表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
183/223

第183話『Change of mind』移ろいゆく心

桜川近くの公園で、葉月に睨まれながらも一通り笑った徹也は、彼女のとなりのブランコにヒョイと飛び乗った。


「うわぁ、この感覚! 懐かしいなあ! っていうか、立ったら上のポールに頭がつきそうだな。こんな感じだったっけ?」


ブランコを揺らし始める。


「いいですね。()()()()()()なんですよね?」


「その通り! それに君はそんな短いスカートなんだから、ブランコをを揺らすわけにはいかないよな?」


「ええ。同じことをユウキに言われました」


「ん? ユウキが?」


「私の家の近くにも公園があって、ユウキが『Blue Stone』から送ってくれた時に公園に寄ったことがあるんですけど、私がブランコを揺らそうとしたら、鴻上さんが言ったみたいにダメだって言われたんです。それでいてとなりでブンブン()ぐんですよ! 羨ましくて。()()()()()()だからって。それはそうですよね? 私を送るためにお酒飲まずに我慢してくれてたんですから」


「そうか、ユウキが君を送ってるのか……」


「あの事件の翌日ね、リュウジさんのマンションからかれんのマンションに連れてきてもらう時に、ユウキとこの公園に立ち寄ったんです」


「え? なんで? すぐそこに彼女の家があるのに?」


「実は私、だいぶ頭が混乱していて。鴻上さんはご存知ですけど、アレックスさんのセクシャリティの話は親友にもできないので、私はどう説明したらいいかが分からなくて。彼女たちはあの調子で色々聞いてくるので、話しちゃいけないことを言っちゃうんじゃないかって、心配だったんです。そしたらユウキが この公園で話をすり合わせてから行こうって」


「なるほど。ユウキらしいな」


「それでこのブランコに座って、本当に何年ぶりかに漕いでみたんです。すごく気持ちよかったんですけど……」

葉月の顔がまた曇る。


「どうした?」


「その時ね、あのSNS事件の翌日ですからユウキが色々考えてくれて、外に出るから人目を(はば)むためにリュウジさんにトレーナーを借りてフードとキャップを目深にかぶってマスクもして、そんな変装をして出てきたんですけど、ブランコを漕いでたら風に(あお)られてフードが外れたんです。そしたら急に怖くなっちゃって、思わず顔を手で(おお)うように(くさり)から手を離しちゃって……」


「えっ! それは危ないな。ケガはなかったの?」


「ユウキが受け止めてくれて……」


「あ……そう……」


「本当に、人の視線があんなに怖いもんだって、知らなかったです。今、親友たちと笑って話したりできてることも本当にありがたく思ってるし、こうして鴻上さんと外を歩いたりもできてることも嬉しく思うんですけど……やっぱりどこか恐怖心が残ってて」


「葉月ちゃん」


徹也はブランコから降りて、葉月の前に回り込む。


「トーマ君から、今回の事件について、いよいよ(おおやけ)に発表するって、連絡が来たんだ」


「ホントですか!」


「ああ。だから君が真っ昼間から大腕を振って外を歩ける日は、もう目前だよ。もう少しの辛抱だ」


「よかった……」

葉月は心底(しんそこ)胸を()で下ろすように、深いため息をついた。


「リュウジともユウキとも、野音フェスに行ってからずいぶん距離が縮まったんだな。『Blue Stone』やバスケも行って……だからリュウジが()()になるのか?」


「リュウジさんもユウキも、とっても親切なので。出逢えてありがたいと思ってます。でも、もうバスケも『Blue Stone』も、当分は行けそうにないです。ご迷惑、かけたくないですし……」


「迷惑だって? なにも後ろめたいことはないんだから、そんな風に考える必要はないよ。身内はみんな葉月ちゃんを理解してるんだからさ。とはいえ、今の状況は、俺ももどかしいよ。早く全てが解決して、自由にしたいよな?」


「そうですね。日常のありがたみを、今しみじみ感じています」


「そうだな。でもさ、これからはそんなこと言ってられないくらい、うんと忙しくなるぞ? うちの会社もそうだし、君たちは起業に向けての準備もあるんだろ? だからさ、のんびりできる間にのんびりするもいいんじゃないか? まぁ、そういうタイプでもないだろうから、逆に1人で考える時間を有用に使うのはどう? 君の頭の中は、誰にも支配されず自由なんだから。その君の発想力が俺は欲しくてたまらないんだけどね。そのためには、どんな環境だって与えるよ。俺のそばで、君の才能を最大限に開花させたいんだ。葉月ちゃん、一緒に頑張って行こう」


