第17話『A New travel friend』新たな旅の友
隆二の弟子が運転する真っ白なレンジローバーに乗って野音フェスの会場に向かう。
車内では、前に座った同い年の2人が談笑を重ねていた。
「ボクが初めてリュウジさんのドラムを見たのは『Eternal Boy's Life』じゃなくて、『Angel Blood』っていうイギリスのロックバンドだったんだ」
「え? 外国のバンドのドラムをリュウジさんが?」
「そうなるだろ?! ボクも日本人が叩いてるのを見て、めちゃめちゃびっくりしてさ」
「そうよねぇ!?」
「後から聞いた話では、そのバンドのドラムが来日する寸前に交通事故を起こしたらしくて、リュウジさんが急遽助っ人を頼まれたらしいんだけど、ボクはその時は日本人ドラマーがイギリスのロックバンドのメンバーなんだって勘違いして、ものすごく興奮しちゃってさ! プレイもホント凄かったし、もともとそのバンドのファンだったのに、ろくに歌も聞かずにリュウジさんだけを見てた。それでライブが終わったら、いわゆる "出待ち" をしてさ。メンバーと一緒に出てこないから変だなあと思いつつ一人で待ってたんだ。だいぶん経ってからリュウジさんがひょっこり現れたから、無理やり声かけてさ……そしたら "俺は助っ人だ" って聞いて。それからはリュウジさんが叩くあらゆるバンドのライブに行ったよ。どれも良くてさぁ。どうしても1人のファンじゃ終わりたくなくて、こうやってボーヤをやらせてもらってるってわけ!」
裕貴は笑顔で運転をしている。
「そうだったんだ……なんだか、幸せそうね」
「へへっ、まあね!」
葉月は微笑ましげに裕貴を見た。
「葉月は? 『Blue Stone』のお客さん?」
「ああ、そうなる……かな?」
「ん? なにそれ? 『エタボ』以外にジャズも好きなの?」
「いや……ジャズも全然知らなくて、『Blue Stone』に行っても、あの階段の写真が誰なんだかも分からなかったの。ここ数週間でようやくいくつかのアーティスト名と曲名を知ったくらいで……」
「じゃあなんでリュウジさんと知り合ったの?」
「んー説明が難しいなぁ」
裕貴が葉月の顔を覗き込む。
「まさか、ひょんなきっかけで……みたいな?」
「ある意味そうかも?」
「怪しいなぁ……なんか、複雑な事情が? ま、時間はたっぷりあるんだし、ゆっくり聞かせてもらうよ。ところでさ、葉月は彼氏はいる?」
「え、彼氏? あ……まぁ一応は」
「何? その煮え切らない反応は……確認いておくけど、葉月はリュウジさんのオンナじゃないんだよね?」
「えっ? ええっ?! オ、オンナ!」
葉月は驚いたように目を見開く。
「違うよね? だって、リュウジさんのタイプはもっと、こう……」
その言葉を阻むように、運転席の後ろからスッと手が伸びてきて、裕貴を羽交い締めにする。
「わー! リュウジさん、何で聞こえてるんですか! 運転中ですよ! 危ないですって!!」
「ユウキ! てめえ……変なことぬかすんじゃねーぞ!」
「すいません。だって気になるじゃないですかぁ! もしリュウジさんのオンナだったら、ボクも気軽に話していいのかどうか分かんないですし。一応確認しただけで……」
「ユウキ、よく聞け! 葉月ちゃんは『お友達』だ。お前もいいお友達になるんだぞ! わかったな!」
「は、はい……」
隆二は身体を乗り出して葉月の方を向いた。
「ごめんね葉月ちゃん、コイツ、俺といると退屈だったみたいだからさ。まあせいぜい、道中は相手してやってよ。よろしくね。 俺は後ろに籠るんで」
裕貴が本気でビビっているのを見て、葉月は笑い転げる。
可愛い! と、そう思った。
しばらくすると、後ろからパチパチという音が鳴り出した。
そっと振り返ると、ヘッドフォンをした隆二が目をつぶったまま、両手に持ったスティックをタクトのように複雑な旋律で 振っていた。
スティックの柄の部分が手のひらに当たることで、こんなにも大きな音を立てることに葉月は驚く。
しなやかな手首と、ピタッと止まる動作がなんとも美しかった。
そんな葉月をチラッと見て裕貴が話し出した。
「リュウジさん、本当にすごいドラマーなんだよ。葉月はどこまで知ってるの?」
「私はつい最近、自分が観に行った『エタボ』の武道館公演の時のドラムがリュウジさんだったって聞いて、ぶっ倒れそうになった感じ……」
「あはは、そうなんだ」
「あとCDも改めて聴き直したんだけど、すごくて……」
「だろ? リュウジさんが全部自分でリフもつけてレコーディングしてるんだ」
