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第200話『Psychological Scars』トラウマ

食事を終えて『ミュゼ・ド・キュイジーヌ』を後にした2人は、並んで歩きながら『Blue(ブルー) Stone(ストーン)』に向かう。


その道すがら、葉月はふとすれ違った2人組の女性たちと目が合った。

葉月の背後で、彼女らの囁き声が耳に入る。


「ねぇねぇ! 今の『エタボ』のリュウジじゃない!? この街にいるって噂は聞いてたけど、めちゃカッコいいじゃん?!」

「それよりも! その横にいたのってさ、あのアレックスと映ってた女よ! 信じられない!」

「え、ウソ! 今度はリュウジがターゲットってこと?! なによあの女! サイテーね!」


シャッター音も聞こえたが、隣を歩く隆二に目を向けても気付いていないようだった。

葉月は振り向くこともできず、身体(からだ)がどんどん固くなっていくのを感じる。

そこからは、道行(みちゆ)く人々の目線が気になり始めた。

みんなが隆二に注目し、そしてその後には必ず、横にいる自分にも冷たい視線が向く。


葉月は意図して少し離れて歩き、(うつむ)いて顔を隠した。

ふと横を向いた隆二が、数歩後ろで歩く葉月の不自然な態度に首を(かし)げる。

声をかけてもあいまいな返答しか返ってこないことを不審に思った隆二は、『Blue(ブルー) Stone(ストーン)』の看板を【close】にしたまま階段を下り始めた。