「鴻上さん……ありがとうございます」


その目が潤んでいることに気が付いて、徹也は焦り始める。


「あ……あの2人の監視員(由夏&かれん)たちが怒り出すかもしれないからさ、そろそろ戻ろっか?」


「ふふ。そうですね」


立ち上がった葉月が徹也のハンカチを手に取る。

「洗ってお返ししますね」


「ああ、そんなの別にいいって!」


そう言って手を出す徹也を葉月はかわす。

「いいえ! 洗って返させてください。それで、『Blue Stone』に預けておいたらいいですか?」


ニコッと笑う葉月に、徹也は徹夜はため息をつく。


「それ! 仕返しだろ!? なに? 俺が最初に君のハンカチを預けたことがそんなに気に入らなかったわけ?」


「気に入らないってわけじゃないですけど、意味わかんなくて」


徹也は吹き出す。

「それ、同じことだろ? なんだコイツと思いながら『Blue Stone』に来てくれてたんだね、何回も。あーあ、俺のやり方は本当に成功だったのかな? そのせいで葉月ちゃんは、すっかりリュウジやユウキと仲良くなっちまったしなぁ」


「鴻上さんのおかげで、私『エタボ』のフェスに行けたんですよ! 本当に感謝してます」


徹也はしらけた視線を送る。

「そうだよな? 最推(さいお)しのトーマ君にも会えたわけだし? 生であのセクシーな男と話したら、そりゃイチコロだろうよ」


徹也が覗き込むと、葉月はとたんに顔を赤らめる。

「ああ……トーマさんは、それはそれは素敵で……」


(うつむ)きながら、たどたどしく話す葉月をギロリと睨む。


「今確実に()を思い出してるよね? なんかムカつくなぁ……そういえばキラくんも、妙に君と親しげな話ぶりだったけど……どういうこと?!」


「ああ……キラさんには……初日に()()を受けてしまって」


徹也が目をむく。

「はぁ?! どういうこと?! まさかキラくんを教祖として(あが)めてるって事?!」


「え? 全然違います! そういうんじゃなくて、すごく感性の素敵な方なので、お話ししてたら楽しくて。それにすごくハートフルでロマンチックで、でも強くて……」


「ストップ!」


「え?」


「それ以上聞くと、俺が彼らと仲良くできなくなりそうだから、やめとくよ」


「なんでですか? とっても素敵な人たちだから、鴻上さんにも知って欲しくて……」


「分かった分かった!」


そう言って立ち上がった葉月に、徹也は一歩近づく。

そしてその耳元で囁いた。


「あ、君の後ろに大きな虫が」


「キャーッ」

大きな声が公園中に響き渡り、葉月がものすごい力で徹也に抱きついた。


「ヤダ! どこにいるんですか!? どこ!?」


そう言うと、背中に回した腕をものすごい力で締め付けながら、胸に顔をうずめた。

唖然としながらも徹也はそっとその背中に手を回す。


「葉月ちゃん。リュウジじゃないけどさ、確かにこれは心配になる領域だよなぁ。だって現に俺も今、妙な気持ちに(おちい)ってる……」


そう言って葉月の肩をを少し自分の胸から引き離し、彼女の頬に手を滑らせてその(あご)をつかんだ。

グッと上を向かせると、(おび)えた瞳の葉月に微笑みかける。


「もう虫はいなくなったよ」


葉月の肩から、ふっと力が抜けた。


「でもさ、虫よりも()()()()()の方が危ないんじゃない?」


徹也は彼女の髪をかき上げる。


「だって今の俺たちの距離は0cmだよ? もう何が始まってもおかしくないんじゃない?」


「え……」


「このまま数センチ、顔を下げるだけで、俺たちの関係性が変わるかもしれないのに?」


目を見開いたままの葉月を、じっと見つめる。

心の真ん中に沸き立つ気持ちの周りに、あらゆる雑念が現れる。



   この距離で、彼女のこんな顔を、アイツ(隆二)も見てたのか……



ふとそんな思いが頭をよぎって、徹也は強く引き寄せていた腕を緩め、葉月の体を解放した。


「な? こんなシチュエーションになったら危ないだろ? リュウジパパもそれを言ってたんじゃないかな?」


「あの……」


「ごめんごめん、そういや俺は()()だから、セクハラとか言われちゃうのか! 悲しい関係性だよな」


捲し立てるように言う徹也に、葉月は申し訳なさそうに話す。


