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第185話『Lifted a curfew』外出禁止令の解除

フェスでルームメイトだった3人からのビデオ通話を終えた直後、また葉月のスマホが鳴る。


「今度こそユウキね?」

そう笑いかけながら、由夏とかれんは席を外した。


画面には予想通りの名前があった。


「ユウキ!」

葉月は明るい声をあげる。


「翼たちから連絡があった?」


「うん! ついさっきまで話してた。ねぇユウキ、彼女たちに私のこと説明してくれてたんだってね。ホント、ありがとう」


裕貴(ユウキ)は画面の向こうでため息をつく。

「なにを今さら! もっと面倒な世話もさせられてるんだから、気にしなくていいよ。どっちみち、手のかかる師匠の世話もあるから、ボクのプライベートも何も……痛って!!」


バシッという音が聞こえる。


「え、リュウジさん、そこにいるの?」


「ああ、ここにいるよ。一緒に会見を見てたからさ」


「そうなんだ……」


「リュウジさんに代わろうか?」


「え……あ……」


「なんかリュウジさんから、特別なお知らせがあるみたいだし?」


「はぁ! お前! なに言ってんだ」


受話器の向こうに2人の空間を感じる。


隆二の声を聞くのは久しぶりのような気がした。


「あ……葉月ちゃん?」


そのバリトンボイスに、少し緊張が走った。


「お久しぶりです……」


「そうだな、あれ以来だから」


裕貴の横やりが入る。

「なに恋人同士みたいな雰囲気出しちゃってるんですか! さっさと本題を言っちゃえばいいでしょう!」


「うるせえなぁお前は!」


裕貴とのやり取りに笑みがこぼれる。


「あはは、楽しそうですね」


「んなことあるわけないだろう! なんで俺がコイツと住まなきゃならないんだ……コイツさ、さっさと家を決めればいいのに、条件だなんだってうるさくてなかなか決まんねぇんだよ。葉月ちゃんは? 親友と快適に暮らしてるらしいじゃない?」


