第189話『New coach』新鋭の指導者
隆二のバスケットクラブチーム『BLACK WALLS』の4時間練習が始まった。
葉月は、麗神学園女子バスケットボール部の伝統的なアップメニューをメンバーに披露する。
実戦に駆り出され、休む暇も与えられずフルメニューをこなした晃は、肩で息をしながらコートにへたり込んだ。
「ハァハァ……葉月ちゃん、こんなことを高校生の時からやってたなんて……信じらんねぇ……」
隆二が苦笑いしながら近付いてきた。
「葉月ちゃん、俺の言い付けを守ってアキラを懲らしめてくれたのはありがたいんだけど……ホントすっげぇよな……バケモノ感がハンパない……」
「え? バケモノ……?」
「その葉月ちゃんのスタミナ源、ドラマーとしても教えてほしいくらいだよ」
葉月はしばらく言葉を探すように空を見つめた。
「まぁ……そうですね、私、まだ身体が若いので……」
隆二は眉をひそめる。
「あのさぁ! じっくり考えてたどり着いた答えがそれかよ?! 何気に、ここに来てるほとんどのメンバーに対してイヤミでしかないんだけど!?」
「あ……すみません」
「また謝る!!」
葉月はまだへたっている晃を見下ろしながら、肩をすくめた。
「えっと……とにかく、腰を下げて相手の足元を重点的に固めてみました。ダブルクラッチが得意な選手に対しては、緩急つけてアンクルブレイクを仕掛けるような……私みたいな小柄なプレイヤーはそんな練習ばかりしてましたからね」
「なんだよ、ちゃんと理屈でバスケしてたんじゃん」
「はい、すみません。でも、バケモノとか言われたので……」
「あはは……ごめんごめん、誉め言葉のつもりではあるけど、つい本音が……」
隆二は苦笑いしながら、また晃に目をやる。
「しごかれてんなぁ。ったく……アキラ、最初の勢いはどうした!?」
そう言いながら、改めて葉月に向き合った。
「ウチにはプレイヤーしかいないからさ、葉月ちゃん、今後はメンバーに指導もしてやってよ」
葉月が首を振る。
「いいえ! 私なんかが指導だなんて!」
隆二も慌てて首を振った。
「あ、言葉を間違えた。指導しなくていいからさ、思ったことを口に出して言ってくれるだけでいいから!」
「そんなのでいいんですか?」
「ああ、自由に言いたい放題言ってくれ。ただし! 若いのではナシだ! いい?!」
「はい。了解です」
自分なりのプレイを説明するだけというコンセプトで、葉月のスリーポイントシュートと、中に切り込んでいく足の使い方のレクチャーが始まる。
また実戦に使われた晃がコートに倒れ込んだ。
「なぁアキラ、今日の練習は充実してるが……あと2時間もあるよな? お前2時間、持つの? ちなみに、次回の練習も4時間取るのか?」
隆二に脅された晃は、床に手をついたままブンブンと首を横に振る。
「あ……いや、2時間で……」
「フフン、そうか?! 遠慮するなよ? また4時間取ってもいいんだぜ?」
「い、いや、2時間でいいかなぁ……」
隆二は豪快に笑い出す。
「ミッションコンプリートだ! 葉月ちゃん、かなり優秀な工作員だな?」
そう言って肩に手を置かれた葉月は首をかしげる。
「あの……アップが終わったのでここからはゲームにしませんか?」
「へっ?!」
葉月の涼しい表情に、隆二はぎょっとする。
裕貴がため息交じりに言った。
「リュウジさん、今の言葉……ひょっとして、葉月に火を着けたんじゃ……?」
その囁きに、隆二は更にぎょっとした。
そこからは1on1、3×3、5対5と、ケースを想定したゲームが始まった。
裕貴は葉月によるしつこいデイフェンスに苦闘しながら放ったシュートがカットされ、悔しそうにその場に倒れ込む。
同じ様に座り込んでいた晃が、仲間だと言わんばかりに裕貴の肩を組んだ。
外に転がったボールを取りに行こうとコートの端に目をやると、そこに来た人物がそのボールをひょいと持ち上げる。
「え? 鴻上さん!?」
葉月の後ろで晃が立ち上がる。
「おおっ! 月城マネージャーもいるじゃん? そのとなりの色男は『Blue Stone』で見たことあるぞ?」
「わぁ、ルカさんまで!?」
葉月が3人に駆け寄る。
「遅れて悪いな」
晃はニタニタしながら近付いてきた。
「いや、なんかヒーローっぽい登場だな。でも徹也、今回は体力のないお前には過酷だぞ! 見てみろよ、ウチの連中……葉月ちゃんのレクチャーで、この有り様だ!」
徹也はコートを見回したあと、葉月に視線を戻す。
