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第210話『Sleeper Hold』誤解を生む状況

月曜日の朝、いつものように葉月が『forms(フォームス) Fireworks(ファイヤーワークス)』のオフィスのドアを開けると、正面にいた琉佳(ルカ)がいつになく真面目顔でつかつかとやってきた。


「お、おはようございま……わっ!」


琉佳の手がサッと葉月の顔に伸びて来て、アゴをつまむと右へ左へと顔を傾けて様子を伺う。


「あ、あの……ルカさん?!」


「白石さん、倒れたんだって?! 大丈夫?!」


「え? ええ……もうすっかり……でも、昨日はルカさん、練習に来てないのにどうして知ってるんですか?」


驚いた表情で自分を見上げる葉月の頬から琉佳は手を下ろした。


「昨日、姉ちゃんがユウキに今月のバスケのスケジュール聞くために連絡した時にさ……」


葉月は眉を上げる。

「えっ? どうして美波さんがバスケのスケジュールをユウキに聞くんですか?」


琉佳は瞬時に気まずい顔になる。

「あ! しまった……白石さん、姉ちゃんにはさ、僕から聞いたって言わないで!」


「あ……はい」


半信半疑の葉月の表情に、琉佳は仕方なく話し始める。


「実は……姉ちゃんさ、可能な限り()()を観に行きたいみたいで……」


「美波さんの()()って……リュウジさん……?」


「うん。そりゃ母校のエースだったからね。いい年して、未だに高校時代のノリが抜けない姉ちゃんもどうかとは思うけど。水嶋先輩(隆二)のプレーが見たいからってさ、姉ちゃん、こっそりユウキにバスケのスケジュール聞いてたんだよね」


「え? 『BLACK(ばすけ) WALLS(チーム)』の練習予定なら、私に聞いてくれたらいいんじゃないんですか?」


「あ……それはその……なんていうか、仕事が忙しい時にさ、白石さんにバスケのスケジュールを聞いたりなんかしたら、なんか()()()みたいなニュアンスに聞こえちゃうと困るからっていう、姉ちゃんなりの気遣いっていうか……?」


葉月は驚いて目を見開く。

「そうだったんですか?! 美波さんって、そんなことまで考えてくださるんですね。本当に素敵な人!」


「いや、そんなことはどうでもよくて!」


「どうでもいいわけじゃないですけど……」


「意識失って倒れたって聞いたけど、ホントなの?!」


「ええ……バスケでぶつかって、吹っ飛んじゃって……」


「なになに!? そんなに白熱した試合だったんだ?!」


「いえ、そうじゃなくて……【1on1】で個人的な対決をしてたんですけど……」


琉佳が腕を組みながら空を仰ぐ。

「まぁ先週のキレキレの白石さんの活躍を見たから納得だけど……そりゃオトコ相手に1対1もできるかもって思うけどさ、さすがにガタイが違えば危ないよね……相手は誰? まさか大男と対戦したの?」


葉月は少し気まずい顔をした。

「ああ……そうですね。リュウジさんだったので……」


「はぁ?! なにそれ?! そりゃ危ないだろ! ガチでリュウジさんにぶつかられたら白石さんなんてピョンって吹っ飛んじゃうよ! そりゃ脳震盪(のうしんとう)も起こすよなぁ」


「まぁ……」


「ホントに大丈夫なの?! 病院は?」


「いえ。すぐ目を覚ましましたし、実は、頭も打ってなくて脳震盪じゃないんです」


琉佳は眉をひそめながら首をかしげる。

「ん? どういうこと?」


「私が後ろに倒れたので、リュウジさんが咄嗟(とっさ)に助けようとして手を伸ばして支えてくれようとしたんですけど……その時に首に(から)まった腕で多分、()()ちゃったみたいで……」


「ええっ! そうなの?! じゃあ、リュウジさんに()()()()()()()()()をかけられたってわけだ?!」


「ち、ちょっと! プロレスじゃないんですから!」


「あはは。それにしてもすごい荒業だね……さすがの僕でも女の子に()()()()()()はかけたことがないなぁ……」


「当たり前ですよ! 私だって、リュウジさんに()をかけられたわけじゃないですから!」


「いやぁ……なんか、妙に興奮するんだけど」


ほくそ笑む琉佳に、葉月は(いぶか)しい表情を向ける。


「なに言ってるんですか?!」


「あ、いやごめん、なに言ってんだろ? ははは。そうかぁ……そんなことがあったんだ」


琉佳がフッと思い立ったように葉月の顔を見た。

「あ! じゃあさ、リュウジさんとは仲直りしたってこと?」


「え……仲直り……とは?」


琉佳はまた余計なこと言ったと言わんばかりの苦い顔をする。

「いや……別に……」


葉月は裕貴が言っていたことを思い出す。

葉月が隆二を避けていると察した琉佳が、隆二を追い払ったのだろうと裕貴は予想していた。


「誤解ですよ。私、先週は本調子(ほんちょうし)じゃなかったので、もしかして不機嫌(ふきげん)に見えてたらごめんなさい」


琉佳は首を横に振る。

「珍しく白石さんが休むほどだからね。もしもさ、何か悩み事があったするんなら、なんでも聞くから遠慮なく言ってよね」


「はい……ありがとうございます」


「それと……」

琉佳がこめかみをかきながら含みのある言い方で話し出す。


「さっき、BOSS(徹也)から連絡が入ってさ……姉ちゃんから白石さんが脳震盪起こした話を聞いたみたいで、" 出勤してるのか " " 大丈夫なのか " って、うるさくて……まあうまく言っとくけど、なんせ心配症のBOSSだからさ、今日は君が退勤する前ここに帰ってきちゃうかもしれない。姉ちゃんもきっと頭を抱えてるだろうなぁ」


