第170話『Strong bond』固い絆
裕貴と葉月は、かれんの家に行く前に近所の公園に立ち寄り、葉月とアレックスの密会を思わせる過激投稿写真から始まった今回のSNSの事件について、話のすり合わせを行った。
再び車に乗り込んでかれんの家へ向かう。
車を降り、桜川沿い北上してそこにそびえる白亜の建物の前で、裕貴がゆったりとそのマンションを見上げた。
「うわ、凄い豪華だな……『カサブランカ・レジデンス』ね……そういえばかれんってさ、東雲コーポレーションの令嬢だっけ?」
葉月は少し苦笑いして見せる。
「あ……そういう言い方すると、かれんは怒るんだけどね」
「え、そうなの?! なんか、かれんだったら〝まぁね〟ってかわされそうな気もするけど……」
「確かに。でも、〝親友なんだからそういう俯瞰した見方はナシ〟って言われたことがあって」
「そっか、なるほど」
「かれんもユウキには一目おいてるから、多分同じように思うかもしれないわ。まぁ、冗談めいた言い方なら全然OKだと思うんだけどね?」
「うん、その雰囲気もわかる」
「でしょ? 大会社の令嬢なのに、気取るどころか気さくで行動派で……何でも自分で片付けちゃうんだから凄いよね?」
エントランスに入ると、葉月は部屋番号の701とインターホンを押した。
「7階……へぇ、最上階なんだ?」
そう言いながら隣にあるポストコーナーに目をやると、701のポストには " 東雲 " ではなく『三崎』という名字が書かれていた。
「はーい」
かれんの声と共にガラスのドアがスライドする。
重厚感のあるエントランスを通り抜け、エレベーターに乗り込む。
裕貴は、階を見上げる葉月の横顔を不思議そうに見つめた。
「もしかして、緊張してる?」
「あ……まぁ」
「どうして! 大丈夫だよ。親友の顔を見たら不安も吹き飛ぶんじゃない?」
「そ、そうよね……」
エレベーターが開くと、そこには由夏とかれんが立っていた。
葉月はもじもじと下を向く。
「あ……色々、心配かけ……」
由夏が葉月にガバッと抱きついた。
「もう! 遅いから心配したじゃない!」
「あ……ああ、ごめん」
「いいから入って! さぁ、どうぞ!」
かれんに促されて裕貴も玄関に入った。
由夏が葉月に腕を絡めて廊下を進む姿を後ろから微笑ましげに見ている裕貴の視界に、かれんがさっと入ってきて肩を並べる。
「ユウキ、葉月を連れてきてくれてありがとう」
「こちらこそ、〝女の城〟にお招き頂いてありがとう」
「ふふふ」
白を基調とした広く明るいリビングに通される。
北側の大きな窓からは街並みを挟んで山の緑が溢れ、まるで絵画のようだった。
「さ、座って」
2人を座らせてかれんが冷たいお茶をはこんでくる。
お菓子を大量に並べた大皿を片手に、由夏が裕貴に問いかけた。
「あ、ユウキ、コーラの方が良かった?」
裕貴は大袈裟に肩を落とす。
「いいよ。ボクだって四六時中コーラを飲んでるわけじゃないんだから」
「ははは、そっか」
「でもわざわざ用意してくれたんだ? ありがとう。後でいただくよ」
そう言って裕貴はリュックを下ろす。
「ボクも2人にお土産があるんだけど……由夏とかれんはお腹すいてない?」
「すいてる」
由夏の即答に皆が笑う。
「だってさぁ! 今朝もユウキが葉月を連れてくるって言ってくれたから、なんか落ち着かなくて、食べた感覚がなくて……」
「うふふ」
やんわりと由夏を制止しながらかれんが言った。
「由夏は昨日葉月と電話したあともあんまり寝てないみたいだし、朝からソワソワしてたからね? まぁ、私もだけど」
「由夏……かれんも、ありがとう」
紅潮する葉月の肩に手をやりながら、かれんはウインクを投げる。
「ケイタリングを注文してるの。じきに来るとは思うんだけど……ちょっと遅かったかな? ユウキも葉月もお腹すいてるの?」
「いや……」
裕貴がカバンを漁りながら話す。
