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第168話『Revealing the darkness』闇を晴らす

冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出していると、またスマホが点灯しはじめた。

「ん? だれだ?」


着信履歴にはアレックスの名前があった。


「はぁっ?! さっき話したばっかだろ?! レコーディングはどうした?」

ボヤキながら通話ボタンを押す。


「おい! 思春期のカップルじゃねぇんだから! まだ1時間も経ってねぇぞ」


「ああ……そうなんだけど……」

アレックスの口調が失速する。


「ん? どうかしたのか?」


ただならぬ雰囲気を感じ取った隆二は、落ち着いた声できりかえした。

「どうした? なにか問題が? 解決が難しいのか?」


アレックスは重い口を開く。

「いえ……あのあとトーマから連絡が入ってね、アタシは聞かされてなったんだけど、昨夜遅くに急展開があったみたい……なんか、あっさり解決しそうな方向になってきたわ」


「え……そうなのか?! なら良かったんじゃないのか?」


「ええ……それはそうなんだけど……」


「だったらどうしてそんな口ぶりなんだ?」


アレックスは躊躇(ためら)うように話し始める。

「リュウジ、覚えてる? アンタがアタシにヒントくれたこと」


「ヒント?」


「ええ。あのショッピングモールで……香澄(マネージャー)を見たって」


「ああ……」


「リュウジ、アタシに言ったわよね? ユウキに聞けって。だからアタシ、ユウキに確認したの。それをトーマ(エタボのリーダー)に話したら、トーマもユウキに聴きたいことがあるからって言ってて……それでね、昨夜トーマがユウキを呼び出して、直接話したらしいのよ」


「はぁっ?! そうなのか?! さっきここに来たけど、アイツなにも言ってなかったぞ!?」


「まぁ、そこには葉月がいたから言えなかったんだと思うわ」


「そうか……で? 一体なんの話を?」


アレックスはすうっと息を吸った。

「今回、トーマはあらゆる手を使って一斉調査を行ったったんだけど……その中にね、数年前にアンタと香澄がもめた件も浮上したのよ」


「え……それを柊馬(トーマ)さんが……」


「ええ。ユウキ、尋問されたでしょうね……責めないであげてよ、トーマに事実確認されたら、もう話すしかないでしょ?」


「まぁ……そうだな」


「そこから一気に話が進んだみたい。香澄に対する不信点はキラ(VOCAL)ももってたみたいで、トーマとキラが深夜まで話してたって颯斗(GUITAR)が言ってたわ。それで、ついさっきトーマから連絡が入って……ショックな事実を聞いたの」


「一体……なんなんだ?」


「あのサイトの管理人が……香澄だったって……」


「なに! やっぱりアイツか……」


「そっか……リュウジは気づいてたのね。アタシは全然わかんなくてさ……」


「まあ、アレックスは味方につけておきたかったのかもしれないな。でもアイツは卑劣な人間だよ。キラの言う通り、もっと早く制裁するべきだったな……」


「サイトにあの写真がアップされる数日前から、香澄は姿を消してたわ。長期の休暇を申請してたらしいけど、未だに消息不明なのよ。犯人が分かったけど身内の不始末ってこともあるから、トーマはどう釈明していくか悩んでるわ。会見を開くのか、ネット上の情報操作で済ますかっていう判断を早急にしなきゃならないらしいし」


「そうか……」


「まぁ今回の件に関して終息したとしても、葉月の身の回りはまだ警戒が必要だし、葉月に対するアンチが増えたのもあって、敵は香澄一人じゃないからね。その誤解をどう解いていこうかってことも今後の課題になってるわ。葉月の立ち位置を、それこそ身内 だってアピールする強引な戦略で行くのもアリかなってことにもなってる」


「葉月ちゃん……それを受け止められるか……心配だな」


「そうね。でもそれはアタシたちの技量によるんじゃない? アタシはね、いっそのこと身内に引き込めばいいと思ってる。だってこれから鴻上(こうがみ)徹也率いる『form(映像) Fireworks(プロデュース会社)』と本格的に手を組むんでしょ? 葉月はそこの一員であるっていうことを広くアピールして、特定のメンバーと親密なんじゃなくて全員と親交があるっていう形で広報していけばいいと思うのよ。まぁ、かなり図太くてアクティブな人物像を葉月自身が演じなきゃいけなくなるかもしれないけどね」


