第190話『Taken away』強制連行
隆二のバスケットボールチーム『BLACK WALLS』の面々は、更衣室から出たタイミングで、同じく出て来た葉月と鉢合わせした。
葉月の顔を見るなり “タコパ” と言い放った琉佳に向かって、首をかしげながら不思議な表情をしてみせる葉月に、皆が笑い出す。
「じゃあ、これからみんなで飯に行くとするか!」
そう言った晃に向かって徹也は肩手を上げ、申し訳なさそうに言った。
「ああ……悪いが、俺はパスだ。これから仕事なんでね。ついでにもう一つ……」
そう言って徹也は葉月の方を見てから、また晃に視線を向ける。
「2時間後に、このチームのヘッドコーチ兼マスコットガールをさらいに行く。マジで悪りぃんだけどな」
晃はきょとんとして首を傾げた。
「は!? さらいに行くってなんだよ!」
急に話を振られた葉月も驚いた表情で訊ねる。
「えっ……今日、何かあリましたっけ?!」
「あ、いや……急で申し訳ないが、白石くんに付き合ってもらいたい仕事が出来た。詳細はまた2時間後に伝えるから、しっかり飯食ってきて。俺は先に行くところがあるから……悪いな」
「え?! ああ、はい……」
半信半疑の葉月とチームメイトを置き去りに、徹也は美波と琉佳を連れて足早に体育館を後にした。
「ったく! なにが "白石くん! " だ! 徹也のヤツ、カッコつけやがって!」
晃はしうぼやきながら皆をせき立てて、いつものファミレスへ向かった。
サッと葉月のとなりに裕貴がやってきて肩をすくめる。
「なんかさ、『forms Fireworks』の人たちってホント仕事が好きなんだな? 美波さんもルカさんも、ある程度の邪念はあるにせよ、今日みたいな休みの日に時間外労働するわけだからさ? なんか他人事とは思えないんだよなぁ……同じく " ブラック上司 " に仕える身としてはさ、身につまされるような……わっ! 痛てっ!!」
後ろから大きな手がその頭にヒットした。
「ほーら! こんな感じだからさ!」
裕貴は顔をしかめて葉月に訴える。
「うっせぇ! 誰がブラック上司だ!」
「この曲面で言葉での説明はいらないんじゃないですか?!」
「あ? なんだと?! 無駄に口の立つヤツめ!」
「フフフ」
葉月は2人のやり取りを愉快そうに笑って見ている。
「で? 葉月ちゃんはヤツに、ドM部下として連れ去られるってわけか?」
裕貴が眉を上げる。
「わぁ……リュウジさんもなかなか言いますね! 今日はよっぽどフラストレーションが溜まってるんじゃないですか?!」
「はぁ?! なんで俺が?! むしろ葉月ちゃんが俺のミッションを達成してくれて実に気分がいいんだが?」
「気分がいいようには見えないですねぇ。じゃあそっちじゃなくて、葉月が連れ去られることにイラついてるんでしょ?」
隆二は面倒くさそうに空を仰ぐ。
「お前さ、さっきから何を突っかかってきてんだ?!」
そう言って隆二は裕貴の頭をもう一度はたいて、その手を葉月の肩に置いた。
「今日は君のおかげで実に有益な練習になったよ。ファミレスだから大したお礼にはならないかもしれないけど、好きなだけスイーツも食べていいからね」
葉月はにっこり笑う。
「私も楽しかったです。ちょっと高校時代を思い出して、胸が熱くなっちゃいました。あの時はすごく大変だったんですけど、今になると1つ1つの練習の意味がよくわかるんですよねぇ」
頭をさすりながら裕貴が感心したように息をついた。
「ホント、葉月は高校生の時も今も優等生だよね。ムチャ振りされても良いふうに捉えられるんだもんなぁ」
「ならお前も見習えっつーの!」
皮肉な言い方をする裕貴にまた一撃を食らわせた隆二は、葉月をエスコートしながら皆といつもの店に入っていった。
きっかり2時間後にファミレスに現れた徹也の、そのいでたちを見てメンバーは驚いた。
一目で仕立てが良いと分かるスーツ姿の徹也が、つかつかと奥までやってくる。
「わ! ホントにさらいに来やがった」
その言葉に、徹也は晃におどけた表情を向け、仰々しく葉月に手を差し伸べた。
「では行こうか、白石くん」
