるなら、今後は俺にも伝えてもらいたいと思ってる。メンバーとして必ず力になるし、どんなことでも対処する。今すぐとは言わないが、あいつとよく相談をしてくれ。それで、身の振り方を決めたら、それを俺に伝えて欲しいんだ。言ってる意味わかるか?」
「はい、なんとなくではありますが」
「俺だってあいつを縛りたいわけじゃないが、サポートメンバーとして自由でありたいっていうこれまでのスタンスは、正式メンバーとなる今後は多少なりとも窮屈になるっていうことを、のんでもらわなきゃならなくなる」
「そうですね」
「そういう意味でも、お前みたいにしっかりしたやつが、あいつの側で見張っててくれるとすごく助かるよ」
「いえ、そんな……」
「謙遜するな。お前もファミリーだ。お前の能力の高さは俺らの誇りだから、そこは堂々と力を発揮してくれ」
「トーマさん……」
その言葉に裕貴は胸が熱くなるのを感じた。
「ありがとうございます」
「招集は4日後だ。急に事が動き出したから、密かに一番多忙な鴻上くんの参加が懸念点ではあるが……なんとか口説き落とさなきゃな」
「その……実は鴻上さんならついさっき、電話で話したところで……」
「ん? お前、彼とそんなに親しい間柄か?」
「いえ。もちろん葉月を介してですが。葉月の直属の上司でもありますし」
「そりゃそうか。それで? 彼女の方はどうなんだ? すぐに連絡がつくのか?」
今まさに隆二と2人で話をしているということは伏せておいた。
「ええ……今日は仕事終わりに親友と会ってるみたいなんで……後で合流して、話しておきます」
「そうか、リュウジの店はたまり場だったな?」
「ええ、まぁ……」
「じゃあ、リュウジも含め、彼女についての手回しも、ユウキ、お前に頼んでいいか」
「はい、承知しました葉月には4日後の招集の話をこの後にでもしようと思います。でも、リュウジさんには、トーマさんから直接話してもらえますよね?」
「はは。全く……師匠思いのいい弟子だな。わかった、そうするよ。リュウジの身体はいつ空く?」
ふと頭の中に浮かんだ、自分の部屋のドアに入っていく隆二の背中をかき消す。
「あ……そうですね。リュウジさんも新曲に向けてスタジオに籠ってて、携帯が繋がらないことが多くなってると思いますが……2時間ほどしたらさすがに休憩に出てくると思います」
「わかった。とりあえず2時間後に電話してみる」
「よろしくお願いします。トーマさん、ありがとうございました」
「礼には及ばねえよ。これからはお前に散々世話になるつもりだから、よろしくな」
「はい! 喜んで!」
「フッ、居酒屋かよ! 軽いな」
「とんでもない! 決意表明しても構いません!」
「ははは。全く! 師匠と違って頼もしいやつだ。これからも頼むな、ユウキ」
「はい!」
暗くなった画面をしばらく見つめながら裕貴は高揚した気持ちの余韻に浸る。
「ホント、しびれる男だよなぁ……それに引き換え、今の師匠の状況といったら……とてもトーマさんに話せる状況じゃない……」
裕貴は肩を落としながら首を振った。
「こんなことをしている場合じゃないよな。リュウジさんにも意識を高めてもらわないと!」
裕貴は立ち上がるとサッと踵を返し、2人に占領された自室へと足を早めた。
第217話『short notice』突然の通達 - 終 -