「ええ。外には出てませんでしたけど、ここで仕事もさせてもらってて、なに不自由なくやってます」


「ああ、どうせまたあのドS上司(鴻上徹也)が、葉月ちゃんにいっぱい仕事をさせてたんだろ? 当の本人はこっちにいないくせにさ」


「ええ。鴻上(こうがみ)さん、また出張に行ってるみたいで」


「そっか。さっきの会見、親友たちと見たんだよな?」


「ええ。トーマさんのお言葉、本当に嬉しかったですし、ホッとしました」


「ふーん。またトーマさんに()れ直したってわけか?!」


「え……いえ、そんな……」


「あーあー、気持ちがダダ漏れだぞ! ったく!」

隆二のため息が聞こえる。


「まぁ、この一連の事件が濡れ衣(ぬれぎぬ)で、ウチ(バンド)の問題に君を巻き込んじまった訳だからな……俺からも謝罪するよ。ホントごめんな、葉月ちゃん」


「とんでもない! 沢山の人にお気遣いを頂いて、助けてもらって……ホントに感謝してるんです。もちろん、リュウジさんが……一番ですけど」


「そ、そうか……」

隆二は声を上ずらせる。


「あ……それでさ、外に出るのが嫌じゃなかったら……だけど、『Blue(隆二の) Stone(ジャズバー)』に来ない? もちろん親友たちも一緒に」


葉月はスマホを耳に当てたまま立ち上がった。

「あ! 行きたいです!」


「あ……あはは。よかった……じゃあ」


受話器の向こうで裕貴が大きな声を出す。

「ボクがお迎えに行けばいいんでしょ?! 行きますよ!」


「チッ! うるせぇヤツだな……()そうだ。今夜は、どう?」


「是非! 由夏もかれんも大丈夫だと思うので。楽しみです!」


「そっか。じゃあ……また後で」


「はい! また……後で」



スマートフォンから耳を離すと、親友たちがすかさず寄って来た。

「リュウジさんと喋ってたのよね?」


「え? うん……」


「最初はユウキと喋ってたんだろうけど、後から全然雰囲気が違ったからさ? ふふっ、どうだったのよ?! 久しぶりのあのバリトンボイスは」

由夏が葉月の肩を突っつく。


「ど、どうって……言われても」


「で? リュウジさんはなんて?」


「ああ、今夜『Blue Stone』に来ないかって。由夏もかれんも一緒に」


「え! 行く行く! やった! そうよね、ようやく3人で遊びに出掛けられるんだもん!」


かれんがテラスを見上げた。


「また()()()()しなきゃね? ああ、でももう葉月は変装しなくていいのか……()()()()()()コスチューム、私の力作だったから結構気に入ってたんだけどなぁ」


「ふふっ、私たちだけじゃなくて鴻上さんもだいぶん気に入ってたみたいだけどねぇ?」


葉月は恥ずかしそうに首をすくめた。


「ま、今夜は()()()()()()で行くとしましょう! とは言っても、可愛くドレスアップはしていくわよ?」


「久しぶりだわ! 楽しみ」

親友たちの笑顔に、葉月も心をなごませた。



裕貴に指定された時間にエントランスに降りると、ロータリーに光沢を帯びたスポーツカーが勢いよく走り込んできて、3人の前にキッと停まった。


「え……なに? この車……」


隆二の愛車であるアストンマーティンの運転席から、裕貴が颯爽(さっそう)と降りてくる。


「久しぶり。ようやく外出禁止令が解けたなぁ」

そう言って裕貴は葉月の肩に手を置いた。


となりからそっと由夏がささやく。

「ユウキ……なんか、お金持ちの御曹司に見えるんだけど?」


その言葉に、裕貴は首をかしげた。

「は? どういうこと?」


「なんか……()()()()()()()()()()()()()()みたいな?」


「心外だな! リュウジさんの世話もして、葉月の世話もして、疲労困憊(ひろうこんぱい)なのにさ。成金(なりきん)御曹司扱いはひどくない?!」


かれんが微笑みかける。

「やだ! カッコイイっていってるのよ! ねぇ由夏?」


「そうよ! こういう車も似合ってるって!」


「はいはい! さ、乗った乗った! 葉月は助手席にね。どうせ乗り()れてるんだろうから!」


裕貴はイヤミっぽくいいながら運転席に回った。


「へぇ……葉月はこれに乗せてもらったことあるんだ? リュウジさんに……」


「あ……うん」


裕貴は投げ捨てるように言う。

「そうそう、2人でこれに乗ってバスケに行くんだから、もうドライブデートだよな?」


後ろから親友に突っつかれながら、葉月は肩をすくめた。


ハンドルを切りながら、裕貴がミラー越しに問いかける。

「それはそうと、3人での生活はどうだった?」


「そりゃ楽しいに決まってるじゃない! 合宿って言うより()()()()()()って感じ? 毎日が(にぎ)やかで」


「そっか。で? 葉月はホントに一歩も外に出てないの?」


「あ……いいえ」


由夏が後ろから小顔を出す。

「それがさぁ! 鴻上さんが私たち3人を食事につれていってくれたの!」


「え? そうなの? いつ?」


「もう4日くらい前かな? しかもそのレストランがね、『LBフロンティア(鴻上家の企業)』が所有するビルで、まだ工事中の箇所もあるんだけど、完成したら私たちにイベントプロデュースさせてくれるんだって!」


「へぇ、一緒に仕事するんだ?」


「ええ。葉月が()()()になってくれて、『東雲(しののめ)コーポレーション』と『Forms(鴻上徹也) Fireworks(の会社)』がタッグを組むことになりそうなの!」