「は?! みんなやられたのか?! 君に?」
葉月は徹也の言葉に目をむく。
「別にやっつけた訳じゃないですから! ただ、私の母校の基礎練習を皆さんと一緒にしていただけで……」
「へ、へぇ……」
苦笑いする徹也のもとに隆二がやってくる。
「徹也、どういう風の吹きまわしだ? 忙しいお前がこんなところに顔出すなんて。まさか、葉月ちゃんにカモられたいとか?」
徹也は肩をすくめながら首を横に振る。
「とんでもない! 体力もねぇし、彼女と張る自信もねぇからコイツらをつれてきた。ルカも母校の後輩バスケ部だからな」
晃が色めき立つ。
「お! そのたっぱがまた1人増えるのか!? マネージャーもいて、即戦力の葉月ちゃんも居りゃあ、もう我が『BLACK WALLS』は優勝するしかねぇな! 早速ユニフォームつくって登録しなきゃな?」
徹也が眉をあげる。
「え? 大会に出たりしてんのか?」
「当然! そこら辺の社会人サークルと一緒にすんなよ? そこそこいいところまでは行くんだぜ。まぁ、コイツのライブツアーとかと被らなければ、って話だが」
「へぇ……それで熱心に練習してるってわけか。でもリュウジ、お前、身バレしないのか? 顔さすんじゃね?」
「まぁ……ここ最近はな。それにツアーに被れば、今後抜けるのは俺だけじゃない」
晃はふてくされた表情で、隆二と葉月と裕貴に加え、目の前の3人を順に指差す。
「そうなんだよ。葉月ちゃんも、ユウキも、それに徹也、お前らもそっちに行っちまうんだよな?」
「いや、俺は従業員のレクリエーションに付き合ってるだけで、別に正式に入る訳じゃないから」
徹也に続いて裕貴も口を挟む。
「ボクだって、少しお付き合いしただけで……ドラム以外に師匠から学ぶ事なんてないので!」
「なんだユウキ! その言いぐさは!」
隆二のとなりで、晃も気迫を見せる。
「は?! なに言ってんだ、お前ら! 逃さねぇよ!」
そのやり取りに、美波と琉佳は顔を見合わせて笑った。
いくぶん回復した晃が手を叩いて皆を促す。
「さぁさぁ! 遅刻組はアップなしだ! コートに入ってさっさと始める!」
徹也の乱入で暫しのインターバルを得たメンバーたちはまた活気を取り戻し、葉月による率直な感想を述べるだけという名目の、強豪『麗神学園』流スパルタ指導のもと、有意義な練習時間を送った。
葉月は、倒れ込むようにベンチに腰かけて水をあおる徹也のもとへ足を向ける。
「鴻上さん、大丈夫ですか?」
徹也はばつが悪そうな顔をしながら体勢を整えて座り直す。
「あ……言い訳に聞こえるかもしれないが、ちょっと睡眠不足でさ」
葉月はひとつ息をつく。
「別に言い訳だなんて思わないですよ。私たちをあの山の上のレストランにつれていってくれた日も、ホントは京都にとんぼ返りだったんですよね? あとから美波さんに聞きました」
「チッ! あのお喋りめ!」
「私が復帰してからも毎日ズーム会議にも参加してくださってましたけど、ホントはすごく過密スケジュールだったんでしょ? 今日も無理してきてくれたのでは?」
そう覗き込む葉月から、徹也はスッと視線をはずす。
「いや……京都の仕事が片付いたから、一旦こっちを基盤に仕事を回していこうと思ってさ」
「え? それ、ホントですか?」
「疑り深いなぁ」
「だって、鴻上さんって、そういう無理をさらっとカッコよくやっちゃうタイプじゃないですか? だから……心配で」
その言葉に少し気をよくした徹也はフッと眉をあげると、葉月の頭の上に手を伸ばした。
「君が大人の心配なんかしなくていいんだ、従業員を守るのは俺の役目だから。君の健やかな日常も、しっかり把握しておきたいからね」
「鴻上さん……やっぱり。だからわざわざ来てくれたんですね」
「いや、美波が水嶋先輩を見たいって言うからさ」
優しく微笑む徹也の背後から、ニョキッとひとつの顔が現れた。
「わ! なんだ?!」
「あれあれぇ?! なになに……いい雰囲気じゃん?」
琉佳が満面の笑みで絡んでくる。
「な……その顔やめろ! 茶化すんじゃねぇよ!」
徹也が大きく振りかぶった腕をかわした琉佳は、徹也を一瞥してベンチに腰を下ろし、頭の後ろで手を組んだ。
「あーあ! ウチのBOSSはヘタレだけど、ユウキのBOSSはキレがいいよなぁ?! 見てよあの華麗なシュート!」
徹也は肩を落とす。
「お前なぁ、誰がヘタレだって?! 俺のブランクでここまでついてこれたら上出来だろうが! お前もド素人じゃねぇならわかると思うけど?」
