第174話『So Secretively』コソコソ話
『カサブランカ・レジデンス』と書かれたホテルのようなエントランスに、黒い高級車が横付けされていた。
2人が近づくと運転席のドアが開いて、そこからスタイリッシュなスーツ姿の鴻上徹也が現れた。
徹也は裕貴に向かって手を上げる。
「おお、ユウキ! え……」
そのとなりに目を向けた徹也が一瞬凍りついた。
裕貴はたまらず吹き出す。
「あはは! ドッキリ大成功! 鴻上さん、ナンテ顔してるんですか? あははは」
葉月が裕貴の横にならんだ。
「だって……これ、ホントに葉月ちゃん……?」
覗き込むように見られて、葉月は恥ずかしそうに頷いた。
「はは。鴻上さんがここまでの反応をしてくれたって報告したら、葉月の親友は大喜びですよ! この変装アイデア、なかなかでしょ? 彼女らのプロデュースなんです」
徹也は葉月をジロジロと眺めながらため息をつく。
「はぁ……凄腕のプロデューサーだなぁ……確か『東雲』のイベントやってる子たちだよな?」
「はい。三崎かれんと相澤由夏って言います。だったら……鴻上さんが葉月と話し終えて、ここに送ってくれる時に挨拶するように言っときますよ。彼女らも鴻上さんと話してみたいって、ずっと言ってましたから」
徹也は微笑みながら息をつく。
「ふふっ、ユウキ! 君こそ敏腕マネージャーだよ。心配すんな、夜遅くまで葉月ちゃんを連れ回したりしないさ。俺はその親友の目を恐れながら、彼女を早目に送り届けるよ。それでいいか?」
「さすが鴻上さん。許可します」
徹也は豪快に笑いだした。
「ははは! 上等だ、ユウキ! じゃあ丁重にお預かりするとしよう! では姫、参りましょうか?」
徹也が葉月の肩に手をかけた瞬間、葉月は一歩下がってバッと身体を90度折り曲げた。
「へっ?!」
「あ! 葉月! また……」
「鴻上さん!! ご心配をおかけして、ほっ、本当にすみませんでした!!」
「え……」
男2人はしばらく閉口する。
そして同時に吹き出した。
「あはは! 口をきいたら、やっぱり葉月ちゃんなんだな!」
「あはは、そうなんですよ! 黙ってりゃ大人のイイ女風なのに……ホント、台無しって言うか……」
「おいおい! 台無しはひどいだろ?」
「なに言ってるんですか、鴻上さんだってそう思ったクセに! 顔に書いてありますよ?」
「え? なんでバレ……おっ! ヤバっ!」
「あははは」
葉月はそっと顔を上げる。
「あ、あの……」
徹也がその腕をサッと取って、助手席側に連れていった。
「なんだよ、謝ったりして! 水くさいことは抜きにして、現実的な今後のことを話そう。君は大切なウチの従業員なんだからさ」
葉月はホッとした表情を見せる。
「はい」
「じゃあユウキ、敏腕プロデューサーによろしく。ここに送り届ける時間はユウキに知らせるから、君から彼女らに伝えてもらえるかな?」
「ええ、承知しました」
助手席に乗り組んだ葉月に視線を向けてから、裕貴は徹也の車を見送った。
「ふう……ミッションコンプリート、か?」
裕貴は大きく息をついて、かれんの部屋へと戻っていった。
「おかえり!」
「ただいま……」
リビングに到着すると、裕貴はソファーに腰を下ろしてグーンと伸びをした。
「はぁっ……」
「なぁに? なんだか大役を終えたーって感じだけど?」
かれんがコーヒーカップを手渡しながら笑う。
「ああ、サンキュー。いや……今日は早朝からミッションが多いなと思っただけだよ」
「たしかに」
眉を上げながら由夏がとなりに座る。
「なんか、さっきよりくつろいで見えるけど。ホッとしたって感じ?」
「ああ、なんかここって居心地よくて。初めて来たはずなのに、妙に落ち着くなぁってさ」
かれんが裕貴の向かい側に座ってカップを持ち上げた。
「そうじゃないでしょ? 手のかかる子供が出ていった解放感、あるいは……喪失感だったりして?」
「はぁ? なんだよそれ? 子供が登校した後の母親じゃないんだから!」
「あはは。母親の心境に詳しいのね? さぞかし、いい息子だったんでしょうね」
由夏が裕貴を突っついた。
「ああ! わかる! だから葉月ママの心もすぐに掴んだのね! 年上キラーなんだ!?」
「ちょっと! いつの間に年上キラーにされてるんだ?!」
「あはは。で? 鴻上さんの反応は?」
「それそれ、聞きたかったのよね!」
「もちろん、ドッキリは大成功だ!」
「やったー!」
裕貴は徹也の状況を身ぶり手振りで再現した。
「あはは、なんか嬉しいわね! それだけ反応してくれるなんて!」
「ふふふ。それで? 葉月の方は?」
裕貴はまた込み上げてくる笑いを押し殺しながら、自分達も受けた〝90度の謝罪〟を再現した。