赤い階段を下りながら隆二が問いかける。

「葉月ちゃん、さっきからどうしたの?」


「ああ、いえ、別に……」


階段を下り切った中扉の前で隆二が立ち止まった。

「ちょっとここで待ってて。中は暑いしさ、真っ暗でつまづくといけないから」

そう言って大きく扉をあけ放ったまま、暗闇の中に消えていく。


真っ暗な空間に目を凝らすと、カウンターのアンティークランプがぼわっと点灯して、その明かりに照らされた隆二の顔が浮かび上がった。


葉月の心が妙に騒ぎはじめる。

「きれい……」


そうつぶやくと、以前も同じ光景を見てそう思ったことを思い出した。

まだ隆二について何も知らなかった頃。

今とは違う関係性だったが、やはり思ことは同じなのだと実感する。


エアコンのゴ―ッという音に我に返った葉月は、隆二の視線に誘導されて中に足を踏み入れた。

同時にパッと明かりがついて、いつもの『Blue(ブルー) Stone(ストーン)』の風景が現れる。


「さぁ、座って」


手早く葉月の飲み物を用意した隆二は、自分もビールを片手にぐるっと回りこんで、葉月の隣のカウンターチェアに腰かけた。


「え?」

葉月は驚いて隆二の顔を見上げる。

時計の針は開店時間を過ぎていたが、隆二は気にすることなく、そこに座って葉月に顔を向けた。


「で? さっきからどうしたの?」


「あ……」

すれ違った女性の会話が頭の中に甦ると、少し息苦しさを覚えた。

俯いた葉月を覗き込むように、隆二が首を下げる。


「もしかして、実は調子悪いのに我慢してたとか?」


「あ、いえ。全然そんなことないです」


「だったらいいけど。そうだよね? 食事しながら元気よく話してたしさ」

そう言って隆二はビールのグラスをぐっと持ち上げた。


隆二の飲み物をあおる横顔を、そっと覗き見る。

それは、花火大会の時や先日突堤で見た徹也の横顔とは、全く違った雰囲気を放っていた。


「ん?」

隆二がまた不思議そうに葉月を覗き込んだ。


「あ、いえ……」


葉月がぎこちなくグラスに手をやると、隆二がサッとその手首を取る。

「えっ?」


とっさにつかまれて驚く葉月の手首の向こうに、隆二の(つや)めいた表情があった。


「ずっと着けてくれてるんだね。嬉しいよ」

そう言って葉月の手首に巻かれた華奢なブレスレットに指を這わせる。


「あ、あの……」

葉月はサッと手を引っ込めて、扉に目をやって声を(ひそ)めた。

「今……もし誰かが入ってきたら、誤解されちゃいます……」


「誤解? ああ、それは……大丈夫。実はさ……ドアプレートを【close】のままにしてあって……」 

隆二は上階を指さす。


「え? どうして……ですか?」


隆二は少しばつが悪そうに視線をそらしながらグラスに口をつけた。

「さぁ……どうしてだろうな……」 


一瞬、沈黙が流れる。


「葉月ちゃんさ、さっきからちょっと変じゃない? 俺、なんか気に(さわ)ること言ったかな?」


葉月は首をブンブンと横に振った。

「いいえ、そんなこと……全然!」


「そう? でもなんかさ……急に妙な距離を感じるっていうか」


「あ……それは……」

葉月の頭の中にさっきすれ違った女性の声が(よみがえ)る。

その声はだんだんと心の中で増幅し、葉月の鼓動を早くした。


「ああ、ごめんなさい! 私……今日はもう、帰ります」

葉月はサッと立ち上がると、逃げるように扉に向かった。


「え? 待って!」

隆二がドアの横の壁に立ちはだかって葉月を止める。


「なぁ、本当にどうしちゃったんだ?!」

隆二はかがむように葉月の視線まで身体(からだ)を下げると、心配そうにその目を覗き込んだ。


葉月はためらいながらも、言葉を吐く。

「さっき……ユウキも言ってたことなんですけど……いくら会見のおかげで誤解が解けたとはいえ、私とリュウジさんが2人でいるのって、やっぱり危険なんじゃないかなって」


「ん? どうして急にそんなことを言いだすんだ?」 

隆二はさらに距離を詰めた。


「もしかして、徹也と……何かあった?」


「ええっ?」

的外(まとはず)れなその質問に、葉月は思わず顔を上げる。


「どうして徹也さんなんですか……?」


「だってさ、ついこの前までずっとヤツのことは " 鴻上(こうがみ)さん " って呼んでただろ? なのにいつのまにか " 徹也さん " って……呼び方が変わるぐらい距離感が変わったってことかって、思って……」


「それは違います! 商談が終わって話してた時に、たまたま、そういうことになって……」


()()()()()()って……付き合うことになったとか?」


葉月はさらに目を見開いて、抗議の色をにじませる。

「待ってください! もしそうなら、私は今日ここにリュウジさんと来てないんじゃないですか?」


「まぁ、確かにそうだな……ごめん」


葉月は(うつむ)きながら、せきを切ったように話し始めた。

「私の態度が悪いなら謝ります。すみません、不器用で……でも、あの事件はやっぱり自分の浮ついた気持ちや不注意があったからこそ起きてしまったことだって、私は思ってるので……もう失敗はできないんです。誰にも迷惑をかけたくないですし。それに私、あれ以来……未だに人の目が怖いんです。私の思い込みだけじゃなく、やっぱり世の中はまだあの事件を忘れてないですし、それに以前よりも『エタボ』も、リュウジさんに対する注目度も、うんと上がってると思うんです。そんな時に、私なんかと一緒に歩いているところを見られたら……今度はリュウジさんがどれほどマイナスを請け負うことになってしまうかって……そう思うと、もう怖くて……」


隆二は大きく息をついた。

「そういういことだったのか……でもさ、さっきまでレストランでも楽しく話してたじゃない? 急にどうして?」


葉月はさっきすれ違った女性たちの言葉が耳に入ったことを告げた。


「そんなことが……ごめんな、気付かなくて。なるほど、君の言うことはわかるよ? 責任感の強い葉月ちゃんなら考えそうなことだ。でもさ、なんで俺たちが香澄(犯人)の策略のせいで引き裂かれなきゃならないんだ?! こういうのがずっと嫌で……だから俺はサポメン(サポートメンバー)の道を選んで、静かに自由に暮らしたいって思って……」


