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第177話『struggles of knights』ナイト達の苦悩

早い夕食を終えた徹也(鴻上徹也)と葉月は、車でかれんの家に向かう。

国道から桜川沿いに北上すると、今朝、裕貴と話を擦り合わせるために立ち寄った公園が見えてきた。

日中に座ったブランコも、夜のひっそりとした佇まいの中では表情を変え、溶け込んでいる。

あの時はかぶっていたフードが風で脱げただけで、人の視線が怖くて思わずしゃがみこんで顔を隠した。

あれから半日しかたっていないのに、こんなにも落ち着いた心情でいられるのは、徹也が熱い言葉と共に手を差しのべてくれたからだろうと思う。


「ん? どうした? 公園? 行きたいの?」


「まさか……なんでもないです」


「ふふっ、もう着くよ」


「ええ」


煌々(こうこう)とライトで照らされた『カサブランカ・レジデンス』のエントランスに車を止めると、ロビーに待機していたかれんと由夏が出てきた。


2人は深々と頭を下げて、助手席側のドアに手をかけると、葉月を外に促す。

「おかえり」


「ただいま」

葉月は2人と手のひらを合わせた。


運転席から出てきた徹也に、親友たちはまた深々と挨拶をする。

「お疲れ様です。葉月を送ってくださってありがとうございました」


「いえ、こちらこそ。親友をお借りして、しかも()()()()()()()()()()で送り出してもらって、ありがたかったよ」


「あら? ()()()でしたか?」

かれんが笑う。


「まあ、そんなところかな。『Attractive(アトラクティブ) vision(ヴィジョン)』のバッグまで入れ込むところが、()()()よねぇ?」


「ふふふ。お気に召して良かったです。葉月、良かったわね。楽しいデートだった?」


「デ、デート?!」


「あれ? 俺はデートのつもりだったんだけどな。でなきゃ、()()()ロケーションの中で夕日を見ながら、()()()感極まるようなシチュエーションにはならないんじゃない?」


「ええっ! 葉月! 何があったのよ!」

由夏が色めきたつ。


「ち、ちょっと鴻上さん! 誤解をうむようなこと言わないでくださいよ!」


「ごめんごめん。ははは。どうしても彼女をからかう癖がついててね。いつもこうやって怒られるんだ」


悪びれもせず微笑む徹也にかれんが返す。


「あら、奇遇ですね? 私も一緒です。と言うか、葉月がからかわれやすいタイプなんだと思いますけど?」


「ふふ、そうだね。今日のセンスといい、君たちとは気が合いそうな予感がするよ」


「私も鴻上さんのお仕事が大好きなので、これからも御指南(しなん)いただけるとありがたいです」


「そう? 嬉しいなぁ。さっき葉月ちゃんとも話してたんだけどさ、一度君たちと食事しながら、仕事について話をするのはどうだろうって言っててね」


「わぁ、是非よろしくお願いします。ありがたいです」


「じゃあまた、彼女を介してスケジュールを調整しよう」


「はい、楽しみにしています」


葉月が少し控え目に頭を下げた。

「鴻上さん、今日はありがとうございました。ごちそうさまでした」


「はぁ? なに他人行儀なことを言ってるの? どっちかっていうと、彼女らとくつろいでるところを強引に連れ出したようなもんだからさ。付き合ってもらったのはこっちの方だよ。ありがとうね。それと、()()()()()()()は、しっかり胸に刻んで欲しい。いいね」


「はい」


「じゃあ、入って」


会釈する彼女たちがロビーからエレベーターホールの方に消えて見えなくなるまで、徹也はそこで見送っていた。



これからは彼女に会うにしても、何らかの理由が必要になるというのは、隆二を含めた『Eternal Boy's Life』のメンバーのみならず、自分もそうなのかもしれないと思った。


裕貴から連絡が入る。


「ああ、ちょうど今、送り届けたところだけど? ユウキはここの7階カサブランカレジデンスにいるわけ?」


「いいえ、28階にいます」


「なるほど。葉月ちゃんの次はドSドラマー( 隆二 )の面倒見てるってわけか」


「まぁそういったところですね」


裕貴ががそう言うと、向こうで何かガチャガチャやっている様子が伺えた。


「あ?」


「徹也か?」

隆二の声だった。


「ああ、久しぶりだな。あっち(事務所)お前のバンド(『エタボ』)メンバーとよろしくやってきたよ」


「そうだってな。さっきトーマさんと話したんだ。事は解決しそうだ」


徹也はそう言った隆二の言葉に、一瞬ムッとする。

葉月が今回の事態でいくつの傷を受け、背負い、それを克服するのにこれまでも、これからもどれほどの時間と苦痛を強いられることになるのか……

簡単に()()と言った言葉に、(いきどお)りを感じた。


「でもな」

隆二が切り出す。


「俺はさ、あの憔悴(しょうすい)し切って雨に打たれてた葉月ちゃんを見た時から、何を置いても簡単に解決なんて言えないと思った。家に来ても気丈に振る舞うのが逆に痛々しくて、もう全力で守ってやるしかないって思ったんだ」


「え……」


俺らのバンド(『エタボ』)に関わっただけで、彼女がこんな思いをするなんてさ……正直、俺がずっとサポメンでいた理由自体が、こういった事態に自分が(おちい)るのも、周りが巻き込まれるのも嫌で、逃げてた部分があったんだが……もうさ、メンバーだろうがサポメンだろうが関係なく責任ある立場だって、気付いたんだ。もう建前(たてまえ)でものは言ってらんねぇところまで来てたんだな。だからこうなった以上、全力で葉月ちゃんは守んなきゃいけねぇって、思った」


