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第161話『Invite her to my house』ようこそ我が家へ

頭上から一気にシャワーを浴びながら、隆二はブンブンと首を振る。

「やべぇな……女子のああいう姿って、なんつーか……可愛い過ぎるだろ! 久しぶりとはいえ過剰反応しちまうなんて……俺、いい大人なのに恥ずかしいわ」


シャワールームから出て体を拭いていると、Tシャツを持ってくるのを忘れたことに気がつく。

「しまった! そうか……女子が家にいるとそういうところにも気を配んなきゃならねぇんだな……今まではユウキしかいなかったし、ほぼ半裸で過ごしてたからなぁ」


そっとバスルームから出てリビングのドアに耳を傾けると、何やら楽しそうに話をしている葉月の声が聞こえてきた。


「電話してるんなら気付かないだろ。ササッと入って部屋でTシャツを着りゃいいか」


さすがに堂々と半裸で横切るのも気が引けたので、隆二は今の葉月とお揃いとなったスウェットボトムスに、肩にバスタオルをかけた姿でそっとリビングのドアを開けた。


スマホを耳に当て、楽しそうに喋っている葉月の横顔が見えた。

すっかり元気に見えるその表情から、電話の相手を推察する。


「相手は……親友ってとこか?」


そう思いながら葉月の背後を横切って、そっと自室前まで足を滑らせ、ドアノブに手をかけたところで、突然後ろから大きな声が聞こえた。


「うわーっ!!」


心臓が止まりそうに驚いて振り返ると、葉月が全く同じ表情で隆二の方を向きながら言葉を失っていた。

隆二が声を出さずに 〝電話中だぞ〟とアクションをするも、葉月は保留ボタンを押して携帯を置いてから、一気に言葉を吐く。


「もう! リュウジさん! なんで裸で出てくるんですか!!」

「べ、別に、素っ裸じゃねえだろ!」

「あ……当たり前でしょ! それでも、びっくりするじゃないですか! やめてくださいよ!」

「それはこっちのセリフだ! 急に大声出されて、心臓止まりそうになったぞ」

「私もですよ!」

「そりゃ気が合うな、じゃあこのまま話でもしようか?」

「もう! こんな時にからかうのはやめてくださいよ! 私、今親友と電話中なんですよ、この状況、説明できないんですから!」

「はいはい、説明されたら困るんで。ちゃんと服着てきまーす」


葉月は深呼吸を2回ほどしてから保留ボタンを解除した。


「あ、ごめん! ううん、何でもない。え? そ……そう! 〝虫〟 かと思ってびっくりしただけ。よく見たら丸まったヘアゴムだった」


「ぷっ!」


思わず吹き出した隆二を、葉月はまたギロッと睨むも、その半裸の姿にまた慌てて視線を外す。


「おいおい、俺は 〝虫〟かよ?! ったく、ひでぇ扱いだな」


そうぼやいた隆二は、部屋に入るふりをしながらしばらくそこで彼女を見ていた。

ぶかぶかの袖をまくり、濡れた髪をタオルドライしながら揚々と話すその姿は実に愛らしくて、いつまでも見ていられる。

何気なく振り向いた葉月がまた驚きの表情をするのが面白くて、口の前にシーッと指を立てながらにんまりと笑う。


「俺も相当、悪趣味だな」

そう苦笑いしながら、隆二は部屋に入ってTシャツを着た。



彼女がリビングで電話をしている間に、隆二もある人物と連絡をとる。

電話を切って耳を澄ましてみると、どうもあちらの通話も終わったようだった。


「みんなと連絡ついた?」

そう言いながらリビングに戻ると、顔をあげた葉月が安堵の表情を浮かべた。


「よかった……また裸だったらどうしようかと思いましたよ。もう! こっちが電話中で身動きとれないからって、あの攻撃はズルいですよ!」

「あはは、だって葉月ちゃんが俺のことを 〝虫〟 扱いするからさぁ」

「あ……あれは……由夏が 〝どうしたの?! 虫でも出た?〟 って言ったから、つい……」

「なるほど。君の虫嫌いは広く浸透してるわけだな。俺も目の当たりにしたわけだし?」

「ああ……あの海辺の……あの時もすみませんでした」

「いいや、楽しませてもらったから」