「そうか……キャラに反するな」


「確かに。まぁでも、アタシはいつもそばに葉月がいてくれたら嬉しいから、ウェルカムだけどね」


「だろうな」


「まぁ、まだまだ課題は山積みだけど、指針は見えてきたって感じよ」


「そうか……アレク、大丈夫か?」


「ヤダ、優しいこと言ってくれるじゃない? でも、大丈夫。リュウジはアタシより葉月の心配してりゃいいわよ」


隆二は慎重な声色でアレックスに尋ねた。

「他にはなにか聞かなかったか? 香澄と葉月ちゃんのこととか……」


「え? 聞いてないけど? どういうこと? 香澄と葉月になにか?」


「あ……いや……」


「アタシもそこは疑問に思ったけどね。さっき電話で話しただけだから、詳しいことは聞けてないのよね。それを聞く前に、トーマの愚痴を聞いてやってたからねぇ」


「ん? 愚痴?」


「トーマはアンタに対して怒ってたわよ!」


「え?! 俺?!」


「そう。香澄の事件を黙ってたことよ。水くさいってさ。確かに、アタシにはわかるわよ、リュウジと同じくしてサポメンの立場だから。メンバーの足引っ張るようなまね、したくなかったのよね?」


「ああ」


「今回のエタボの思惑(おもわく)は、もうこの一件でバレちゃってるだろうから言っちゃうけど、リュウジを正式メンバーに引き入れるために彼らは準備をすすめてたってわけよ。ねぇリュウジ、正直なところ、サポメンから正式メンバーにってことに関して、アンタはどんな気持ちなの?」


隆二はひとつ息をついた。

「それがアレクが前々からゆっくり話したいって言ってたことなのか?」


「そうね。同じサポメンとして……いいえ、同じく悩める立場として、かな? 歳月だけじゃなくて、実績も何もかもひっくるめて、もう何となくではいられないところまで来てるのよね」


「ああ。今回はトーマさんはホンキなんだなって思ったよ。ユウキも、葉月ちゃんまでも巻き込んで、トーマさんは全身全霊をかけて俺にトラップを仕掛けてきたわけだから。〝そこまでして求められるんなら〟っていう気持ちに、だいぶん傾いてた。もちろんいざ行ってみて、メンバー全員の顔を見てからその場で決めよって思ってたんだ。そこまで気持ちは高まってた。けど……」


「今回の件で、また後ろ向きな気持ちになった?」


「まぁそうだな。一般人ですら追い回されるような事になるなんて……自分が一番恐れていたことだったかもしれない。自分や、周りの人間が自由に生きられなくなる懸念があらわになった。それが嫌で何年も正式メンバーにならずに来てたからさ」


「まぁ、その相手が葉月だったことも大きな要因だと思うわ」


「そうだな。けど逆に言うと、今回の事件はアレクが利用されたわけだろ? もはやサポメンであっても正式メンバーであっても、責任は変わらないっていうことにも気付いたんだ。もはや『エタボ』に関わるすべての事にも、もう無関係ではいられないんだよな?」


