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第14話『Have A Great Shopping』 for him

センター街のアーケードをなにげなく見上げると、洒落た楽器屋の看板が目に入った。


「リュウジさんの行きつけの楽器屋さんって、あの店ですか?」


「そうだよ」


葉月の目が爛々(らんらん)としながら、楽器屋の看板にロックオンされているのが見てとれる。


   面白いな。

   何にでも興味があって、何でも吸収して。

   そしてそれを隠しもせず全面的に溢れるがまま、繕ったりもしない。

   若いってそういう感じだったか。

   もう、すっかり忘れちまったな……


そんなジジくさいことを考える自分に笑えた。


「リュウジさん、あのお店にも連れてってくれるんでしょ?」


「ああ。じゃあ先に行こっか!」


葉月はにっこり笑って頷いた。



大きな間口には電子ピアノが並んでいて、華やかな自動演奏が鳴り響いていた。

奥には管楽器やスコア等の冊子がびっしり並んでいる。

その逆サイドには、色とりどりのエレキギターが店の入口から奥に導くように吊るしてあり、変わった形で目を引くアコースティックギターのコーナーの奥に、美しい重厚感に溢れたベースコーナーがある。

そしてそれらに囲まれるように、中央にはドラムコーナーがあった。

黒いパットが並んだ電子ドラムのその横に、黄金の絢爛豪華(けんらんごうか)なドラムセットが、その存在感を(とどろ)かせているのが見えた。


そこに到達する迄の間に、次々に店員から声をかけられる。


「あれ? リュウジさん、2回目の登場じゃないですか」

「おっ! 可愛い子連れちゃって! 見せびらかせに来たんですか?」


隆二は参ったというように、天井を仰ぐ。


「あの……なんか、ご迷惑でしたか?」

葉月が遠慮がちに隆二に聞いた。


「いや、全然構わないよ」

隆二は気にするどころか上機嫌な面持ちで、軽快に歩いた。


奥から店主らしい男性が現れた。

「リュウジ、何か忘れものか?」


その店主は葉月に優しい表情で会釈をするも、何も突っ込まなかった。


「ああ、近藤さん。やっぱり携帯用にコンパクトなスティックケースを買っとこうかなと思ってね」


「まあそうだな、フェスか。明日からだったよな?  移動も多いし、手元に一個あったって邪魔にはならんだろう」

店主はにこやかに言った。


「じゃあ、ゆっくり選んで」

そう言ってまた葉月に会釈をすると、奥に消えていった。


スティックケースはシンプルなものが多く、しっかりした職人ぽいものが大半だった。


「リュウジさんは普段どんなのを使ってるんですか?」


「これ。この沢山スティックが入るタイプを持ってるんだ。フロアタムに引っ掛けて使ってるんだけどね」


「フロアタム?」


「あー、この大きい太鼓(たいこ)だよ、寝っ転がってるやつじゃなくてね」


「ああ、右の?」


「そうそう。こうやって(ふち)にこうひっかけて、すぐ取り出せるようにね。本番中はスティックが折れちまったり、飛んでしまったりするからさ」


「そうなんですね。なんか激しい!」


「だろ?」


「普段スティックを持って歩いたりはしないんですか?」


「まあ、現地に行ったら常に持ってるかな」


「じゃあ、それ用のバッグがいいんじゃないですか?」


「そうなんだ。さっき来た時も買おうかなって思ったんだけどな」


幾つか機能的な物が並んでいるその中の、まるでボディバッグのようなスタイリッシュなものに目を引かれた。


「リュウジさん、これなんてかわいくないですか? ベルトがついてて、この革の赤い部分のデザインもおしゃれで……あ、開けると意外と入りそうですよ」


「実はさっき見てたとき、俺もこれがいいかなと思ってたんだ」


「なんかリュウジさんのイメージに合いますね」


「そう? ま、どんなイメージ持たれてんのかよくわかんないけど」


「じゃあ、リュウジさん!」


「ん? なに?」


「これ、私が買っていいですか?」


「は? どういうこと?」


「これ、私からプレゼントさせて下さい!」


「いいよ! そんなの」


「だって、さっきもランチご馳走(ちそう)になったし、『エタボ』の野音に連れていってくれるし……」


「いやいや、大の大人が学生さんにおごってもらうのなんて」


「リュウジさんに話してないですけど、私、ただのすねかじり大学生じゃないですからね! こう見えてもしっかりバイトしてるんですよ」


「そうだっけ?」


「時給制の飲食店バイトみたいな感じではないですけどね、むしろ歩合制のハードな インターン実習って感じかな」


「そうなんだ! 初耳だな」