「そう……ユウキはいつからドラムやってるの?」
「ボク? 中学から。子供の時はダンスとかやっててね、音楽にはずっと興味があって、親も音楽やってるような家だったからさ、うちにはいろんなジャンルの音楽が飛び交ってた。それこそジャズもそうだし、ブラックとかソウルミュージックとか……まぁ洋楽の方が多かったんだけど。それであっちこっちのライブハウスとか外タレのライブを観に行ってて、それで若かりし日のリュウジさんに出会うってわけ」
「ユウキもすごいんじゃない!」
「いやあ、イギリスバンドの『Angel Blood』のライブでリュウジさんに出会ってからは、もうこの人しかいないって思ってさ、リュウジさんが加入するバンドを片っ端から観に行ってた中で、ひとつ凄く気に入ったバンドがあってさ、もうデビューかなって思ってたら、そのバンドが解散しちゃって。そのタイミングでリュウジさんはドラマーとして個別でプロ契約するってことになってさ、慌てて弟子入りを申し込んだってわけ。フラれにフラれて、ようやく1年ぐらい経った時に、採用してもらって今に至るって感じ」
「そうなんだ! ずいぶん頑張ったのね」
「あ! 思い出した! 葉月は音楽じゃなくてバスケ繋がりなんじゃなかったっけ?! なんかリュウジさんがそんなこと言ってたような……」
「そう。まぁバスケ繋がりってほどでもないけど、お店で話してる時に高校時代はバスケ部だったって言ったら、リュウジさんが一度ウチのチームの練習に遊びにおいでって、呼んでくれたの」
「葉月ってバスケ女子なのか……何か解るな」
「そう?」
「まあ、話しやすいし?」
「話しやすいのはユウキの方だよ」
「じゃあ、いきなり呼び捨て作戦は成功だね?」
「そうね」
「なんか葉月ってさ、リュウジさんとおもいっきりプライベートをわかちあってない? バスケもして、それからショッピングも行ったんでしょ? リュウジさん、あんなスティックケース持ってなかったし」
「ああ……まぁ」
「いつになく、リュウジさんが楽しそうだからさ。葉月がいるからかなって」
「そんなことないよ。まあ、よくからかわれてるかな」
「あはは、そんな感じだね。ところで葉月は大学生?」
「うん」
「何の専攻?」
「現代ビジネス……まあ経営学かな」
「何を目指してるの?」
「まだ具体的にはないけど、今ね、親友のお父さんが経営している大手のイベント会社で、バイトとしてだけどプランニングの勉強させてもらってるの」
「それなら今回の野音フェスの裏方をやるのは、かなり意味があると思うよ。ライブだけじゃないからね。会場が出来上がって、イベントブースとか販売ブースとか食販ブースとか、スタッフの担当も細かく分担されてて。裏方の仕事を理解して初めてイベントの凄さを知ると思う」
「そう! それも楽しみ! ユウキは毎年行ってるの?」
「ああ。実際、初めて行った時にはホント衝撃を受けたよ。凄い規模だしさ。でも何よりスタッフの人達の底力で成り立ってんだなって、感動した。野音フェスはイベントの骨頂そのものだよ」
「そっか、かなり勉強になるね。私……正直言うと、頭の中『Eternal Boy's Life』でいっぱいで、そんなところまで考えてなかった」
葉月は肩をすくめて苦笑いする。
「ああ、それは危険だなあ」
裕貴の意外な言葉に驚く。
「危険? どうして? 何が?」
「だって……キラさん、会ったらヤバいよ」
「え? それは……どういうこと?」
「キラさんのこと、好きにならない女なんていないってこと!」
「そりゃそうよね……カッコいいに決まってるだろうけど……」
「あのさ! 想像してるよりも何倍もヤバいから! もはや見た目のカッコいいとか、そういう領域は越えてるの! とりあえずは “気をつけた方がいい” っていう警戒レベルだよ」
「警戒レベル!? ん……よくわかんないな」
「あ……葉月は……特に心配なタイプかも?」
「どうして?」
「なんか、狼 vs 子鹿 って感じ」
「ええっ、子鹿!? 私が?」
「ってゆうか、なんせあちらが狼。まぁ、重々に気をつけてた方がいいよ。キラさんの “キラキラ攻撃” に目潰し食らうから」
「あ……とりあえず、分かった」
「半信半疑だな! そりゃそうか。じゃあメンバーについて、予備知識講座と行きますか!」
葉月はさらに顔を明るくした。
「わぁ、それイイ! よろしくお願いします、ユウキ先生!」
第17話『A New travel friend』 新たな旅の友 ー終ー




