第172話『What really happened』その夜の真実
葉月は親友たちから、隆二の家でどう過ごしたのかと尋問されるがまま、話し始めた。
「スカイラウンジのケータリングはスペイン料理でね、本格的で、びっくりするくらい美味しくて……」
すかさず質問が飛ぶ。
「ちょっと待った! まさかそこでお酒飲んだりしてないよな?」
裕貴の鋭い突っ込みに、葉月はたじろいだ。
「あ……えっと、ビールを1本だけ……」
「はぁ?! なんで?! あれだけのことがあったのに?」
目をつり上げる裕貴をなだめるように、かれんが割って入る。
「あれだけのことがあったからでしょ? 無意識かもしれないけど、葉月はきっといつもの感じを演出したかったんじゃないかな?」
由夏が頷く。
「そういえば、電話でも妙にテンション高かったもん。虫が現れたとき以外でもね?」
「そうね。色々あったけど、なんか葉月はフェスに行ってから強くなった気がする。そうよね? ユウキ」
「そうだな」
葉月が親友を見つめる横顔に輝きを見つけた裕貴は、小さく息をつきながら、少し明るい雰囲気でたきつけた。
「ところでさ、葉月はどの部屋で寝た? まさか、ソファーで寝たりしてないよなぁ?」
裕貴の言葉に反論しようとする葉月を遮って、由夏は意味深な視線を向けた。
「おやおや? ま・さ・か、同じベッドとか!?」
葉月がみるみる顔色を変える。
「そ、そんなわけないでしょ!!」
「フフッ、冗談よ。そんなに必死で反論する方が怪しいっつーの!」
「もう! 由夏!」
「ふふふ」
「それで? リュウジさんのベッドじゃないんなら、どこなんだよ?」
葉月はギロッと裕貴を睨む。
「リュウジさんの寝室の隣の……たくさん楽器が置いてあるお部屋を使わせてもらったの」
「ああ、機材部屋ね?」
「リュウジさんのお家って、全体的にシンプルでモノトーンでモデルルームみたいにスタイリッシュなんだけど、その部屋だけはなんかこう、温かい雰囲気で……ギターとかベースとかが楽器屋さんみたいに幾つも壁にかかってて、オブジェみたいでかっこよかった。机の上にはパソコンとかミキサーとか色々な機材が並んでて、ああリュウジさんって曲作ったりもするんだ、って思ったり。それでいてちゃんとベッドもあるから、なんか夢が詰まった男の子の部屋みたいな感じで、とっても居心地が良かったの」
「へぇ……いいね、そういうの。大人男子の少年のような一面が垣間見れた感じでキュンとしちゃう!」
「まぁ確かに、あの部屋はラグジュアリーというよりは普通の部屋っぽくて落ち着くかもな」
「うん。そこでアレックスさんと長話をしてて。電話を切って部屋を出たら、もうリビングの電気も消えてたから……」
由夏がバッと立ち上がる。
「えっ!! リュウジさん、もう寝ちゃってたの?!」
「……うん」
「ええっ……どうしてその状況で寝ちゃうかなぁ……? ねぇ! どうしてだと思う? ユウキ!」
肩に置かれた由夏の手を振り払いながら、裕貴は面倒くさい顔をする。
「ボクに聞かれても……」
葉月は視線を下げた。
「リュウジさん、朝早くから仕事だったのに私のために大急ぎで帰ってきてくれたり、雨に打たれたりですごく疲れてたんだと思うの。多分、私と同じタイミングで誰かと連絡取るって言ってたから、きっと今回の事件について話し合ってくれてたんじゃないかな……その後にきっと、そのまま寝ちゃったんだと思う」
由夏がストンと座り直して葉月に向き直る。
「どうして寝ちゃったってわかるのよ? リュウジさんは部屋に入ってるだけで、起きてたかもしれないじゃない? 声をかければよかったのに! まさか大いびきが聞こえたなんてことでもあるまいし?」
「そんなわけないでしょ! ただ……ドアが少しだけ開いてて……」
由夏はまた立ち上がった。
「ま、まさか! あの肉体美をさらしたまま、リュウジさんが寝ていたと?!」
かれんが慌てて制止する。
「ちょっと由夏! 興奮しすぎ!」
「ああ、ごめんごめん」
由夏はかれんに引っ張られてまた腰を下ろした。
「とっても広い部屋の一番奥にベッドがあって、遠くてよくは見えなかったけど、ちゃんと白いTシャツも着てたし、そっと声をかけてもリュウジさんは動かなかったから、そのままドアを閉めて部屋に戻ったの。そこからまた2人に電話したでしょ」