「リュウジさん!」

葉月が隆二の言葉を遮る。


「今回の『エタボ』へのリュウジさんの正式加入の話をね、私、トーマさんから聞いた時に、本当に嬉しかったんです。トーマさんのリュウジさんに対する思いを聞いて心から応援したいと思ったし、ファンとしてもそれを望みました。皆さんの思いはリュウジさんにも届いたんですよね? それで納得されたはずですよね? だったら、ちゃんと実現させなきゃいけないんですよ。なのに……そんな大事な時期に私なんかのせいで、 " やっぱりサポメンが良かった " なんて言って欲しくないんです! 結局……私のせいなんですから……」


隆二は、泣きそうな顔でそう言う葉月の肩を強く掴んだ。


「違うよ! それは違う! ごめんな、ただ俺が臆病(おくびょう)だっただけだ。君のせいなんかじゃない! 周りを巻き込むのが怖くて、それに対抗する力や知恵がないから、責任逃れのために正式メンバーに入らなかった。俺はそういう弱い人間なんだよ」


葉月の頬に幾筋もの涙が伝う。

「だったら尚更、リュウジさんを弱い人間にくしたくないです。私は何の邪魔もしたくない……だから私、しばらくここに来るのもやめようと思います」


葉月はそう言って、隆二の腕の下をくぐるように身体を離すと、出入り口の方に足を向けた。


「は?! なんでそうなるんだ! 待って!」


瞬時に腕を伸ばし葉月を捕まえた隆二は、幾分強引に出入り口の脇にあるソファーに座らせた。

その気迫に驚いて、葉月はその顔を見上げる。


「俺はさ、今までのように我慢してやり過ごすんじゃなくて、正式加入も含めてちゃんと考えた上で大事な人を守れるようにしたいと思ってる。だから、君にはそばにいて欲しいんだ」


隆二はさらにその手首を掴み直した。

「君の心が……知りたい」


その熱い視線に息をのむ。

「まだダメです……あの事件以来、『エタボ』の皆さんにもまだお会いしてないですし。私はまず、騒動を起こした原因になったことを皆さんに謝りたいんです。だからそれまでは……」


葉月は隆二が掴んだままの手首から逃れようとした。

立ち上がろうとする葉月を止めようと隆二がまた手を伸ばすと、バランスを崩した葉月が後ろに倒れそうになって、慌てた隆二が彼女の頭をかばうように腕を差しだす。


不安定な体勢で2人はソファーに倒れ込んだ。

「はっ!」


仰向けにソファーに横たわるような体勢になった葉月は、隆二の身体の重みを感じながら大きく目見開いたまま隆二を仰ぐ。

隆二はじっとその顔を見つめながら、そっと髪をなでた。


「でも今は、2人きりだよ。誰の目もない」


(なま)めかしいその視線に目を閉じることもできず、葉月はだんだん近づいてくるその美しい顔を見つめた。

頭に置いた隆二の手が耳から頬を()い、その親指が唇に触れた瞬間、葉月の視野の真ん中で突然その顔に真っ黒なモヤがかかり、胸の奥底から恐怖に近い感覚が湧き上がってくるのを感じた。

同時に、まるで呼吸の仕方を忘れてしまったかのように、急に息ができなくなって葉月は目を見開く。

「はっ!……」

隆二だったはずのシルエットが、もっと大きく恐ろしい人物とオーバーラップしはじめた。


「葉月ちゃん?!」

急にガタガタ震え出す葉月に、隆二は驚く。

「どうしたんだ?! しっかりして!」


強く両肩にかかる手を押しのけ、葉月は精一杯の力でその大きな身体を突き飛ばそうとして、逆にその反動で自らがソファーから転げ落ちた。


「わっ!」 

驚いてかけよってきたその顔を見上げると、それは隆二の顔に戻っていた。

「大丈夫か?! なんでこんなこと?!」


「ご、ごめんなさい!」


「急にどうした?! 葉月ちゃん、なんかおかしいよ……どうしたらいいのか教えてくれ!」

葉月の異様な様子に、隆二もパニック状態に(おちい)る。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


何度も謝りながら、隆二の腕をすり抜けた葉月は、そのまま重厚(じゅうこう)な扉をこじ開けて、赤い階段を逃げるように()け上がった。



第200話『Psychological Scars』トラウマ - 終 -

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