「それはいいんですけど、要するに、私だってちゃんと(かせ)ぎがあるんです。だから プレゼントさせてもらえないですか!」

葉月の圧のある言葉に押しきられた。


「じゃあ……お言葉に甘えようかな? 俺もデザイン気に入ったし」


葉月はにっこりと笑うと、隆二をそこに残し、レジに向かった。

奥から店主が出てくる。


「リュウジ、なんか楽しそうじゃないか」


「まぁ……そう言わないでくださいよ」


「ははは。ま、まだイジる段階じゃないって感じだから、そっとしといてやるよ」


「はい、お手柔らかに……」


「じゃあ、俺からもプレゼントだ」

そう言って、『pearl(パール)』の黒いスティックを隆二に渡した。


「彼女が買ってくれたもの、早速(さっそく)持って歩けよ。お前ほどのドラマーに、空のスティックケース持たせるわけにはいかないからな」


「近藤さん、サンキュー」


「いいよ、なんせお得意様だしな。それより、気をつけて行ってこいよ。また帰ってきたら話聞かせてくれ」



戻ってきた葉月と、今度はTシャツ探しの旅が始まった。


「結構歩きましたよね」


「そうだな。少し休もう」

二人はコーヒーショップに入った。


「葉月ちゃんは、目星(めぼし)ついてる?」


「いいのはあったんですけどね、どれも決定打に欠けるというか……あ、でもメンズだったら、あの高架下(こうかした)にあったお店がいいんじゃないですか?」


「お! 同感! 何気に趣味も合う感じ?」


「かもですね! なんかね、スティックケースを早速持って歩いてくれてるでしょ? それでイメージ()いちゃって」


「確かにそうだな。普段の俺のイメージは "ポール・スミス" なんでしょ? だったらああいうロゴもののTシャツを(すす)めて来なさそうだもんね?」


「そうなんですよ!」


「逆に葉月ちゃんがどんな感じがいいのか、俺にはわかんないな。っていうか、女の子って服を変えたらビックリするぐらい変身するもんな。ある意味、何でも着れそうだよね」


「そうですね、シチュエーションに合わせるのが女子の特権でもあり、義務でもあると」


「カタイな! 今日もそうだけど普段もわりとフェミニンな格好、多くない?」


「まぁ一応女子大学生ですから。部活女子を卒業してからは多少女性らしさは意識していますよ。でも、今回はフェスなんで!」


「確かにね。ラフな感じもアリか。しかも君、スタッフだもんね」


「……本当にスタッフサイドにいてもいいんですか?」


「あはは。まだ信じてないんだ?」


「信じられるわけないじゃないですか! 夢の中の話じゃないかって……今もほっぺ、つねって欲しいくらいですよ」


隆二はその長い指を伸ばして彼女のほっぺをちょっとつまんだ。


「わー! 現実なんですね!」

葉月は笑いながら大袈裟(おおげさ)にリアクションをした。


隆二はスッと手を引っ込める。

自分の手と比べて、彼女の顔がものすごく小さなことに驚いた。


彼女は依然、夢の中のような顔をしていた。

シャイなはずの彼女が、ほっぺをつままれてもその事に動じることすら忘れているかのように、浮かれている。


   俺はそういう対象じゃないってことか?


葉月はストローをズズッと鳴らして、ココアフロートを飲み干した。


「じゃあ、もう一回あの高架下のお店、見に行きましょうよ! 私もなんかさっきよりも、リュウジさんのコンセプトが見えて来た気がするし!」


「そうか? そりゃ頼もしいな」


「ここですね!」


『full of original』

その看板の店に入っていく。

ディスプレイを見ながら、隆二も頷いた。

「確かに"独創的"だな」


葉月は店員に色違いがあるか聞く。


「リュウジさん、このデザイン、黒がカッコイイのもわかるんですけど、ドラマーってライトの向こう側にいるからどうしても暗くて見えにくいでしょ?  だったら私、赤がいいかなーって」


「なるほど……赤か、あんまり着たことがないな」


「そうなんですか? 私、男性が着る赤って本当に好きで。赤って情熱的なんだけど合わせる色によってはすごく上品な洗練されたイメージに変身するでしょ? リュウジさんてアシッドカラーよりは原色に近い方が似合うと思うんですよね」


鏡の前に突っ立った隆二に、様々なTシャツを当ててはブツブツ言っている葉月を、隆二は楽しげに見ている。


   こんな扱いは、受けたことがないな ……


まるでその心の言葉が聞こえたかのように、葉月は申し訳なさそうに言った。

「ごめんなさい。マネキン状態にさせちゃって……もうちょっと、ガマンしてくださいね」 


「はいはい、(おお)せのままに!」



第14話『Have A Great Shopping』ー終ー


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