「ああ。あの2回目の電話の時は、リュウジさんの部屋を覗き見した後だったのね?」
「ちょっと! 覗き見って言わないでよ!」
「ふふふ」
そう言いながら、葉月は少し熱くなる頬を隠すように俯いた。
実際は部屋の中に入った。
一面の夜景を眺めた後、隆二の彫刻のような美しい寝顔を目に納めてから、その身体にブランケットをかけて、お礼の言葉をささやいてから部屋を出た。
この事を今の状況下で彼女たちに言ってしまうと妙な憶測や誤解が生まれるかもしれないと思った葉月は、少し心苦しく思いながら事実を隠し、さっき話したストーリーで通すことにした。
「あれから私たち、結構長く話してたよね? ということは、そのあと朝までリュウジさんとは会わなかったってわけ?」
「もちろん。そうよ?」
「ええっ! なんだぁ……つまんない!」
「へっ?! つまんないってなによ!」
「いや、もっとなんかこう……〝吊り橋効果〟みたいな? そんなロマンチックなやり取りが生まれたりしてないのかなって……期待してたから」
裕貴が横でぶんぶんと首を横に振った。
「あれだけ大変なことがあったのにさ、そんな時に下心丸出しの行動をされちゃあ、さすがのボクだって師匠の人格を疑うと思うけど?」
「まぁ、そっか。あーあ、じゃあもう、そこでロマンスは終わりなんだぁ……健全にモーニングコーヒーを飲むっていう……残念なオチなのね」
「残念??」
大袈裟に肩を落とす由夏とは反対に、無垢な顔のまま葉月が首をかしげる。
「いや、それがね……早起きしてリュウジさんにコーヒーを淹れようと思ってコーヒーメーカーを触ってたんだけど、全然うまく動かなくて……」
裕貴が頷く。
「ああ。あれは海外の特殊なエスプレッソマシンだから、結構使いづらいだろ?」
「うん。それで四苦八苦してたらリュウジさんが起きてきて、結局コーヒーを淹れてもらっちゃったのよね」
「なんかそこだけ切り取って聞くとロマンチックなんだけどねぇ……」
かれんが呆れたように言う。
「由夏はどうしてもロマンチックにしたいみたいね?」
「あはは。モーニングコーヒーに憧れる年ごろなもんで!」
「え? なにがロマンチックなの?」
また無垢な顔をする葉月に3人は微笑む。
「うーん……葉月にモーニングコーヒーの意味は分かんないか?」
「モーニングコーヒーの……意味?」
裕貴がさっと手をあげる。
「ああ、そのあたりでボクが到着したって感じ」
「ええーっ、もう?!」
「おい! お呼びでないキャストみたいな言い方しないでよね!」
「あはは、ごめんごめん。でもまぁその状況なら、スーパーマネージャーとしては急いで駆けつけるわよね?」
「そうそう。ちゃんとこうやって駅弁まで買ってさ。リュウジさんは何もわかってないから、平気で〝今から飯行こう!〟みたいなことを言ったけど、マンションの周りにはまだ怪しい人影があったんだよ。記者っぽかった」
「そうなの?!」
「うん。しばらくは警戒しといた方がいいと思う」
「そっか、葉月ん家も近寄らない方がいいわね。まぁ、しばらくここに居ないさいよ。由夏も一緒に泊まるから、楽しく過ごしましょう!」
「ありがとう、かれん」
裕貴が納得したように腕を組む。
「やっぱり2人は事を掌握してるよなぁ。まぁ、あの人も追々状況が見えてくると思うけど、ボクが葉月に変装させて出ようとするのだって、不思議な顔で見てたからな……この人、大丈夫か?! って思ったよ」
「そっか。今は私たちもこうやって平和にここにいるけど、一歩外に出たら葉月はまだ危ない状況よね? しばらくは静かにしてよう」
「そうだな。まあでもトーマさんが全力で動いてくれてるから、きっと近いうちに事は好転するはずだよ。葉月、トーマさんを信じよう!」
「ええ! もちろん!」
「やっぱ推しの力は強い!」
「うふふ」
「ん?」
裕貴のスマホが鳴った。
「なんだなんだ? 師匠からクレームか?」
「なんのクレームよ?」
「ボクだけが〝ハーレム〟に来てるから、ひがんでんじゃない?」
「ならリュウジさんも来てくれたらいいのに! イケメンは何人でも大歓迎!」
