第166話『Enjoy teasing』完璧な段取り
葉月が不可解なようすで裕貴の顔を覗き込むも、裕貴は更にばつが悪そうな面持ちで俯きながら、ポツリポツリと言葉を発する。
「あ……実はさ、葉月がリュウジさんの家に転がり込んだってこと、つい……口を滑らしちゃって……」
その言葉に、葉月がサーッと青ざめた。
「ええっ! そんな! 昨日は私、由夏にもかれんにも、リュウジさんのお家にお世話になってることは、あえて言わなかったのに!」
「ごめん。つい……」
葉月は額に手を当てながら肩を落とした。
隆二も呆れ顔で弟子を睨む。
「きっと二人に問い詰められちゃう。どうしよう……」
困り顔の葉月が、ふと不可思議な表情に変化する。
「あれ? でもユウキ、それが何で〝遠慮〟になるの??」
裕貴はまたギクッと肩を上げながら、弁解するように首を横に振った。
「えっ? いや……ボクはさ〝そんなことない〟って言ったんだよ、だけど……あの二人が勝手に盛り上がっちゃって……」
裕貴が恐る恐る隆二に目を向けると、まだ話が見えていない葉月のとなりで、隆二が仏頂面のまま目を細めて睨みつけていた。
「あ……いや……多分だけど」
裕貴は更に背中を縮めながら、葉月の方に向き直る。
「由夏もかれんも……葉月とリュウジさんの間に、なんて言うか……なんかあるって期待してる……みたいな」
「き、期待ってどういうこと?! どうするの! 私、今日二人に色々尋問されるわけ?!」
「まあ……そこは、協力者に対する敬意を払うという意味でも全て自白してもらうということで!」
「自白?!」
隆二に再度睨まれビクッと首をすくめた裕貴が、ひとつ大きく息をつく。
「昨日一日さ、由夏もかれんももちろんボクもだけど、本当に今までにないくらい胸騒ぎもしたし、いてもたってもいられないほど葉月のことを心配しててさ。そりゃ当人とは比べ物にはならないのは当然ではあるけど、それぞれにすごくストレスを感じた一日だったんだよ。その分、葉月が見つかったって聞いたときはもう叫ぶほどに安堵して……そんな心のアップダウンから解放されて心底安心したからなんだろうけど、ミッドナイトハイも手伝って由夏もかれんも妙なテンションでさ……かなり過激な盛り上がりだったんだよね」
「……過激?」
葉月と同じ顔で、隆二も空を仰ぐ。
「最悪だな、その展開は」
裕貴は誤魔化すように笑顔を向ける。
「まぁその友情に報いて、とにかくしばらくは二人とも覚悟してもらわないと」
「覚悟?」
「そう、覚悟! 潔白だとは言っても、一晩ひとつ屋根の下で男女が二人っきりで過ごしたとなると……そりゃぁ由夏とかれんの〝格好のネタ〟になるって事ぐらい、わかるだろ?」
ようやく事態を把握した葉月が、今更ながら青ざめていく。
裕貴は笑いながら、今度は隆二の方に向き直る。
「リュウジさんも『Blue Stone』に復帰した際は、彼女らに相当いじられることを覚悟しててくださいね」
隆二が裕貴の頭をはたいた。
「痛てっ!」
「ったくおまえは! 一体何やってんだ! 一緒になって煽ってんじゃねぇぞ!」
「そんなつもりは……いやどうかな? まあ、葉月が安全なところに保護されたことに、ボクも彼女らも心底ホッとしたんで、それで画面越しに……ビール片手に盛り上がった感じで……」
「なんだと?! 酒のつまみかよ!」
「まあ、みたいなもんですよ」
隆二の振りかざした腕に、裕貴はまた身を縮めながも抗う。
「とはいっても、ボクだけは安全な場所だとは思ってなかったですけどね!」
「はぁっ?! あ! だからおまえ、早朝の抜き打ち訪問だったのかよ?!」
「まあ、そんなところです」
隆二が呆れて膝を打つ。
「ったく! 本気で師匠を信用しねぇ弟子だよな」
裕貴は静かに首を横に振った。
「いいえ、誰よりも師匠の特性を把握してる弟子だと思いますけど?」
「どういう意味だ!」
裕貴が諭すようにテーブルに腕を置く。
「だってね、もしもですよ? もしも葉月が〝連行〟された〝収容所〟がリュウジさん宅じゃなくて、キラさんや琉佳さんの所だったりしたら……ボクは多分、夜のうちに、どうにかしてでもこっちに戻ってきたと思いますけど。これでも一応、師匠を信用してる方だとは思いませんか?」