「もう! ひどーい!」


また上目使いに(にら)み、頬を膨らませながら走り寄ってきた葉月を、隆二は両手を伸ばして手のひらで制する。


「あの……リュウジさん?」

「はいはい、離れて離れて」

「え? 離れて……って?」

「今の葉月ちゃんは無敵だから! 降参だ!」


葉月は首をかしげながら隆二を見つめる。


「何か飲みたいものある? 俺はビールだけど、葉月ちゃんは酒はやめとこうか? 酒以外なら、ん……何があったかな?」

「あ! ユウキが飲むからコーラならあるんじゃ?」

「はは、正解! コーラと水くらいしかないなぁ。だったら……」

「ビールをいただきます」

「はぁ?! おいおい! 大丈夫か? 疲れてるのに」

「1本だけ! ダメですかぁ?」


葉月はぶかぶかの袖から少しだけ出した指先を擦り合わせながら、上目遣いで隆二を見上げる。


「わ、わかったって! その攻撃、ズルいぞ! ま……一本だけだからね!」


葉月はまた首をかしげた。


隆二がビールを2本テーブルに置いたところで、インターホンが鳴る。

玄関に向かった隆二は両手に箱を掲げて戻ってきた。


「それは……?」

「ああ、ケイタリング。上の階に注文したんだ」

「上の階って……何があるんですか?」

「ああ、スカイラウンジになってるんだけど、 朝はモーニングが食えるしランチもディナーもやってる。こうしてケータリングもできるってわけ!」

「ええっ! まるでリゾートホテルじゃないですか! やっぱり最高級タワマンって凄い……」


箱を開くと葉月は更に驚いた。

「わぁ豪華! リュウジさんって毎日こんなもの食べてるんですか?!」

「まさか! 知ってるだろ? 『BLUE(隆二の) STONE(Bar)』ではいつも自分で 〝まかない"〟作って食ってるって」

「ああ、そうでしたよね」

「せっかく我が家に初訪問なんだからさ、今夜は豪華におもてなししようと思ってさ!」


葉月はにっこりと頷いて、手にした缶を掲げる。

「はい! ありがとうございます。今、ビールを選んで正解だったって、しみじみ思ってます!」

「あはは! 全く君って子は……ワインも合いそうな料理だが、ま、疲れてる時は飲み過ぎない方がいいから」

「そうですね。実は昨日、日本酒を飲み過ぎちゃって……ユウキにだいぶん叱られたところなんで」

「はぁ!? なんだその話? 俺、聞いてねえぞ! よーし、今から尋問だな!」

「そんなぁ……」


そこからは、豪華なオードブルに舌鼓を打ちながら、話が弾んだ。


葬儀場『想命館』での、徹也(隆二の親友)とその母のやり取りが面白かった話や、『form(徹也の) FireWorks(会社)』の事務所に戻ってから振る舞われた日本酒と寿司の組み合わせが最高だった話を、葉月は目を輝かせながら話した。

あれやこれやと突っ込みながらにこやかに話を聞いてくれる隆二に心を解放していくにつれ饒舌になるも、ふと葬儀の夜に見た隆二とその義姉とのやりとりが浮かびそうになって、葉月は言葉に詰まる。


「ん? どうした?」

「い、いえ……」


目の前にいるにこやかな表情の隆二が、荒々しい態度で、あんなにも苦い顔をした瞬間が脳裏に沸き上がりそうになるのを必死でかき消す。


「あ……そうそう! それとね、その時、鴻上(徹也)さんの弟さんの声にびっくりして、お茶をこぼしそうになったんですよ!」


思い出すのも恐ろしいあの光景からのがれようと、葉月は記憶に蓋をした。


「ああ、鴻上家の兄弟な! 性格は正反対なのに、声はマジでそっくりなんだよな!」

依然、朗らかな表情で話す隆二だけを見つめようと、葉月は更に明るく話しをすすめる。



二人の缶ビールが空になり、ミネラルウォーターを持ってきたタイミングで、隆二が今回の件について話し始めた。


「さっきトーマさんに、今後どうするか対処案を聞こうと思って電話したんだけどさ、トーマさん、笑い飛ばしてたよ。〝もともとガセネタなんだから心配することない〟って。業界の情報操作にも力を持ってる人だから、事態の終息を急いでくれてるみたいだ。それとさ、トーマさん、ずいぶん君のことを心配してたよ」

