第192話『Good at tease』からかい甲斐
商談に駆り出された葉月は、その場所が『フォレスト・パラディーゾ・ヴェルデ』である事に驚きつつ、商談の相手が徹也が弟の和也であることに、更に驚く。
豪華なアフタヌーンティーをいただきながらの会談は話も弾み、徹也は和也に、今日の昼間に体育館で行われたバスケットボールの練習においての葉月の立ち振る舞いついて、細部にわたって話をし始めた。
恥ずかしそうにうつむき加減でジェラートを口に運ぶ葉月に、和也は感心したように大きな手ぶりを見せる。
「へぇ! 僕も麗神学園が毎年インターハイに出場していることは知ってたけど、君がそこのすごいプレイヤーだなんてね?! 人は見かけによらないっていうか……こんなにおしとやかな出で立ちなのに」
「お、おしとやか……ですか?! 私が?!」
和也は凉しい顔で微笑む。
「うん。てっきり文系の才女っていうイメージだったんだけど……白石さんがまさかスポーツガールだったとは! 多才なんだね」
「そんな……褒めすぎですよ」
葉月は恥ずかしそうに俯く。
「そりゃ兄さんも、白石さんのこと、気に入るハズだよね? 好きなものが合致してるなんて、最高だもんね?」
徹也は少し目を泳がせながら頷いた。
「まぁ……彼女は、なにかにつけて面白いからなぁ……だろ?」
「ああ、面白いね! 僕に言わせれば、兄さんがこんなにも意気揚々と話しをするってことが、何より興味深いよ。大人になってからは中々こういう話をする機会もなかっただろ? しかも! 兄さんが女の子と、まるで夫婦漫才みたいな掛け合いまでするなんてさ! それこそ最高だよ!」
「はぁっ?! 夫婦漫才だって?!」
「フフッ、僕にはそう見えたけど? なんか微笑ましいな。そんな兄さんを見るのがすっごく面白い」
そう言って和也は、窺うように徹也の顔を覗き込む。
「やめろよ! ニヤニヤすんなって!」
「フフフ」
和也はテーブル越しに葉月に近付いて言った。
「白石さん、兄さんをよろしくね」
葉月は顔を上げる。
「そんな! 私の方こそ、いつも良くしていただいて……色々なことを経験させてもらって、教えていただいてるんです!」
「そう。そういうところも素敵だと思う。よかったね、兄さん。イイ人と出会えてさ?」
徹也はまたぎこちなく頷いた。
「え……あ、まぁそりゃ、なかなかこの若さにしてこの才能を兼ね備えた人材はいないからな。彼女のことは逸材だと、俺も思ってるし……」
和也は愉快そうに微笑む。
「ふーん、そっか。僕もそんな人と一緒に仕事できるのが嬉しいよ。白石さん、今後とも、よしなに!」
そう言って和也はティーカップを持ち上げた。
「光栄です! こちらこそよろしくお願いします!」
葉月も手元のマンゴーラッシーを持ち上げて、2人は徹也に注目する。
「ちょっと兄さん! ここは兄さんもカップを持ち上げるんじゃない? 友好の証の乾杯なんだからさ?」
「あ……そうか」
横で葉月が小さくつぶやく。
「こんな素敵なスイーツがいっぱい並んでる中で、たったコーヒー1杯だけなんて、つまんなくないですか?」
「はぁ?」
和也がフォローするように微笑んだ。
「兄さんが手にしてるそのコーヒーは、1杯がこのアフタヌーンティーのワンセットぐらいする値段なんだよ」
「えっ! コーヒー1杯が?! 一体、そのコーヒーに何が入ってるんですか!?」
驚いた表情で徹也のコーヒーを覗き込もうとする葉月に、また2人が笑い出した。
「フフフ。このコーヒーは『パナマ・ゲイシャ』と言って、とっても希少な豆なんだ。フルーティーな味わいでね、兄さんの好物だから原産国の最高級の農園から取り寄せて、このレストランで扱うようにしたんだよ」
「そうなんですか……ごめんなさい。何も知らなくてただのコーヒーなんて言っちゃって……」
そう申し訳なさそうに言って頭を下げる葉月の肩に、徹也はポンと手を置く。
「いいんだよ。君のその知らないってことにも魅力を感じるし、知った時の君の表情も、それを知った上で新たに何かをひらめく発想も、とってもいいと思ってるから」
葉月はホッとした表情で微笑んだ。
徹也は改めてカップを目線まで持ち上げる。