隆二は目をつり上げる。
「おい!〝収容所〟とはなんだ! それに、そもそも比べる相手が悪すぎるだろ!」
裕貴は大袈裟に顔を歪めて頭をかいた。
「まぁ、そんな人ばっかりなんで」
「……確かに。そこには抗えねぇわ」
二人してフッと笑う。
またドタバタ劇が始まるのかと期待の眼差しを向ける葉月を一瞥して、裕貴はお小言を続ける。
「ほら葉月、さっさと支度する!」
せかされるまま、葉月は身なりを整えた。
「まぁ支度っていっても何も持ってきてもないんだろう? かれんが着るものも用意してくれるっていう言ってたから、今持ってる物だけでいいよ。あとは、ボクが葉月をかれんの家まで送っていくだけで Mission complete!だな」
隆二は半ばあきれたように息をつく。
「完璧な段取りだな? ついに葉月ちゃんのマネージャー業まで始めたか?」
「最近それ、よく言われるワードですね」
「は? 誰に?」
「琉佳さんかな?」
隆二が顔をしかめる。
「またアイツか!」
「リュウジさんからも釘刺しといてくださいよ。鴻上さんにもお願いしましたけど、琉佳さんは確実に葉月のこと狙ってますからね。要注意人物なんで」
「なんだそれ?」
葉月が慌てて割って入る。
「だからユウキ、それは誤解だって! あの日は私が日本酒を飲みすぎたから……」
「ダメダメ! 葉月は全くアンテナ張れてないから! しかも男っていう生き物をわかってなさすぎる!」
隆二が小さく右手を上げた。
「あ……それについては俺も同感かな」
「ええっ? なんでですか!? やめて下さいよ、二人して人を〝鈍感な子〟みたいに扱うのは」
「鈍感だろ!?」
「鈍感だろ!?」
「え……」
二人に同時に言われて、葉月は閉口する。
「あはは。ほら葉月、そろそろ行くよ」
裕貴は笑いながら、シュンとするその頭に手をやると、くるりと隆二の方を振り向いた。
「リュウジさんもしばらくは『Blue Stone』には出ないで下さいね。記者が張ってる可能性もあるので。アキラさんには頼んでおきましたから」
「ああ。相変わらず手回しが早えぇなぁ」
「ええまぁ、優秀な弟子なんで。そうだ、いつもトレーニングの時間が足らないってボヤいてるんですから、この際このマンションの上階で無駄に筋トレするのもいいんじゃないですか?」
「おまえなぁ!〝無駄に〟って言うなよ!」
「これはこれは、失礼しました。ところでリュウジさん、キャップとパーカー、貸してください」
「ん?」
裕貴は葉月に隆二の大きなキャップを被せる。
「ほら、その上からパーカーのフードも被って。それからこのマスクも着けてね」
腕組みをしながら遠巻きにみている隆二が笑いだす。
「あはは、まるでラッパースタイルだな! ってか、逆に怪しくねーか?」
「昨日の服はSNSに上がってるからバレてるし、要はここの駐車場とかれんの家の近辺で見つからなきゃ、それでいいんですよ」
葉月に手を伸ばした裕貴が、更にキャップを目深に下ろした。
「なんか葉月、ブカブカでかわいい」
そういいながら同調を求めるように隆二を仰ぐ。
「そっ、そうだな……」
昨夜の葉月の風貌や所作が頭に浮かんで、隆二は息を飲む。
「どうしたんです? まさか、ここに葉月を置いておきたくなったとか?」
「バカ言うな!」
うかがうように隆二の顔を覗き込んだ裕貴がくるりと背を向けた。
「さ、葉月、行くよ」
葉月は隆二に歩み寄る。
「リュウジさん……本当にありがとうございました。昨日、もし……リュウジさんが来てくれなかったら、私……」
隆二はその小さな肩にトンと手を置く。
「うん。もう大丈夫だ。彼女らにもよろしくね」
「はい」
彼女の背中を見つめながら、隆二はハタと気付く。
このまま彼女がここを出たら、その後しばらく容易に会うことは出来ないだろう。
一緒に服を選んだり一緒に食事した日のことが、彼女の笑顔と共に不意に頭に浮かんで消える。
もう今までのような自由な生活が送れなくなるという実感を、今回の事件で思い知らされたような気がした。
第166話『Enjoy teasing』完璧な段取り - 終 -




