第18話『Introducing members』メンバー紹介
「じゃあ今から、『Eternal Boy's Life』メンバー講座を開講します!」
運転しながら裕貴が気取って言った。
「ま、 メンバーを理解しておけば、打ち解けるのも早いかもよ?」
葉月は両手だ顔を覆って俯く。
「あれ? どうしたの?」
「いや! 『エタボ』のメンバーと打ち解ける、とか無理無理! 想像するだけで息が出来なくなりそうで……」
「ええ? うそ! そっち系か……そりゃ益々マズいなぁ。マジで失神したりしないでよ」
「いや、ありうる………今でももうドキドキしちゃって……」
裕貴が大きくため息をついた。
「葉月、そこんとこめちゃめちゃ女子じゃん……ただ、そんなんだったら最後まで持たないよ。仕事もハードだし、自分の回りを忙しく行き交うメンバーに毎回ときめいてたりしたら、心臓麻痺になるぞ」
「どうしよう……」
「そうだな、講座内容を変更して、危険認知対策講座にする? ちなみに誰のファン? やっぱキラさん?」
「もちろんキラも素敵だけど、私はベースのトーマが……」
「あ……なかなかコアなファンだなぁ。柊馬さんね。それもそれでまた厄介な……」
「え? なんで?」
「あ、いやいや。葉月はきっと彼らの曲も好きなんだろうね。歌詞はキラさんだけど、曲つくってるのはほとんど柊馬さんだし」
「そう! トーマの曲作りのセンスとかベースラインも大好きで、ついつい大音量で聞きたくなっちゃうの!」
「まぁそれなら、あながちアイドル的に見てるだけって訳でもなさそうだけど……それでも心の準備は要るだろうな」
葉月は姿勢を整えた。
「ユウキ先生、お願いします」
「OK。じゃあまず、ボーカルのキラさんね」
「要注意人物なんてイメージ、私にはないけど?」
「あ、もちろん女子限定の話だよ。本人はいたってフラットな人だし、実は気さくだし。ボクも大好きだよ、メンバーの中でも一番話しやすいしさ。すごく好感度高い人なんだけど……」
「じゃあ、何が問題なの?」
「なんせ魅力的過ぎて、女子はすぐ落ちちゃう」
「え? そういう事? そりゃ確かに、キラってミステリアスなイメージだし、めちゃめちゃカッコいいけど……」
「そうだな。まあ、ビジュアルがあんな感じだから、意図的にそういう売り方はしてるんだろうけどね。『エタボ』の総合プロデューサーは柊馬さんだから、演出面でも指示してるはずだよ。でもさ、曲聞いたらわかると思うけど、キラさんの書く歌詞は素直だし情景描写も綺麗だから、本質はどっちかって言うとピュアな人なんだ。それを隠すように、ああいうちょっと艶かしい感じにプロモーションしてるんだと思うんだよね」
「そう……全然イメージ違うね。そんなギャップも新鮮かも!」
「だろうね。そこが危険ポイントさ。気持ちごとさらわれちゃうってこと! スタッフの女の子が何人も骨抜きになってるのを見てきたボクとしては、葉月はかなり危険対象だよ」
「そうかな? あ、そういえばリュウジさんって、キラのことを名字で呼ぶよね?」
「はは、笑っちゃうだろう? キラさんとリュウジさんって、ホント仲いいんだよ。たまたま同郷で、音楽の趣味も似てるんだよね。ボーカルとドラムだからかな、しがらみもないっていうか。ただの音楽好き同士が酒飲んで絡んでるって感じ。とか言いつつ、飲んでる時は音楽の話を熱く語ったりとか全然しないんだよ。お互いにケンカ吹っ掛けるみたいなツッコミ合いでさ、見ててホント面白いよ。この2人はホントに悪友って感じなんだ」
「それなのに危険人物?! 全然ピンと来ないわ。まあ、私じゃターゲットにならないしね。大丈夫よ!」
「なに言ってんの! 葉月みたいなタイプが一番ヤバイから忠告してるのに!」
「え?」
「そうだな……いっそのことリュウジさんのオンナってことにしといた方が良いかもな。メンヘラになったらどーするよ?」
「メンヘラって??」
「知らないなら、いい」
「そんなこと言わないで、教えてよ。何よメンヘラって?」
「しっ! 声が大きいよ。知らなくていいこともあるの!」
「もう! ユウキ先生、授業が荒いわね!」
「じゃあ次はギターの颯斗さんね。颯斗さんは普段はシャイな感じすごい出してるんだけどさ……」
「確かに、ハヤトって、ライブ中は寡黙なギタリストっていうイメージはあるね」
「それが普段はすごく明るい人で、面白いことが好きでさ。よく笑うし、どちらかっていうとツッコミなんだよね。ただ、知ってると思うけど、キラさんにいつも悪戯されてて、インスタに晒されてる……」