「ボクたちは、さっきリュウジさんと一緒に食べたんだ。これをね!」
そう言って裕貴はカバンから幾つもの箱を取り出した。
「え? なにこれ?!」
「じゃあさ、注文してくれたケータリングは晩御飯に回して、今はこれを食べるっていうのはどう?」
裕貴から差し出された箱の数々を手に取りながら、その粋な手土産に2人は色めき立った。
「わぁ! 駅弁じゃない?! こんなお土産もらったのは初めてよ」
「ホント! ユウキ、これどうしたの?!」
裕貴はリュウジの家に葉月を迎えに行く際に購入した理由と、隆二宅でその一部を食べてきた経緯を2人に話した。
「なるほど……そうよね? リュウジさんも葉月も、しばらくは外に出て食事するわけにはいかないか……」
「うん、そうなんだよ。なのにさ、そういうこと、ウチの師匠はまるっきり分かってないから、3人で食べに行こうなんて言い出す始末でさ……まぁ、どうせそんなことだろうと思って、こうして大量に駅弁を買って来たってわけ。だからボクと葉月 はもう食べたてきたからさ、由夏とかれんで食べてよ」
かれんが感心したように裕貴を見つめる。
「やっぱり凄腕の弟子だわ……もう秘書の領域よね?」
「いや、リュウジさんは小間使いとしか思ってないって」
「ええ?! そんなことないわよ、ねぇ? 葉月?」
「うん。ユウキは気が利き過ぎて、もはや怖いって、リュウジさん言ってたもん。ユウキの中には熟年のおじさんが宿ってるって……」
「プッ! あははは」
「あははは! 私も思ったことある!」
笑いだした2人に裕貴は眉を潜めた。
「あのさぁ、せっかく同年の若者の集いなんだからさ! ジジイ扱いしてハミらないでくれる!」
仏頂面の裕貴にかれんが笑いだす。
「あはは! その二極性が、ユウキの最大の魅力じゃない!? ねぇ由夏!」
「そ、そうよ! 私たちもユウキを頼りにしてるし?」
「そりゃどうも! じゃあ、好きなの食べて」
「いただきまーす!」
由夏とかれんは駅弁を食べ、葉月と裕貴は出してもらったおやつをつまみながら、4人は昨日の事件について触れることなく、この夏に行われた東雲コーポレーションのイベントの話をした。
「あの『SplashFantasia』を考案したのが、まさかまさかの鴻上さんだったなんてね!」
そう言って由夏は目をむきながら肩をすくめた。
葉月が裕貴と隆二に連れられて野音フェスにいっている同じ時期に、由夏とかれんは、かれんの父の会社である『東雲コーポレーション』が主催となったイベントを手伝いに行っていた。
湖上に写し出された、細かい霧状のウォータースクリーンに投影するプロジェクションマッピングの『SplashFantasia』は今年も大盛況で、2人はスタッフとして慌ただしく走り回っていた。
「ホント驚きよ! でも不思議よね? どうして私たちはあのイベント会場で『forms Fireworks』の代表とコンタクトが取れなかったんだろ? 会場に来ていたなら、絶対に挨拶するはずなんだけど?」
かれんの言葉に、葉月は息をついた。
「ああ、個展のバイトを依頼されたとき、たしか鴻上さんは、しばらくこっちには居ないって言ってたから……その間も九州と『SplashFantasia』とを行き来しながら、野音の最終日の『Eternal Boy's Life』だけを観に来たわけだから……相当忙しかったのかも?」
「そうね。私たちもバタバタしてたから、もし鴻上さんが一瞬現れただけだったなら、充分すれ違っちゃう可能性はあるわね。たしか……女性の責任者の人が着てるって聞いたけど……すっごい美人だって他のスタッフが噂してたの。私たちはその人にも会えなかったんだけど」
「ああ! きっと美波さんだわ! ほら! 私のバースデーパーティーに来てくれてた琉佳さんって覚えてる? 彼のお姉さんなの」
「ああ! あのモデル並みのイケメンね! 覚えてるに決まってるじゃない! なら、そうとうな美人なんだろうね」
