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第167話『Empty place』誰もいなくなった空間

裕貴が葉月を変装させて、かれんの家へと連れ帰った。

一人になった隆二は、閑散とした部屋の中を見渡す。

モノトーンであるはずのこの空間が、彼女がいるだけで彩りがあるように見えていたことを不思議に思っていた。

彼女が残して行ったグラスすらも、何かを語りかけてくるように思える。


「なんだ俺……(ガラ)じゃねぇだろ」


しばらくすると、到着した裕貴から〝自分もしばらくかれんの家にいる〟とそっけないメールが届く。


「あのやろう! 俺よりも〝ハーレム〟を選びやがったな」


そうぼやきながらバスルームに行くと、洗面台の近くに見覚えのないものが落ちていた。

この家にはおおよそ存在し()ないほどカラフルで、まるで小さなドーナツのような形状のそれを拾い上げる。


「忘れ物か? ヘアゴム?」


そう呟いて、一人吹き出す。

「そういやぁ昨日の夜は〝虫とヘアゴムを見間違えた〟とか言って、俺を虫けら扱いしてくれたよな? クックッ、ったく!」


妙に笑いがこみ上げてくる。

背後でピーピーと音が鳴った。

彼女が今朝起きたときに、昨夜借してやった服を回したようだ。

乾燥まで済んだ洗濯機を開けて中のスエットを取り出すと、昨夜それをブカブカな状態で着ていた彼女のあらゆる 表情が目の奥に浮かんだ。


「やべぇ……」

隆二は肩をすくめながらバスルームを出る。



リビングに戻るとまたスマホが点灯していた。

「ん?」


着信履歴にはアレックスの名前があった。


「うわ……アレクのヤツ、まだ 俺と彼女に何かあると思って電話してきたんじゃねぇのか? ったく……めんどくせぇな」


そうためらっているうちに、また通知が点灯しはじめる。


「はいはい出ればいいんだろ?! でなきゃエンドレスにかかってきそうだ」


けだるそうに電話に出るとアレックスは明るい声で話し始めた。

「リュウジ、おはよう。清々しい朝ね!」


隆二は気だるそうに答える。

「ああ、昨日の雨が嘘みたいだからな。ってか、彼女はここにはいないぜ」


「ええ、聞いたわよ。ユウキがそっち帰ってたでしょ? 葉月を親友の家に送り届けたって、さっき連絡があったの。リュウジとは何もなさそうだって言ってたけど、マジ?!」


「はぁ……」

隆二は呆れて天井を仰ぐ。


「当たり前だろうが! 彼女がこんなに大変な時に、フワフワしてるわけねぇだろ!?」


「なぁんだ! つまんない男ね! 見かけによらず肝っ玉が小さいんだから」


「うるせえ! 理性があるって言ってくれ!」


「あらあら? なぁに? 理性を働かせないとダメなくらい、心揺らいじゃってたってことか……なるほどね?」


隆二は忌々しげに奥歯を噛み締める。

「いちいち揚げ足とるなよ! で? 朝っぱらからなんだ」


「もう、まるで忙しいみたいに言わないでよ。葉月もユウキもいなくなったし、外にも出られないあなたは暇人(ひまじん)でしょ? ゆっくり話すなら最適だと思って電話したのに。本当は会いに行きたいんだけど、アタシ、今地方でレコーディング中でさぁ」


「そうらしいな」


「アタシの方もさすがに今回の件で落ち着かなくてさ、作業もストップしてるから、久しぶりに暇ができたってわけ。まあ、昨日はそんな悠長なこと言ってられないくらいに葉月のことが心配だったけど、トーマとアンタのお陰で安心して眠れたわ。ハヤトも暇つぶしに連絡してくるから、状況は把握できてるし」


「それで? トーマさんはどうしてる?」


「ああ……トーマは問題が起きた瞬間から、本当にずっと駆けずり回ってるわ。最初は情報操作っていうか、(おおやけ)に出回らないような手回しをしてて。まぁ対処が早かったからメディア対策は出来たんだけど、なんせあの裏サイトの存在がやっかいでね」


Eternal(エターナル) boy's(ボーイズ) life(ライフ)』のファンの間で裏サイトが広がっているというのは、メンバーも薄々気がついていた。

当初は他愛もない身内ネタだったのがだんだんエスカレートして、内部でしか知り得ない情報も掲載されるようになり、内容も過激に傾いてきていたので、事務所サイドも懸念していた矢先のことだった。


「そっちの〝火消し〟はかなり難航しててね。結局ファンクラブの運営陣と手を組んで、アップされた画像から手がかりをつかもうって、一斉調査に当たってるの」


「トーマさんが、そんなことまで……」


「ええ、ほぼ一人で。私も最初は驚いたわよ、もっと涼しい顔で対処していくって思ってたし。意外だったから、トーマに聞いたの。そしたら彼、葉月があんな風に晒されるのが、耐えられないって」


「え?!」


「ね、びっくりでしょ? 久しぶりにトーマのアツいところ見て、キュンとしちゃったわよ」


隆二はスマートフォンを持ったまま、感慨深げに耳を傾ける。


「ホント昨日はさ、あり得ないような画像がどんどんアップされて……もうどこに敵がいるかわからない状態だったじゃない? 怖かったわよ。私たちメンバーのことならまだしも、一般人の葉月がターゲットって、普通じゃないわよね?! もともとあの裏サイトのことはメンバーもうっすらと知ってはいたし、当然良くも思っていなかったから、トーマもこの際、管理人を突き止めて一気に潰しにかかるつもりみたい」


