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第158話『be chased』逃走劇

今回突然降ってわいたこの騒動、事情を把握してくれている周りの人達は同情の念と理解を示して励ましてくれるも、やはり自分の認識の甘さゆえ招いた問題であると、葉月は思えてならなかった。

相手は日本でトップレベルの有名人、いくら彼らが気さくだとはいえ、それは変わらない事実……

多くの人に迷惑をかけているという申し訳なさと、その人々がそれぞれどのようにとらえているのかという疑念や心配が頭を占領していた。


「わ!」

再び手元のスマホが振動してビクッとする。


画面には『鴻上こうがみ徹也』という文字。

葉月は、心を見透かされたような気持ちになって更に心拍数を上げた。

彼からの今度のアクセスは電話だった。


「も、もしもし……」

「公園に居るんだって?」

「そ、そうなんです」

幾分声のトーンを上げて話す。

「今日はたくさん本を持ってきていたので、鴻上さんに言われたように、この際ゆっくり読んでみようかと……」

徹也は合わせるように、ゆったりとした明るい声で言った。

「やっぱり持ってたか。いいんじゃない? そこってさ、リュウジの家の近くの、あのでっかい公園?」

「そうです」

「リュウジと連絡は?」

「いえ……まだ」

「そうか……」

徹也が静かに溜め息をついた。


「快適に過ごせナンテ言われたって、そんなわけにはいかないよな」

そのトーンは、先程ビデオ通話が切れる寸前が見た、徹也の真顔の表情を思い起こさせた。


「あ……いえ。お天気も良いですし……読書には最適ですよ! サンドイッチも、買って、いまから食べよっかなって……」


ほんの少し沈黙があった。

「無理……しなくていいから」

「あ……」

「わかってる。不安だよな? 葉月ちゃんさ、思ってること、なんでも話して」


その優しいトーンが葉月の気持ちを揺らす。

あの葬儀場での隆二と義姉の壮絶な争論の最中さなか、徹也の胸を伝って耳に届いた優しい声と重なった。


「あの……鴻上さん……」

「ん? どうした? 言ってみて。今日は特別になんでも聞いてあげるからさ」

「なぜ私を……あ、いえ……」

「ん? なに?」


葉月は座ったまま背筋を伸ばした。


「上手く説明はできないんですが……とにかく……私もアレックスさんも後ろめたいことは欠片かけらもありません。だから私を……信じて欲しいんです」


徹也はスッと息を吸って、優しい声で言った。

「まぁ、あのサイトを見てる連中は、葉月ちゃんがどんな人間か知らないから、言いたい放題、勝手に想像をかきたてて君を形容するんだろうけどさ。そんな事、気に病むだけ無駄だ。それに! 俺に対してつまんない弁解するなんて、おかど違いもいいとこだぞ! 近しい連中はみんな誤解だってわかってる。だからその近しい人間を、葉月ちゃんが先に信じてくれないとな?」

「鴻上さん……ありがとうございます」

「嫌な思いはさせられたが、葉月ちゃんは被害者だよ」

「でも実際にご迷惑をかけてしまって……」

「だから君のせいじゃないって! もし回りの人に迷惑をかけたくないと思うのなら、こういった事は大人に任せるべきなんだ。それとさ……一つ、言い忘れてたことがあるんだが……」

「……なんですか?」

「実は俺、知ってるんだよ、アレックス君の秘密」

「え! そうなんですか! なんだ……」

葉月は大きく息をついて体から力を抜いた。

「ごめんごめん。でもさっき聞いたところだよ。それを言わないとなって思って電話したんだ」

「じゃあ……」

「ああ。弁解の必要もない。やたら君とアレックス君が意気投合してたのにも納得がいったよ。まぁ、あまりの意外性に驚きはしたが……あんな絶世の美男子がライバルじゃないってことは、むしろ朗報なのかもな、葉月ファンの一人としては」

葉月はスマホを落としそうになった。

「な、なに言ってるんですか! か、からかわないで下さいよ!」


徹也はカラカラ笑った。


「もう……」

そう大きな溜め息をつきながら、葉月はぐったりとベンチにもたれ掛かる。

緊張していた背筋から力が抜けるのと同時に、足の先まで血が巡るような感覚がよみがえり、自然と笑顔が出た。


「別に冗談言ったつもりはないんだけど?」

「それなら言いますけど、その絶世の美男子から興味を持たれている鴻上こうがみさんはどういった心境なんですか?」

「え、なに?! ああっ! もしかして、だから服をプレゼントしてくれたとか?! え……ウソだろ! まさか……俺?」

「私、鴻上さんの写真撮って、その場で送りましたよね? どれほど喜ばれたことか」

「いや、ちょっと待って! 意外な展開だな……」

「気を付けてください。アレックスさんは恋多き人なので、本気になったらヤケドしますよ?」

「おい! いつの間にか俺がからかわれてるじゃないか!」

「形勢逆転! あははは」


今日初めて、ちゃんと笑えた気がした。


「ったく……今日は驚いてばかりだな。葉月ちゃん、その調子だよ。元気だして、時をやり過ごそう。人の関心なんて時期を過ぎれば消えてなくなる。少しの間の辛抱だ。ただ……」

