第184話『Heading for a solution』解決に向けて
徹也に食事に連れ出してもらってから4日間、葉月が外の空気を吸うのは、かれんのマンションのテラスに出て日光浴する程度だった。
あとは、与えられた部屋やリビングで1人パソコンを介して『forms Fireworks』の仕事をこなす日々。
隆二と裕貴にはあれから会っていない。
徹也はまた出張で日本を飛び回っているが、仕事の進捗報告という名目で毎日のように連絡をくれていた。
休日の朝、3人がゆったりと朝食をとっていると、葉月のスマートフォンが鳴った。
画面に『大浜裕貴』と表示されている。
「ユウキ、おはよう。久しぶり」
「おはよ、元気?」
「うん」
裕貴と話すのは、ずいぶん久しぶりのような気がした。
「葉月、キラさんのインスタ 見た?」
「え? まだ……」
すぐとなりにいた由夏とかれんが覗き込む。
「どうしたの?」
「ユウキがキラさんのインスタを見てみてって」
かれんが持ってきたタブレットでキラのインスタを開く。
ポップな文字のみの画面で " 日曜の朝に重大発表 " とだけ書かれていた。
「これは?」
「1時間後にトーマさんがテレビで会見するって、さっき連絡が来てさ」
「ええっ! そうなの?」
「うん。どこまで詳しく話すのかはボクたちも聞かされてないんだけどね。そこはトーマさんに任せてるから。ねぇ、由夏とかれんもいる?」
「ええ、いるわ」
葉月はスマートフォンをテーブルに置いてスピーカーにする。
「そうか、じゃあ一緒に見て」
「うん」
由夏がスマホに向かって言った。
「ユウキ、会見で葉月の情報はどこまで公開するのかとか、聞いてる?」
「詳しくはわからないけど、もちろん実名は伏せて、あくまでも " プロデュース会社のスタッフ " っていうところに留めると思う」
「そっか」
今度はかれんが話す。
「ユウキ、今どこ? リュウジさんも一緒?」
「ああ、リュウジさんのマンションにいるけど、今リュウジさんは上のジムに行った。だから電話したんだ」
「そう。ユウキって、そこに住んでるの?」
「うん。引っ越し前でさ、そろそろ家が決まりそう」
「そうなんだ、だからか。忙しかったんだね?」
「まぁ……そうだけど、なんで?」
「だって、しばらくユウキから連絡ないなって思ってたから」
「ああ、ごめん……」
かれんはスマホに向かって大きなアクションをとる。
「別に責めてるわけじゃなくて! それまで葉月とは結構頻繁に会ってたから、そう思っただけ」
「ああ、なるほど。一応色々警戒しながら、リュウジさんの代わりにボクが店に出たりしてたからね」
「そっか。『Eternal Boy's Life』とは話し合いとかしてたの?」
「うん。" 彼女の状況を教えてくれ " って、トーマさんからリュウジさんに連絡があってさ」
「ええっ!!」
「まぁ、被害状況の確認もあるだろうけど、トーマさん、純粋に葉月の心の問題を心配してたよ。巻き込んで申し訳ないって言ってた」
「そんな……」
頭の中に、真っ暗なスタジオで聞いたトーマの優しい声や、楽屋で隆二をする熱い表情が浮かぶ。
「なぁ葉月」
裕貴にそう呼ばれて慌てて返事をする。
「あ、うん……」
「とにかく、何も心配しなくていいと思う。トーマさんはあらゆる手回しをしながら、最善を尽くして今日に至ったんだ。ボクもリュウジさんも、信じてる」
裕貴の言葉に、3人は頷いた。
「だから葉月、緊張するかもしれないけど絶対大丈夫だから。それよりもさ、この発表が終わって、晴れて自由になれることを楽しみにしてなよ」
「うん。そうよね? ありがとう」
「また会見が終わったら連絡するよ」
「分かった」
「じゃあね」
3人はスッと肩を下ろしながら時計を見上げる。
「とはいえ、そわそわしちゃうわね」
「確かに。でも葉月、ユウキの言うとおり、もうこれからは何も怖がらなくていいんだから、ショッピングでもランチでも自由よ!」
「それに、鴻上さんが持ち掛けてくれた仕事も含め、私たちには色々な展望が待ち構えているし、起業に向けての沢山の課題があるわ。一気に忙しくなっちゃうわよ!」
「そうよね!」
3人は表情を輝かせながらその時を待つことにした。
「ねぇ、この部屋でこうしてソファーに座りながらワイドショーを見るなんて、初めてじゃない?」
「たしかに……あ!」
長机が置かれた会場が映し出され、3人は息を飲んだ。
多くの報道陣の頭が並び、その前には席が3つ設けられいる。
「え? ひょっとして『Eternal Boy's Life』の3人があそこに並ぶとか?」
「まさか……会社の人とかじゃない?」
ほどなくして脇のドアが開き、沢山のフラッシュがたかれた。
開いたドアからはダークスーツに身を包んだ長身の男性が1人先頭を切り、そしてその後ろからもスーツ姿の2人の男性が続く。
「うゎ……トーマのスーツスタイル! もうかっこよすぎてヤバくない?!」