「そうか。でなきゃ安心して外出もさせられねぇからな。なんせ、彼女の実家辺りにも不審な(やから)がうろついてるって話だからな」


「そうなの?! 信じられない! あんなサイトの信者もいるってことね。あーあ、できることなら私があの子猫ちゃん(葉月)をウチで保護したいくらいだけど……」


「ま、今なら間違いなく、火に油を注ぐよなぁ?」


「でしょ? これだけLGBTQが広がってる世の中でも、身近なセクシュアルマイノリティーの生き方を尊重する人間はごく(わず)かよ? そりゃ人気商売だから、ファンのイメージを壊すことは大きなマイナスポイントでもあるんだろうけどさ、どんなに熱烈なファンだってアタシの人生において責任とってくれるわけじゃないし、音楽性の支持者は別として、ビジュアル的ファンなんてさ、アタシの本当の幸せを心から願うんじゃなくて、自分の理想のアレックスが表面的ににこやかにしていたら満足なのよね。アタシ、今回の件でホントに嫌気がさしちゃって、もう自分がトランスジェンダーだって公表しちゃおうかなってトーマに言ったのよ」


アレックスの言葉に、隆二は驚く。

「え? トーマさんは……なんて」


「あはは、〝絶対ダメだ!〟って、一喝(いっかつ)されちゃった!」


「そうか。なんか、嬉しそうだな」


「うふふ。だって、トーマの愛を感じたから」


「そうだな。実はさ、葉月ちゃんも同じこと言ってたんだ」


「え? 葉月が?」


「うん。〝もしアレックスさんが今回の事で公表するって言い出したら、全力で阻止します〟ってさ。雨に打たれて人目に晒させて憔悴(しょうすい)しきってるはずなのに……力のこもった口調で言ってた」


「葉月が……」


「ああ。〝こんなつまらないことで今までちゃんと気をつけて隠してきてたことが公表されるなんて、不本意だ!〟ってすごい剣幕で……〝本人が自身のタイミングでどうしても世の中に言いたくなって発表するなら全力で応援しますけど、こんな形でなんて絶対にダメです!〟ってさ」


「もう……あの子ったら」


「俺も感動したよ。それこそ愛だよな?」


「ほんっと、葉月のヤツ、かわいいんだから! マジでウチで飼いたい!」


「おいおい、ペットかよ!」


「あはは。ペットって家族なのよ? 誰かさんみたいなオトコのいやらしい下心よりもよっぽど神聖な表現だと思うけどね?」


「おい! 俺は誠実な男だろうが!」


「なに? 葉月を手付きにしなかったことをそんなに誉めてほしいの? ってことは、制御がそんなに大変だったってことかしら?」


「あのなぁ! (あお)ったり牽制(けんせい)したり……一体なにがしたいんだ?!」


「あはは、アタシもわかんないわ。でもなんか楽しいの。私が好きな二人が絶妙な感じで絡んでるのがたまらなくワクワクするわ! ちょっと嫉妬しちゃうところも、それはそれで楽しいしね!」


「はぁ……まったくわかんねぇ……」


「そりゃそうでしょ! リュウジみたいな武骨なオトコに繊細なオトメ心がわかってたまるもんですか!」


「なんだそれ?!」


「あ! レコーディングが始まるみたい。夜にでもまた電話するわ。()()()()()()待ってなさい! じゃあねっ!」


隆二はソファーにもたれながら大きくため息をついた。

「はぁ……マシンガンを打ち込まれた気分だ……身体を清めるってなんだ?!」


そうぼやきながらも立ち上がってバスルームにむかう。

がらんとした廊下を通りすぎ、閑散とした面持ちでバスルームにたどり着くと、洗面台の近くに見覚えのないものが落ちていた。

この家にはおおよそ存在し得ないほどカラフルで、まるで小さなドーナツのような形状のそれを拾い上げる。


「忘れ物か? ヘアゴム?」


そう呟いて、一人吹き出す。


「そういやぁ昨日の夜は〝虫とヘアゴムを見間違えた〟とか言って、俺を虫けら扱いしてくれたよな? ったく!」


妙に笑いがこみ上げてくる。

背後でピーピーと音が鳴った。

彼女が今朝起きたときに、借りたものを回したようだ。

乾燥まで済んだ洗濯機を開けて中のスエットを取り出すと、昨夜それをブカブカな状態で着ていた彼女のあらゆる 表情が目の奥に浮かんだ。

「やべぇ……」


隆二はシャワールームに飛び込んで、熱めのシャワーを頭から浴びた。

「クソッ、アレクのヤツ! 妙なこと言いやがって!」


タオルドライのあと、乾燥機の中から取り出したTシャツにすぐ腕を通そうとしてハタと気付く。

「ああ……誰もいないんだから上裸でいてもいいのか」


そしてドアを開けて、また左右を確認する自分に辟易とする。

「だから! 誰もいねえっつーの!」


たった一日葉月が居たことで、これほどまでに自分の感覚が変わることに驚きながら、まだほんのり温かいTシャツを右肩に引っ掛けてリビングに戻る。


冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出していると、またスマホが点灯しはじめた。

「ん? 今度はだれだ?」


第167話『Empty place』誰もいなくなった空間 - 終 -



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