第199話『Bothers me』気がかりな言葉
野音フェスに行く前日に初めて一緒に食事に来た『ミュゼ・ド・キュイジーヌ』で、2人は再び同じメニューを堪能しながら、あらゆる話をする。
隆二の温かい思いに胸を熱くしながら感謝の気持ちを伝える葉月の言動の中で、隆二はある言葉に引っ掛かりを覚えた。
自分の親友を、彼女は昨日まで鴻上さんと呼んでいたはずが、今日は徹也さんと呼んだ。
その疑問が拭いきれず、それとなく徹也の話を持ち出す。
「昨日……あれからどうした? アイツ、あんな感じで君に食事を中座させて、仕事に連れ出すなんてさ」
「ああ。あの後ね、実は鴻上和也さんにお会いしたんです」
「え、和也? 徹也の……弟の?」
「はい」
「なんでまた? もしかして……家族ぐるみで食事でもする仲……なの?」
「いいえ、ホントに商談だったんですよ。私もびっくりしました。実はこの前、『forms Fireworks』で、模擬的にプレゼンに参加させていただいたイベント案があって、まさかまさかの私のアイデアが採用されたって美波さんから聞いて、私はもう浮き足立つほどに喜んでたんですけど、実はそのクライアントが『LBフロンティア』だったんです! しかも和也さんのプロジェクトで」
「へぇ、そうなの? 和也が色々な分野に手を広げてるとは聞いてたけど、イベント事業にも自ら参戦するんだな?」
「ええ。正直最初は、徹也さんの口利きで選んでもらったのかなって疑ってたんですけど、話してるうちに和也さんが描いているイメージと私の発想が本当に合致してるのがよくわかって……本当に嬉しかったです!」
「そうか。じゃあ、これからますます忙しくなるね」
「そうですね。徹也さんもずっと出張続きでほとんど不在だったんですけど、このところ基盤をこっちに戻そうとしてるっておっしゃってて、このプランにおいても結構ちゃんと関わってくださるみたいで、安心してます」
「ふーん、徹也さんね……」
葉月が突如、閃いたと言わんばかりに、隆二に向かって前のめりになる。
「そうだ! リュウジさんはどう思ってるのか、聞きたいことがあって!」
「ん? なに?」
「鴻上家のあのご兄弟、あんなにも声が似てたら紛らわしくないですか?! 私びっくりして! お二人で会話してても、まるで徹也さんが独り芝居してるみたいに聞こえちゃって……もう声で判別ができないんで、文脈で判断ししないと!って思って私、必死で二人の口元を見ながら、何か識別できる要因はないかって探ってたんですけど……リュウジさんは、あのお二人の声を判別できるんですか?」
隆二は笑いながら葉月を見下ろした。
「フフフ、葉月ちゃんは相変わらず面白いことを考えるね?」
葉月はばつが悪そうにこめかみを掻く。
「あ……ご兄弟揃って、同じこと言われました……」
「ははは」
「それに、ひどいんです! 徹也さん、和也さんに向かって、昨日のバスケで私が全員をやっつけたみたいな言い方をするんですよ!」
「それは、あながち間違ってないけどね?」
「そんなことないでしょ! 普通にセットメニューをやってみただけじゃないですか?!」
「まあ、それほど君が特殊部隊にいたってことだよ。こちらとしては、ありがたくはあったけど」
「そのせいで、すっかり和也さんにも奇妙な子だと思われたと思うんですよね……面白い面白いって言われちゃったし」
「ははは。和也がそういうのも分かるよな? 君にはだれかれ、心を惹きつけられる魅力があるからさ」
葉月はプッと膨れて見せる。
「またまた! そんなこといって、結局不思議ちゃん扱いなんじゃないですか!」
「あははは」
「ほら笑った! 図星じゃないですか! もう、徹也さんもそう! ひどいのはリュウジさんも一緒ですからね! でも言わせてもらいますけど、からかったりするから私の妙な部分が露呈するわけで……結局は2人のせいで私が不思議ちゃんに見えちゃってるんじゃないですか!? ホント困るんですけど?!」
「あははは」
「笑いすぎですよ、リュウジさん!」
「ごめんごめん、なんか、幸せな気分でさ」
「え? 人を馬鹿にしといて幸せな気分ってなんですか!」
「いいや、馬鹿になんてしてないさ。この年になると、こうやって心から笑うことなんてそんなにないからさ、貴重だなと思って」
「また、オジサンですか?」
