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第205話『messy situation』厄介な状況

葉月は、『forms ()Firewor()ks』の前で待っていた裕貴(ユウキ)に連れられて、彼の引っ越ししたばかりの新居へ案内された。

まだ手付かずの室内で、片付けやレイアウトを、楽しく手伝う。

休憩を(うなが)した裕貴が、飲み物を手渡しながら隆二との話を切り出した。


「リュウジさん……あれからさ、覇気(はき)がなくて困ってるんだ。()()()()()()()()()()()が、()()()()()()()()()であんなに情けない姿をさらすなんて!」

皮肉混じりに言う裕貴の言葉に、葉月は笑う余裕もなく、困惑した表情で(うつむ)く。


「男女のこじれって……」


「まぁ、冗談はさておき……」

裕貴は小さく息をつきながら、2人で配置したソファーに座る葉月の隣に腰を下ろした。


「経緯はよく分からないけどさ……要はあの『Blue(隆二の) Stone(音楽バー)』のソファーで怖い記憶が(よみがえ)ったんだよね? それでパニックを起こしたってことか……」


「うん……でも、その……リュウジさんとは、()()()()じゃなくて……」


「わかってるよ。全部聞いたわけじゃないけど、葉月がソファーに倒れてから具合が悪くなったって、リュウジさん言ってたからさ、ピンと来て……多分……()()()()だろうなって」


葉月は顔を曇らせて、また俯いた。


「確かに、リュウジさんも行き過ぎた行動だったかもしれないし、なんでそうなったのかボクには分かんないけどさ、でも2人のこれまでの関係性を考えても、リュウジさんがあんなに撃沈(げきちん)するほど、葉月が拒絶するはずないって思ってさ」


「撃沈……? リュウジさんが……」


「うん」


「私、拒絶したわけじゃ……」


裕貴は大きく(うなづ)く。

「わかるよ。葉月にそんなつもりがないことも。でもリュウジさんは何も知らないからさ、そう感じちゃったんだろうな」


「……どうしよう」


「仕方ないよ。そんな状況で(つくろ)えるわけないじゃん? だって葉月の頭に浮かんだのは、あの合宿所で泥酔した颯斗(ハヤト)さんの姿だったんだから」


その名前を聞いた途端(とたん)、瞬時に悲壮(ひそう)な表情に変わった葉月は、胸を押さえて身体(からだ)を硬くする。


「葉月……大丈夫?!」


肩に手をかけた裕貴に、葉月は手のひらを向けて息を整えた。


「うん……大丈夫……」


葉月はゆっくりと顔を上げる。

「あの時……一瞬ね、リュウジさんの顔に真っ黒な(もや)がかかったみたいになって……胸の奥からが大きな(かたまり)がグッて込み上げて来るような恐怖心って言うか……そんな感覚がしたの。そしたら急に息が吸えなくなって、苦しくて……そこからはあんまり覚えてない。気が付いたら店を飛び出して、走ってて……それで駅にいたの」


裕貴は(いた)わるようにゆったりとした口調で問いかけた。

「それから、どうしたの?」


「ああ……気分が戻るまで、しばらくベンチに座ってた。人に見られるのもまだ怖かったし、電車の中でまたあの感覚が蘇ってきたらどうしようって……乗る自信がなくて……」


裕貴が眉をひそめる。

「はぁ!? そんなに具合が悪いんだったらボクに連絡したらよかったのに!」


「ああ……ありがとう。でも……」


申し訳なさそうな葉月を見ながら、小さく息をついた。

「まぁ、リュウジさんとの事があるから説明しにくかったのも解るけどさ……」


「ごめん……だから頭を空っぽにして、少し落ち着くまでじっとしてたの。そしたらなんとか電車にも乗れて。帰ってからは、なるべく早く寝たんだけど、でも昨日は……休んじゃって」


「え?! 休んだの? 葉月が?! そんなに具合が悪かったんだ?」


「ううん。朝起きて出る用意まではしたんだけど、なんかバタってベッドに倒れ込んじゃって。そしたら起き上がれなくなって……」


裕貴は空を仰ぐ。


「葉月はさ、PTSDっていう言葉を知ってる?」


「もちろん聞いたことはあるけど……」


「心的外傷後ストレス障害。颯斗(ハヤト)さんに(おそ)われたことで強いストレスが生じて、それが葉月の心を(むしば)んでるんだよ。PTSDだとしたら、いろんな局面でオーバーラップが起きるたびに日常生活にを支障をきたしてくる。身体機能に影響が出ることも多いし、パニック障害を併発(へいはつ)することもあるから……葉月のその症状は治療が必要かもしれない」