「……はい」

「サイト……見てないよな? あ、見なくていいんだけど。ただ……もう少しの間、かくれんぼは必要みたいだ」


徹也の言葉は、あのサイトの情報が更新されていることを指していた。


プッという電子音が二人の会話を妨げる。

「あ……」

「リュウジかもしれない、出てみて。今、頼みの綱はヤツしか居ないからね。また電話するよ」


徹也との会話が途絶え、スマホの画面には『水嶋隆二』という文字が浮かんだ。

ふうっと呼吸を整えて、再びそっと耳に当てる。

声のトーンに気を付けて電話に出た。

「もしもし、リュウジさん?」


「葉月ちゃん!? 今どこ!? 大丈夫なのかっ?!」

今まで連絡をとってきた人たちとは全く違う、心配をむき出しにしたような声。

その切迫感に、葉月は言葉を失う。

「あ……あの」

「ごめんな。俺、今日も朝から出なきゃならなくてさ。それでなくても、昨日の朝も挨拶なしに葬儀場から空港に向かっちまったから」

「いえ……」

「葉月ちゃんのこと、ずっと気になってたんだ。そしたら……こんなことになって……驚いたろ?」

「ええ……」


うつむきながら言葉を探すも、見つからない。


「ユウキから連絡入ってたのに、気付くのが遅かった……クッソ! 仕事じゃなきゃ、もっと早く駆けつけられたのに……ホントごめん」

「そんな……いいんですよリュウジさん。そのお気持ちだけで」

「いや、今そっちに向かってるところだから。とはいえ、まだ2時間以上かかるんだよな……」

「え! お仕事なんじゃ……?」

「気にしなくていいよ。もう車に乗ってるし。ただ……俺が着くまでなんとか時間潰せる?」

「ええ。大丈夫です。今、東公園に来ていて。お店とか入りたくなかったかので、コンビニでサンドイッチとか買ってピクニック気分で食べてたんです。前から読破したかった本を読むいい機会だと思ってのんびりしてますから、本当に心配しないで下さい」