「どうかな? オジサン、オジサンって言うのはオジサンになりたくないって心の裏返しなのかもな。君みたいに若い子にオジサンって思われるのが、オジサンは一番辛いんだよ」
葉月は眉をひそめる。
「スターはそんな庶民的なこと言っちゃダメですよ! そりゃそういうこと言ったら好感度は上がるかもしれませんけど、そんなことしなくてもリュウジさんも徹也さんも羨ましいほどの大人の魅力満載で充分素敵なのに」
「大人の魅力満載?」
「ええ、だからうちの母もリュウジさんや徹也さんにメロメロなんでしょ?」
隆二が眉を上げる。
「あれ? 徹也も葉月ちゃんのお母さんに会ってたっけ?」
「ああ、昨日送ってもらった時に、わざわざうちの母に挨拶をしてくださって」
「そうか」
葉月がため息交じりにしかめっ面をする。
「母ったら、また家にお誘いするんですよ……ホントにもう、見境がないんだから!」
「はは。白石家で盛大なタコパが行われることは、もう確約したみたいだな?」
「母に琉佳さんも来たいって言ってくれてるっていう話をしたら、写真を見せてくれって言うんで、『Blue Stone』での誕生パーティーの時の写真見せたんです。そしたらそこでまた大盛り上がりですよ! イケメンは大歓迎!って……母の女子力の高さ、ちょっと異常でしょ?」
隆二が怪しい表情を投げかけた。
「そうか? 葉月ちゃんだって、トーマさんの話題が出ただけでほっぺた赤くしてさ、すっかり女子の顔になっちゃうけど?」
「ああ……それは……」
「やれやれ! そんなカンジだと、今度『エタボ』の事務所に行っても大変なんじゃない?」
「まぁ……確かに」
隆二が前へ乗り出して、自分を指さす。
「だからさ、俺ぐらいの中級スターが君にはちょうどいいんじゃないの?」
葉月が眉を上げた。
「どこが中級スターなんですか?! そんなこと言ったら全国のエタボファンに袋叩きに合いますよ!」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、もし俺が、君にとって最高級スターのトーマ君みたいな存在になっちまったら、こうして俺の前で大きな口で肉をほおばってもくれないだろうし、言いたい放題も言ってくれなくなるだろ?」
葉月は分が悪そうな表情のまま、また頬を膨らます。
「お、大きな口って……もう! ずいぶんひどい言いようじゃありません?!……なにげにトゲを感じるんですけど!」
「ははは。気のせい気のせい!」
葉月はプッとしたまま隆二を見つめた。
「やっぱりリュウジさんと徹也さんって、似てるのかも……」
隆二は不可解な顔をする。
「え? なんで? 俺とアイツは、けっこう対照的なところがあると思うんだけど?」
「いいえ。共通するのは、いつも私をからかって遊んでるところです!」
「ああ、それは否めないけどね。でもさ、原因はどっちかって言うと葉月ちゃんの方にあると思うんだけどなぁ」
「ええっ! 私が悪いんですか?!」
「悪いんじゃなくて、君が可愛いってことだよ」
葉月は急に下を向いて黙った。
「おいおい! どうした」
「そういうことを軽々しく女の子に言うと……勘違いするかもしれないでしょ! 良くないですよ。スターのリュウジさん」
「ん? 何を急に? 本当に可愛いんだから仕方がないだろう?」
「もう! ダメですって! そんなこと言ったら、うちの母ならイチコロですよ!」
「あはは! なんでそこで葉月ちゃんのお母さんが出てくるんだ?」
「要するに! リュウジさんのことを思っている人に対して、リュウジさんが軽々しくそんなことを言うと瞬殺する恐れがありますよっていう、警告です!」
「警告?! 穏やかじゃないね」
「それぐらいに、リュウジさんには破壊力があるっていうことですよ! もっと自覚してもらわないと!」
そう言って葉月は大きな肉にフォークを突きてるも、持ち上げようとした手を止め、チラッと隆二の顔を見てから皿に戻してそれをナイフで小さく切り分けた。
「フッ、フフフ……」
吹き出した隆二にプッと頬を膨らませ、恥ずかしそうに口に運んでいた葉月も、デザートに運ばれてきたアイスケーキにうっすらと炎がかかっているのを見て目の色を変える。
「わぁ、すっごーい!」
隆二はまた微笑みながら、幸せそうな彼女の顔をじっと見つめた。
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