「そんな……セクハラだなんて。虫がいて、抱きついちゃったのは私の方で……本当にごめんなさい! ご迷惑をおかけして……」


徹也は両腕で葉月幅両肩を持って目線を合わせた。

「あのね葉月ちゃん、1つ教えといてあげよう。このシーンに、謝られるべき要素はないんだ」


「え?」


「男として、こんな()()()()()()()()()()()()()はないわけだから、一概(いちがい)に迷惑とはいえないと言うか……」


「あ……はぁ……?」


半信半疑な葉月に、また顔が緩んでくる。


「いや、俺こそすまん! 変なこと言ってるな? シラフなのに……ただ、君は()()()()()なんだろうけど、俺はこれからも()()()()()になりそうだ」


「え? 鴻上さんは虫が好きなんですか? ああ! もしかして、小さい時から虫取りが趣味だったりとか?」


「いや……だからさ、そういうことを言ってるんじゃないんだけど……」


「フェスに行った日にね、ユウキ、初対面なのに私にタマムシを見せようとして、持ったまま追いかけてくるんですよ! もう恐怖しかなくて……ひどいと思いません?! 私からしたら、虫好きの人は要注意なんですけど!」


徹也は大爆笑した。

「あははは! ホント、君と話してたらロマンチックな話も全てコメディになるんだね。ある意味、手強いよ。分かった! 虫好きの俺が虫嫌いの君をこれからも守るよ。だから君は安心して俺に抱きついていいから」


「ああ……なんかヘンな話ですけど?」


「もともと充分ヘンだろ! いいよ、俺たちはそんな()()()()()()でいよう。くれぐれも()S()()B()O()S()S()と呼ばないでくれ! 分かったな」


葉月がカラカラと笑って徹也はホッとした。


()()()()疎通(そつう)が難しい局面(きょくめん)が、たまにあるよな……」


「え? なにが宇宙人なんですか?」


「いやいや! 何でもない。それより、君のお()()()()に怒られないうちに、帰ろうか?」


「はい」


徹也は車に乗せてその短い距離を走る。

力一杯抱き締められた感覚が妙に体に残って、気の利いた言葉ひとつ出せないままマンションのエントランスに到着した。


シートベルトを外そうとする徹也の手を、葉月はそっと止める。


「あ、どうぞ、このままで……」


「え?」


「ありがとうございます。もう、何に対してお礼を言ってるのかわからないですけど、でも、私、しっかり仕事をして、鴻上さんの役に立ちたいんです。だから頑張りますね! ドSBOSSでも構わないので、私をどんどん(きた)えて下さい! よろしくお願いします!」


葉月はペコッと頭を下げると、サッと車から降りてドアを閉めた。


「おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


エントランスのドアが閉まる寸前の彼女と微笑み合う。

徹也はひとつ息をついてハンドルを握った。


エントランスから方向転換すると、建物の向こう側から急に人影が見えてブレーキを踏んだ。


「おっ! ん……あれ?」


停まったまま辺りを見回すも、そこには誰もいなかった。


「なんだ? 気のせいか?」


徹也は車を走らせた。

道路に流れるライトに照らされながら、さっきからずっと心に引っ掛かっているトゲのような気持ちを追いかける。

サッと抜き去り、その痛みの原因を取り除くことも、今ならまだ可能かも知れないと思う。


でも、思い浮かべるあらゆるシーンの質感は、これまで感じたことがない感覚で、もし彼女を失えばこの感覚もすべて失くなってしまうかもしれないというような恐怖心が湧き上がってくる。


「一体どうしたいんだ? ()()()の俺は……」



第183話『Change of mind』移ろいゆく心 - 終 -


いつも読みに来てくださる皆さま、本当にありがとうございます!

このところ毎日アップしている『真夏の夜の打ち上げ花火』ですが、

8月からは少しペースがゆったりとなります。

とはいえ、この長編小説はまだまだ続き、これから多くの山場を迎えますので

今後とも、引き続きよろしくお願い致します★   彩川カオルコ♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