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第187話『What's this feeling』この気持ちに名前をつけるなら

カウンターにいた葉月は、親友によってまた奥のボックス席に連行された。

その際の、礼儀正しく直立しながら勢いよく頭を下げた葉月の姿に、隆二は1人笑い出す。


「フッ……なんだ?! まるで監督(かんとく)に挨拶してるみたいだったぞ?」


そう(つぶや)きながら微笑んで、隆二はカウンターに残された空のグラスを下げる。

遠くで笑い声が(かす)かに聞こえる静かな空間で、指先にうっすらと熱が残っていることに驚く。

まだしっかりと(つか)むには至らなかったその細い手首に光る華奢なチェーンが、バースディパーティーの夜を思い出させた。


出逢ってからこれまで幾度も同じ時間をすごし、あらゆる状況を経て、自分の中での彼女の存在が大きくなっていることは確かだった。

その気持ちにどう呼び名を着けていいのか、そこを突き詰めていってもいいのかと、会うたびに頭を悩ませてきた。

しかし、周りが大きく動き出しているこの時期に、自分の立場を差し置いて、混乱を代償に事を明確にするべきか迷う。



しばらく(アキラ)たちと挨拶を交わしていた葉月が、由夏とかれんと共に戻ってきた。


隆二は平静を装いながら、止まっていた手を動かす。

「はは、またアキラに捕まってたのか?」


「そうなんですよ! リュウジさん、あの人(アキラ)の葉月()、ちょっとヤバかったですよ。まるで飼い猫を見るような目で……」


由夏の苦言に笑う隆二に、裕貴が車のキーをぶら下げながら言った。


「じゃあボク、彼女たちを送ってきますんで。もし店を閉めるようでしたら先に帰ってて下さい。風呂入って寝ててもらってもいいんで」


由夏が、裕貴と隆二を交互に見つめながらニタニタ笑う。

「わぁ……なになに? 同棲カップルみたいな会話! 美しきB()L()の日常っていうのも、刺激的よねぇ?」


「コラ由夏! 行くわよ!」

かれんが苦笑いしながら頭を下げて、由夏をエントランスに引きずっていった。


隆二と葉月は目を会わせて笑う。


「彼女もゴキゲンだな。俺れも今日は楽しかったよ」


「私もです」


「うん。じゃあ……また。おやすみ」


「ええ、また……おやすみなさい」


2人が微笑み合うのを静かに見届けた裕貴が葉月に声をかける。

「葉月、行こう」


「うん……」



階段を上って店の外に出ると、秋を感じさせる涼しい風が髪を撫でていく。

少し前を歩いている2人の親友の後ろ姿を見つめながら、葉月はずっと微笑んでいた。


「どう? 自由気過ごせる気分は?」

肩を並べた裕貴が尋ねた。


「うん。控えめに言って、最高!」


「そっか、よかった」

そう言って葉月の肩に触れた。


「あそこにいたみんなが同じ気持ちだよ。あんなに笑ったの、いつぶりだろうって思った。アキラさんだって、過去イチのぶっ壊れようでさ。ほら見てよ、あの酒の強い由夏だって、今夜はあんなに上機嫌でさ。葉月もすっかり心が晴れただろ?」


「うん! とっても幸せだわ」


「そっか、良かった」

裕貴は小さく息をつく。


師匠(隆二)とは? そんなにゆっくりは話せてなさそうだったけど……」


「あ……今度のバスケ練習に、迎えに来てくれるって」


「それだけ?」


「え? ああ、まぁ……私がどうしてたかって話をしてたし、鴻上(こうがみ)さんの話も……」


裕貴は眉をあげる。

「は? 鴻上さんの話? ああ、3人が食事に連れていってもらった時のこととか?」


「うん、そんな感じ」


裕貴は今度は深くため息をつきながら(うなづ)いた。

「そっか。わかった」



前方で由夏がくるっと振り返り、(きびす)を返して2人の元へズカズカと戻ってくる。


「ちょっと! なにしっぽりと話してんの!? 葉月は()()()()()の事を考えてたらいいの! ほら、ユウキは私と!」

由夏がガバッと裕貴の腕をとった。


かれんが慌ててフォローする。

「ユウキごめんね! 由夏、今夜は日本酒を立て続けにいったもんだから、さすがに……」


「うん、わかってる。ほら由夏、前を向いて。駐車場までもう少しだから」

裕貴はそう言って由夏を(うなが)した。


かれんはクスッと笑いながら葉月の肩を抱いた。

「由夏も嬉しかったのね」


「うん」

葉月は心がじんわりするのを感じる。


「リュウジさんは? なんて」


「ああ、次の日曜のバスケの……」


「そんなことじゃなくて」

かれんは言葉を遮り、葉月の顔を覗き込んだ。


「ああ……特には……」


「そっか……()()()()()()()()()だけなんだ?」


「ええっ!」


かれんは吹き出す。

「ふふっ、チョロ過ぎるよ葉月! それって自白したのと同じでしょ?!」


かれんはしばらく笑っていた。

「まぁ、葉月はこれから悩むことになるんでしょうけど……」


「え?」


「ううん。これからは自由も仕事も満喫してね。辛い思いをした分、取り戻さなきゃ。そうでしょ?」


「うん。あのねかれん、私、そろそろ自宅に戻るわ。もとの生活に戻って、ちゃんとした毎日をすごそうと思ったの。それに、『BLACK(バスケ) WALLS(チーム)』のウェアも自宅にあるし」


「そうね。そろそろあらゆることについて、目を覚まさなきゃいけない局面が来たんだと思うわ。由夏と葉月と四六時中一緒に居られるのが楽しかったからちょっと寂しいけど、合宿はいつでも大歓迎だからね!」


「かれん。ありがとう」


「あら! そんなに浮かれてていいの? 葉月は『forms(鴻上徹也) Fireworks(の会社)』の方も始まるし、仕事においては益々忙しくなるのよ? 覚悟しておいてね!」


「わ、()()()()()に圧をかけられた!」


「ふふっ。私もね、鴻上さんっていういいお手本とお近づきになれたから、意識を高めて学ばせてもらわなきゃって思ったのよ」


「え?! かれんが()S()()()になるの? BOSSって呼ばなきゃ!」


かれんが吹き出す。

「あら、女性専務も美人でいい感じのS上司って言ってたけど? あの会社はS()ばかり?」


「そんなことないわよ。あえて言うなら、活力がある会社かな」


「なるほどね。そりゃそうか! あの『エタボ』相手に一大プロジェクトを進めてるんだもん、改めてすごい人よね、鴻上さんって。そんなドSなBOSSに、心を持ってかれてるとか?」


「え?」


「あ、ああ……なんでもないわ。あ、見て! あの2人、あんなに先に行っちゃって……ほら、追い付かないと!」

かれんは誤魔化すように葉月を促す。


「ある意味、当分、平穏な日々は訪れないかもね。揺れる思い、か……」

そう1人呟きながら、かれんは葉月の腕をグンと引っ張った。




第187話『What's this feeling』この気持ちに名前をつけるなら - 終 -

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