「だって徹也さん、さっき白石さんにカモられてたじゃん? ダッセェ!」
「ああっ!? だったらお前、彼女に勝てんのかよ?」
琉佳は余裕の表情で微笑む。
「それはさすがに負けないよ! だってこの身長差なんだよ?」
「ほぅ! だったら対決してみろよ」
そう言って徹也は葉月に向き直り、その両肩に手をおいて視線に力を込めた。
「白石くん、忖度なく、暴れてきてくれるか?」
葉月は笑いをこらえながら頷いた。
「はい社長! 任務を遂行します」
「よし! 行ってこい!」
そう言って2人の従業員をコートに送り出した。
「おっ!? 何が始まるんだ?」
みんなが円になって見守る中、5点先取制の1on1で、琉佳は葉月にストレート敗けを飾る。
悔しそうに座り込む琉佳に晃が得意気に言い放った。
「ははは、ウチのマスコットガール、いや、エースをナメてもらっちゃ困るなぁ! お前もしっかり精進しろよ!? そしたらオレみたいに葉月ちゃんともそこそこ張れるスキルが身に付くってもんだ」
そう言いながら晃は、不意をついて葉月の手からボールを奪い、仕掛けてきた。
とっさに駆け出した葉月による足元を固めたディフェンスに、シュートをこぼした晃が悔しそうな声を上げた瞬間、葉月は逆サイドから華麗なレイアップシュートを決める。
「ちょっとぉ! 葉月ちゃん! ここは空気読んでさぁ、オレに勝たせてくれる場面のハズじゃん?!」
晃がふてってコートに座り込むと皆がどっと笑った。
「え……ああ、そっか! ごめんなさい」
隆二がタオルを持ってやってくる。
「いや、サイコーに面白いショーだったよ! お疲れさん」
そう言ってクスクスと笑いながら葉月をベンチに促し、皆に向かって声をあげた。
「さぁ、ハードだった4時間練習は終わりだ! みんな身体をいたわれよ! 次回は2時間だそうだ。そうだよなぁ? ア・キ・ラ?」
晃は深々と頷くいて見せた。
「で? アキラ! これからも彼女をマスコットガールとして扱うのか?」
キャプテンの問いに、晃は首を横に振る。
「いえ、プレイヤー兼ヘッドコーチでよろしくお願いいたします」
「えっ! なに言ってるんてすか!」
驚いた顔で同じ様に首を横に振る葉月に、皆が笑いながら拍手を送った。
ごった返す男子更衣室で、シャワーから出てきた隆二は徹也のとなりに座る。
「ってか徹也、なんで今日練習だって知ってたんだ?」
裕貴が割り込んできた。
「ボクですよ。もとマネージャーさんから、練習の日時を教えてほしいって言われてるんで」
「は? 月城美波?」
「ええ。" 葉月から直接聞いたらいいんじゃないですか " って言ったんですけど、"自分は上司だから圧力に感じてほしくない " って。" 仕事が混んでる時にバスケ練がいつあるのかなんて聞いたら、行くなって意味に誤解するかもしれないから " って。美波さん、いい上司ですよね? だから、アキラさんから聞いて、そのスケジュールをリークしてます。まぁご本人曰く、半分はそんな理由で、あと半分は " 可能なかぎり水嶋先輩を見ていたい " そうなんですが……」
徹也が呆れたように言う。
「やっぱりな! ったく、いい話しかと思ったら、めちゃめちゃよこしまじゃねぇか!」
「まぁ、いいんじゃないですか? なんせ今、ウチの師匠はモテ期真っ只中なので!」
隆二が裕貴を締め上げる。
「は! てめぇ、なに勝手なこと言ってんだ!」
「だってさっきも、葉月を迎えにいったら、智代の目がハートになってたじゃないですか」
徹也が首をかしげる。
「トモヨ? 誰?」
「おい! だから人の母親を呼び捨てにするなっつーの!」
「はぁ?! トモヨって葉月ちゃんのお母さんのことかよ!?」
徹也が更に呆れた声をあげる。
「ええ。もう、目がハートどころか、握手した手を離せくなってて、かわいかったですよ。ボクたちに、" タコパしにきて!" って言ってましたし」
そのワードを聞きつけた琉佳が、急に立ち上がった。
「えっ! タコパ!! オレさ、前に白石さんと約束したんだ! タコパひらいてくれるって!」
琉佳の勢いに徹也は不可解な表情を向ける。
「は? なんでお前が?」
「葬儀の打ち上げの時にオレが一番最初に確約つけたんだからね! 絶対参加するぞっ! 白石家のタコパに!」
口を尖らせる琉佳に、徹也がため息をつく。
「なに熱くなってんだ……ったく、どいつもこいつもイカれてやがる……」
第189話『New coach』新鋭の指導者 - 終 -