「ああ、見たことある!」
「ははは。颯斗さんは面白い人だけど、生で見るとめちゃめちゃ美形だから、多分びっくりすると思うよ。それはいいんだけど、ただここだけの話、酒に酔うと女癖が悪いというか……」
「え? そんな風には絶対に見えない!」
「だろ? だけどね葉月、マジ気をつけた方がいいよ。ファンにも絶対に漏らしちゃダメなんだけど、酔ったらマジで見境ないんだ。で更に、何も覚えてないって……タチ悪いでしょ? ただね、飲まなきゃ全然大丈夫な人なんだよね、ホントに。だから打ち上げの時は絶対に寄って行かないで! いいね!」
「……わかった」
「じゃあ次は! 柊馬さん」
葉月の顔がすっとほころぶ。
「柊馬さんは、もう男から見ても惚れちまうぐらいカッコいいな。男気があるし、背も高くて存在感もある。まあバンドマスターだからね。それから、やり手のビジネスパーソンでもあるんだ。楽曲だけじゃなくてPVでもそうだけど、ビジュアル的な演出とかコンセプトも柊馬さんのイメージで作ってるんだって。カナリな切れ者なんだよねぇ……あれ? 葉月、なんか……静かじゃない?」
「い、、いえ、別に……」
「うわ! もしかして柊馬さんを想像してポッとしてんの!? マジか! そうだろ?」
「そんな……想像だなんて……」
「うわ、わかりやすっ!……ってか、そんなに態度に出ちゃうくらい好きなの?」
「あ……武道館に行ったときね、私、ステージの左側でトーマの真ん前だったの。もう……どんなにカッコよかったか! もうそのプレイに釘付けだし、ステージングも凄かったし……ホント、思い出すだけでも……」
「わ! 葉月興奮しすぎだって! そんなんで本人に会っちゃったらどうするんだよ?」
「えーっ? どうしたらいいと思う? もうなんか胸が震えちゃう!」
「困ったなあ……そんなに恋に落ちられても」
「あ? 誰が恋に落ちたって?」
後ろからまたぬっと手が伸びてきて、裕貴に襲いかかる。
「わっ! リ、リュウジさん、イメトレ中でしょ?! 終わったんですか? だから! 運転中なんですって! 危ないじゃないですか!」
「何か “恋” ってフレーズが聞こえたから、面白い話してるのかなって思ってさ。で? 誰が恋に落ちたって?」
「今、葉月にメンバーについての個別レクチャーをしてただけですよ」
「へぇ、それで? 誰の紹介してたんだ? あ! 待った! 当ててやろう」
隆二は後部座席からグッと身体を前にして低い声で言った。
「なぁ葉月ちゃん、柊馬さんだろ?」
葉月はまるでかくれんぼで見つかった子供のようなリアクションで、ハッと息を吸った。
「はあっ? なんだよそれ! そんなにガチかよ?! ユウキ、葉月ちゃんの事、しっかり見張っといて。マジで失神しかねないぞ」
「いやぁ……ホントですね」
葉月は振り向いて反論する。
「そんなぁ! 2人して厄介者を見るような目で見ないでくださいよ! ちゃんと仕事して頑張りますから……」
隆二は首を横に振る。
「いや、心配だな」
裕貴は頷く。
「同感ですね」
「もう!!」
笑いながら隆二がまたヘッドフォンを装着して、後ろのシートに沈んでいった。
「なんかリュウジさん、やっぱり楽しそうだ。葉月が居るだけで全然違うよ」
「それって単に、からかう相手が出来たってだけじゃないの?」
「そう? それだけかな?」
「なによ?」
「まあ、この4日間で何かが解るかもな」
「なに、そのイミシンな発言は?」
「まあ、いいじゃん!」
「じゃあ最後に、ピアノの緑川アレックスさんね」
「あ、そうか。メンバーじゃないけどリュウジさんみたいに演奏してるプレイヤーね」
「うん。サポメンって言うんだ」
「サポメン?」
「うん。サポートメンバーってこと。いわゆる正式加入はしてないわけ。でももう、ほぼレギュラーだね。『エタボ』のライブの時はリュウジさんとアレックスさんっていうパターンが多い。年齢は教えてくれないからわかんないけど、それより……これは言っていいのか分かんないんだけど」
「え? なに?」
「あ……でも知っといた方がいいよな。実はさ……アレックスさんはゲイなんだよね」
「え? ゲイ?」
「そう。あ、バイかも? かつて彼女が居たような話も聞いたことあったけど……女装でもなんでもないんだけど、男が好きみたいなんだ」
「え……」
「ハーフだしさ、かなりなイケメンだから、ファンも多いんだけどね。もちろん内緒にしてるけど。柊馬さんの指令だからファンにもバレてない。だけど……んー、これも言っていいのか……」