「あっはっは! アレをまたやったの?! 鴻上さんもビックリよね?!」
「うん、しばらく笑ってたよ。〝口をきいたらやっぱり葉月ちゃんなんだな……〟って」
「あはは。残念な口ぶり?」
「まぁ、一応否定はしてたけどね」
「ふふふ。男っていうのは単純な生き物よね。アイテムで心乱されちゃうんだから」
「よく言うよ! 女子だってなにかにつけてキュンとしてるじゃん?! 女子は可愛いから許されるとか、なんか不公平じゃない?」
「へぇ……じゃあユウキもキュンとしてたってことかしら?」
「そっ……あのさ! かれんのそういうところって……」
ばつの悪そうな裕貴の表情に、由夏が割って入る。
「あーあーごめんね、ユウキ! かれんもさ、いつもからかう葉月がいなくなったから」
「そうそう。つい、掘り起こしたくなっちゃうのよね?」
「つ、つい?!」
由夏が裕貴の肩に触れながら立ち上がった。
「さ! ユウキ、ケーキ買ってあるの。おやつの時間にしようよ! 手伝って!」
「ああ……うん」
かれんはにこやかに微笑みながらキッチン向かう2人を見送った。
色とりどりのプチケーキをそれぞれ幾つか皿にチョイスしながら、3人は今回の事件についての話を始める。
「ユウキじゃないけど、この話を進めるにあたっては、ここに本人がいないことにホッとするわね」
かれんの言葉に由夏も同調する。
「たしかに。どの話になっても、葉月の心情を気にしちゃうだろうし、確信については口に出すことも出来ないだろうしね」
「うん。葉月もさ、仮に今回の事件がなくても、葬儀場の夜に遭遇したリュウジさんと義理の姉の件で、すでに混乱してたわけじゃない? あの子、一昨日の夜に『Blue Stone』で私たちに何を話したか、覚えてるのかしら?」
由夏が頷く。
「ああ、私、昨日朝、事件を知る前に葉月にモーニングコールしたんだけど、そのときに確認したのよ。昨日の事覚えてる? って。ま、けっこう抜け落ちてたけどね。私が前の晩に葉月から聞いた内容を話したら愕然としてたもん。リュウジさんの家族のことまで話しちゃったんだ……って、落ち込んでたくらいだから」
「まぁ、日本酒が初めてだったんでしょ? ならその威力を知らずに飲んじゃったんじゃない?」
裕貴が手と首を同時に振る。
「いやいや、流佳さんには飲ませないでって釘を刺したのに……ボクが迎えにいったら会社のビルの前で、なんか抱き合ってるみたいになっててさ」
「ええっ!」
「ああ……葉月がベロベロで支えてたんだろうけど、実の姉すら警戒宣言を出すほどのプレイボーイだからさ。マジで油断も隙もなくて……」
「鴻上さんは? そのパーティーには居なかったの?」
「うん。葬儀場からもとの仕事場へ直行! 頼みの綱の専務もそっちに同行しちゃったしさ」
「あーあ、なら監視の目もないわけか!? ほぉ! スーパーマネージャーは大変よね? あんなスーパープレイボーイからも葉月を守んなきゃいけない訳だから?」
「ま、葉月はその辺りはほぼ記憶がないみたいだけどね」
「そうなの? まぁある意味だけど、日本酒デビューのタイミングは良かったんじゃないの? リュウジさんの話は私でも衝撃的だったもん。同級生が義理の姉になった理由を聞いて鳥肌が立ったわ。葉月も泣きじゃくって大変だったけど、もしシラフのまま家に一人で帰ってたりしたら、あの子は心を痛めながらも私たちにも吐き出すこともできなくて、自分だけで消化しようとしたはずよ」
「そうだな……」
「リュウジさんと義姉の話を葉月が耳にした時に、偶然にも鴻上さんが葉月の側で支えてくれたことも、ホントによかったと思ってる。葉月一人じゃ受け止められるわけないもん、きっと葉月は壊れちゃってるわ」
「ボクもそう思う。その葬儀場の夜、最初2人を見かけたときに葉月、泣いててさ。だから、とっさに誤解して詰め寄ったりしちゃって……でも鴻上さん、ちゃんと説明してくれてたから誤解したことを謝ったんだけど、同時にさ、ボクも同じ様に鴻上さんが居てくれたことに感謝したよ」
「そうだったの。まぁ当のリュウジさんも大変だけど、知っててそれを本人にも言い出せないユウキも大変よね……あなただって、そんな事実を聞かされて、そうとうショックだったでしょう?」
裕貴はパッとかれんに目をやって、また目を伏せた。
「まぁそうだな……どうすることも出来なくても、知ってよかったと思ってる。リュウジさんの側に居る者として、知るべきことだって思ったからさ」
「そっか。みんな色々苦悩を抱えてるものなのね……」
裕貴がフーッと息を吐いた。