「じゃあ! この商談の成功と、『forms Fireworks』及び『LBフロンティア』の今後発展を願って、乾杯!」
3人は笑顔でそれぞれの飲み物を流し込む。
徹也は手元の皿に視線を落とすと、大袈裟に息をついた。
「あーあ! " 食べろ食べろ " って嫁がうるさいからさぁ……このマーマレードのスコーンを、いただくとするか!」
「よ、嫁って!?」
葉月が顔を赤らめる。
「だって、和也が俺たちのことを夫婦漫才って言うから……」
「もう! からかうのはやめてくださいよ!」
徹也は愉快そうな表情で首を横に振った。
「はは! それについては、ちょっと確約はできないなぁ……だって、君をからかうのはとても楽しくてさ」
「ええっ!」
「うん。僕もなんだかわかる気がする」
正面で頷く和也の姿に、葉月は肩を落とす。
「ええっ……和也さんまで。そんなこと言わないでくださいよ……」
「あはは……」
食事の済んだ皿が下げられ、代わりに徹也が用意したタブレットを皆で覗き込む。
葉月がイベントの企画内容を改めてなぞりながら、大まかな工程や工期を一通り説明し、徹也と和也がそれぞれ電子書類にサインをし、正式な契約成立となった。
「またお会いしましょう、白石葉月さん」
「はい」
「じゃあ兄さん、またね!」
「おう!」
商談を終えた2人は、和也と分かれて黄昏時の空を仰ぎながら旧美術館を横目にマセラティに乗りこむ。
「商談、お疲れ様」
車を走らせながらそう言った徹也を仰ぎ見る。
「商談だなんて。仕事とは思えないほど、素敵なアフタヌーンティーでした。ありがとうございました」
「いや、なんか……身内のノリで悪かったかな?」
「とんでもない! 楽しかったです。和也さんとホント仲がいいんですね? 鴻上さんもそうだし、和也さんも本当にお兄さんが大好きなんだなって、よくわかりました」
徹也は照れたように笑う。
「アイツさ、ああやって話してると柔和なんだけど、本当に仕事の出来るヤツでさ。時々どっちが兄貴かわからなくなる時がある。いつも周りを包み込むような感じで。俺より年下のクセに、俺より落ち着いてて、寛大で懐が広いタイプだからな」
「確かに、いつもお兄さんのことを気にかけてるのも、よくわかりますよね」
「まぁ、俺はいつも飛び回っては何かと心配かけてる兄貴だからな。『LBフロンティア』をアイツに任せて正解だったよ」
そう言う徹也の表情の中に、ほんの少し複雑な感情が見えたように思えて、葉月はその顔を見つめた。
「あ、ほら、あそこ!」
親友の家を横目に桜川を南下したところで、徹也の指さす方向に目をやると、以前2人で話しをした川沿いのベンチが目に入る。
「あそこで奇妙な現象があったよなぁ? フフフ」
そう笑われて、葉月はバツが悪そうにしながら口を尖らせた。
「それを言わないでくださいよ! いくら滑稽だったからって、こっちは真剣に怖がってるのに、それをからかうなんて!」
「まあ、虫嫌いって言う君の大きな特徴を1つ知ることができたから、いい機会ではあったかなと思うけど。にしても……ふふふ」
「もう! 本当に虫が苦手なんですって!」
「そう言うけどさ、虫の方こそ君のことをを怖がってるんじゃないか? 俺だって、そうとう驚いたぞ! 変な声出すわ、妙なポーズで迫ってくるわで、こっちもパニックだよ! 面白すぎてだけど……あはははは!」
「ひっどーい!!」
葉月は頬を膨らませたまま、プイッとそっぽを向く。
「ごめんって!」
徹也は笑いながら助手席に手を伸ばし、葉月の手首を掴むと、ほんの少し引き寄せた。
一瞬驚いた顔をした葉月は、ぎこちなく前を向く。
「もう……虫の話は……」
徹也は優しい笑みを送る。
「じゃあ話を変えよう。なぁ葉月ちゃん、少しだけ時間をもらってもいい?」
「え?」
「お母さんが晩ご飯を作って待ってるんだろうから、ちゃんとそれまでには自宅に返すからさ、もう少しだけ、話に付き合ってもらってもかまわないかな?」
「はい……」
徹也は国道まで出て、ハンドルを左に切った。
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