葉月は肩をすくめる。

「そうですか……じゃあ " 元気すぎてバリバリ仕事がはかどりそうって言ってます " って伝えといてください」


「了解!」

琉佳は笑顔を見せながら、バチッと音がしそうなウインクをした。



夕方になって会社に戻ってきたのは美波1人だった。


「白石さん、本当に大丈夫なの?!」


駆け込むように近寄ってくる美波に、葉月はまた苦笑いをする。


「ご心配をかけてすみません。本当になんともないんです。私、小柄なんで、現役の時も大きな相手選手の(ひじ)が頭に落ちてきて失神したことが何度かあって……なので昨日の接触なんて大したことないって感じで……」


微笑みながら大袈裟に身振り手振りで話す葉月を見て、美波はほっとした表情を見せた。


「そうなの?! なんかバスケの話じゃないみたいで怖いんだけど?!」


「あはは、昨日その話をリュウジさんにした時に " まるでプロレス同好会に入ってたようなセリフだ " って笑われました」


「フフフ、たしかに。でも気をつけてもらわないとね? 女の子なんだから、怪我(けが)なんてしちゃだめよ」


「それは、昨日ユウキにも言われました」


「分かるわ。私、何気(なにげ)にユウキ君と気が合うもの」


「確かに! 美波さんとユウキって似てるかもしれませんね。とてつもなく気が利くところとか、先回りして人のケアができるところとか」


「まぁ、共通してるところといえば、すぐそばに()()()()()()()()()()()がいるって事かしらね?」


「ホントですね」


「とにかく、なんともないのね?」


「はい」


「よかった。ココだけの話、無理やり仕事させてるけど、徹也はあなたのことが気になってしょうがないみたいでね。正直、私も徹也に話すタイミングを間違えたなって、後悔してるぐらい。ホント、子供なんだから……」


葉月は、ため息をつきながら髪をかき上げる美波をじっと見つめる。


「あの……ひょっとして、そのために美波さんだけ……こちらに?」


「まぁ……あんまりあなたに負担かけたくないから言いたくなかったんだけどね。聞かなかったことにしてもらえるかな? あなたがすこぶる元気だったって伝えるわ。じゃあ、ちゃんと定時には退社してね」


「ご心配をおかけしてすみません。()()()()にもそう伝えてください」


「え……ええ。分かったわ。じゃあ、お疲れ様」


「いってらっしゃい」



美波はオフィスを出てエレベーターを待つ。


「あれ……さっき白石さん、()()()()って言ったわね? ふーん、なにか()()があったのかも……まあいいわ」



美波が立ち去る代わりに、葉月の脇にスッと琉佳がやってきた。


「ふーん。姉ちゃんをこっちによこすなんて、BOSS(徹也)は相当だな……しかも白石さんが負傷した相手がよりにもよってリュウジさんだったってわかれば、気持ち止められなくなって一気に盛り上がっちゃうかもなぁ……もう勢い余って白石さんにプロポーズしちゃったりして?!」


美波の背中を見つめながらブツブツ言っている琉佳に、葉月がまた(いぶか)しい視線を向ける。


「ルカさん、さっきから何言ってるか全然わかんないんですけど?」


「あはは、確かに。僕は何を言ってるんだろうね? フフフ。白石さんの()()()()()()()()()を想像して、ちょっと興奮しちゃったせいかな?!」


「やめてくださいよ!」


「ははっ! とにかく、今日はおとなしくしててね。イイ子にしてたら、明日のお昼はとっておきの薬膳料理に連れて行ってあげるよ」


「うわホントですか! お仕事頑張ります!」


そう言ってドタドタと自分のデスクに向かう葉月を見つめながら琉佳は息をつく。


「もう……頑張らないでって言ってんのに……ありゃ徹也さんを越えるワーカホリック(仕事人間)になりかねないな」


肩をすくめた琉佳が、ポケットに手を伸ばす。


「なんだよ。早速僕にまで調()()()()が伸びるわけ?」


息をつきながら琉佳スマホを耳に当てる。


「徹也さん……姉ちゃんから報告を受けたんじゃないんですか? え? なーんだ仕事の話か? てっきり、白石さんのことを聞かれるのかと思って……ははは、僕もバグってますね。いや、朝からなかなか()()()()()()()を聞いちゃったもんで……え? 徹也さんも聞きたいですか? 教えてあげてもいいですけど……ハイハイ! わかりました、言いますよ! 一言だけなんですけどね。" スリーパーホールド!" じゃあ、ご所望のファイルはメールで送りますんで。え? どういう意味かって? それは僕の口からはちょっと……直接白石さんに聞いてみたらいいんじゃないですか? では、お疲れ様でーす」


一方的に電話を切ってニヤリと笑う。

「面白い展開になりそうだな……」


琉佳はそうつぶやきながら、目を輝かせるようにデスクに向かう葉月に視線を向けた。



第210話『Sleeper Hold』誤解を生む状況 - 終 -



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