ユウキはバックミラーで、ちらっと後部座席に目をやる。
そしてヒソヒソ声で言った。
「アレックスさんはさ、リュウジさんのことが好きなんだ」
「え!」
大きな声が出そうで思わず口を押さえた。
「いっつも狙われてるから、すごい酔っぱらった時は、リュウジさん、 “いつか俺、ヤラれんじゃねぇか” ってマジ警戒しててさ! 傑作だろ?! プッ! あははは」
話しながら裕貴はもう我慢出来なくなって大爆笑した。
葉月も、バックミラーの隆二を見てしまったら、裕貴につられて笑いが込み上げてきたので、しばし下を向いて肩を震わせる。
隆二がそれに気づいて、ヘッドフォンを外して体を起こしてきた。
「なになに? なんの話? 面白い話なら聞かせろよ」
「い、いえ! 大したことじゃないです」
「あ? なんだ? その態度……あやしいなぁ。ユウキ、お前……葉月ちゃんになんか変な話ししてない?」
「ぜ、全然そんなことないですよ! 『エタボ』のメンバー紹介してただけです!」
「じゃあなんで二人でそんなに笑ってんだ? 余計なこと言ってねえだろうなぁお前!」
また後ろから羽交い締めした。
「危ない危ない、運転中ですって、リュウジさん!」
「なぁ葉月ちゃん、話半分で聞きなよ。コイツ大げさなことすぐ言うからさ」
隆二は再び 後ろにもたれた。
笑いをかみ殺す葉月の隣で、裕貴がグロッキーな顔をして見せる。
「あははは」
こんな楽しい空間に身を置いているのが、本当に嬉しかった。
「ま、葉月は柊馬さんファンだから、なるほど正統派だな」
「正統派? そんなのある?」
「あるよ。どっちかって言うとキラさんと颯斗さんとアレックスさんはさ、ビジュアル系バンドみたいな見た目じゃん? で、柊馬さんとリュウジさんが正統派って感じだろ?」
「リュウジさんもファンがいたりする?」
「当たり前だよ! 本番のメンバー紹介の時にわかるとおもうよ」
裕貴がまたちらっと後ろを確認してから、トーンを落として話し出した。
「大きな声では言えないけど、結構コアなファンがたくさんいてさ、前回なんて、打ち上げ終わって部屋に戻ったらさ、女の子が勝手に部屋に入って、ベッドでリュウジさんのこと待ってたんだよ。ボクも荷物もってリュウジさんの部屋に一緒に入ったから目撃してさ。もうびっくりだし、その子を説得して帰らせたりして、もうバタバタで……大変だったんだ」
その刺激的な話に、少しうつむく。
「そ、そんなことが……リュウジさんの事、エタボのメンバーだと思ってるとか?」
「いや、コアなファンだから絶対サポメンだって知ってるんだけど、あえてそこをついてくるんだよな…… “出待ち” とかもいるから、ボクもリュウジさんのファンの制圧に回るんだけどさ、結構傷付くよ。女の子に、 “リュウジを出せ” とか “チビは退いてろ” とか罵声浴びせ掛けられたりさ。なかなか手強いよ、まぁファンもライブ後で興奮してるからね、ホント手がつけられない……」
「そ、そう……ユウキ、ホント大変だね!」
「そうなんだ! 本当に大変なんだよ……あ、そっか! ということは……葉月もリュウジさんといるところを見られると結構ヤバいよ! 野音の時期になるとさ、あの辺はファンの子達も早く来て泊まってたりするから、あんまり目につくことすると、面倒なことに巻き込まれたりするからね。絶対に気をつけて!」
「気を付けるって……何に気を付けたら?」
「そうだな……葉月はボクのアシスタントみたいな感じでさ、ボクのそばに居たらいいんじゃない?」
そう言いながら裕貴がハンドルから外した右手を葉月の左肩にポンと置くと、その手を後ろからのびてきた隆二のスティックがパスッと叩いた。
「痛えっ!!」
「ユウキ! お前、葉月ちゃんに気安く触んなよ!」
「なんでですか! だって、リュウジさんの女じゃないんでしょう!」
「ったくお前は、そういうことすぐ言うだろ? お前の女でもないだろうが」
「そんなの、わかんないじゃないですか?」
「え?」
裕貴の言葉に、葉月が首をかしげる。
「ほら、葉月ちゃんはウブなんだから。お前さ、あんまり変な事言ったりからかったりすんなよ」
葉月は大きく後部座席を振り向いて隆二をにらむ。
「私をからかうのは、主にリュウジさんですけどね!」
「あれ、そうだっけ? ま、俺の専売特許でいいじゃない? なぁユウキ、そろそろインター、着かない?」
「あと20分ぐらいです」
「オッケー! じゃあ、あと20分集中するか!」
第18話『Introducing members』メンバー紹介
ー終ー