「すごいじゃん」


「まぁ、鴻上さんとしては? 葉月のことは()()()じゃなくて()()()として献上(けんじょう)してほしい、ナンテ言ってたけどね?」


「なにそれ?! 求婚?」


「き、求婚?!」

葉月が目を見開く。


「ん……どうかしら? 意外と真意ついてるのかも?」


「ち、ちょっとかれん! そんなわけないでしょ!」


「どうだかね?」

由夏も微笑んだ。


裕貴はまたため息をつく。

「さぁさぁお嬢さんたち、到着したよ。先に入ってて」



久しぶりのその店構えを、葉月は感慨(かんがい)深げに見つめる。

親友に(うなが)されるようにそっとドアに手をかけ、中の赤い階段に足を下ろした。


両壁に掛かるモノクロのアーティスト写真が、まるで微笑みかけるように招き入れてくれる。

一番下までたどり着いて重厚な中扉に手をかけると、耳に飛び込んできたのはいつものような上質のジャズではなく、ワァっと言う人の声だった。


「えっ!?」


開口一番、(アキラ)が叫ぶ。

「おかえりィ、我が『Black(バスケ) Walls(チーム)』の(うるわ)しきマスコットガール!」


またワッと歓声が上がり、見回すと『BLACK Walls』のメンバーに囲まれていた。

皆が口々に歓迎の言葉を投げ掛け、しばらくは親友もろとももみくちゃにされながら、陽気な雰囲気のなか、話が弾む。

まるで体育館練習の後のファミレスの時のように、囲まれたメンバーに甘やかされた葉月は、皆の優しさに胸を熱くした。


車を停めて戻ってきた裕貴が、一緒に盛り上がっている親友たちに目配せをする。

由夏とかれんが裕貴のもとにやってきた。


「異常な盛り上がりだけど……ウチの師匠は?」


由夏とかれんがカウンターに視線を向ける。


「え?! まだ葉月と話してないの?!」


「うん、なんせ、あの、(かさ)|高い連中が盛り上がっちゃってるもんだから……」


「なるほどね……」

裕貴はカウンターにいる隆二にそっと目をやった。


「ったく、情けない……」


かれんがにっこり微笑む。

援護射撃(えんごしゃげき)といきますか?!」


3人は大きく(うなづ)いて、その大きな団体を奥のボックス席に誘導し、どさくさに紛れて葉月をカウンターへと押し出した。


「ほら葉月! 招待してくれた張本人に挨拶しに行かないと! 恩人なんでしょ?」


「うん……」


葉月は一人、皆と反対方向に歩き出した。


「あ……リュウジさん……」


隆二は眉をあげながら優しい表情で迎えた。

「ようやく解放されたか。アキラのヤツ、今夜はだいぶ調子に乗ってやがる」


そう言って葉月に向かって微笑む。

「久しぶりだな。座って」


葉月は仰々しく頭を下げた。

「その節は……お世話になりました」


隆二は肩をすくめながら白けた表情を向ける。

「なんだよ、そのよそよそしい挨拶は!」


「だって……リュウジさんは恩人ですから」


「そんなことより、ようやく疑いが晴れたんだからさ。喜んだ顔を見せてよ」


隆二はピカピカのオレンジをナイフで回しながら切ると、ザッとジューサーにかける。


「あ! それは……」


「ふふっ。葉月ちゃんの()()()()、だろ?」


葉月は微笑みながら、いつもの席についた。


隆二がジューサーのふたを開けると、オレンジの爽やかな香りが辺りに一面に広がって、ふわっと心がなごんでくるのを感じる。

リキュールを加え、シェイカーを振る隆二の姿に見惚(みほ)れている視線を(さと)られまいと、葉月は少し(うつむ)いた。


「はい。どうぞ」


差し出されたグラスを受けとろうと手を伸ばすと、隆二の指が葉月の手に触れる。


「大丈夫?」


その(つや)やかな声に顔をあげると、隆二の表情の中には、思いのこもった心配の色が見えた。



第185話『Lifted a curfew』外出禁止令の解除 - 終 -

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