「ボクの口から話すのはどうかと思うけど、でも親友からの尋問続きだと葉月もちょっとキツいかもしれないからさ、ボクから説明できることは2人に話しておこうと思うんだ」
そう前置きをして、裕貴は最初の写真が出回ったファッションモールでの話を説明し始めた。
葉月が望まないであろう、香澄の件と颯斗の件、そして本当のアレックスとの関係性については、伏せておく。
「ファッションモールにはユウキもリュウジさんも一緒だったのよね? なのにどうして2人で外に?」
「ああ……アレックスさんと葉月はファッションセンスが合うっていうか……一瞬で意気投合してさ、アレックスさんも、葉月はリュウジさんの身内だからってことでずいぶん親切に接してくれてたんだ。ホントに軽い気持ちで、そう! それこそ女子が一緒に化粧室にいくような感覚で……酔った葉月に付き添って、外の空気を吸わせに行っただけなんだと思う」
「そっか……あの写真は確かに親密に見えたから、親切心とはいえ、私たちですらちょっと恋愛感情を疑っちゃうようなシチュエーションだったんだけど……どうしてそんな短期間で距離が縮まったんだろ? 葉月だって、さすがにあんな国宝級のイケメンの側で平気でいられるのは……なんかおかしいような……」
鋭いかれんの指摘に、裕貴はドキッとする。
「あ……実はさ、アレックスさんが可愛がってる姪っ子さんが海外に居て、ボクらと同い年らしいんだよね。その子が葉月と重なるらしくて……その子へのお土産を一緒に選んだのがきっかけで、それで仲良くなったんだよ」
2人は眉を上げる。
「なぁんだ、ホントに親心だったんだ! 下心のないパパ的存在なわけね?」
「うん、そうそう!」
咄嗟に口をついた出任せにしては中々いいストーリーだったと、裕貴はホッとする。
「良かった! 安心したわ。これからも関わる人なんだったら、もしもよこしまな気持ちがあったら困るなって思ってたし」
「全然! アレックスさんは健全な人だから! ボクが太鼓判を押すよ!」
「そっか! 聞いて良かった!」
そう微笑む2人を見つめながら裕貴は苦笑いする。
姪っ子に似ているのではなく昔飼っていた子犬に似ていると言っていたことも、狙っているのは葉月ではなく隆二であることも、墓場まで持っていくべきトップシークレットだと頭によぎった裕貴は、ホッとしたのも相まって、込み上げてくる笑いを押し隠した。
かれんが裕貴に問いかける。
「さっきの話の続きだけど……腑に落ちないことがあるのよね?」
「えっ!?」
裕貴はビクッとする。
「葬儀場で、鴻上さんが施した葉月のメイクに、リュウジさんが誤解したって件なんだけど?」
「ああ……それね……」
「仏頂面のリュウジさんって、一体どういう感情なわけ? 親友相手に、ただの親心で心配して怒ってるっていうのもちがうだろうし……私には、誤解の奥に恋愛の匂いのする嫉妬の色が見えるんだけど? 違う?」
裕貴は大きくため息をついた。
「そこはさ、ボクが思うに、まだその段階に来てないんだと」
「ええっ?」
「師匠と鴻上さんは親友っていう位置付けだけど、例えばさ、由夏とかれんと葉月みたいな関係性とは全く違うんだよね。信頼し合ってるけど、もっともっと気のおけない関係っていうか……」
「それ、わかるわ。メンズって、なんでも共有する女子とは違って、相手の領域を侵さないし手の内も明かさないってところでの信頼関係を、結構大切にしたりするのよね」
「おお、さすが彼氏持ち! そういった話を彼氏とかとするの?」
「するわよ。まぁでもハルとだけじゃなくて、由夏とも最近そんな話してたよね?」
「そうそう。この前スポーツイベントがあってね。選手たちの話を聞いてて、なんかそういう関係性って素敵だなぁって話してたの」
「ふーん。話がわかる君ら2人からすればさ、今回の一件だってそんな複雑なことじゃないと思うんだけど、不器用な2人は、いちいち立ち止まって噛み砕かなきゃならない……誰かの説明が要るんだよなぁ。なんでボクがそんな役回りしなきゃならないんだか……」
「ま、ある意味、繊細なのよ。怖がりで慎重なタイプとも言えるけどね。相手が信頼できるからこその苦悩か……ふーん。行き違いも満載で、なにかと時間がかかりそうね。じゃあ、いつもユウキの匙加減で事を上手く回してるって感じ?」
「ま、そういう時もあるかな」
「へぇ……それでよく成り立つわね?」
「全くだよ!」
「そっか、リュウジさんも複雑なわけだ……ねぇ、リュウジさんにとっての葉月の存在って、結局なんなんだろうね?」
3人はそれぞれ腕を組みながら、空を仰いだ。
第174話『So Secretively』コソコソ話 - 終 -




