第196話『Tender-hearted person』情の深い人々
T字路に停めたマセラティから足を下ろし、2人並んで白石家に向かう。
インターホンを押した後、ドアの向こうからドタドタという慌ただしい足音が聞こえて、葉月はまた恥ずかしそうに俯いた。
ドアを開けた智代の顔がパッと明るくなる。
「ご挨拶が遅れました。葉月さんに仕事を手伝っていただいています『forms Fireworks』代表の鴻上徹也と申します」
徹也は丁寧に頭を下げた。
智代は満面の笑みで徹也を見上げる。
「うちの子が大変お世話になっております。お噂はかねがね……ふふふっ、鴻上さんって思ってた通り、素敵な人だわ!」
「え?」
「よかったら上がって行かれませんか? お茶でもお出ししたいわ!」
「あ……いえ、今日は商談に付き合ってもらってお送りしただけで、手土産もないのでまた改めて」
「そんな気遣いは無用ですよ。葉月が色々お世話になっていることは、この子からも親友のかれんちゃんと由夏ちゃんからもよーく聞いていますから。この子に話を聞くよりも彼女らから話を聞いた方が早いんでね」
「フフ、仲が良さそうですね?」
「ええ! 私もみんな仲良く集まるのが大好きなタイプなので、鴻上さんも是非うちに遊びに来てくださいね。リュウジさんもユウキ君もお呼びして、パーティーするって話になってて、もう楽しみで楽しみで!」
「もう……ママったら!」
上目遣いで申し訳なさそうな表情の葉月に微笑む。
「ありがとうございます。その際は是非お伺いさせていただきますね。葉月さんはまだ大学生ですが、恐ろしいぐらい才能に溢れています。これからもウチの社の実戦力として駆り出すと思いますが、どうかご理解のほどを」
「どうぞどうぞ。ガンガン使ってやってください! この子はこう見えて真面目ですし、バスケ魂で培った体力もあるでしょ? まだまだ子供でどんくさいところもありますけど、タフで使える子だと思うんで、鍛えてやってくださいね!」
「ちょっとママ! そんな強靭なイメージつけないでよ! ひどい!」
徹也は笑い出しながら頭を下げた。
「では失礼します。じゃあ白石くん、また明日」
「はい、今日はありがとうございました」
玄関ドアを開けたまま母と娘は2人して徹也を見送る。
車が発車すると同時に、智代が葉月の肩を大きく叩いた。
「痛ったぁ! なによママ!」
「ちょっと! 鴻上さんってあんなに素敵な人だったの!?」
「え? まぁ……」
「知的で誠実そうであのルックス! それでいてあの『Eternal Boy's Life』の映像を演出するパッションを持ってるわけでしょう?! 素晴らしいデザイナーでクリエイターだなんて……素敵すぎるじゃない!」
「ヤダ、ママ! 興奮しないでよ」
「そりゃリュウジさんは素敵だし、ユウキ君もいいけど……ねぇ葉月、鴻上さん、いいんじゃないの?」
「はぁ!? いいんじゃないのってなによ?!」
「どの人も素敵! 葉月は誰とお付き合いするのかしら?」
「は?! お、お付き合い?!」
「どの人でもいいわよね……ママは、そうねぇ、葉月がお付き合いするなら……誰がイイかなぁ? かれんちゃんや由夏ちゃんともその話でもちきりなの」
「へっ?! 私のいないところでそんな話してたの?!」
「まぁ、女子トークってそんなもんでしょ? ママのタイプはやっぱりリュウジさんだけど……あなたとは好みも違うしね……推し被りっていうのも……」
「ああもう! さっきから何言ってるのかわからないよ! ママ!」
「あはは、とにかく楽しみってことよ。鴻上さんもタコパに来てくれるかしら? 真面目そうで大人の男性って感じのタイプに見えるけど……騒がしいのはお嫌いかしらね?」
「全然そんなことないよ。リュウジさんとは親友だし」
そう言いながら、徹也が数週間前までシルバーの頭をしていた事を思い出す。
それに加え、さっき海辺でペットボトル投げの不正をした経緯をもし話したら、きっと母のもつ徹也の印象も変わるだろうと思った。
「とにかく。葉月、今回の事件のことはみんながあなたのことを心配して支えて助けてくれて解決してくれたんだから、いい人達と巡り会えたことに感謝しつつ、これからはのびのびと好きなことをやりなさいね。仕事も将来の夢も、そして恋愛も。充実した20代を送って欲しいと思ってるの」
「ママ……ありがとう」
「それでね、ひとつお願いがあるんだけど?」
葉月は首をかしげる。
「なに?」
「そのスーツ、来週の同窓会に着ていっていいかな?」
「へっ?」
「だってめちゃくちゃ素敵じゃない?! それともそのスーツはレンタル衣装なの?」
「いや、そうじゃなくて、支給してくれたみたいだけど……」