「確かに。だったらいちいち、正式メンバーではなくサポメンっていう注訳をつける方が面倒くさいのかもしれないわ」


「ああ。なら潔く、そっちに身を乗り出すのもアリだし、ちゃんとメンバーとして葉月ちゃんを責任持って守るのも、俺の役目なのかもしれないとも思う」


「そうか。じゃあリュウジは、心が決まったってわけね?」


「まあ、迷いなくってわけじゃなく、何かに直面する度に考えたり、こうやって話ながらの蛇行した迷路みたいな道筋を辿ってきたけどな。アレクはどうなんだ?」


「アタシもこの件に悩んでから長いけど、アタシとリュウジが違うところは音楽性の問題よね? 多分そこでトーマも強くアタシを誘えなかったんだも思うのよ。でも最近、やり方も多様にあるなって思えるようになってきて。仮にアタシが『エタボ』に正式加入したところで、他のことが全部できなくなるわけじゃないし、むしろ『エタボ』っていう(かんむり)のもとで プロデュースすると、他のアーティストの立ち位置を引き上げることも可能になるのかもしれないって思い始めたの。きっとトーマも事務所もアタシを『エタボ』だけの鳥籠(とりかご)(かこ)う気はないハズなのよ。だから きっと同じようなことをさせてももらえるし、かつ、ブランド力に幅をきかせられるんなら、アタシにとっても、これまで関わってきたミュージシャンも、これから関わるアーティストにとっても悪い話じゃないかもしれないって。それにアタシも今回のことでリュウジと同じことを思ったのよ。サポメンだから責任がないわけじゃないのよね。正式メンバーと同じように世間は見ているし、正式メンバーでもないのにあれほどトーマが尽力して アタシと葉月のことで時間を使ってあらゆる人間を動かしてくれてるのよ。だったらアタシはもうサポートだなんだて言ってられないのかもしれないって思った。もうこのバンドに骨を埋める覚悟をしなきゃってね。音を感じるとか、そういったレベルじゃなくて、もう一心同体になっちゃってたのね。そうなんでしょ?」


「ああ、そうだな。トーマさんはそう思わせるすげぇ男だからな」


「確かに。葉月が惚れるだけはあるわよね?」


「ああそうだな。まったくかなわねぇよ」


「やだ! リュウジったら、悔しさが漏れちゃってるわよ?」


「なにいってんだ、トーマさんに惚れてるのは彼女だけじゃないって事だ」


「まぁね。あの究極のイイオトコが今回の件も、そして長年アタシ達が抱えてきた問題解決に導いてくれるんだろうから」


「そうだな」


「しかし……」

アレックスは大きくため息をつきながら声のトーンを落とした。


「こんな大事な時に、こんなとんでもない事件を起こすナンテ……香澄はアタシたちによっぽどの恨みがあるのね……」


「いつからこうなったのかわからないが……俺にも責任があるのかもしれない」


「バカね! アンタのせいなわけないじゃないの! そんなつまんない考え方、絶対トーマに聞かせないでよね! アンタの無駄な責任感を水くさいってアタシに愚痴ったトーマの気持ちも考えてあげてよ!」


「ああ……」


「アンタに罪があるとしたら、そのオンナを狂わせる色気ぐらいでしょうよ! 自覚ないからって、だれかれに振り撒いてんじゃないわよ! さっさとアタシのオトコになっちゃえばいいんじゃない?!」


「あ、あのな……」


「フフッ、リュウジはそうやって、素朴に武骨に困ってりゃぁイイのよ。そんなアンタのことが、みんな好きなんだから! あ、キラもね?!」


「はぁっ!? 渡辺(キラ)だけはちげーだろ!」


「あら? そんなこと言って、今度の会合でキラが真面目に告白してきたらどうするの? あ! ダメだわ! またライバルが増えちゃう!」


「もういいっつーの!」


「あはは。 とにかくアンタは今度の会合までに自分の気持ちをしっかりと温めておくことね。アタシもこれを機に、気持ちを伝えようと思うから」


「わかった。そうするよ」


「それと葉月のことだけど」


「ああ」


「しばらくは今までのように 接触しづらい状況かもしれないけど、でもあの子の心はアンタが守ってね。なんせあの子はアタシの大事な妹、もとい! ペット なんだからさ」


「ははは、分かった。その気持ちはしっかと受け取ったよ」


「じゃあまたこっちの状況がわかったら連絡するわ。 アタシもいい加減レコーディングの方にも身を入れないと……本業がなおざりになってるから」


「そうだな、頑張れよ」


「うん、ありがと! じゃあね、マイダーリン! バーイ!」


「はぁ?! マ、マイダーリン?!」


隆二はひとり、真っ暗になった画面に向かって微笑む。

アレックスからの最大の励ましを胸に受け止めて、隆二は自分の指針に向けて心を整理することを決意した。


第168話『Revealing the darkness』闇を晴らす - 終 -

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