「うん。綺麗なだけじゃなくて敏腕専務なの!」
嬉しそうに話す葉月に、裕貴が補足する。
「そ、ちなみに高校時代はバスケ部のマネージャーで、当時からウチの師匠のファンだったみたいだけどね?」
「えっ? ああ……そっか! 鴻上さんとリュウジさんって同級生だったんだっけ?」
「そう。同じボールを追いかけた親友なんだって。これからは仕事でもパートナーになりそうだけどね」
由夏が意味深な目付きで葉月に近寄る。
「ふーん。そんな素敵な2人の男性が葉月の目の前に突然現れたってわけね? そりゃあ何かと大変そうね?!」
「ん? 大変って?!」
葉月の不思議そうな瞳に、みんなが肩を落とす。
「あのね……私は葉月のそういうところ好きだけど、あまりに無頓着すぎると周りも混乱することになるわよ?」
「え?」
裕貴が2人を制する。
「無理だよ。ボクだって、懸念というあらゆる可能性を頭に巡らせながらリュウジさんのマンションに行ったけど、葉月の方はもう……全然……」
「ああ……」
2人のため息に、葉月はまた首をかしげる。
「さっきからなんの話してるの?」
「で? ユウキ、葉月の方はっていうことは、リュウジさんの方はどうなわけ?!」
「ああ……そりゃもう動揺が隠せない様子で………」
「え! そうなの!? それって、もしかして……」
3人が意気揚々と話すところに葉月が割って入る。
「ちょっと待って! なんの話?!」
3人が一斉に葉月の顔を見た。
「なっ……だ、だから! その視線は……なに?!」
ため息をつきながら由夏が口火を切る。
「じゃあ聞くけど、葉月、昨日の夜はどうしてすぐ側にリュウジさんがいることを言わなかったの?」
「あ……でもすぐ側ってわけじゃ……」
「そういうことを聞いてるんじゃないでしょ!」
葉月はばつが悪そうに下を向く。
「あ……えっと、それは、なんて言うか…… 助けてもらったのに、私からそういうことを言いふらすのはどうかなと思って……」
「そういうことって?!」
「ああ……リュウジさんは有名人だし、なんか、誤解されたりして迷惑かけちゃいけないと思って」
「ふーん。誤解なんだ」
由夏がつまらなそうに言う。
「ねぇ? じゃあ……昨日の夜、私たちと電話してる時に葉月が悲鳴をあげたわよね? 私たちには虫が出たなんて言いながら話を続けてたけど、おかしいと思ったのよ。もしも虫が同じ部屋にいたってなったら、勘違いだったとしても葉月なら壮絶なパニック起こすに決まってるし?」
「そうよ!〝ヘアゴムと見間違えた〟なんてごまかしてたけど、その後の葉月の安心しきった話ぶりも不自然だったし、それに、葉月が悲鳴には恐怖じゃなくて驚きのニュアンスを感じたの。なら、そんなシチュエーションってなんだろうって考えてたら……ピーンと来ちゃった」
2人の攻撃のそばで裕貴が肩を落としながら、葉月にむかって弁解をする。
「その流れでさ、その後ボクは電話で尋問されて、リュウジさん家に葉月がいることを吐かされたってわけ」
「ちょっとユウキ! 尋問だなんて、人聞きが悪いわね!」
「そうよ! 葉月が見つかって安心して、話が盛り上がってた中で発覚したことなんだから!」
葉月にじとっと睨まれて、裕貴は渋い顔をする。
「まぁ……3人ともそれぞれ、けっこうアルコール入ってたしなぁ……ボクとしたことが、2人にうまく誘導されちゃったってワケだよ。葉月、許して!」
かれんが眉を上げる。
「ウソ! よく言うわよ! バレたお陰でホッとしたって感じだったわよ? そこからはユウキもだいぶん調子よく話してたじゃない?!」
「まぁ……たしかに」
裕貴はこめかみを掻くように苦笑いしながら葉月を見上げた。
葉月のやや固い表情を3人が仰ぐと、葉月は緊張した面持ちのまま、すくっと立ち上がる。
「えっ、葉月……?」
第170話『Strong bond』固い絆 - 終 -