「そうなの! すごいわね! 商談だからってそんな高級なスーツをあなたに支給してくれるなんて……そう言えば、『Attractive Vision』のオーナーがお母様っていうのは……?」
「うん、鴻上さんのお母様よ。それに『LBフロンティア』の息子さんだから」
「え?! なになに?! 『LBフロンティア』の御曹司?! なら、次期社長ってこと?」
「ううん、会社は弟さんが継ぐことになってて、今日はその弟さんとイベントの打ち合わせをしてたの」
「なんだ! もう家族ぐるみの中なのね! なら決まったも同然!」
「なにが?!」
「なんでもない! とにかく、あなたは自分の幸せを信じて頑張りなさい! いいわね、若いって」
「え……」
半信半疑な顔をしながらも、智代の嬉しそうな顔を見てホッとする。
おもしろおかしく言いながらも、娘を信じ、案じてくれる母の温かい視線に感謝した。
「ほら、すぐに晩御飯にするから、さっさとお風呂に入ってらっしゃい」
「うん」
いつものように帰宅早々バスルームへ向かう。
ゆったりと湯船に浸かると、さすがに少しの筋肉疲労があった。
「今日は朝から高校以来のフルメニューでバスケしたもんね……二十歳を超えると体力が落ちるって先輩も言ってたけど、ホントなのね」
そう呟くと、彼らからの苦言を予想して首をすくめる。
「こんなこと言ったら、また " 何気に嫌味に聞こえるんだけど!" って言われそう。フフフ」
浮かんだ2つの仏頂面に笑いがこみ上げてくる。
夕食を2人で食べている間も、母の女子トークは衰えることを知らず、タコパにモデル並みのイケメン男性から参加要請が来ていることを話すと、更にギアを上げた。
部屋に戻ると、まるでさっきの話を聞いていたかのように、2人からのメッセージが届いていて驚く。
「え、苦言が届いてるとか?! そんなわけないか、フフフ」
徹也からは、バスケで疲れてるところ商談に借り出したのに明日も休みにしてやれなくて申し訳ないが、定時には帰っていいと書かれていた。
そこまでなら良かったが、そのあとに " ゴミ箱シュートでは俺が勝ったから、何時でも幾つでも願い事を聞いてくれるんだよね?" とあって、葉月は呆れてため息をつく。
「なによ! 不正行為で獲得した勝利なのに! 大人げないんだから!」
そう言って、徹也が " 大人げない事を言うけどいいか " と聞いた時の表情を思い出し、吹き出す。
「フフフ、拗ねた子供みたいな顔して……名前で呼んで欲しいって思ってたなんて……不正もするし、アンスポだけど……大人の男の人でも可愛いところがあるのね」
ふと、海辺で抱きしめられた感覚がよみがえる。
徹也が突堤に立ち寄った本当の理由が、あのSNSトラブルから立ち直っているかどうか確かめる為だったことに心を打たれ、その胸で感じた鼓動に安堵感を覚えた。
思えば想命館でも、あの胸に助けられた事を思い出す。
「徹也さん……か」
呼び名を変えただけのことなのに、距離感がより縮まった感覚と、新たな関係性を感じた。
色々な思いが巡る中、これからはこちらに基盤を置くと言っていた徹也の言葉を思い出しながら、今後は密なコンタクトも取れることを期待して、今日のお礼とともに手短に返信する。
送ったところで新たなメッセージが届いた。
隆二からの2通目のメールだった。
1通目は、今日の充実したバスケ練習についてのお礼と、疲れが出ていないかと気遣ってくれた内容。
今届いた2通目は、徹也のことだから明日も君に仕事をさせるかもしれないが、明日は自分も『Blue Stone』に出る予定だから、よかったらおいでという内容だった。
「わぁ、『Blue Stone』か……久しぶりに行きたいな!」
思えば、あのSNSトラブル以来、それまで日常的に出かけていた場所には全く行けていなかった。
今日ようやく参加できたバスケ練習においても、正直、みんなに体育館で会える喜びからテンションが上がりすぎたせいで、少し行き過ぎた練習メニューなったとも言える。
心が沸き立つような気持ちのまま、 " 明日は定時に上がれるので行きます!" と送った。
すぐさま来た返信には、あのあと晃がブツブツ言っていて面倒くさかった話や、裕貴の引っ越し先がようやく決まった話などが書いてあり、何度かラリーを楽しみながら、フェスに行く前にこうして隆二とメールのやりとりをしたことや、ショッピングを楽しんだりしたことを思い出していた。
あれからさほど年月も経っていないのに、色々なことが大きく変わったような気がする。
今日隆二に会ったのは、あの公園で救済してもらってマンションに泊めてもらった以来のことだったのに、白熱した練習のせいでろくに彼と話せていなかった。
「明日はゆっくり話せそう!」
葉月はそう期待しながら、ゆったりと眠りについた。
第196話『Tender-hearted person』情の深い人々 - 終 -