「そっか、なら良かった」


隆二のホッとしたような息遣いが聞こえた。


「ってかさ、相手がアレックスって! 超絶笑える話だな」

「まぁそうですね……」

「でも。今の状況は……笑えねぇわ。全くな」

「リュウジさん……」


隆二の大きな溜め息が聞こえた。


「ユウキに聞いた。嫌な思いしたんだってな。大学に居られなくなってそこに来たんだろ? ……大変だったね。大丈夫?」


その温かさの溢れる声を聞きながら、葬儀場で見た凛々しい隆二のスーツ姿がスッと頭によぎった。


「葉月ちゃん?」

「あ……ええ。大丈夫です。由夏もユウキも協力してくれたので」

「そうか。ユウキは今そっちにいないんだよな? アイツ……どこ行ってんのかはっきり言わねえんだ。まぁ、察しはついてるけど」

「ええっ?! そうなんですか?」

「ああ、まあね。折角せっかくうるさい小姑ユウキがいないんだから、その間にゆっくり話そう。だからさ、申し訳ないけど、もう少しそこで待ってて」


クスッと笑いながら、葉月は心がほぐれていくのを感じた。


「リュウジさん、何か大事な用事があったんじゃないんですか? もしそうなら切り上げたりしないでください。私、夜になったら家に帰りますし」

「つまんない遠慮するなよ。俺が帰りたいから帰るだけだ。君の非常事態をおしてまでやらなきゃいけないような用事はないよ」


胸がキュッと締め付けられるのを感じた。


「リュウジさん……本当にありがとうございます」

「いいって! とにかくさ、気にしないでのんびりと過ごすんだ。このところ忙しかったんだろ? だから休憩のつもりでさ。いいね?」

「はい」

「もうちょっと近づいたら、時間と待ち合わせ場所の連絡するから。じゃあ、いい子でな!」


画面が暗くなると少し心細さが戻ってきたが、充分に元気をもらえた気がした。

あからさまな態度で心配してくれた隆二。

そのまっすぐな言葉に心を掴まれた。

最後には自分をなごませるために、いつもの調子で皮肉を言って笑わせてくれた彼の優しさをいつまでも感じていたくて、葉月はそっとスマホを胸に当てる。

東公園を穏やかな風か吹き抜けた。

見上げた空には夏らしい入道雲が時折影を作り、木陰の日差しをやわらげる。

また今からの数時間を読書にてようと、葉月はスマホをカバンに仕舞って、代わりに本に手を伸ばした。



視界のすみに人影が映る。

気にするまいとそのまま本を手に取ったが、その影は消えることなく、何となく視線をも感じた。

カシャッと背後からシャッター音がして、慌てて振り向く。

近くに座っていたカップルがこっちを執拗に見ている。

その視線に恐怖感がわいた葉月は、立ち上がってベンチを後にし、移動しながら例のサイトを開いてみた。

徹也の言葉から推測した通り、そこには新しくアップされた画像があった。

葉月はその写真に目を見張る。


次は隆二だった。


それはあのアウトレットモールの半地下のレストランの階段付近、酔った自分が転倒しそうになった時に、そばにいた隆二がたまたま支えてくれた一瞬を切り取ったような写真だった。


「誰が一体、こんな……」


そして、見ているそばから、また新しい写真がアップされた。

葉月は、身震いしながらバッと辺りを見回す。

それは今日、自分がこの公園に来たときの画像だった。

かろうじて目元だけ隠してはあったが、服装もわかる上に、公園の名前や会社との位置関係まで書かれていた。


「一体……どういうことなの!」


大きな木のそばで隠れるように立っていると後ろから肩をつつかれ、心臓が止まりそうに驚く。


「ほら! やっぱりそうだ! アレクと熱愛中のむさぼり女子大生じゃん!」


一人がそう言うと、更に向こうから何人かがやってくるのが見えて、葉月はカバンを抱えて全力で走った。

後ろからバタバタ足音が聞こえる恐怖感に立ちすくみそうになりながらも、無心に足を動かし続けた。


なんとか逃げ切ったようにも思えたが、人とすれ違う度に下を向き、ちょっとした声にもビクビクしてしまう。

気がつけば『Blue Stone』の近くまで来ていた。


隆二が休みなら、アキラがもう店に入っているかもしれない。

ネオンは点灯しておらず、遠目に見えるドアにもクローズのふだがかかっている。

ささやかな希望をもって近付いてみるも、いつもはこんな早い時期に居るはずのない怪しい人影を見つけて葉月は絶望する。


「ここもダメ……」


ふとスマホを取り出してみると、充電が切れていることに気付く。


「えっ! どうしよう……リュウジさんと待ち合わせもできない……」


葉月は辺りを警戒しながら、また東公園に戻ることにした。


パツンと何かが顔に落ちてきた。

触れてみると、頬が濡れている。

大粒の雨だった。

もくもくとした入道雲の周りには、さっきまであった青い夏空はなく、いつの間にか灰色の低い雲で覆い尽くされていた。

空を見上げた途端、無数の雨がやりのように降って来て、葉月はまたカバンを抱いて公園に向かって走り始めた。

大きな木の下で雨宿りを試みるも、大粒の雨に木々の覆いはあまりにも役に立たず、その肩をどんどん濡らしていく。


『Blue Stone』にすら人が張っているとなると、下手に隆二のマンションには近づけない。

さっきアップされた写真を思い出し、葉月はしゃがみこんで顔を伏せた。


「もう……どうしよう。こんなに沢山の人に迷惑をかけて……」


今この時も、この事態の火消しに『Eternal(エタ) Boy's() Life』のリーダー自らが駆けずり回っている。

サイトの主にいきどおりを感じるものの、有名人と同行する際に必要な配慮や慎重さに著しく欠けていたことを改めて思い知らされる。

柊馬トーマがあの画像をどんな思いで見たのかと思うと、いたたまれなくなって、葉月は何度も首を振った。


雨足あまあしはどんどん強くなって、葉月を責めるかのようにその体を打ち続ける。

雨が当たらないところを探そうにも、スマホが繋がらないなか、奥ばった場所にいたら隆二と一生遭遇(そうぐう)できないと思った。


「どうしよう……どこで待ってたら、リュウジさんに会えるんだろう」


辺りを見まわし、目に入ったのは花時計だった。

元カレとの嫌な思い出の場所ではあったが、隆二が陰から見守ってくれていたという共通の場所でもあった。

ほとんど遮るもののない木のたもとに、葉月はうずくまるように座り込むと、ただ隆二の姿を探して車道の方を眺めていた。


どんどん体が濡れて、葉月の体温を奪っていく。


寒くて、怖くて、心細くて……

夏の季節にこんなに震えたことはなかった。



第158話 『be chased』 逃走劇 - 終 -

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