由夏が興奮ぎみに言ってから口を塞ぐ。
「あ、ゴメン! さすがに葉月はそんな気分じゃないか」
肩をすくめる由夏が顔を上げると、葉月の目が爛々としていた。
「ううん……めちゃめちゃ素敵!」
「ふふふ、だよね!?」
かれんが笑いだした。
「なによ! こんなときですらトーマフリーク炸裂しちゃうんだから!」
葉月が恥ずかしそうに笑うのを見て、由夏とかれんはホッとしながら画面に目を向けた。
柊馬の両サイドを固めているのは事務所の社長と顧問弁護士だった。
内容は、ロックバンド『Eternal Boy's Life』の画像が無許可に流出し、その情報操作によるメンバーへの不利益に対する名誉毀損と損害賠償請求の手続きをしたことの報告会見だった。
流出させた人物に対して告訴する方向性を示しながらも、その加害者が事務所の社員であったという内容と、今回の騒動で巻き込まれたサポートメンバー及び一般人の被害者に謝罪する内容でもあった。
記者からの質疑応答では、SNSの裏アカウントの件に質問が集中したが、画像が背景処理されていたことを説明した上で、加工された写真であることと、被写体は切り取られただけで、実際に周りには他のメンバーやスタッフなどもいたと証言した。
被害者となった一般女性は、『Eternal Boy's Life』の関係者であり、信頼できる人間であることと、今後もそのスタッフとアーティストを含めたチームとして、大切なメンバーを全力で守っていくと宣言した。
最後にトーマは、今回の騒動が身内の中で行われた事件であったことについて、世間とファンに対して謝罪し、頭を下げた。
会見が終わっても葉月はそこから動き出せずにいた。
「わぁ……トーマ、立派だったわね。私でも惚れそう! またファンが増えちゃったんじゃない?」
茶化すかれんに、葉月はのっそりと顔をあげる。
「ほら! 葉月! しゃんとしなさい! もう自由の身なのよ! そして正式に『Eternal Boy's Life』のスタッフにもなったわけよね?」
「あ……そっか……これでもう……ホントに私……?」
かれんがその肩に手を置いた。
「うん! もう何も怖くないのよ。よかったね、葉月!」
由夏も手を重ねる。
「大手を振って歩きましょう! なんせ『Eternal Boy's Life』の関係者なんだから。" 全力で守る " ナンテ言われちゃってさ! トーマのあんなカッコイイとこ見せらたんだもん、会ったら失神しちゃうかもよ?!」
「ちょっと! それを言わないでよ! 冗談になってないんだから……」
途端に葉月のスマートフォンが鳴り始める。
「あ! ユウキかも」
そう思って画面を見ると、ビデオ電話の通知の下に意外な名前があった。
「え?」
「LINEグループから連絡?」
「うん、フェスのルームメイトのグループLINE」
タップしてみると、梨沙子と翼と奈々の顔が並んだ。
「葉月! 会見見たよ! 大変だったみたいだけど、無事に解決したんだね!」
「翼……」
「もっと早く連絡したかったんだけどさ、ユウキに待ったをかけられてたんだよね」
「え? 奈々、それどういうこと?」
梨沙子が画面に近付く。
「ユウキがな、今回の件について、ウチらに色々説明してくれててん。葉月は混乱してるから、ウチらが問い合わせて色々説明を求めてもしんどなるやろうからゆうて、しばらく連絡するのは待ってほしいって言われてな。ほんで、会見が終わったら電話してええ言うから電話してん。ユウキ、ええ男やろ?」
「……そうだったの?!」
「うん。実はさ、野音のスタッフから私たちにも、色々問い合わせが来てたのよ。葉月のことをよく思ってる子たちも多かったし、本当にそんなことがあったのって、みんな不安がってたから、私たちの方で全力で葉月の潔白を伝えたんだ。だから、ファンクラブの方も大丈夫だと思う」
「そんなことまでしてくれてたの!」
「そんなことぐらいするよ! 本当はすぐにでも飛んで行きたかったくらい。だって葉月、あんなに怖い目に遭ってさ……本当に大変だったね」
「心配してくれて……ありがとう」
「ううん。ホントに私たちも ホッとしたわ。葉月、親友の家にいるんだってね? よかった。そばにはいてあげられなかったけど、私たちだって葉月のこと大切に思ってるよ! 落ち着いたらさ、どっかで集まって、またフェスの時みたいに夜な夜な話そう!」
「うん!」
「困ったことがあんねやったら、いつでも電話してきいや! 遠慮なんかいらんねんから!」
「うん……ありがとう」
名残惜しく通話を切った葉月に、かれんと由夏が微笑む。
「よかったね。いい友達!」
「ホント。彼女たちとならフェスの4日間も楽しかったんだろうなって想像できるわね」
「うん」
葉月は胸を押さえながら、笑顔で返した。
第184話『Heading for a solution』解決に向けて - 終 -