「リュウジ……」


徹也は、隆二が自分と全く同じように 思っていることに驚いた。


「とにかく今は、彼女が普通の生活ができるまで、俺らでサポートしねぇとな。とはいえ、俺は『エタボ』の人間で、一歩間違えば逆に彼女を窮地に追いやる可能性もある。どうやって葉月ちゃんを守るのが正しいのか、今もコイツ(裕貴)と話してたんだが……とにかく環境を整えることを最優先に考えて、ユウキと彼女の親友たちと、それから雇い主であるお前とで協力し合ってもらって、何とか不安のない日常を送れるようにしてやりたいと思ってる。協力してくれるよな? 徹也」


徹夜は複雑な思いを抱きながらも、その提案に乗る。


「俺もそのつもりだ。今日彼女とじっくり話してきた。俺ができることは何でもするし、ユウキや親友たち、それから美波(みなみ)琉佳(ルカ)とも連携して、ベストな状態にするように努力するよ」


「サンキュー、徹也」


「お前に礼を言われる筋合いはない。彼女はウチの才能の溢れる大切な従業員だからな」


「そうだったな」


「じゃあ、ユウキにはまた連絡すると伝えてくれ」


話を終えようとする徹也に隆二が問いかける。

「お前、また仕事か?」


「まぁな、クライアントの〝日本一の(『Eternal)モンスター( Boy's )バンド( Life』)〟が、何かとPVにおいても注文を出してくるからさ、不眠不休で働かなきゃ間に合わねぇんだよなぁ」


「ははっ、そっか。そりゃご苦労さんなこった。よろしく頼むよ。じゃあな」


今度は徹也が聞く。

「あ、なぁリュウジ」


「ん? なんだ?」


「いや、葉月ちゃんは……あの子の心は、潰れたりしないよな?」


「なんでまたそんなことを聞くんだ? お前、今日会った時に彼女から何か感じ取ったことがあるのか?」


「いや、今は前向きに考えてるはずだが……何かまだ無理をしているような気がして……」


隆二は視線を下げながらスマホを握り直す。

「そうか……何か気付いた事があったら報告してくれ。俺もそうする」


「ああ、わかった」




隆二は暗くなった画面を見つめた。


「リュウジさん……?」

裕貴が覗き込むように隆二の様子をうかがう。


「どうかしましたか? 鴻上さんはなんて?」


「ああ……」


隆二はスマートフォンを裕貴に手渡すと、サッと立ち上がって冷蔵庫に向かう。


「お前も飲むか?」


「ええ。頂きます」


隆二は缶ビールを2本持ってソファーに戻るとどっかと座り、早速開けたビールをあおった。


「ずいぶん徹也になついたんだな。すっかり仲良しかよ」


「ええ。事務所で話してるうちに気が合っちゃって。あの人って、ヤバイくないですか?」


「は? 何が?」


「才能があるだけじゃなくて、秩序もあって人間性も高い。葉月とはこの前の想命館(葬儀場)のこともしかり、いいパートナーぶりでしたし、あんなイイオトコが職場にいたらねぇ……まぁ、一番に心奪われていたのはアレックスさんみたいでしたけど」


「ははは」

そう微笑んだ隆二がスッと真顔になった。


「なぁユウキ、向こう(『エタボ』の事務所)では、アレックスが徹也にセクシャリティをカミングアウトしたんだよな?」


「ええ」


隆二はまた(うつむ)きながら(たず)ねる。

「徹也は、香澄(マネージャー)が葉月ちゃんにしたことは……知らないのか?」


裕貴は(うなづ)いた。

「知らないと思います。そこはキラさんもトーマさんも気遣(きづか)って伏せることにしていたはずなので。アレックスさんにも、その事については知らせない意向でしたから」


「なるほど。そりゃ賢明な判断だな。アレクが知ったら収拾のつかない事態になるだろうからな」


「ボクに言わせれば……」

ユウキはそういいながらプルトップを開けると、缶を大きく傾けて流し込み、口を拭う。

バンとそれをテーブルに置いた裕貴は顔を上げて隆二に向き直った。


「ボクはリュウジさんに伝える時も、同じことを考えましたよ。収拾のつかない事態というよりは、リュウジさんが葉月にとってマイナスな行動を取るんじゃないかって」


「ああ……」


「実際、そういう空気がながれてたし、改善するまで時間がかかりましたよね? そのせいで葉月だって悩んでいたんです。変な話し、今回の事件でリュウジさんが(じか)に葉月を助ける役回りになったからこそ、あの妙な距離感を埋められたに過ぎないんじゃないですか?」


裕貴の容赦ない問いかけに返す言葉もなかった。


「リュウジさん、こうなった以上、葉月とのことをちゃんと考えて下さい。今日の鴻上さんからは、なにやら決心みたいな強い気持ちを感じました。それがどういう立場のものなのか、ボクにはまだわかりませんが、鴻上さんはもう進み始めているんだと思います。リュウジさんはリュウジさんの立場を決めて、よく考えてほしいんです」


「そうか……わかった。ちゃんと考えるよ」


隆二は立ち上がり、空けた缶をキッチンに置きに行ってから、寝室に入っていった。



第177話『struggles of knights』ナイト達の苦悩 - 終 -

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