隆二にチラッと視線を向けた徹也は、そのまま彼女の手を引いてファミレスを後にした。
ピカピカに磨かれたマセラティの助手席に乗せられ、運転席に回ってきた徹也に、葉月は緊張気味に尋ねる。
「あの……仕事っていうのは……?」
「ああ、今から商談に同行してもらいたいんだ」
「えっ! 商談ですか?! 私、何の準備もしてないですし、それにこんな格好じゃ……」
慌てる葉月をなだめるように、徹也はにこやかに前を向いて車を走らせた。
「大丈夫。とりあえず一旦会社に寄って着替えてもらうけどね」
「えっ? 着替えるんですか?」
「そんなに心配しないで、任せてくれたらいいから」
『forms Fireworks』に到着すると、美波が慌ただしく葉月を出迎える。
「白石さん、急な話でごめんなさいね! 今から上で着替えてもらうんだけど……そうねぇ、そのネックレスは……外してもらえる? ブレスレットの方は、そのままで。いいわよね? 徹也」
「ああ」
「じゃあ白石さん、上がりましょう」
急かされてエレベーターに乗って6階へ上がる。
「私こんな格好で……事前にお伺いしていれば、もう少しマシな服装で来たんですが……」
美波は髪を揺らしながら首を振る。
「いいのいいの! 今日はもともとバスケ練習日なのに……本当にごめんなさいね。急なスケジュールで。にしても……今日も水嶋先輩は素敵だったわぁ! あの頃とちっとも変わってなくて……」
美波の幸せそうな表情に微笑む。
「リュウジさんって、高校の時からあんなにワイルドなプレイスタイルなんですか?」
「そうなの! バスケは上手いし、技術だけじゃなくてセンスもあって、それでいてあんなにカッコいいんだもん! 本当に女子の注目の的だったのよ!」
「そうなんですか。やっぱりリュウジさんは昔からあんなに華があったんですね」
「ええ! それでいて、女子にチャラチャラするどころか硬派でね。そこがまたすごくカッコよくて……あら! ごめんなさい! 色々思い出して興奮しちゃったわ! あはは」
幸せそうに微笑む美波に案内された6階の控え室には数着のスーツが並べられていた。
「白石さんに似合うものをと思って、いちお私がチョイスしてみたんだけど……どうかしら?」
「うわぁ、どれもとっても素敵! でも……こんな大人っぽいデザイン、私に似合いますか?」
葉月の言葉に、美波はため息をつく。
「なに言ってるの? 白石さんはスタイルもいいし可愛いんだから、これぐらい余裕で着こなせるわよ! どれも似合うと思うけど……そうね 今日は徹也のスーツの色目に合わせて行きましょう! じゃあ靴はコレで」
そう言って美波は手に取った一着のスーツを葉月に手渡して、いったん外へ出た。
用意された靴のサイズもぴったりで驚く。
頃合いを見て戻ってきた美波が、今度は葉月にメイクを施した。
「うん! 我ながら上出来! 白石さんって身長もあるし、ホント何着ても似合うわね。前にも言ったけど、モデルの仕事もして欲しいと思ってるの」
「私がですか?!」
美波が腕を組んで頬を膨らませた。
「もう! 白石さんは自分のこと全然わかってないんだから! バスケもあんなに上手だし、あらゆるスキルも持ってていくらでも素敵になれるのに、あなたって欲がないって言うか……もったいないわよ! まあいいわ、追々教えてあげる。今日は肩肘張らないでリラックスしていってね」
「あの……何の商談かくらいは伺っても……?」
「あれ? 言ってなかっけ? まあ大丈夫でしょう。身内みたいなもんだから、気軽にアフタヌーンティーでも楽しんできて」
「身内?!」
葉月は美波に促されて1階のエントランスに戻る。
待っていた徹也が眉を上げた。
「おお……よく似合ってる」
「でしょ! さすが私のチョイス!」
美波が我が物顔で言った。
「ポテンシャルがイイっつってんの!」
「ハイハイそうですか! ほらね白石さん、徹也も可愛いって!」
「おい!」
「フフフ」
照れくさそうに俯く葉月に、美波は軽やかに手を振った。
「いってらっしゃい! 楽しい時間を」
第190話『Taken away』強制連行 - 終 -