葉月は目を見開いて首を振った。

「もうユウキ、大げさだって! 今日も全然大丈夫だったし、もうすっかり普通に戻ってるのよ?」


裕貴は硬い表情のまま首を横に振る。

「自分の中では忘れたつもりでも心の中に(ひそ)んでて、何かをきっかけに症状が出たりすから、あなどれないんだって! 今回もたまたま『Blue Stone』での似たシチュエーションから、嫌な記憶が蘇っちゃったんだろうからさ。まぁ、とはいえ……なんだかんだ言ってもリュウジさんが悪いけどね」


「え?」


「ちょっと強引に(せま)ったんだろ? ったく! よりにも寄ってソファーでなんてさ!」


葉月は居心地悪そうに下を向く。


「それでリュウジさんを()けてるってわけ?」


「避けてるつもりじゃ、ないけど……」


裕貴は肩をすくめてみせる。

「避けてるじゃん? 昨日、リュウジさん、また『forms(葉月の) Firewo(職場)rks』の前に来てたんだろ?」


「あ……でも、リュウジさんは待ってたわけじゃないと思う。私の様子を気にして来てくれたのかもしれないけど、私残業だったしね」


「ルカさんからなんか聞いた?」


「え? ルカさん? ああ、リュウジさんに会ったって言ってた」


「うん。ルカさんがわざわざ1人で降りてきて、" 白石さんなら今日は残業ですよ " って言いに来たらしいけど?」


「え? わざわざじゃないよ。ルカさんに残業を頼まれて仕事始めようとしたら、” コンビニでスイーツを買ってくる " って言って出て行ったの。" その時に偶然会った " って聞いてるけど?」


「ふーん、()()ねぇ? ルカさん、リュウジさんに会ったことは葉月に話したんだ?」


「うん、聞いたよ。" 待ち合わせしてたの? " って聞かれたけど、そうじゃないって言ったんだけど、" リュウジさんには、自分のせいで残業になったって言っといたよ。ごめんね " って言われて……」


「ふーん。で? スイーツ食べて、遅くまでルカさんと残業を?」


「いや……それがね、スイーツを食べ終わったら、ルカさん、急に " 残業しなくていい " って言い出して……" やっぱり姉ちゃんに怒られるから帰って!" って言われちゃったの」


裕貴は一瞬考えを(めぐ)らせる。


「ん? ユウキ?」


「……なるほど」


「なるほどって……なにが?」


「葉月がさ、なんとなくリュウジさんを避けてることが、きっとルカさんには分かってたんだと思う。リュウジさんがあそこに来てるのを、ルカさんも目撃してたんだ。葉月がそれを知ってたことにも、ちゃんと気付いてたと思う」


「え? どういうこと?」


「リュウジさんが来てるのに葉月が帰ろうとしないから、" 会いたくないんだ " って察したルカさんが、(てい)よく降りていって " 葉月は今日は残業だ " ってことにして、リュウジさんを追い払ったんだ。だからリュウジさんはすぐに帰ったってわけ」


「追い払うだなんて……そんな……」

葉月は驚愕(きょうがく)する。


「ルカさんは前々から気付いてたんだよ。きっと月曜日もリュウジさんが会社の前に来て、葉月と会う所を見てたんじゃないかな?」


「ええっ?!」


「リュウジさんと会った翌日に珍しく葉月が休んで、更にその翌日にリュウジさんが約束もないまま待ち伏せのように来てさ、まして、それに気付いた葉月がためらってる素振りを見せたら、彼ならピーンと来るはずだよ。多分、今日も。" 今度はユウキかよ! " って思いながら、6階のあの窓からボクの姿も(とら)えてたと思う」


葉月は納得したように頷いた。

「あ……実はね、ユウキが来てること、ルカさんが教えてくれたの。窓の外に()()を向けて」


「ふーん、(イキ)だよなぁ。彼はすごく()ぎ分けの()く人なんだね。あなどれない!」


そう言って裕貴は、恐ろしいものでも想像するかのように肩をすくめた。



第205話『messy situation』厄介な状況- 終 -

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