「えっ、トーマさんが? 私を……」


頬に緊張感を走らせて目を見開く葉月を、隆二はしらけた表情で睨んだ。

「あ? なんだなんだ? またポッとして! ファンの顔になってんぞ!」

「そ、そんなことないです!」


うつむく葉月を下から覗き込むように、隆二は意地悪な視線を送る。

「そんなウソ、通用しねぇぞ? 君の親友から 〝葉月はマジのトーマフリークだ〟ってウラは取れてんだから!」

「え!?」

「いいことを教えてやろうか? フェスの時にトーマさん、何て言ってたと思う? 〝葉月ちゃんと話すと素直になれる〟ってさ」

「え……」

「ほらまたその顔! そんなトーマさんらしからぬ発言を聞かされたもんだからさ、さすがの俺も、この二人、なんかあったのか? って疑ったんだけど?」

「そ、そんな……私とトーマさんが何かあるわけ……」

「あはは、わかってるって。ただ時々、その 〝トーマフリーク〟がだだ漏れになる局面があるから、気を付けて! ってこと!」

「気を付けて……って?」

「俺が嫉妬しちまうから」

「え?!」

「あはは。まぁ、冗談はそこまでにして……」


隆二はテーブルに両腕を乗せて、葉月に近づいた。

「アレクから聞いただろ? 明日、『エタボ』の事務所に来なくていいって」

「はい。聞きました」

「やっぱり……葉月ちゃんも呼ばれてたんだ?」

「あ……!」

葉月は自分が口を滑らせたことに気づいた。


「あ……あの、それは……」

「君に尋問するのは酷だよな? いいんだ。トーマさんもはぐらかしてるつもりなんだろうけど、バレバレだからな。そんでユウキは今『エタボ』の事務所に居るわけだろ?」

葉月は観念する。

「あ……ええ……」

「実はさ、少し前からわかってたんだ。俺を正式加入させようとしてることをね」

「……そうだったんですね」

「ああ。何より確信したのはトーマさんの言動かな。以前よりも増してジャブ打ってくるようになった。それにユウキが珍しく俺に隠し事なんかするから、〝あ、これはタッグを組んで何かやろうとしてんな〟 って。わかるに決まってんだろ? ったく、俺のことナメ過ぎだ!」

葉月はうつむいた。

「リュウジさん……私まで、ごめんなさい」

「え? なに言ってんの! これがみんなからの愛だって、わかってないとでも?! ちゃんと葉月ちゃんの分も、ラブコールは受け取ったから!」

「なら……よかったです。皆さん、本当にリュウジさんのことを大切に思っておられるので。もちろん……私も」

隆二はその言葉に気を良くして、葉月に微笑んだあと、スッと真顔になって眼力を強めた。


「葉月ちゃん、今回の件は君が背負うべき問題じゃない。『エタボ』の問題に君が巻き込まれたんだ。不自然なことが多過ぎるから、何らかの陰謀が働いてるっていうのがメンバーの見解だ。君の手に負えることじゃないからトーマさんに任せよう。トーマさんは本気だよ。当然、君の名誉も取り戻すし、『エタボ』のファンの信頼も勝ち取る。だから安心して。申し訳ないなんて思う必要は全くないから。わかったね?」

真っ直ぐに見つめられて、葉月は息を飲みながら頷いた。


「じゃあ! もうこの話はおしまいだ。さぁ、しっかり食べて!」


隆二のそのバリトンボイスと、優しい眼差しに心がほぐれていくのを感じながら、葉月はそのゆるやかな時の中で食事を楽しんだ。




第161話『Invite her to my house』 ようこそ我が家へ - 終 -

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