「由夏! ここは私の家よ? まぁでも、我が家と思ってくつろいでくれた方が嬉しいけどね。で? ユウキ、誰からなの?」
「あ……ちょっと電話していい?」
「え? ああどうぞ」
裕貴はスッと立ち上がって廊下に出た。
裕貴の少し緊張感のある頬を見送りながら由夏がヒソヒソと話す。
「え? リュウジさんじゃないってこと?」
「ああ……確かに雰囲気違いそう」
3人は耳を澄ませる。
「お疲れ様です……ああ、一緒です。いえ、もうリュウジさんの家は出てます。今は葉月の親友の家に来てまして……ああ、自宅の方もしばらくは無理かと……ええ。え? 今日? このあとですか……? あ……わかりました。じゃあ、時間が決まったら知らせてください。では……」
裕貴が戻ってくると3人は姿勢を正してその顔をじっとうかがう。
「おい! 揃いも揃ってなんて顔してんのさ! ったく、分かりやすい……そりゃあ気にはなるよな? さぁて、誰からだと思う? はい、由夏から!」
「えっ? あ……事務所の人か……もしくは、そう! アレックスとか?」
「ブー! 次、葉月!」
「あ……トーマさん……?」
「ブー! 推しを言えばいいってことじゃないから! 次、かれん!」
「鴻上徹也さんよね? なんて言ってるの? 今日、葉月と会わせろって?」
裕貴は感心したように拍手を送る。
「さすがかれん! ドンピシャだ。そういうことだから、葉月。鴻上さん、あと数時間したらこっちに戻るそうだよ。話せる?」
「え、ええ」
裕貴は視線をかれんに向ける。
「かれん、ここの住所を鴻上さんに教えてもいいかな? 車で迎えに来るってさ」
「もちろん」
「あと、服も貸してやってくれるかな?」
由夏が笑いだす。
「そうよねぇ? さすがにこのリュウジさんのスウェットじゃあ、鴻上さんもがっかりだろうし?」
由夏の言葉に頷きながらも、裕貴はさらに依頼する。
「とはいえ身バレしないような抑え目の服で、帽子とかメガネとか、変装できるグッズも借りれたらいいんだけど?」
かれんは得意気な表情で胸を叩く。
「任せといて。ベストコーディネートを約束するわ。ファッションイベント界に進出する身ですから。私たちの腕の見せ所よね? ほら、早速服選びをしましょう!」
立ち上がるかれんに続き、由夏も意気揚々と立ち上がる。
葉月がチラッと裕貴に目をやると、かれんがフッと微笑みかけた。
「ここは〝メンズはお留守番〟っていう局面だけど、変装のアドバイザーとして特別にユウキの参加も認めるわ! 女の城の本丸へどうぞ!」
裕貴も眉をあげて立ち上がった。
「さぁ、ここから上がるわよ」
かれんは先頭をきって、燦々と陽の光が降り注ぐガラス張りのテラスの横にある階段を上っていく。
「え? マンションなのに2階があるの?」
「そう、ペントハウスだからね。メゾネット構造なのよ。私もこの中庭、好きだわ」
「2階は大きなバルコニーがメインだけど、クローゼットにしてる部屋と母のギャラリーがあるの。母は自分も絵を描いたりもするけど画廊をやっててね、今は買い付けという名のバカンスに出掛けてるわ。いつ帰ってくるかもわからない自由人なのよ」
「へぇ……すごいなぁ……」
部屋の中に入ると裕貴はさらに驚く。
「うわ……まるで高級ブティックみたいだ。全部私物ってことだろ?」
「そりゃそうよ。まぁ、ママの服や宝石の方が高級だけどね」
「この中に、変装に適した目立たない服なんかあるのか?」
「それは大丈夫! ノーマルなアイテムこそ、着たときの馴染み感がピタッと来るんだから!」
そう言ってかれんと由夏は次から次へと服を持ってきては、鏡の前に立たせた葉月の首もとに当てる。
「わ……確かに。地味だけど大人っぽく落ち着いた印象になるんだな……」
感心している裕貴に微笑みかけながら、今度は由夏がバッグとメガネを持ってきた。
「靴は同じサイズだから、黒のローパンプスなら履き馴れてなくても大丈夫そうね。じゃぁ、さすがにお着替えは男子禁制で! ユウキ、下で待ってて」
「あ、はーい」
由夏と裕貴は階下に降りてもとのソファーに腰を下ろし、葉の着替えを待つことにした。
第172話『What really happened』その夜の真実 - 終 -




